第2話 ホルダー
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都市長室
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コンコンとノックが響く。長く都市長をしているとノック一つで何となく誰が入ってくるのかがわかる。今回は、ウユラ。余裕を持った音、手慣れている、これは期待されたお客であることがわかった。ダグラなら、バカにしたようなノック。ガイアスなら、力任せ。ミラルなら、神経質に小さく一定。
「都市長、クァリフさんをお連れしました。」
「入ってもらってくれ。」
扉が開くとそこには、薄い金色の癖毛を後に束ねたの20歳頃のストリート系の服装に身を包んだ若い女性、クァリフ・リンが立っていた。立ち姿は美しく、長い髪を後でまとめ、浅く被った帽子、ファッションからボーイシュな雰囲気を受ける。
「クァリフ、よく来てくれた。とりあえず、座ってくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
クァリフは気がついたように帽子を取り、ソファに足をきちっと揃え着席する。クァリフ・リン、A級ホルダー。2011~2012年の集合夢で、活躍を示し一気に級をあがってきた。
「すまんな、休暇中だったか。」
普段のホルダーの仕事着でないので、今日はダイブの予定はなかったのだろう。ラフな格好と、行きなりの呼び出しで少し汗ばんでいることからそのことは明白だった。
「仕事ですから。」
何事もなく簡潔に言い放ち、背過ぎを伸ばし、紅茶を飲む。都市に少ないA級ホルダーということもあり、若手からは根強い人気がある彼女だ、もちろんファンクラブもある…強くて綺麗な女性ホルダー、しかもそれが、都市内の5本の指に入る実力者となれば、当たり前と言えば当たり前だと私は思う。ウユラに目線で合図を送ると彼女は小さく頷き、棚へ向かう。
「感謝する。クァリフ、君を呼んだのは、ガイアスについて話さないといけないことがあるからだ。」
その瞬間彼女に緊張が走った。彼女の師匠、都市で3番目の実力者であるガイアス・ロイを何故か最近見ていないこと、この場に自分が呼ばれた理由。それらが繋がることを直感でわかっていのだろう。
私は、ウユラから受け取った、ガイアス・ロイの報告書を取り出す。そこにはG0のハンコが押されていた。私が指輪をG0に載せると偽のガイアスの報告書の文字が溶けていき、違う文章が浮かび上がってくる。
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<0階層探索報告> 2023/07/12
探索者:A級ガイアス・ロイ
報告者:パスコフ・ユア
*探索命令の背景と経緯
2023年7月5日、A級探索者ガイアス・ロイに対し、特別任務が発令。任務の内容は、夢の中に突如として現れた黒い穴への探索である。仮に0階層と呼称する入り口の穴が、最近の異常な現象と共に確認されたため、即座にガイアス・ロイからの申し出によって、探索の命令が下された。ガイアス・ロイは承諾。任務を受け入れ、その日から探索を開始した。
(過程は別報告書に記載*機密文書につき省略)
*探索の進展と通信途絶
ガイアスが0階層に入り、7日が経過したが、その間、彼からの連絡は一切なかった。本日、ミラル・ホウからの報告があり、一度だけガイアスと短時間ながらも通信が取れた。通信内容は非常に断片的であり、ガイアスの声も時折途切れがちであったが、その内容から、探索者が無事であることと状況が深刻であることを示唆している。以下は、かろうじて聞き取れた一部を抜粋したものである。
```mp4
ミラル「お前さん、今どこにいるんだ?」
ガイアス「いいから、クァリフをよべ。可能な限り戦力整えてから来い。」
ミラル「何言ってんだ。そもそも帰る手段はあるのか?」
ガイアス「馬鹿野郎、これを見てからもの言え、帰るわけには行かないんだよ。と・り・・か・・・・ぇ・・・・ブッ・・・ッいいから、早く!・・・・ツ」
```
担当官ミラル・ホウはガイアスの断片的な発言から状況を分析し、現地の状況が予想以上に危険であると判断した。また、「クァリフを呼べ」というガイアスの言葉から、彼が一人で対処できない事態に直面していることは間違いがないと考えられる。これにより、ガイアスは単なる失踪者から、遭難者・救助対象として扱われることになった。
