第2話 は始まり

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都市長室

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コンコンとノックが響く。長く都市長をしているとノック一つで何となく知り合いが入ってくるのかどうかがわかるようになった。今回は、ウユラの余裕を持った音、期待されたお客であることがわかる。ダグラならきっとこっちをバカにしたようなノックだろうが、残縁ながらアイツは一度も戸を叩いて入ってきたことがない。


「都市長、クァリフさんをお連れしました。」

「入ってもらってくれ。」


扉が開くとそこには、薄い金色の癖毛を後に束ねた吊り目の20歳頃のストリート系の服装に身を包んだ若い女性、クァリフ・リンが立っていた。


「クァリフ、よく来てくれた。とりあえず、座ってくれ。」

「はい、ありがとうございます。」


そういうと、クァリフはソファに近づき、腰をおろす。足をきちっと揃え着席する。


「すまんな、休暇中だったか。」


普段の仕事着でないので、今日はダイブの予定はなかったのだろう。


「仕事ですから。」


簡潔に言い放ち、背過ぎを伸ばし、紅茶を飲む。都市に少ないA級ホルダーということもあり、若手からは根強い人気がある、ファンクラブもあるとか…まぁ、強くて綺麗な女性ホルダーしかもそれが、年の5本の指に入る実力者となれば、当たり前と言えば当たり前だと思う。ウユラに目線で合図を送ると小さく頷き、彼女は棚へ向かう。


「そうだな、あまり時間をかけずに行こう。クァリフ、お前には緊急の依頼を受けてもらいたい。」


都市長の言葉にウユラがすかさず、クァリフに資料を渡す。彼女は受け取りその資料をみた瞬間、表情が固まった。なるべく刺激しないように、ジェイコフはゆっくりと交渉を始めた。


「0階層の夢の中にダイブしてもらいたい。」


クァリフは、資料を凝視して固まっている。彼女が言葉と、資料の内容を把握するのに数秒、資料を机に置き、暫くすると再び紅茶を口に運んだ。


「0階層…ですか、初めて聞きました。」

「情報統制を行なっていたからな。0階層の存在の有無は、一部のボルダーしか知らないものだ。」


そういうとクァリフは、青緑の目をこちらに向ける。その目に揺らぎはなく、何を考えているか分からない。だが、その答えは直ぐにわかった。


「何故、私なのですか?この資料を見たところ、ベテランで経験があるホルダーが担当すべきだと思います。

「荷が重いと?」

「…そうですね、簡潔に言えばそうなります。」


この短い間で彼女なりに資料から、危険を読み取ったのだろう。その言葉に確かな不安と恐れが感じられた。


「何故、私なのですか?」


彼女は危惧しているのだ。彼女の師匠、都市で2番目の実力者であるガイアス・ロイを何故か最近見ていないこと、この場に自分が呼ばれた理由。それを話さなければきっと彼女は首を縦には振らないだろう。


「ひとつひとつ話させてほしい。最後まで聞いてくれるか?」


私の言葉に、強い動揺が生まれたのがわかった。膝の上に握られた拳に力が入っている。


「クァリフ、君も近年人間の夢の種子の収穫量が減っていることは知っているな。」


クァリフは無言で頷く、私も口が乾いていることに気がつき、目の前の紅茶に手をかけ、一口飲むと話を続ける。


「この数年ずっと、その原因を調べていたんだ。夢を吸収もしくは消してしまっている存在があるのではないかとね。そのため、全ての夢を、サンプルの人間を選び一つ一つを観察した。人間の夢に入り込み、種子をとらずに観察を行った。何度かの観察の末、夢の中に黒い小さな穴を見つけたんだ。その穴は夢を吸い込むようにずっと風が吹いてた。その大きさは段々と大きくなってきているようで、今は井戸のような大きさから握り拳程度だ。」


クァリフは机の資料を捲り、穴の存在を確認する。


「そしてこの穴だが、繋がっている場所もそして、その広がりもほとんど、わからない状況だ。」


クァリフはつい首を傾げる。


「わからない?調査をまだ行なっていないということですか?」


おかしな話だ。それでどうして自分に頼むのだろう。ということは今回は調査依頼だ。それと自分の師の失踪がどう結びつくのか、最悪の状況を思い浮かべながらも信じたくないと言った問いのようだった。普通わからないものは、調査し、解析し、結論が出た段階でホルダーに知らされるものだ。調査段階からホルダーが絡むことはまずない。


