Dream Worker
TiTO
第1章 夢を喰らう者達
第1話 忘却の先
目が覚めると手を伸ばしていた
#忘れられない夢。忘れてしまった夢。<藤野亮>
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夜の新宿の街を歩いていた。大江戸線から登って、西口から東口にかけての通路は人混みで五月蝿くなっている。改札の前の道路沿いでは、いつものようにシンガーソングライターが歌い、聴衆の横で警察は静かに終わるのを待っていた。歌っていたのは、Loserだった。好きな曲に少し足を止めてしまう。ふっと、目の端に燃えるような赤い髪が揺れるのが見えた。目が惹きつけられる。人混みの中におそらく女性だろうか?後ろ髪が消えていくのが見えた。
前からくる、180cmほどの身長の男、香水を臭いほどにつけたそいつとすれ違う.
流れる人の波に任せて、歩く。目の前のカップルは、お互いしか見えていない。自分の首にかけられたお揃いのネックレスを女が触り、少し可笑しそうに顔を崩す。別の女性が追い越していき、白い肌に黒髪が妙に映えた。横を見るとショーウィンドウに映る自分が異物のように見える。横を歩く女の子は電話をしてしきりに笑っている。
ふっと、目が覚めた。
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夜魔 〜夢魔たちの幻想郷〜
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清潔な制服に身を包みんだ受付の担当者たちは騒がしく動き回る。
受付の中では、制服を着こなした主任のパスコフ・ユアが次々と指示を飛ばす。私、ライラ・レイはというと仕分けされた種子や書類を持って走り回っていた。
「ライラ、4層のC区画の夢の種子、それで全部?」
パスコフ・ユラの薄く青い短い髪が揺れる。彼女の切れ目は人によってはかなりの圧迫感を得るようで、新人の子などは良く泣いてしまう。本人にも自覚があるようで、次の日に目元を隠すようにメガネをしてくることもよくあるほどだ。だが、近くから見ている私からすれば、その切れ目はパスコフさんの良さでしかなく、カッコ良く、綺麗な女性であることがよく分かっている。
「はい、確認も終わっています。いつでも、ホルダーの方々に報酬を渡せます。」
「準備が終わったら、受付に行ってアナウンス。ガイアスには、特別報酬よ。本人は受け取りに来れないそうだから、振り込みで対応しなさい。」
「わかりました。」
ホルダー、夢の種子を収穫するものの総称だ。彼の報酬の支払いのために、自分の窓口に向かいアナウンスに向かう。総じて、夢魔の朝の時間は忙しい。夜の間に夢の種子を手に入れたホルダーが受付に押し寄せてくるからだ。ライラと呼ばれる私は、この階層都市で受付嬢として、ホルダーの方々のサポートをしている。昨夜の夢から得られた分を、計測し、その結果を書類に記載、経理課に届け主任の指導の元、報酬の支払いを行なっているのだ。
「ライラさん。今日はどう?空いてるかな?」
こういう忙しい時に、時間を持て余したホルダーは大抵受付嬢に話しかけてくる。ほらこう言う話をしているうちに1人出てきた…大体こう言うのは説明しても分かってくれない厄介な相手がこれをしてくるから、本当に面倒くさい。暇なのはわかるけど、お願いだから座っていてほしい。
「ティンゼルさん、申し訳ないですけど、お呼びになるまでお席でお待ちいただけませんか?」
そう言いながら目の前の筋肉、失礼…ティンゼル・ガイを見上げる。筋肉しか目に入らない。隆起し過ぎた胸元のせいで、かつ背が高すぎて、座っていると筋肉と、良くて鼻の穴しか見えない。目は多分あそこら辺…あっ鼻毛出てる。
「ああ、すまない。でも、どうだろうか?丁度、海鮮の美味しいお店が空いてるんだ。今返事をしてくれたらすぐに予約するんだが、今日はいつ終わりそう?」
このままだと作業にも集中できそうにない。あれ冷蔵庫の中にシュークリーム残してあったっけ?帰ったら、お風呂入って、ああ疲れた…私の集中力のためにも早めに退散してもらわないと…