現在、ガイアスの正確な位置や0階層内の状況は不明であるが、彼の通信内容から判断するに、彼は何らかの重大な発見をした可能性がある。そのため、救援部隊は、可能な限り早く出発する必要がある。救援部隊には、最新の装備と戦力を整えると共に、0階層の特性に適応した対策が講じられている。
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クァリフは、書かれている内容全てに目を通し終えたのか、静かに資料を机の上に置いた。
「……師匠は無事なのですか?」
こちらを見つめる彼女の目から動揺が窺えた。
「彼がその穴に入ってから、0階層に入ってから…既に一週間が経過している。今や事前に渡した食料も底を尽きかけているだろう。ガイアスの状況は極めて危機的な状況であることは間違いがない。一日、一刻と時間が過ぎるごとに、その危険性は確実に増していると考えるべきだ。」
「…救援は!」
私は急ぐ、彼女を手で制する。物事にはどうしても順序がある。彼女には、聞かせなければならないことがあまりにも多かった。
「ウユラ、ミラルに繋いでもらえるか?」
ウユラを見やり、より詳細にな情報を与えるために通話を立てるように促す。
彼女は私の指示に無言の応答をし、通信映写機で壁に通信先の映像を写した。ブツブツという音の後に木々に囲まれた中に白い制服に身を包んだ夢魔たちが現れる。画面の中央には違和感のある真っ黒な穴が佇んでいる。真っ暗で中に何があるのか何もわからない。穴の前には測定長ミラル・ホウの後姿があった。彼はモニターとコントローラーを交互に見やり、偵察機を穴の中に突入させているようだった。駅のホームのような光景が映っている。しばらく、コントローラーをガシャガシャといじくり回し、不機嫌に投げ捨てていた。頭をガシガシと書いて、明らかに不機嫌そうな様子で部下たちに何処か指示を出している。近くの測定士が声をかけるとやっとこちらに気がついたようで、マイクを受け取る。室内に通信を受け渡した通信士の声が広がった。
(ミラルさん、都市長より入電です。)
散らかった頭、無精髭の白シャツを着たミラルがカメラに寄ってくる。眉間に皺がよっている邪魔されたことに苛立っているようだった。おそらく寝ていないのか目の下にもクマが見えている。
(ジャイコフ。なんのようだ。)
「ミラル、忙しいところ悪いかったな。」
(そう思うなら、極力連絡してこないで欲しいものだね。)
「ああ、怒りはもっともだな。悪いが、少し時間をくれ。こちらはクァリフ・リンだ。ガイアスの門弟といえばお前もわかるだろ?本人の了承はまだだが、今回の調査に参加して貰おうと考えている。ミラル、お前に現状の説明をしてもらいたい。」
私の言葉に、画面の向こうでミラルが反応する。どうやら、クァリフを見ているようだ。少しの間の後、はぁとため息を吐き、強い目線をこちらに向ける。
(ああ・・・説明ね。そんなもんほとんど無理だがな。というかお前がやれよ、めんどくさい)
ミラルはそう言いながらも、カメラを持った通信士に手招きをして、穴に近寄らせる。そして穴をさし示しながらクァリフに話しかけるように口を開いた。
(まずクァリフの嬢ちゃん、こいつのことは代々聞いたか?)
「いえ、詳しいことはまだです。」
ミラルは少し嫌な顔をすると、頭を軽くかいた。そして責めるようにじっと目でこちらを見ている。私は
「申し訳ないが、直接見て説明を受けた方が納得しやすいと思ったんだ。よろしく頼む。」
(そうか、わかった。だが、悪いが質問とか、細かいことはジャイコフにきけいいな?それでいいな、ジャイコフ。)
「ああ、すまんな。とりあえず、現状だけ頼む。」
(はいはい、俺も忙しいから簡潔にいうぞ。まず、中のカルマ値だが、悪夢と安定した夢を行ったり来たりしている、かなり不安定な状態だ。偵察機で何度か中を調べようとしたが、通信状況が悪すぎて画質が酷いんだなこれが…まぁそれは置いておいて、この先は駅のプラットホームだ。どうやら電車が定期的にくるようだが、どこに向かってるのかも分からねぇ。なんせ偵察機が中に入って電車が出発すると、直ぐに通信が途絶えちまうからな。)
「資料では、穴は複数繋がっているという話でしたが全て同じところに繋がっているのですか?」
クァリフが問う。資料には書かれていなかったが、穴は、他の場所へと繋がる複数の道を持つ迷宮のようなものではなく、ただ一つの場所、唯一の空間へと直結している。
(その通りだ。他の穴でも時たま、中は見れるんだが、全部プラットホームだったよ。…おい!)