「ウユラ、ミラルに繋いでもらえるか?」


ウユラが通信映写機を持ち出し、壁に映写する。映像が流れ、そこには測定長ミラル・ホウの後姿が現れる。彼の前にあるのは、木の幹に広がった穴だった。その中に、偵察機突入させるミラルの姿がある。しかし、しばらくして、コントローラーをガシャガシャといじくり回し、不機嫌に投げ捨てる。通信を受け取った通信士の声が聞こえる。


(ミラルさん、都市長より入電です。)


散らかった頭をかきながら、無精髭の白衣を着た人物が寄ってくる。邪魔されたことにさらに苛立っているようだった。


(ジャイコフ。なんのようだ。)

「ミラル、悪いかったな。だが少し時間をくれ。こちらはクァリフ・リン。A級だ。今回の調査に参加して貰おうと考えている。ミラル、お前に現状の説明をしてもらいたい。いいか?」

(ああ・・・説明ね。そんなもんほとんど無理だがな。というかお前がやれよ、めんどくさい)


そう言いながらも、通信士に手招きをして、穴に近寄らせる。


(まずクァリフの嬢ちゃん、こいつが訳のわからん存在だってのは聞いたな?)

「はい、都市長から聞きました。詳しいことはまだです。」

(俺も忙しいから簡潔にいうぞ。中を、偵察機で何度か調べようとしたが、通信状況が悪すぎて画質が酷いんだなこれが、この先は駅のプラットホームが映った。どうやら電車が定期的にくるようだが、どこに向かってるのかも分からねぇ。なんせ中に入って電車が出発すると、直ぐに通信が途絶えちまうからな。)

「穴は複数繋がっているという話でしたが、全て同じところに繋がっているのですか?」

(その通りだ。他の穴でも時たま、中は見れるんだが、全部プラットホームだったよ。…おい!)


ミラルが声をあげると、測定士の1人が、有線の偵察機を持ってくる。ミラルは偵察機を操作し、穴に潜らせる。画面には誰もいない駅のホームが広がっている。


(見ての通りこんな感じでな。下に降りる階段もなければ、特に人影も見えない。そして…)


そういうと、偵察機は駅のホームに落下する。そのまま真っ直ぐ落ちていくと「ブツっ」と通信が切れた。


「線路に降りることができないというか線路がない。おそらく電車の中に入ってどこかに行かないとこの世界の全容も把握できないときた。」

「中に入って、電車の中に入れるという方法はダメなんでしょうか?」

「ガイアスが試したよ。でもダメだった。結局どうにも中に直接乗るしかないってことだ。ただ、何度か入れるうちに前に入れた偵察機が見えたりもしてた。ただ、無限に増えるわけでもないのか、定期的に消えてなくなってはいたな。まぁそれも、罠なんでかよくは分からない。おそらくは5つの電車が変わるがわる来てるみたいだな。そして、偵察機を掃除している存在もいる。乗ってみないと何も分からない状況だ。…アイツは馬鹿だから何も考えず乗り込んだわけだが」


その言葉に、疑念が確信に変わる。クァリフの背中に嫌な汗が伝う。安全に入れるかも分からず、また戻ってこれず、連絡の取りようもない。明らかに危険な穴。クァリフは、都市長を見る。しかし、ジェイコフは変わらずミラルの方を見ている。


「広さについても頼む」

(ん?…そうだな。今までの収穫量の減少から逆算すると5階層の夢の広さが電車に乗った先に繋がってるよ、約50m²。その10,000倍以上の面積はあると思ったほうがいい。)

「…10000倍」


救出、どうすれば、無理、中に?どうやって?部分的な言葉に飲まれ混乱が解けない。


「ミラル、忙しい中すまなかったな。引き続き調査を続けてくれ。」

(はいよ)


そういうと通信は途切れ、都市長室には静寂が訪れる。そして、絞り出り出した言葉が鼓膜に響く。


「…師匠は、電車に乗ったのですか?」


その言葉には、否定して欲しいと言った願望が含まれていることに私は気づいていた。


「小さな穴が現れ、人間の夢を、10年観察してきたが、穴が出現する頻度は上がり、小さな穴は段々と大きくなっている。この数年は特にだ。ある人間の夢を例に挙げるなら小指程度の小さな穴があったそうだ。だが、この数日で穴の大きさは握り拳から洞窟レベルにまでなっている。


