七 海賊の宿命(さだめ)(2)

「──まあ、ともかくもそういうわけで、これ以上の長居は危険すぎる。今すぐ撤収しよう。露華、君もいいね?」


 令嬢と探偵が消えたことに多少の疑問を残しつつも、マルクは迷うことなく、改めてそう皆に命じる。


「……わかったネ。このままアタシ達がいたら老師達に迷惑がかかるネ……」


 念を押された露華も、突然のことに動揺を隠し切れない様子ではあったが、今の状況をよく理解して淋しげな表情で首を縦に振る。


「皆、そんな深刻そうに一体何がどうしたというんじゃ?」


 一方、状況の飲み込めない皇村源は、キョロキョロと皆の顔を見回しながら、訝しげに眉根を寄せてそう尋ねた。


「老師……実ハ、隠していた事ガ一つあるネ……」


「隠していた事?」


 露華は真っ直ぐに皇の瞳を見つめると、おもむろに語り始める。


「そうネ……実はアタシ達、禁書の秘鍵団という海賊ネ……」


「海賊!? ……そうか。ではトリニティーガーの……それを聞いて得心がいった。この地に慣れた辰国人にしては見ない顔だったのも、あのチンピラ達をブチのめした武術の技も……」


 意を決した露華の告白に、一瞬、皇は驚くも、むしろ納得したというような面持ちで相槌を打つ。


「アア! 海賊の皆さんだったのネ! どうりで雑技団の様な風変わりな恰好した人達だと思ったら!」


 同じく妻の吉法も、一応、驚いてはいるようであるが、その驚きよりも疑問が解けた喜びの方が強い様子で、個性豊かな秘鍵団の面々…特にキホルテスの甲冑姿を興味深げに見つめている。


「そういう事ネ……もしアタシ達の正体が知られれば、この店も老師達もお咎めを受けるネ……だから、もうサヨナラネ……」


 そんな反応を示す皇夫婦に、露華は淋しげな面持ちで辛そうに突然の別れを切り出す。


「左様か……ワシらはどうなっても構わんが、そなた達が捕まるのはなんとも偲びない。露華、それに仲間の皆サン、この度は本当にお世話になった。もうこの店は大丈夫じゃ。サ、早く行くが良い」


「ええ。別れは辛いけど、引き止めたら露華ちゃん達にむしろ迷惑がかかっちゃうものネ。ほんとにどうも謝謝シェシェネ。アナタ達には感謝の気持ちしかないワ」


 露華のその言葉に、すべてを察した皇と吉法もそれ以上四の五のとは言わず、避けられぬ別れの運命を素直に受け入れた。


「おおーい! 店の人いないのかー?」


「すみませーん! 注文お願いしたいんだけど〜!」


 と、そんな時、店の表の方からは料理を待ちわびる客達の騒ぐ声が聞こえてくる。


「一ツ気がかりなのハ、あの大量のお客ネ。アタシ達がいなくなってモ大丈夫カ?」


「なあに、なんとかなるわい。もしなんとかならんかったら、材料がなくなったと店を閉めるまでじゃ」


 表の人集りを覗い、一抹の不安を覚える露華であったが、弟子に心配をかけまいと皇村源は根拠なく強がってみせる。


「ああ、それならおあつらえ向きの人材がそこにいるよ……ま、パッと済ませれば問題ないから……じゃ、その点は僕がなんとかしよう。ちょっとひと儀式してくるから、君らは撤収の準備しといて! ああ、キホルテスはローブを、しっかり着込むようにね!」


「おあつらえ向きの人材? …ってどこにいるネ〜!?」


 すると、同じく表を覗がっていたマルクが口を挟み、聞き返す露華も置き去りにして、自身はそれだけ言い残すと店裏の食物貯蔵庫へと走って行ってしまう。




「──霊よ、現れよ! 偉大なる神の徳と知恵と慈愛によって、我は汝に命ずる! 汝、ソロモン王の72柱の悪魔の内序列58番、炎の総統アミィ!」


 そして、素早く羽織ったジュストコールの左胸に金の五芒星ペンタグラム、右裾には仔牛の革製の六芒星ヘキサグラム円盤を着け、床に〝ソロモン王の魔法円〟の描かれた布を敷くと、右手に短銃型の魔法杖ワンド、左手に金属円盤ペンタクルを掲げて、さっそく悪魔召喚の儀式を始める。


「… 霊よ、現れよ! 偉大なる神の徳と知恵と慈愛によって……ん、来たね」


 そして、〝通常の召喚呪〟を何度か唱えた後に、魔法円の前方に描かれた三角形からボッ…! と橙色オレンジの炎が燃え上がり、その炎が形を変えて半透明の異形のものが現れた。


 それは全身に炎を纏う、干からびた小人のような恰好をしており、炎の如き真っ赤な髪を派手に逆立て、左手に槍、右手には生首をぶら下げている……。


「なんだ。誰かと思えば海賊のガキか。言っとくが、魂を対価によこさなきゃ願いは聞いてやらねえぞ?」


 その炎の悪魔は現れるなり、術者がマルクであることを認めると、すぐさま苦々しい表情をして予防線を張ってくる。


 魔術師として、歳の割にはすでにベテランの域にあるマルクは、この悪魔とも顔見知りだったりするのだ。


「そう言うなって。さすがに魂はやれないけど、今度、原住民の首刈り族から干し首買ってあげるからさ。それに頼むのは簡単な仕事だ。ほんのちょっとの間だけ使用人を与えてくれればいい。そのための素体もこっちで用意してある」