ミラルが声をあげると、測定士の1人が、有線の偵察機を持ってくる。ミラルは偵察機を操作し、穴に潜らせる。画面には誰もいない駅のホームが広がっている。階段があったであろう「コ」の字のオブジェは、下に繋がる穴が平らにならされている。
(見ての通りこんな感じでな。下に降りる階段もなければ、上がる階段もない。特に人影も見えない。そして…)
そういうと、ミラルが操作する偵察機は駅の線路内に向かって降りていく。真っ暗で、線路も見えない。そのまま真っ直ぐ下に下に降りていくと
映像が「ブツっ」と切れた。
(ご覧の通り、線路に降りることができないというか線路がない。おそらく電車の中に入ってどこかに行かないと、どこにも行けないんだろうな。進行方向に縦横無尽に走らせたが、全部途中で通信が切れた。)
「穴の外で通信しようとするからダメという可能性はないんでしょうか?穴の中に入って、電車の中に入れるという方法はダメなんでしょうか?」
(当然の疑問だな。だが、それはガイアスが試したよ。でもダメだった。ドローン系統の偵察機は、扉が閉じると通信が切れたせいか真っ直ぐ落っこちてた。電車内にただ録画するだけのキューブを入れて、戻ってきたら拾うみたいなことも考えたんだが…毎回違う電車なのか、誰かが回収してるのか、電車内にそれらしいものは残ってなかったんだよな。通信が切れたドローンもだ。結局、どうにも中に直接乗るしか何もわからないってことだ。電車自体が罠で…扉が閉まった瞬間にゲームオーバーって可能性も高い。はっきりもう手詰まりって状況だったんだが…)
そういうとなんだが言いにくそうな顔をして、話題を変えた。手には指先程度の小さな夢の種子が握られている。
(これは、今ダイブしている夢の夢の種子だ。小さいだろ?この夢の主は元々は俺の腕くらいの直径の夢の種子を作っていたんだが、穴が成人の夢魔サイズまで広がると見ての通り、こんなに小さくなっちまう。夢の中も木や岩があるだけで、中身は空っぽ、そこら中ところどころ中身がスッカスカな空間が広がってるよ。今は、3~5階層の夢の3割程度で穴が空いてる。これくらいの大きさのやつはそれでも1割未満だが、まぁ時間の問題だろうな。……これでいいかジャイコフ。)
「ミラル、すまないがガイアスのことについても、話してやってくれ。」
ミラルは、強く嘆息する。頭をぽりぽりと掻いて手に持った夢の種子を班員に渡す。
(ガイアスのことだが…)
ミラルの口が重々しく開かれる、クァリフは自分の手を握り込み緊張しているようだった。
(取り敢えず、昨日時点ではガイアスは生きている。通信内容は聞いたか?)
