七 海賊の宿命(さだめ)(1)

「──おい、なんで俺達んとこには餃子持って来ねえんだよ!? まだ一口も食ってねえぞ?」


 さてさて、そうして表では露華の勝利に皆が湧いていたその頃、味皇軒の店舗の中ではというと、完全に忘れ去られているリュカ達が文句を口にしていた。


「ま、僕らは一応、ひっそりと隠れてる身の上だからね……もちろん僕も食べたいけど……」


 賑やかな店表を物陰から眺めながら、苛立つリュカをとなりで諭すマルクであるが、やはり彼もこの冷遇を不満に思っている様子だ。


「むむ! 敵が敗走したな? ならば、ここはやはり追撃を……」


「旦那さま、だからそういうんじゃないですからね……」


 一方、またも戦斧アクスを手に嬉々として出て行こうとするキホルテスを、やはりサウロが渋い顔で止めている。


「わたしも餃子は食べたいけど……でも今回の新型固形燃料の実験は大成功だったよ! これを何か武器に応用できないかな……そうだ! 小壺に詰めて船燃やす手榴弾にしよう!」


 対して仮設竈でもその高機能を発揮した自身の発明品に、同じく餃子を欲しがりながらもマリアンネはたいそう上機嫌である。


「それはそうと、やっぱりちょっと目立ち過ぎだ……知った顔も幾人かいるようだし、これ以上、面倒なのが来なきゃいいんだけど……」


 そうして、人知れず店の中で味比賽の行方を見守っていた秘鍵団の面々ではあるが、マルクはよく知った総督令嬢や海賊一家のお嬢さま、それにリュカと面識のある探偵を見回しながら、そこはかとなく嫌な予感に災難まれる。


「ああ、確かにここはサント・ミゲルだからな。これで羊の野郎・・・・どもまで来たら笑えるぜ……」


 マルクの呟きを受け、そんな言葉を冗談半分に返すリュカだったが、その悪い冗談はまさかの現実のものとなる。


「この人集り……いったいなんの騒ぎだ?」


「訊いてみたら、なんでも水餃子の料理対決をやって、あの店の料理人が将軍楼のシェフを倒したらしいですよ?」


 早々に味比賽のウワサを聞きつけて来る新たな客達の中に、そうした会話を交わす白装束の男二人がいた。


「……ん? ゲッ! ほんとに羊の野郎じゃねえか!?」


 その白尽くめの二人組を見た瞬間、目つきの悪い眼を大きく見開き、リュカは嫌そうに声をあげる。


「あ! ほんとだ。もう、リュカくんがウワサなんかするからだよ?」


「ああ、まさにウワサをすればだな……て、俺かよ!?」


 そのとなりでマルクも彼らを見つめながら眉をひそめ、自分のせいにされたリュカは独りボケツッコミを入れる。


 キュイラッサ―・アーマーの上に純白の陣羽織サーコートと白いマントを纏い、その陣羽織サーコートの胸に描かれるプロフェシア教のシンボル、大きな一つ眼から放射状に降り注ぐ光──〝神の眼差し〟と、それを左右から挟む〝羊の巻き角〟の紋章……。


 それはまさに、秘鍵団を含む海賊達の天敵であるエルドラニアの精鋭部隊〝白金の羊角騎士団〟の装いだ。


 現れた二人の内、口髭を生やしたいかにもラテン系のダンディな方が羊角騎士団の副団長ドン・アウグスト・デ・イオルコ。もう一人の黒い羽根付き帽をかぶり、脇に竪琴リュラーを携えたナンパな男がもと吟遊詩人バルドーのオルペ・デ・トラシアである。


 じつは彼ら、港にあるオクサマ要塞内の羊角騎士団駐屯地から、諸用で総督府へとやって来た帰りだったのであるが、表通りにまで溢れ出している野次馬や客達の姿を目にして、その原因を確かめにちょっと覗いてみたのである。