「ふふふ、すみません。ティンゼルさんのことも、なるべく早くお呼び致しますので。お席でお待ちください。」
なるべく申し訳なさそうな表情を作り、業務に戻ろうとする。顔を背け、書類の整理、呼び出しの順番を確認している私の姿を見て、やっと部が悪いと察したのか、
「仕方ない、また今度、改めて誘わせてもらうよ。」
踵を返して、待合席に帰っていった。心の中で胸を撫で下ろしつつ、鼻毛を思い出して少し笑いそうになる。いけない、いけない。
そんな彼のことは頭の中から消え去らせ、アナウンスの準備を終える。
「お待たせ致しました。4層C区画の担当者の方々、報酬のお渡しの準備ができましたので、お呼び致しましたらG1窓口までお越しください。」
そこからは、ひたすらにホルダーの方々への対応に追われた。今日は特に量が多いようで、仕分け等も受付総出で対処していた。種子が食料品に使えるのか、建材に使えるのか、家具、火、などなど分類し、市場の相場を確認しつつ報酬を渡す。今も受付の裏では、職人たちが一つ一つを鑑定してくれている。そして、経理部が、今市場にどんな夢の種子が流通していて、どれが供給過多で、どれが需要過多かの資料を元に値をつけて行く。午前9時になった今、やっと作業に終わりが見えてきた。
「…次で報酬の対応は、最後ねっ」
手元の資料に目を通す。ガイアス・ロイ、A級ホルダー。本日の成果は、5階層の夢の種子を6つ、うち1つは失敗。レポート欄には、どんな夢であったのか、攻略に至るまでの詳細が記されている。
「…攻略失敗?」
そこにはガイアスさんにしては、珍しい攻略失敗の文字に違和感を感じる。欄には、準監視対象とすべきと記載されていた。そして、最後の欄にG0という判子が押されている。そもそもG0窓口なんてものはここにはないから、この判子が使われた書類を滅多に見ることはない。このハンコが使われるようになったのも最近のことだ。これは、攻略の如何に関わらず、時々押されている。いつも、受付の時にお菓子を渡してくるおかしな人、ガイアスの姿を思い出す。
「大丈夫かなぁ、怪我とかしてないといいんだけど……それにこのG0、どんな意味があるんだろう……」
机の上の、ベルが鳴る。ユアさんからのペースをあげるようにとの連絡だ。
「いけないっ、早く終わらせないと!」
慌ただしく、時間がすぎ、午前11時頃にやっと業務が終わる。
「はぁ〜、疲れた〜。」
そうして、背伸びをしていると、隣のG2窓口のフランが話しかけてくる。
「ライラ先輩、今日も一段と忙しかったですね。お疲れ様です。」
「うん、フランもお疲れ様。」
「この後、ご飯でも食べに行きませんか?」
「ごめん、もう眠くて眠くて、今日は帰るね。」
またかと思いながら、疲れ切った顔に力を入れて笑いかける。…本当に疲れる。
「いえいえ、また誘わせてください。」
「ありがとう、お疲れ様。」
受け持ちのG1窓口を後にして、ロッカールームに向かう。軽く、汗を拭き、着替えると退勤表に名前を書いて、退勤する。外を出て見上げると私たちが働く、階層都市BUGが怪しく緑色に光っているように見えた。子供の頃はグリーンジャイアントなんて名前をつけて、みんなで怖がっていたのを思い出す。いつかアレが動き出して、目が現れこっちを見て、足が生えて、向かってこないだろうかと妄想したものだ。
自宅に向かう道すがら、私はこの風景がとても好きだ。階層都市BUGは街の中央に位置していて、そこから離れた四つ坂は、商店街が並ぶ、ちょっとした所だ。夜魔の世界はいつも暗い、だから道を照らす明かりが幻想的で、心が癒される。この時間でも灯りは煌々として、働き終えた人たちが楽しそうにお酒を飲んでいる。四つ坂を降り切ると、灯りは少なくなる。静かな闇に、街灯がゆらゆらと揺れている。四谷方面に更に歩いてゆくと木造の家々が並ぶ。確か、人間の世界では雁木って呼ばれている雪除けの通路を通って、歩いた先に私の家がある。扉を開け、疲れ切った体をベットにダイブさせる。