「文章で確認しました。」
彼も冷静に話しているものの、詳細を話すことに躊躇いがあるようで、少し歯切れが悪いように思えた。
(…無事ではある。食料が不安だが、今でも時折、声のようなものが聞こえることはある。この夢の中は、俺たちの想像が「通じない」ところだ、電波も、ネットワークも、「通じない」。外から全てを遮断しているんだろうな。だが、ガイアスが中から連絡を取ってきた以上。中から外なら想像が「通じる」場所は…時は…ある。なら、何らかの方法で、中から出ることもできるはずだ。…助けたいなら、中に入るしかないのかもな。…悪いな現状わからないことだらけなんだ。)
「そうですか…」
(クァリフ…友人として、止めるべきだった。)
「っ…いえ、…」
クァリフの不安を知ってか、柄にもなく優しい口調だった。クァリフも動揺する自分をどうしていいかわからないようだった。私が何を考えているか知ってかミラルはジトっとこちらをみて、また頭をかいた。
(説明は以上だ。忙しいんだ切るぞ。)
「ああ、ありがとう。」
私が言葉を言い終わるとプッと映像が消えた。都市長室は、かすかな緊張で静まり返っている。クァリフに向き直る。彼女に出した紅茶が空になっていたのを見て、ウユラがカップに追加の紅茶を入れる。
「クァリフ、状況はわかってくれたか?」
「はい、なんとなくですが、…夢の趣旨に小ぶりなものが増えたなとは思っていましたが、ここまでとは…、…最近は特に…」
クァリフは顎に手をやり、悩むように頷く、私は口が乾いていることに気がつき、目の前の紅茶に手をかけ、一口飲んだ。
「ずっと、その原因を調べていたんだ。夢を吸収もしくは消してしまっている存在があるのではないかとね。そのため、全ての夢を、サンプルの人間を選び一つ一つを観察した。人間の夢に入り込み、種子をとらずに観察を行った。何度かの観察の末、夢の中に黒い小さな穴を2週間ほど前に発見したんだ。その穴は夢を吸い込むようにずっと風が吹いてた。その大きさは段々と大きくなってきているようで、今は井戸のような大きさから握り拳程度だ。夢魔が通れるサイズの夢は閉鎖するように指示を出している。」
クァリフは机の資料を捲り、穴の存在を確認する。
「中の広さは、今までの収穫量の減少から逆算すると電車に乗った先に繋がってるの5階層の夢約50m²、その10,000倍以上の面積はあると思ったほうがいい。)
「…10000倍」
「…このことをなぜ、公表しないのですか?都市長は秘密裏に0階層の攻略を進めようとしているように見えます。」
その言葉には、非難めいた意味が入っていた。夢の種子の収穫量に関わる以上、これはもう都市内で完結させていい話ではない。全ての夢魔の生存に関わる案件だ。私は、拳を握り静かに答える。
「貴族派に知られるわけにはいかなかった…もし…彼らに知られたら、大きな犠牲が出る。わかるだろ?」
クァリフは言葉を失う。その頃を経験していないが、彼女もわかっているのだ、私の言うことは正しいことを。私の頭の中に、過去の記憶がフラッシュバックする。廃れた街、頭を撫でてくれた両親が扉をあけ、そして帰ってこなかったことを…もし本当に穴の先に夢の世界が広がっていて、そこには多くの夢を吸収した巨大な夢の種子、それ貴族に知られたら、どのような犠牲を払っても夢の種子を我が物としようとするだろう。その為に、大量の夢魔を穴に派遣し被害を拡大させることは想像に難くない。
今から、約100年前大規模な種子狩りが貴族の指導の元行われた。人間の夢から可能な限り良質な夢を絞り尽くす行為は、夢は凶暴化させ、凶暴化した夢に多くの夢魔が殺され。そして、多くの人間を殺した。
「…今日、ダグラが来たよ。」
「っ!」
「ハク家には0階層の存在はもうバレている。全く、どこで知ったのかはわからないが、情報源を探すような時間も今はない。…グラム家、ハク家の対立、他の貴族が我先にと攻略に乗り出すだろう。そうなる前に、隠し通せなく問題になる前に対処する必要があるんだ。奴隷制は無くなったとはいえ、貴族の保護でしか生きられない夢魔はまだ数多くいる…A級が遭難するほどの夢だ。ホルダーであるものも、そうでないものも多くの夢魔が犠牲になる…このまま、放置するわけにいかなかった。ガイアスはそのことを…よくわかってくれていた…」
クァリフの眼は、下に伏せられている。私はだって、彼女のこのような姿を見たくもなかった。いつの間にか、私の握った拳は力が入って色をなくしていた。
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0階層 監視された夢の中