…こうなって仕舞えば、その夢の夢の種子は小さくなり、もうほとんど収穫することはできない。だから、今、対処する必要がある。まだ、取り返しのつかない段階になる前に。…ガイアスはそのことをよくわかっていた。」


ガイアス・ロイが提出した報告書を取り出す。そこにはG0のハンコが押されており、ジャイコフが指輪をG0に載せると本来の報告書が消え、違う文章が浮かび上がってくる。


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<報告書>

G0探索・遭難

探索者:A級ガイアス・ロイ

報告者:パスコフ・ユア


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「都市長、あなたはっ!」


あまりのことに声を荒げてしまう。明らかに危ないとわかっている電車の中へガイアス達を送ったことは明らかに考えなしでやりましたでは許されない。そのような気持ちが込められていた。そして、何とか私情を押さえ込もうとしていることも…


「っ…今すぐ、このことは公表すべきです。何も知らないホルダー達が犠牲になります!」

「…ミラルに観測の段階で穴が人を通す大きさなら、夢の封鎖の指示を出している。問題はない。」

「問題はない?そんなわけないじゃないですか!」

「…」


ジャイコフは、拳を握り静かに答える。


「貴族派に知られるわけにはいかなかった…もし…彼らに知られたら、もっと大きな犠牲が出る。わかるだろ?」


クァリフは言葉を失う。わかるのだ、都市長の言うことは正しい。頭の中に、過去の記憶がフラッシュバックする。廃れた街、頭を撫でてくれた両親が扉をあけ、そして帰ってこなかったことを…もし本当に穴の先に夢の世界が広がっていて、そこには多くの夢を吸収した巨大な夢の種子、それ貴族に知られたら、どのような犠牲を払っても夢の種子を我が物としようとするだろう。その為に、大量の夢魔を穴に派遣し被害を拡大させることは想像に難くない。


今から、約100年前大規模な種子狩りが貴族の指導の元行われた。人間の夢から可能な限り夢を絞り尽くす行為によって、夢は凶暴化し、凶暴化した夢に多くの夢魔が殺され。そして、多くの人間を殺した。


「…今日、ダグラが来たよ。」

「っ!」


その言葉にクァリフが更に追い込まれたことがわかった。それでも私は…


「ハク家には0階層の存在はもうバレている。どこで知ったのかはわからないが、情報源を探すような時間も今はない。…隠し通せなく問題になる前に対処する必要があるんだ。このままでは…多くの夢魔が犠牲になる。ホルダーであるものも、そうでないものも…このまま、放置するわけにいかなかった。ガイアスはそのことを…よくわかってくれていた…」


眉間には皺がより、彼女の力強い眼は、下に伏せられている。私はこのような姿を見たことはなかった。非情になった男の拳は握った拳は力が入って色をなくしていた。


「どうか最後まで聞いてくれ。頼む…」


クァリフは、昂る気持ちを落ち着けて、姿勢を直す。少し深呼吸をする。冷静に冷静にそう努めているのだ。私はどうすればよかったのだろう。この小さな勇者をどうして私は…


「…いえ、都市長。申し訳ありませんでした。どうか続けてください。」


クァリフのその言葉にホッとしつつ、心の隅に小さな闇が巣食っていた。


「まず、報告書の続きを見てくれ…」


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0階層 監視された夢の中

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ミラル・ホウは、ミューテントと呼ばれる。薄く広がった板を眺めながら、小さくため息を吐いた。この板は、夢の中を感じする目的のものでミラルが発明したものだ。夢には光とも電波とも違う、固有の波が観測でき、その波を数値で捉えたのだ。波は、その夢に固有の波形を持っており、一度波との数値を合わせれば、その夢に入ったもの出ていくもの、影響を与える存在を知ることができる。今まで、ランダムに夢の中に入るしかなかった夢魔たちの生活は一変し、階層都市BUGが夢を管理できるようになった。今も、集合的な夢の発見にも役立っている。