 そんな悪魔に対してマルクは、短銃型の魔法杖ワンド金属円盤ペンタクルを突きつけて魔術的なプレッシャーをかけつつも、馴れ馴れしい口調でなんとか懐柔を試みようとする。


 召喚魔術にとって一番大事なのは、作法や式次第の正確さなんかよりも、じつはこうした悪魔との交渉能力だったりするのだ。


「干し首か……ま、そんくれえのことなら引き受けてやらなくもねえが……だが、対価の干し首、忘れんなよ? 後払いってのからして特別扱いなんだからな?」


「ああ、もちろんさ! いや、助かるよ。ちょっと急いでるんだ。さっそく頼むよ」


 その点、幼い頃より魔導書の魔術を学び、各々の悪魔について知り尽くしているマルクには一日の長がある。


「で、どいつを使用人にすりゃあいいんだ?」


「ああ、それはね──」


 こうして、慣れたところでマルクは早々に、魂の対価なしに悪魔アミィとの契約を成立させた……。




「──いらっしゃいませえ〜! ご注文は何にいたしましょう?」


「プラタノ湯麺と水餃子二人前ですね? 少々お待ちください」


 わずかの後、表では将軍楼の制服を着た店員達が、押し寄せる大勢の客相手に忙しなく働いていた。ガストロノミア将軍や翟安門達に置いて行かれ、仮設厨房の片付けを行っていた者達である。


「なるほど。確かにおあつらえ向きのがちょうどいたの……しかし、よくすぐに引き受けてくれたな。いったいどう口説いたんじゃ?」 


 店舗の入口からその姿を覗き見て、皇村源は半分納得しながらも、もう半分は不思議そうな面持ちでマルクに尋ねる。


 海賊であることはさっき聞いたが、御禁制の魔導書の魔術を使っていることまではまだ知らないのだ。


「いやまあ、そこは企業秘密ということで……でも、将軍楼がなくなれば彼らもクビですからね。一応、今日一日の契約ですが、他に行くあてがなければ明日以降も働いてくれるかもしれません。双方にとって良い話かと」


 さすがに魔導書の件まで明かすのはショックが大きそうなので、マルクは苦笑いを浮かべて言葉を濁すと、そんなアドバイスを付け加えた。


「お頭、いつでもトンズラできるぜ?」


 そうしてマルクが皇と話をしていると、すっかり帰り支度を整えたリュカが来て報告する。


 その背後を覗えば、他の者達も荷物をまとめ、すぐにでも出立できるようにしている。ちなみにキホルテスはサウロによって、頭からすっぽりとフード付きの茶色いローブを被せられ、着用した甲冑を見えなくされている。


「よし。じゃ行こうか。皇さん、どうもお世話になりました。では、僕らはこれで」


 リュカに答えると、マルクもジュストコールを脱いで変装の辰国服姿となり、皇夫婦に改めて断りを入れる。


「アイヤ、こちらコソ世話になった。裏口を出たらそのまま小路を奥まで行くが良い。大通りを避け、一本向こうの通りを港まで行けるじゃろう」


「老師、オカミさん、今度こそサヨナラネ……老師の教え、いつまでも忘れないヨ」 


 すると、親切にも逃走経路を教えてくれる皇に対し、同じく露華も名残惜しそうに、神妙な面持ちで再び別れを告げた。


「うむ。まあ、これで永遠の別れというわけでもない。トリニティーガーならすぐ隣だしの。ほとぼりが冷めたらまた遊びに来るがよい」


ハオ。絶対来るネ。こっちにも遊びに来て…とはチョト言えないけど。トリニティーガーは海賊の巣窟だからナ」


 愛情に溢れた眼差しを向け、温かな言葉をかけてくれる皇村源に、露華もお返しに誘おうとするも、それが難しいことに気づいて苦笑いを浮べる。


「さあ、行こう! フォンテーヌ嬢を回収してくだろうから、急げばまだメジュッカの船が港にいるかもしれない。いなかったらトリニティーガーと取り引きしてる闇業者を当たらないといけないし」


 そんな露華を含む仲間達を、すでに裏口へと足を向けているマルクがそう言って急かす。


「皇老師、オカミさん、下次再見シァツーツァイチェンネ〜!」


 もう一度、別れの言葉を口に、先に出た仲間達を追って露華も勢いよく駆け出す。


「アア! 下次見シァツーチェンじゃ!」


「エエ、絶対また会いましょお〜っ!」


 その小さな背中へ、眼頭を熱くする皇夫婦もなんとも名残惜しそうに、再開を願う大声を叫ぶようにして投げかけた──。



 これ以降、突如としてサント・ミゲルの街に現れ、味比賽ウェイビーサイで大手辰国料理店のシェフを下すと、また風のように去って行った美少女料理人にまつわるウワサは、広くエルドラーニャ島の人々の間で伝説として語り継がれてゆくこととなる……。


 一方、その伝説の料理人──陳露華はというと、この味皇軒での経験が本業(※海賊)の方でも役に立つこととなるのであるが……それはまた、別のお話。


(La Señora gourmet 〜セニョーラ味っ子 了)

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La Señora gourmet 〜セニョーラ味っ娘〜 平中なごん @HiranakaNagon

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