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ミラル・ホウは、ミューテントと呼ばれる。薄く広がった板を眺めながら、小さくため息を吐いた。この板は、夢の中を感じする目的のものでミラルが発明したものだ。夢には光とも電波とも違う、固有の波が観測でき、その波を数値で捉えたのだ。というか、電波とかはあくまで夢の種子で表現しただけであって、存在してはいない全て思念の成せる技だ。ともあれ、波は、その夢に固有の波形を持っており、一度波との数値を合わせれば、その夢に入ったもの出ていくもの、影響を与える存在を知ることができる。この技術により今まで、ランダムに夢の中に入るしかなかった夢魔たちの生活は一変し、階層都市BUGが夢を管理できるようになった。今も、集合的な夢の発見にも役立っている。
今回もミラル・ホウは同じようにして板を取り出し、観測を試みているが、問題となっている集合的な夢の通信をほとんど捉えられない。通常の集合的な夢であれば、常に固有の通信パターンが存在するのだが、この夢は、他の夢に出鱈目にアクセスをして、更に自分の固有の通信パターンが存在しない。ある夢から夢の要素を吸い出す際に、固有であるはずの通信パターンが変化し続けるため、観察が容易ではないのだ。おそらくこれが、紐の切断や、向こうに通信が届かない原因になっているのだろう。仕方がないので、穴が生まれた夢を観察対象とするのだが、抜き出されていることしかわからなかった。
考え込んでいると、ミラルの肩に手が置かれる。
「ミラルさん、もうそろそろ、夢の主が起きてしまいます。」
「…もうそんな時間か。…わかった撤収する。」
周りは、段々とパキパキと森の背景が剥がれ始め、目の前の黒い穴は次第に萎んで行く。測定士たちは機材を抱え、皆、夢の中かた出てゆく。ミラルもまた、目を閉じ夢の中を去っていく。
都市内の私室に戻り、先ほど使っていた板を別の板に線で繋ぐ。
(…ジェイコフの言う通り、もうあまり時間がないな。ガイアスの安否も、貴族派の介入も気になるが、それ以上にこの黒い穴は、この数日間で一気に大きくなりやがった。これ以上大きくならないなんて保証はないし、人間だけじゃなく他の生物に影響を与える可能性だってある。こいつが夢魔自体を滅ぼしかねない危険性を孕んでいやがるのは間違いがない。もし、仮に全ての夢がこの黒い穴に飲み込まれ、巨大で凶悪な夢となれば、どのような脅威となるか想像もつかん。)
今までのデータを見ながら、どうにか黒い穴の先の情報を手に入れることができないか考える。繋がった際の波の波形はバラバラ、偵察機も機能しない、入っていたガイアスは戻らず、連絡もない。
「絶望的ってやつか…」
椅子に深く、腰を下ろし、瞼を閉じる。
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0階層 監視された夢の中〜約1週間前〜
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A級ホルダーのガイアス・ロイ、180cmほどの男で細く筋肉が鍛えられ、鋼のような硬さを持つ。奴は、目を瞑り黙り込んでいたと思うと、急に
「説明はよくわからんが、その波とやらが数字で、数字が波で?か?まぁ、だったら1から10まで試してみりゃいいだろ。1人で足りないなら3人、3人で足りないなら100人で数えればいい。そうだろ?」
「説明聞いてたか…聞く気がないなら説明しないぞ。」
「ミラル、お前の話はわかりづらすぎるんだよ。」
「これ以上ないくらい優しく話してる。もう、ここまできたらわからないお前さんが悪いよ。」
会話を諦めようと背中を向けると、その肩が掴まれる。
「待て。」
「…なんだ」
「話は終わってない。」
「…」
不機嫌に乗せられた手を払おうとする。しかし、バカみたいな握力によって全くと言って良いほど引き剥がせない。指の力が尋常じゃない。力士かコイツは…
「率直にいえ、電車に乗るとどうなる?」
ミラルの瞼がピクッと反応する。嫌な予感がする。
「なんだ、まさか中に乗りたいって言うのか。無理だぞ、許可なんか出るわきゃねぇ。」
「いいから、乗るとどうなる?」
「…お前は無事だろうな。もちろん乗るという意味ではだが。」
「なんだ、その含んだ言い方は」
「帰って来れない可能性が高いんだよ。」
「どうしてだ。」
クソ真面目に聞いてくるが、割と常識の範囲内だと思うのだが、こいつは知識に偏りがすぎる。