「忙しかったけど、もうすぐボーナスも入るし、これでまた新しい家具も…本も…服も…買えるよね…また、明日も頑張らなくちゃ…」
柔らかい布団に抱かれて、瞼を落とした。
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西暦2023年7月12日 夜
ライラ・レイの夜は早い。午後8時(20時)、人間や動物たちが寝静まる少し前、私たちの1日の業務が始まる。ロッカーの前で、鏡を見て身だしなみを整える。そうして、受付に向かうと、昨日処理した書類たちを、同僚たちと経理部まで運んで行く。経理部に書類を引き渡すと、受付に戻り、昨日の業務内容の確認と今日の業務内容の確認を済ませる。そして、午後9時からミーティングが始まるのだが…
「ファァ・・・」
欠伸が止まらない。洗面台で顔を洗ってくるべきだろうか…でも、化粧を落とすのも面倒くさい。なんとか耐えるしか…すると、紙の束が頭の上に降ってくる。
「ほら、欠伸。ライラ、顔洗ってきても良いのよ?」
「…痛いですよ、パスコフさん〜。」
「お・は・よ・う。ほら手が止まってるわよ。」
「おはようございます。」
頭を抑えながら、彼女の顔を見ると、どうしようもないといった風な優しい顔でこちらを見ている。
「ほら、またパスコフって…ユアって呼びなさいって言ったでしょ?パスコフって可愛くないから嫌なの。あと髪、食べてるわよ。」
そういうと、ユアさんは指を口の端に持ってゆく。唇に挟まった髪を抜き、急いで髪を後ろにまとめる。
「昨日は寝れた?」
「はい、ユアさん。」
この知的な女性のユアさんは、階層都市1層で受付全体を取りまとめている。短く切り揃えられた髪が、カッコイイ女性って感じで、私の大好きな人。パスコフ、カッコイイのになぁ…。
「昨日は忙しかったから、まぁ今日ばかりは、多少は、仕方ない部分はあるから多めに見ますけど、受付嬢がそんな顔してちゃダメよ?」
「えへへ〜。」
頬引っ張る手が優しく、ついニヤケてしまう。ユアさんが、そんな私を見て笑いを堪える。
「…今日もよろしくね、ライラ。」
「はい!任せてください。」
9時になり、ホールに向かう、このミーティングでは、受付業務以外で発生する書類案件や、私達、支援部へ他部署から依頼があった際に、ユアさんがその仕事を割り振ったり、進捗を確認する場だ。
「ライラさん、おはようございます。」
ロヴァネス・フラン。私の直属の後輩で、今は隣のG2窓口を担当している。
「おはよう、フラン。」
「寝不足ですか?」
「いやだ、顔に出てる?」
つい顔を抑えてしまう。目元にクマでもあるのだろうか?
「いいえ、今日も綺麗ですよ。」
「うん、ありがとう。」
後で鏡を確認しないと、全く…最近、ご飯に誘ってきたり、こういう発言も増えてきた。でも…大事な後輩だし、あんまり邪険にするわけにもいかないしな。配属当初は小鴨みたいについてきて、真面目で、健気で、可愛いいって印象だったのに。最近は恋愛とか、その手の関係で、話題に事欠かないプレーボーイになってしまった。本人にはその気がないというのがより、女の敵というか…頭痛の種というか…
「はぁ、私の可愛いフランはどこにいちゃったんだろ…」
「え?僕がなんですか?」
「何でもない。それより、ミーティング始まるわよ。」
ホールの中心にいるユアさんが、それぞれの担当窓口を呼ぶ。
「それじゃあ、ミーティング始めるわよ。まず、A窓口チーフ、イエル・スラ」
「はい、まず開発部が支援しているホルダーの方から…」
AからGまでの窓口全ての報告が終わり、ユアさんの掛け声の元、全員が一斉に動き始める。21時半、BUGの入り口が開け放たれて、ホルダーが、どんどん入ってくる。10代から50代まで、年齢層の幅は大きい。
「あの…」
その中に歳にして15歳くらいの少年だろうか、胸にホルダーであることの印もなく、頼りなさげにこちらの窓口の前へと並ぶ、
「すみません。…ホルダーになりたいのですが。」
「ようこそ、階層都市BUGへ。新規のご登録ですね。」