「ほう。あの将軍楼のか。ならば、さぞかし美味いのだろうな」


「仕事も済んだことですし、ちょっと一杯やってっちゃいます?」


 味比賽での勝利の話を聞くと、アウグストは感心した様子で味皇軒の建物を眺め、オルペに至ってはアウグストを誘って食事をしていこうとまでしている。


「そうだな……ま、たまにはよいか。お持ち帰りOKなら団長達への土産も買ってこう」


「そうこなくっちゃ! なんか辰国風のスープパスタも名物らしいですよ?」


 その誘いにアウグストもその気になり、秘鍵団の面々にとっては非常に都合の悪いことに、どうやら二人も味皇軒に寄って行くつもりのようだ。


「サウロ、今度こそはこれを使うのも間違いではあるまい?」


「ええ。ただし、状況次第ですけどね……」


 想定外の天敵の出現に、戦斧アクスを握るキホルテスもこれまでと違って険しい表情を見せ、サウロもいたく真剣な口調で主人の問いかけに答える。


「どうするお頭? 煙幕焚いて逃げる?」


 また、マリアンネも自作の煙幕弾を懐から取り出すと、表を覗いながらマルクに指示を仰ぐ。


「いや。下手に動けば店に迷惑がかかる……サウロ、露華をこっそり呼んで来てくれ。すぐにここを離れよう」


「はい。了解です……」


 だが、はやる仲間達を冷静に制すると、マルクはサウロに頼んで、まだ表にいる露華を呼びに行かせる。


 露華は賛辞を贈る客達に周りを囲まれており、羊角騎士二人の来店にはまだ気づいていない様子であるが、幸い二人の方にしても、まさか自分達の追う海賊の一人が、こんな所で餃子を作っているとは思いもよらないらしい。


「サアサア、店を再開だ。また客が増えたからの。忙しくなるぞ?」


「せっかくのお客さん、もうひと頑張りしましょう!」


「皆、ナニサボってるネ! お客ガ待ってるヨ!」


 と、表にサウロが向かおうとしたちょうどそこへ、皇村源、吉法とともに露華が厨房へと戻って来る。


「ああ、露華! それどころじゃないんだよ! ヤツらに気づかなかった?」


「ヤツら? いったいナンの話ネ……ア!  いつの間にか羊ガいるネ!」


 サウロに言われて示された方向を振り返った露華は、ようやくその白尽くめの客二人の存在に気づく。


「他にも俺達の顔馴染み・・・・がチラホラ混じってるしな……あれ? 総督令嬢のお嬢さまとフォンテーヌ嬢ちゃんはどこ行った? てか、探偵のやつもいねえじゃねえか!」


 そこで、他の身バレしかねない不安要素についてもついでに知らせようと思うリュカだったが、ふと見れば、いつの間にやら令嬢達と探偵の姿は何処かへ消え去っている。


 じつは彼女達にとってみても、羊角騎士団と出会でくわしたことには不都合があった……。




「──あれは確か副団長のアウグストさん。危なかったですわ。もし見つかってたら、お父さまに無断でお店に来ていたことを告げ口されてしまうかもしれませんもの……」


 人混みに紛れ、こっそりと味皇軒を離れたイサベリーナは、裏路地を表通りへと進みながら安堵した様子で呟く。


 サント・ミゲル総督の父親と白金の羊角騎士団は、その職務柄、当然お互いをよく知る関係にあり、総督の娘であるイサベリーナは、自身のオテンバを父親に知らされることを恐れたのだ。


「そ、そうですわね。お父さまに怒られてしまいますものね……」


 その呟きに苦笑いを浮かべるフォンテーヌ嬢は、他人事ひとごとのようにそう言って相槌を打つが、彼女としても羊角騎士団との接触は歓迎されるものではない……自覚はなくとも、海賊一家の頭領である自分にとって、海賊討伐専門部隊がいかに危険な存在であるかくらいはさすがに理解している。


「──おいおい、ありゃあ白金の羊角騎士団じゃねえか。しかも、よりにもよってあの副団長と吟遊詩人だ。なんて今日はツイてねえんだよ……」


 他方、探偵カナールも令嬢達同様、その場をコソコソ逃げ出すと、苦々しい顔をしてボヤいている。


 じつは彼も、ある事件で羊角騎士団に誤認逮捕され、厳しく尋問された経験があるので苦手としているのだ。それもなんという運命の悪戯か? その時に直接関わったのがまさにアウグストとオルペなのである。

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