「俺たち夢魔が帰ってくる時に目を瞑り、ゲートをイメージするだろ?これはまぁ、これはゲートと夢に俺たちの「想像力」でパスが通ってるから帰ってきやすいと言うだけ、実際はパスの先はお前の家でもいい。このパスが通らねぇ。専門的に言えばport番号はわかるが、何でか繋がらない状況だよ。」
「よくわからん、要点をいえ。」
ガイアスの手の力が弱まる。ミラルは、その手から離れ、近くの測定用の板を掲げながら説明する。
「この板は、ゲートと…もっと言えば、俺たち夢魔の頭の中の演算機能、脳みそと同じ役割を果たしている。偵察機にもこれの簡単な機能だけ搭載されてる。つまり、偵察機が電車の先と繋がらなくなるってことはそう言うことだよ。壊されたわけじゃない。あくまで繋がらないだけ、ポートが閉じているだけってこともある…電車が出発してから数秒は繋がる時もあるわけだし、技術的に問題があるだけで、俺たちの想像力が通じないなんていうのは考えすぎって線だって考えられなくはない。それこそ電車に乗ってみたら、案外降りた先で、もう一度電車に乗ってあっさり戻って来れたりしてな。」
「つまり、入る分には何も問題ないんだな?」
「?…おい…問題はある、そう言ってるだろ…お前、俺の話聞いてたか?」
「聞いてたさ、戻って来れないかもしれないのだろう?どんな可能性もある。だが、それでも中から帰って来れる可能性もある。なら入るしかなかろう。それに、面白そうだ。」
息を呑む、狂っている。目を、言葉を、態度を見ればわかる。わかった上でこんな馬鹿げた提案をしているのだ。
「ミラル、世話になった。俺はジャイコフに用がある。」
「あっ、おい…」
背を向け駆け去る、何とか言葉を考えるが、何も思いつかない。とりあえず喚き立てるが、穴に飛び込む、アイツの背中を見送るしかなかった。
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きっとあの時、意気揚々と穴に踏み込み、中に入ってゆく英雄の姿に、その背中にその場の誰もが期待してしまった。ジャイコフもきっと俺も…ガイアスなら、この状況を好転させてくれるのだと。しかし…
ガイアス・ロイは帰って来なかった。
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階層都市1階 都市長室
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0階層大規模攻略部隊についての、資料を閉じ、クァリフ・リンは、長い髪を落とし、首を下げた。
「一般的にみられる集合的な夢は、その大きさに値する夢の種子が得られる。それはクァリフも実体験でわかっているだろう。」
集合的な夢は、5階層、4階層でも度々発生する。例えば、アイドルのライブ、WBCの観戦、大震災など様々だ。このクァリフも何度かそういった夢の回収を行なっている。何人もの人が同時に同じ内容の夢を見ることによって、巨大になる夢の種子。だが、集合的な夢の種子の場合、奪おうとすることがバレた際のリスクも大きく、下手をすれば命を落とすこともある。
「集合的な夢の種子は、人々の共有する夢や想像力を体現している。だが、全ての夢が有用または安全とは限らない。夢の種子は、時としてネガティブな感情や危険な思考、恐怖を引き起こすようなものを含んでいる。
良い夢は長くは続かない、段々と萎んで小さくなってしまう。それにいい状態で種子を回収して終わらせてあげれば、良い目覚めになり、良い眠りに繋がる。…悪い夢は小さくとも早めに夢の種子を回収して、消してしまう必要がある。そうしないと人は何度も同じ悪夢に囚われるからだ。我々が悪夢を消さない限り、悪夢は悪夢のまま存在し続ける。
こういう種子が夢の世界に広がりすぎると、夢の世界全体が不安定になり、バグが生じる。」
「…今回のあの穴もそのバグだということですか?」
「そうバグ、バグに違いはない…。今までのバグは、不特定多数の夢に対して、不安や猜疑といった負の感情が感染し広がるといたものだったが、いわゆる夢自体に穴を開けて少しずつ吸収する事例などこれが初めてだ。それに、今のところ人間の夢の多くで、この現象が見られているが、他の国の人間の夢ではこの現象が大して発生していないというのことにも少し引っかかる。」
クァリフを見る。表情からもう質問はないのだとわかった。
「クァリフ、どうか0階層の攻略に力を貸してくれないか?」