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その頃、階層都市1階 都市長室
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都市長のジャイコフ・ワァウは、ため息のままに椅子へ深く腰をかける。
「ワァウ都市長。」
「わかっている。」
ウユラ・ナユは緊張した面持ちで、私の次の言葉を待っている。机の上にあるのは、4階層、5階層の近年の変異種の発生頻度だ。例年と比べて、その量は明らかに増している。そして、G0と印が押された資料。資料と睨めっこをしている時間ももうない。調査も行き詰まりつつある…
「悪いが、すぐクァリフを呼んでくれ、机の資料はもう片付けていい。」
「わかりました。」
私の指示にウユラは答え、眼鏡を少し持ち上げると、資料を手に部屋を出て行こうとする。扉に手をかけようとすると突然それが開け放たれた。
黒と金の混ざったおでこがでるほどの短い髪、髪には後に伸びる刈り込みに沿うように金色の髪飾りが垂れている。ダグラ・ハクは、許可なく部屋の敷居を跨ぎ、来客用のソファに腰掛ける。
「いやぁ〜ジャイコフ、元気?調子はどうだい?え?こっちの調子?もう大変だったよ。最近は家のこともやっているからね、ホルダーの仕事を少し減らしてくれると嬉しんだけど。まぁ、無理にとは言わないよ。ただね、こっちだって暇じゃないんだ。そうは思わない?ていうかジャイコフ、君、クマできてるけど大丈夫?」
ウユラは突然のことに尻餅をついて、相当驚いたのか、口をパクパクしている。…それにしてもこいつ、何しにきた。こっちの都合など知らないと言った風に話を展開してくる。態度はふざけているように見えてこっちらをじっと観察しているようだった。
「ウユラちゃん。そんなところに座って、どうかしたのかい?」
「…ウユラ…ウユラ。……しっかりしろ!」
「はい!都市長。」
私の声に気を取り戻したのか、ズレた眼鏡をなおし、いくつか落としてしまった資料を拾い直して、さっと立ち上がる。
「すまなかったな、ウユラ。ダグラには後で、私からちゃんと話しておく。」
「…あっ、はい。失礼します。」
まだ、調子が狂っているのか、ウユラはフラフラしながら外へ出て行く。
「嗚呼ぁ、ウユラちゃん、あんなにフラフラしちゃって、働かせすぎじゃない?」
「まずその口調を改めろ。私はお前の友達でもなければ、同僚でもない。」
「はいはい、わかりましたよ。都市長殿。ご老人はうるさいね。」
飄々と答えるダグラの顔からは全くと言っていいほど、悪びれた様子を感じられない。
「それと、ここは許可された人間しか入ることを許してはおらん。」
「許可なら取ったさ、受付の人とすこーしお話ししたら快く通してくれたよ?」
そう言ってこちらに見せつけるかのように、腕から垂らした、貴族の証である三又の槍を見せつける。
「ここで貴族の権威を振りかざすなら、今後一切のホルダーの資格を剥奪する、いいな…外ではどれだけ偉かろうと、ここではお前は1ホルダーだ。」
「…(笑)」
「…用があってきたんだろ。手短に済ませろ。」
こちらが聞く姿勢をとると、ダグラはソファで寛いでいた身体を起こし、棚ものを物色するように目を向け、歩き出した。
「うん、まぁ、そうだね。そうだった、用があるんだ。…ねぇ、さっきのG0の資料でしょ?」
ダグラは、面白いものを見つけたっと言った風に、私の棚の熊の置物を手で遊び、元に戻した。
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階層都市1階 G1窓口ライラ・レイ
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「まずこちらをお渡ししますね。」
緊張した面持ちの少年に、パンフレット渡す。友達と登録に来たのか、隣の窓口の少年をチラチラと見ながらモジモジしている。かわいい…
「フフ…緊張しなくても大丈夫ですよ。」
「あっ、えっと、…すみません。」
服の裾を掴みながら、必死で心を落ち着かせようとしている。あがり症なのかな?