今回もミラル・ホウは同じようにして板を取り出し、観測を試みているが、問題となっている集合的な夢のやり取りをほとんど観測できていない。通常の集合的な夢であれば、常に固有の波が存在するのだが、この夢は、他の夢に出鱈目にアクセスをして、更に自分の固有の波が存在しない。ある夢から夢の要素を吸い出す際に、固有であるはずの波が変化し続けるため、観察が容易ではないのだ。おそらくこれが、紐の切断や、向こうに通信が届かない原因になっているのだろう。仕方がないので、穴が生まれた夢を観察対象とするのだが、抜き出されていることしかわからなかった。


考え込んでいると、ミラルの肩に手が置かれる。


「ミラルさん、もうそろそろ、夢の主が起きてしまいます。」

「…もうそんな時間か。…わかった撤収する。」


周りは、段々とパキパキと森の背景が剥がれ始め、目の前の黒い穴は次第に萎んで行く。測定士たちは機材を抱え、皆、夢の中かた出てゆく。ミラルもまた、目を閉じ夢の中を去っていく。


都市内の私室に戻り、先ほど使っていた板を別の板に線で繋ぐ。


(…ジェイコフの言う通り、もうあまり時間がないな。ガイアスの安否も、貴族派の介入も気になるが、それ以上にこの黒い穴は、この数日間で握り拳からゲート並みの大きさまで一瞬でなりやがった。こいつが夢魔自体を滅ぼしかねない危険性を孕んでいやがるのは間違いがない。もし、仮に全ての夢がこの黒い穴に飲み込まれ、巨大で凶悪な夢となれば、どのような脅威となるか想像もつかん。)


今までのデータを見ながら、どうにか黒い穴の先の情報を手に入れることができないか考える。繋がった際の波の波形はバラバラ、偵察機も機能しない、入っていたガイアスは戻らず、連絡もない。


(絶望的ってやつか…)


椅子に深く、腰を下ろし、瞼を閉じる。

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0階層 監視された夢の中〜約1週間前〜

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A級ホルダーのガイアス・ロイ、180cmほどの男で細く筋肉が鍛えられ、鋼のような硬さを持つ。奴は、目を瞑り黙り込んでいたと思うと、急に


「説明はよくわからんが、その波とやらが数字で、数字が波で?か?まぁ、だったら1から10まで試してみりゃいいだろ。1人で足りないなら3人、3人で足りないなら100人で数えればいい。そうだろ?」

「説明聞いてたか…聞く気がないなら説明しないぞ。」

「ミラル、お前の話はわかりづらすぎるんだよ。」

「これ以上ないくらい優しく話してる。もう、ここまできたらわからないお前さんが悪いよ。」


会話を諦めようと背中を向けると、その肩が掴まれる。


「待て。」

「…なんだ」

「話は終わってない。」

「…」


不機嫌に乗せられた手を払おうとする。しかし、バカみたいな握力によって全くと言って良いほど引き剥がせない。指の力が尋常じゃない。力士かコイツは…


「率直にいえ、電車に乗るとどうなる?」


ミラルの瞼がピクッと反応する。嫌な予感がする。


「なんだ、まさか中に乗りたいって言うのか。無理だぞ、許可なんか出るわきゃねぇ。」

「いいから、乗るとどうなる?」

「…無事だろうな。もちろん乗るという意味ではだが。」

「なんだ、その含んだ言い方は」

「帰って来れない可能性が高いんだよ。俺たち夢魔が帰ってくる時に目を瞑り、ゲートをイメージするだろ?これはまぁ、これはゲートと夢にパスが繋がっているから帰ってきやすいと言うだけ、実際はお前の家でもいい。今となってはゲートを使い、こちらが指定した夢の中に入り込むのが主流になったが、昔はゲートもなくて目を瞑ってただ適当にイメージがあった夢に飛んでたんだ。要は、俺たち夢魔にはこの板みたいな、高性能な演算機能が備わってんだ。」


話す態度になったことに気がついたのか、ガイアスの手の力が弱まる。ミラルは、その手から離れ、近くの測定用の板を掲げながら説明する。


「それが中では使えない、おそらなくな。この板は、ゲートと…もっと言えば、俺たち夢魔の頭の中の演算機能と同じ役割を果たしている。偵察機にはこれと同じ機能が搭載されてる。つまり、黒い穴の中と繋がらなくなるってことはそう言うことだよ。壊されたわけじゃないんだ。あくまで繋がらないだけ…電車が出発してから数秒は繋がってたわけだしな。勿論考えすぎって線もある。入ってみたら、案外あっさり戻って来れたりしてな。」