クァリフは目を閉じる。頭の中でガイアスの言葉を思い出し反芻しているのだろう。私の頭でも彼の声が聞こえるようだ。
(「いいから、クァリフをよべ。可能な限り戦力整えてから来い。」)
クァリフは目を開く、確かな覚悟をその眼が語っていた。きっとそれは師から受け継いだものなのだろう。
「わかりました。この依頼、お引き受けします。」
彼女は師匠さながらに言い切る。残念で仕方がない。もしここで引いてくれたなら、私はこの若い芽にこのような無理を強いる必要はなかったはずなのだ。そんな矛盾した思いが渦巻く。
「クァリフさんこれを…」
そういうとウユラからクァリフに、指輪が渡される。
「これから先、連絡がある場合、G0の書類で伝える。それを書類にかざせば、本来の内容が見えるようになっている。おそらくダイブは3日後になるだろう。また連絡をする。」
クァリフは、神妙に首を下げ、ウユラが開けた扉から退出する。都市長室には、ジャイコフとウユラだけとなる。
「本当に宜しかったのですか?」
「クァリフを0階層の攻略に当てたことを言っているのか?それとも、ガイアスを見捨てなかったことか?」
ウユラは黙って、ジャイコフの言葉を促す。ジャイコフは自分に言い聞かせるように口を開いた
「見捨てることも考えた。それにこのような調査も不完全な任務にA級を使うべきではないということもわかってる。だが、この数日で小さな穴は急激に大きくなり状況は悪化した。このままでは収穫量が下がり、近いうちに他の貴族も感付く、そうなれば、都市外の介入は避けること出来ない。この道はか細いが間違いなく一筋の希望だ。……偶に思うんだよ。もし私が一部の貴族たちのように、弱いものをあの穴に送り、殺してでも、情報を得ることができるなら、今そうしたのではないかと…。このようにガイアスもクァリフも他のA級も失う恐怖に怯えずに済んだのではないかと。そしてそんなことを思う自分がどうしようもなく…」
言い訳じみていて、そして、自分を守るような言動に嫌気がさす。最近、このようなことばかりだ。
「私は…都市長の下で働けて良かったと思っています。」
「…あぁ……すまないが、パスコフにこれを渡してくれ。」
そう言って、机の書類の一部を渡す。今回の攻略に必要なホルダーの呼び出しリストだ。まだ、多くのホルダーと話す必要がある。ウユラはそれらを受け取ると、少しお辞儀をして部屋から去っていった。
ウユラが退出した部屋で、椅子に浅く座る。胃が少しチクッと痛む…
「…私も彼らと共に潜りたい…きっとそれすらも逃げなんだろうな。」
ジャイコフは目を瞑る。映るのは、同じように椅子に座り、目を閉じるヴァリスの姿だ。彼ならどうするだろう。彼なら…
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夜魔 階層都市外 飲み街
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大きな鮭を模った看板に、山蔦と書かれた店は、真夜中でも大いに繁盛してる。切り盛りするふくよかな女将さん、その娘さんは店を手伝っている。厨房は旦那さんだ。
「ちょっと、お兄さん。また夜から酒かい?みんな働いてるんだろ?」
「嫌だなぁ、女将さん、僕だって働いてるんだよ?こうやって、お酒を飲んでるけど、ちゃんと仕事のことを考えてるんだ。」
ダグラがそう答えると、別のところからも声が飛んでくる。
「そうだぜ、女将さん俺たちだって、飲みながらもちゃんと仕事のこと考えているんだ。」
「何言ってんだよ。あんたはいっつも女の尻のことしか考えてないだろ?」
女将さんのこの言葉に笑いが起こる。
「ちげぇねぇっw」
「よっ、女将さん。今日も綺麗だね」
「あんたら、バカ言ってんじゃないよ。」
笑いは絶えない。実にやかましいことだ。
ダグラはウイスキーを傾ける。ジャイコフの困った顔にほくそ笑む、次はどうしようかと思惑するのだ。ジャイコフにはああ言ったが、叔父のモルメット・ハクに0階層について教えるつもりはない。階層都市は、煩わしいが今回ばかりはそうも言ってられない。彼らには大いに活躍してもらう。そして、最後には手柄を美味しくいただく。…あの老害を出し抜くためにもね
「あら、お兄さん。グラスからだよ。何か頼みな!」
「おっと、それじゃあウイスキーをロックで、あと鳥の照り焼きもお願いしようかな」
「はいよ!」
夜は続く、ダグラ・ハクはポケットの中から、何かを取り出し、ほくそ笑んだ。
西暦2023年7月13日 夜