「いいえ。それでは、早速、そちらを開いていただいた上で、説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「…はい、よろひくお願いします。」
噛んでしまったのか、さらに顔が赤くなる。そんな様子につい「クスッ」と声が漏れてしまう。彼は私の様子がおかしいと感じたのか。不安そうに伺うようにこちらを見てきた。
「ああ、すみません。セイさん、それでは説明をいたしますね。こちらのボードをご覧ください。」
そう言って操作すると、ライラと少年の間にあるボードに映像が流れる。全部で5階層の塔の内部が映し出された。
「ここ階層都市BUGは、生きとし生けるもの夢が混在している場所です。あなた方ホルダーは、階層都市内で夢に干渉することとなります。夢の中では、様々な姿に変化できますが、その姿はあなたの力量次第で制限がかかります。夢の種子で生成されたものであれば、持ち込みが可能ですので、大抵のものは夢に持ち込めます。ここまでは宜しいですか?」
少年は、真剣な面持ちでうなずく。
「持ち込み許可がある物品についてはそちらにも記載されているので、後で確認してみてくださいね。特別許可が必要なものは情報部に問い合わせて申請が降りたら使えます。ここでは簡単な説明だけですから、詳しいことは情報部まで問い合わせてくださいね。次に、大まかな施設の説明です。ご存知かもしれませんが、BUGの階層は1層が最低級脳、2層が低級脳、3層が富豪人間脳、4層が平民人間脳、5層が貧民人間脳というように分類分けが成されており、上の階層にいくにつれ、夢が安定せず、持ち帰りが難しくなりますが、夢の種子は大きくなり実入りが良いと行った様になっています。」
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階層都市1階 都市長室
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ダグラの言葉には、誰もが知る当たり前の事実が述べられていく。
「そもそも夢の種子とは何か?それは人の願望の塊だよね。それを奪おうとすれば、夢の主から抵抗を受ける。また、夢の種子によってその性質は様々で、家、朝食といった場面が存在すれば、建材や食べ物になる。この夢の種子は私たち夢魔の体を作る食事であり、建物を作る建材であり、私たちが着ている衣服を作る糸、もしくは衣類そのものになるわけだね。さて、ジャイコフ、ここまではみんなが知っている話だ。…いやそれがまさか、もう一つの階層。0階層なんてものがあるなんてね。よく隠した物だよ。ねぇ、今どれくらい広がってるの?隠したいってことは相当の種子があるんだよね?」
ダグラの言葉に私は答えない。答えられない。
「根拠が知りたいって?仕方ないなぁ、小耳に挟んだんだけどね、最近、3階層、4階層、5階層は更にか…取れる夢の種子の量が激減してるっているんだ。種子自体も小さくなっているものがあるとかないとか。まぁ、なんせ噂だから真実の程は分からないけど、もし本当なら、人間が減ってるわけでもない、むしろ増えてるんだ。なのにおかしいよね〜。異変が観測されたのは上位の層で、1、2階層には影響がないっていうのも、何でだろうね?君はどう思う?…人間の間で何かあったのかな?夢を見る人が少なくなった?そうかもしれない、うん、確かに昔に比べて夢の中には魔女もいない、神もいない、悪魔も、化け物もほとんどいなくなったよね。平和になった。…でも、それは夢の数が減る説明にはならないよ。つまり、僕が何を言いたいかというとね、ジャイコフ。夢自体がどこかに消えたってことだよ。」
怪しく、笑みを浮かべる。まるでこちらが何を考えているのかお見通しで、反応を面白がっているようにも見えた。
「元々、BUGは僕ら夢魔が生きるために必要な夢の種子だけを手に入れるための装置のようなものだからね。BUGの階層に割り振られる基準から外れたのかな?」
「…」
「でもさぁ、そんなことないと思うんだよ。人間の夢なら大抵僕らの必要とする基準は満たしている。外れるなんて、ほぼあり得ない。あるとすれば、悪夢よりもイレギュラーな存在だけ。そのイレギュラーが集まった場所が0階層、そうだろ?…今まで消えた分の夢の種子の規模を考えると0階層の奥には、相当大きな夢、夢の種子がある…と僕は思ってる。公開しない理由は何かな?…みんなに…貴族に隠れて、こんな儲け話、何をしたいのかなぁ?BUGの資源は全ての夢魔のもの、前都市長の言葉、忘れたわけじゃないよね?」