「つまり、入る分には何も問題ないんだな?」

「?…ああ、おそらくなって、おいお前、俺の話聞いてたか?最初しか聞いてなかっただろ。」

「聞いてたさ、戻って来れないかもしれないのだろう?殺される。壊される可能性もある。だが、それでも中から帰って来れる可能性もある。なら入るしかなかろう。」


息を呑む、狂っている。目を、言葉を、態度を見ればわかる。コイツはわかっていっている。その上でこんな馬鹿げた提案をしているのだ。


「ミラル、世話になった。」

「あっ、おい…」


背を向け駆け去る、何とか言葉を考えるが、何も思いつかず穴に飛び込む、アイツの背中を見送るしかなかった。



きっとあの時、意気揚々と穴に踏み込み、中に入ってゆく英雄の姿に、その背中にその場の誰もが期待してしまった。きっとガイアスなら、この状況を好転させてくれるのだと。しかし…


ガイアス・ロイは帰って来なかった。


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階層都市1階 都市長室

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0階層大規模攻略部隊についての、資料を閉じ、クァリフ・リンは、長い髪を落とし、首を下げた。それでもジェイコフは続けなければならない。


「一般的にみられる集合的な夢は、その大きさに値する夢の種子が得られる。それはクァリフも実体験でわかっているだろう。」


集合的な夢は、5階層、4階層でも度々発生する。例えば、アイドルのライブ、WBCの観戦、大震災など様々だ。このクァリフも何度かそういった夢の回収を行なっている。何人もの人が同時に同じ内容の夢を見ることによって、巨大になる夢の種子。だが、集合的な夢の種子の場合、奪おうとすることがバレた際のリスクも大きく、下手をすれば命を落とすこともある。


「集合的な夢の種子は、人々の共有する夢や想像力を体現している。だが、全ての夢が有用または安全とは限らない。夢の種子は、時としてネガティブな感情や危険な思考、恐怖を引き起こすようなものを含んでいる。


良い夢は段々と小さくなってしまう、だから早期の夢の種子の回収が必要となる。…悪い夢は早めに夢の種子を回収して、消してしまう必要がある。そうしないと人は何度も同じ悪夢に囚われるからだ。我々が悪夢を消さない限り、悪夢は悪夢のまま存在し続ける。


こういう種子が夢の世界に広がりすぎると、夢の世界全体が不安定になり、バグが生じる。」

「…0階層にある夢もそのバグだということですか?」

「そうバグ、バグに違いはない…。元々、悪夢に関しては我々はしっかりと管理をしていた。バグが生じる可能性はほとんどない。今までのバグは、不特定多数の夢に対して、不安や猜疑といった負の感情が感染し広がるといたものだったが、いわゆる夢自体に穴を開けて吸収する事例など私は知らない。」


卑怯だとはわかっているそれでも、言うしかない。


「ガイアスからの通信がたった数秒だが、観測された。つまり、あの電車に乗った先には間違いなく世界が広がってる。クァリフ、時間がないんだ。…お前にしかガイアスは救えない。」