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階層都市1階 ドーム
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階層都市は、外とをつなぐメインゲートと呼ばれる大きな入り口があり、この入り口から沢山のホルダー達が入ってくる。目の前にあるのが受付。そして、受付から少し左にづれて奥の方と、左側、右側それぞれに大きな通路が設けられる。右は1階層の夢の入り口、開発部門が使用するセキュリティールームのへの入り口。左は、設備部、整備部や測量部、鑑定部などが位置する。経理、総務、支援部は、受付の中にある。奥の通路を進むと、都市内の商業施設が立ち並び、その奥に各階層への入り口となる塔がある。全体で5階層に分けられている都市ではあるが、各階層に1階層1~15階といった高さがある。
先日、ライラに受付をしてもらったクロード・セイ、その友人エスタフ・ハツの2人は、教習のために右の通路に中を進んだ。通路といっても、もうトンネルかってくらいの大きさで両側には、青白い光が等間隔に置かれている。もう完全にトンネルにしか見えない…なんだか心なしか暗くて怖いなと思っていたが、隣のエスタフはため息と共に退屈そうに腕を頭の後ろに組んでいる。
「嫌だなぁ。」
「何がだよ。」
「何がって…」
わかんないのかよとでも言いたげにこちらをみてくる。いや、わかんないよ。別に俺エスパーでもなんでもないし…めんどくさいなぁと思いながら否定的な相槌を打つ。
「そうか、まぁ勝手に不満に思ってろよ。」
彼は更に拗ねた表情になる。黄色に癖っ毛を雑に後に結び、ツナギ姿のせいかぱっと見ガキ大将にしか見えない。と言うかまぁ、僕もツナギ姿なんだけど。
「いやさ、別に研修だからって言われた仕方ないけど…」
言いたいことは何となくわかっている、彼は昨日の登録までは、ホルダーだ、冒険だーっ、うわぁー!きゃーとか言ってはしゃぎ回っていたから。でも、まずは研修を…なんて言われたらこうなるのは当たり前と言われたら、まぁ当たり前のことで。実際、僕も少し面倒くさいしね。
「はぁ〜、お目付け役がいるんじゃ、今日1日は夢の中で自由に動けないよ〜!!!!」
「エスタフ、不満はわかるけど、僕はお前のそういうとこが不満だよ。」
「なんで?」
「そりゃお前……そんな態度だと、教官だっていい思いしないだろ。」
ポツリとそんな言葉がこぼれ落ちる。エスタフは、こういうテンションの時だいたい何かやらかすから、生まれた瞬間に乳母の胸に噛みついたり、歯はないけど…、歩けるようになったら、回転してジャンプしようとして思いっきり顔面ダイブしていたと叔母さんからは聞いた。最近だと面白そうとか言って脇道を進みチンピラに絡まれたり、「これみてみて!」とか言って、高台から落ちそうになったりしていた。つまり、小さい頃からずっとの天然ボケ野郎なのだ。そんなマイナスなことを思い出している僕の脇に、すかさずエスタフの肘打ち入る。
「やっ!」
「…痛いなぁ。何で、こずいたの…」
「なんとなく。」
「はぁ、…本当に頼むぞ。」
脇が痛い……なんとなくで相手の考えてることでもわかってんのか?エスタフは相変わらず不満そうだ。
トンネルを抜けた先、強い光に向かって僕らは歩く、僕ら夢を生きるもの。父は言っていた、未知だけが僕たちの願い、いつだって僕らは僕ら自身の魂の形にあった未知を探している。僕らを真に満たしてくれるそれを探しに僕らは夢に潜るんだ。
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第2話後書き
ジャイコフは、僕のお気に入りの1人なんですよね。カッコいいロマンスグレーです。矢沢永吉とか、イチローとかああいう、壮年期を迎えておじさんになっていくのが、やっぱり一番かっこいいと思います。
ともあれ、彼のような責任を負うべき立場は、やっぱり大変だなぁといつも思います。
とりあえず、胃薬代を会社から管理職に支給してみてはいかがでしょうか?
花粉症と同じで、年を重ねるごとにどんどん強い薬が必要になりそうですが…
即効性があるものは大抵ダメですね
コメント、星お待ちしてます!
ぬのより
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Dream Worker(没) ぬのむめさうか? @NunoMumeSasuka
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