「…そうか、で、そんな世迷言を話すためにここに来たのか。」
「世迷言ねぇ、あくまでそうしたいなら別に構わないけど、教えてくれるなら、叔父さんにも話さないであげるよ?」
ダグラの叔父、モルメット・ハク。前都市長のヴァリス・カイと過去、BUGの支配権について争った経歴を持つ。ダグラの言うことは間違っていない、間違っていないが、残念ながらこれは儲け話ではない。あまりにも問題がありすぎる。
「ジャイコフ、僕は君を助けたいんだ。」
その言葉が妙に癇に障る。こいつが私を?都市を救いたい?それこそ世迷言だろう…何を知っていると問いただしたくなるのをグッと堪え…私は答えた。
「用がないなら帰れ。」
都市長室は誰もいないかのように静まり返る。ダグラはじっと私の目を見下ろすように覗き込んいる。
「…そうか、なら仕方がないね。」
長い沈黙の後、そういうとダグラは出口に向かって歩き出した。しかし、直ぐに出ていくと思われたその背中がドアノブに手を近づけて止まる。
「穴が見つかったらしいね。」
「…」
「その穴があれば、0階層の夢に入れる。」
「…」
「僕はちゃんとわかってるよ?価値がないものは誰も拾いもしないけど、そうじゃないものはすぐ無くなっちゃうものだって。…ねぇ、ジャイコフ?」
扉が閉じられ、再び静寂な空間になる。
都市長は机の上の紙で、手汗を拭う。
「価値のあるものか…果たしてそう言い切れるなら、こんなに悩みはしなかったさ。それにしても、貴族派閥にそこまで知られていたとはな…」
(敵なんて、いないさ。みんな味方だってアイツらとだっていつかは…)
彼の前の都市長の言葉を思い出していた。
「ヴァリス、俺はどうしたらいい。」
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階層都市1階 G0窓口ライラ・レイ
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「基本的に1、2階層では問題ありませんが、3階層以上となる悪夢が現れます。悪夢は人を縛り、夢が人に与える知恵、真なる知覚、魂の喜びを奪う。悪夢は好戦的なため、万が一、悪夢に遭遇した際は、新人の方には対処が難しので、アラートが鳴ったら直ちに夢から離脱してください。集合的な夢に関しても同様です。いいですね?」
「はい。」
「実際の訓練の際にまた説明があると思いますが、夢から出る際は、目を瞑って、夢に入る時に通ったポータルを想像してくださいね。普段から自分の家、好きな場所、BUGの階層内でも目を瞑って想像ができるように。」
小さく頷いてくれる。最初は緊張して大変だった彼は、少し和らいでくれたようだ。
「手続きはこれで終了となります。後は明日、先輩のホルダーの方と設備課の方が、施設の案内をしてくださることになっているので、お時間をお間違えのないようによろしくお願いします。それじゃあ、クロードくん。今日からよろしくね。」
「はい、ライラさん。こちらこそ、よろしくお願いします。」
急に名前で呼ばれて少し赤くなった顔で、嬉しそうに笑う顔に、私は少し笑ってしまった…あまりに可愛くて…バレてないといいんだけど。
*************
1話後書き
作者です。1話いかがだったでしょうか?設定を練るのに時間が掛かりすぎて、やっと書き始めと言ったところでしょうか。
拙い文章ですが、最後までお付き合いいただき、感想等いただけると幸いです。
今日は名前について話していきたいのですが、この世界ではライラが名でレイが姓です。
途中で出てきたティンゼル・ガイはモブです。次いつ出てくるかなぁ…。予定はあるけど、多分結構先。モブの名前は覚えなくてもいいですが、何度か出てくるうちに「ああ、あいつか」ぐらいになっていると嬉しいです。ちなみに高ランクのホルダーです。
2話では、階層都市BUGの全てはまだ見えてきません。大体5話くらいでわかるかな?だから、後書きでどんどん補足していけたらと思います。
彼らが何者であるのかきっと聡い読者の方ならお分かりいただけたでしょう…
余談ですが、この夜魔には発電という概念がありません。全ては夢の種子によって成り立っており、普通は”木は燃える”だが、”木は”夢の種子”を”消費して”燃える”となる。つまり、電気によって光るのではなく、夢の種子を消費することによって、光を再現しているだけに過ぎないのです。
それでは第2話で。
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