「…師匠はなんと?」


こうして若い力に頼ることに不甲斐なさを感じ、自責に駆られる。


「「クァリフを呼べ、アイツとなら何とかできる。」そう、通信があったようだ…」


その言葉を聞くと、クァリフはすぐに


「わかりました。この依頼、お引き受けします。」


彼女は真っ直ぐ、英雄さながらと言った風貌でそういった。師匠さながらその瞳に迷いは一切なかった。


「…このBUGの、夜魔の未来を君たちに託す。詳細は追って、G0の資料で知らせる。」


そういうとウユラからクァリフに、指輪が渡される。


「それを書類にかざせば、本来の内容が見えるようになっている。編成が終わり次第、また連絡をする。」


クァリフは、神妙に首を下げ、ウユラが開けた扉から退出する。都市長室には、ジャイコフとウユラだけとなる。


「本当に宜しかったのですか?」

「クァリフを攻略部隊の隊長にしたことを言っているのか?それとも、ガイアスを見捨てなかったことか?」


ウユラは黙って、ジャイコフの言葉を促す。ジャイコフは自分に言い聞かせるように口を開いた


「見捨てることも考えた。それに救出するなら、経験のある他のA級に任せるべきだ。わかってる。でも、これはチャンスだ。穴が観測されて、10年何も変わらなかった。状況は急に悪化した。ガイアスが切り開いてくれた道を…これで何もしなかったら、これからも何も変わらない気がする。変えなければならない、もう何を犠牲にしてもだ。…0階層では何が起こるかわからない。経験を裏切ることが起こるかもしれない。その点、クァリフには柔軟性がある。…何よりガイアスが彼女を呼んでいる。彼女の最速でA級にまで上り詰めた腕に期待したいんだ。俺は都市長失格かな?」


言い訳じみていて、そして、自分を守るような言動に嫌気がさす。


「いえ、差し出がましいことを言いました。」

「何を謝る。気にすることはないよ。…それに君のおかげで少し、心が楽になった。」


そう、それでも誰かに責められた方がまだマシに思えてしまう、そんな偽善。…ウユラは頭を下げ、退出する。


「…時代は変わる、貴族による統治の時代が終わり、我々の時代が来た。そしてまた、別の惡雲が夜魔の世界をつつみ、新しい力を必要としているように俺には思えるよ。」


ジャイコフは目を瞑る。映るのは、同じように椅子に座り、目を閉じるヴァリスの姿だ。彼ならどうするだろう。彼なら…


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夜魔 階層都市外 飲み街

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大きな鮭を模った看板に、山蔦と書かれた店は、夜でも大いに繁盛してる。切り盛りするふくよかな女将さん、その娘さんは店を手伝っている。厨房は旦那さんだ。


「ちょっと、お兄さん。また夜間から酒かい?みんな働いてるんだろ?」

「嫌だなぁ、女将さん、僕だって働いてるんだよ?こうやって、お酒を飲んでるけど、ちゃんと仕事のことを考えてるんだ。」


ダグラがそう答えると、別のところからも声が飛んでくる。


「そうだぜ、女将さん俺たちだって、飲みながらもちゃんと仕事のこと考えているんだ。」

「何言ってんだよ。あんたはいっつも女の尻のことしか考えてないだろ?」


女将さんのこの言葉に笑いが起こる。


「ちげぇねぇっw」

「よっ、女将さん。今日も綺麗だね」

「あんたら、バカ言ってんじゃないよ。」


笑いは絶えない。実にやかましいことだ。

ダグラはウイスキーを傾ける。ジャイコフの困った顔にほくそ笑む、次はどうしようかと思惑するのだ。ジャイコフにはああ言ったが、叔父のモルメット・ハクに0階層について教えるつもりはない。階層都市は、煩わしいが今回ばかりはそうも言ってられない。彼らには大いに活躍してもらう。そして、最後には手柄を僕が美味しくいただく。多くの地位と名誉が僕のものってね。そうして、あの老害を叩き潰してやるのだ。


「あら、お兄さん。グラスからだよ。何か頼みな!」

「おっと、それじゃあウイスキーをロックで、あと鳥の照り焼きもお願いしようかな」

「はいよ!」


夜は続く、ダグラ・ハクはポケットの中から、何かを取り出し、ほくそ笑んだ。

*************

第2話後書き


さぁ、何やら話が物騒になってきました。何が起こっているかわからないままに世界は進んでいくかもしれませんが、どうかSFだから仕方ないと思って世界観を楽しんでください。


集合的な夢について話します!

基本集合的な夢は、1人の人が見る夢と、他の人が見る夢が合体します。三原色を重ねた表のようにandの部分とorの部分があるわけですね。1人が見ているのはあくまで、青の部分だけ。もう1人は黄色、もう1人は赤。ただ、重なったandの部分はより濃い存在となります。これが集合的な夢の実入りがいい部分ですね。実は大きく、かつ濃度が高いといったわけです。


では、今回の話に出てきたバグの夢ですね。こっちは上と少し異なっていて、様々な色からすこしだけ、そこの要素を拝借しています。つまり、メチャクチャに絵の具の色を足し合わせているイメージですね。これ以上は本編でそのうち説明するかも?


今回は集合的な夢についてお話ししました!

コメント、星お待ちしてます!

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