バラ
碧川亜理沙
バラ
バラの花言葉を知っているだろうか。
答えは「愛」。花言葉なんて詳しくなくても、バラの花言葉は1度くらい聞いたことはあると思う。
そして、色や本数によって、その意味合いは変わってくる。
なんでそんなこと知ってるかって言うと、俺の親戚の姉ちゃん夫婦が花屋をしてるから。
家も近所で、小さい頃は暇になるとよく顔を出していた。興味あると思われていたのか、姉ちゃんは花についていろいろと教えてくれた。大人になった今でも、そこら辺の人よりは花に詳しい自信あるよ。
それにバラが出る時期になると、毎年1回は必ずと言っていほど聞くプロポーズの話。
姉ちゃんの旦那さんが、プロポーズの時に真っ赤なバラの花束を渡した。それはそれは見事なものだったって。写真で見せてもらったけど、多分100本くらいだと思う。
ちょっと話がそれちゃったけど、まぁこういう話もよく聞いたりするわけで、花については割と詳しくなっちゃったわけ。
でも、知ってて損はなかったと、大人になってから思う。
いつ、どんな時に、知識としてあったものが生かされるかなんて、その時にならないと分からないものだからね。
* * * * *
時間は遡り、高校3年生。
センター試験も終わり、あとは国公立の本試験。そして、その後はすぐ卒業である。
高校生活なんてほんとあっという間。
学校行って、バイトして、友だちと馬鹿やって、彼女作って……を繰り返してたら、気付いたらもう3年も終わる。
ちなみに、この時期の俺は夏からフリー。寂しさを紛らわすために、真面目に受験勉強に勤しんでいた。
その日も、何か特別なことがあったわけじゃない。だけどその何でもない日が、よくいう運命の出会いだったのかなと思う。
大学の本試験まで1週間を切ったある日。
俺は学校の自習室で勉強をしていた。受験シーズンになると、3年生で満たされるその部屋は、その日は珍しく俺含めて10人くらいしかいなかった。
ちょうど集中力が切れて、購買で何か食べ物でも買おうかと立ち上がった時。
「あの、すみません」
小さかったけど、その声ははっきりと耳に届いた。
視線を向けると、今どき珍しい三つ編みのメガネ女子が立っていた。
「あの……その席に、忘れ物とかありませんでした? 緑のペンなんですけど」
言われて今まで向かっていた机を見る。
ノートや参考書などが適当に開かれている。それらは全て見慣れた私物。
「あ」
そんなものない、と返事をしようと少し視線をずらした先、机の奥の端の方に見慣れないペンがあった。
「もしかして、これ?」
彼女に見せると、「それです」と首を縦に振った。
「ありがとうございます」
「いいえ」
それで会話はおしまい。彼女は俺の席からふたつ離れた席に荷物を置いて勉強の準備を始めた。
俺は当初の予定通り、購買へと向かう。
向こうはどうだか知らないけど、俺は彼女のことを知っていた。と言っても顔と名前だけ。
1年生の時に同じクラスだった女子。
なんてことない日常のひとコマ。心ときめく出会いを想像していた人には悪いけど、初めからそんなにおいしい話なんてどこにもない。
2度目に会ったのは、合格発表の合否の報告に学校に登校した日。
数日前に卒業した学校にまた行くのはちょっと気まずく、電話で済まそうかとも思っていた。けれど、何となく学校に行ってもいいかと思い向かったわけ。
先生に無事合格していた旨を伝え、少し雑談をしていた時に彼女はやってきた。
盗み聞きなんてするつもりは全くなかったけれど、偶然耳に入って来た大学名は、なんとビックリ、俺と同じ大学だった。
俺と違って、報告だけ済ませてさっさと職員室を出ていったので、話すことなんてなかったけれど。それに、彼女が俺のことを認識していたかすら分からない。
……という感じに、2度目は話すこともなく偶然同じ場に居合わせたという、なんとも面白くない邂逅だった。
篠崎史織ときちんと話すようになったのは、成人式前々日の同窓会だった。
中学ならまだしも、高校なんて卒業して2年しかたってないのに開く必要あるのかと内心思ったりしていたけど、参加するあたり久しぶりに同窓生たちに会いたかったんだろうな。
参加したのは俺含めてだいたい30人前後。ほとんどが中学の同窓会と被っており、そっちに参加したのだという話を聞いた。
そうなると、大きな会場を借りるというよりは、居酒屋の広めの個室で収まることになり、同窓会という名の飲み会が開かれた。
だいたい仲の良かった人たちが同じ席になり、余り物の俺たちは余り物同士で相席することになる。その中に、篠崎史織もいた。
「はい、カンパーイ!」
幹事の乾杯声の後は、もうお好きなようにって感じ。
同じ席になった奴らは、何となく顔は見たことあるけど名前は知らない。そうなると、必然的に話すこともないから、気まずい雰囲気が流れ始める。
「
彼女から話しかけられたのは、だいたい皆お酒がまわり始めてきた頃。
「そうだけど……俺の名前知ってたんだ」
「
でも、それ以外接点はなかったはずで、純粋に覚えていたということに感心した。
「あと、頻繁に彼女が変わっていたって、結構噂になってたから何となく覚えてたのよ」
俺は苦虫を噛み潰したような顔をしていたのかもしれない。篠崎が俺を見て、クスッと笑った。
「変な噂なんてすぐ忘れろよ。今はそんなことしてないし」
「へぇ、そうなの」
あまり信じてなさそうな返答。
俺はその後、割と必死になって篠崎に弁明していた。酒も入っていたし、何だかその噂だけの印象のままにはしたくなかった。
同窓会は約3時間後にお開きになった。二次会に行く行かないの話を片耳に、俺は篠崎と連絡先を交換していた。
特に深い意味があった訳じゃない。お互いまだまだ話し足りない気もしたし、素直に篠崎と話をするのが楽しかったというのもある。
また、とお互い手を振り合い、家へと帰った。
* * * * *
その日を境に、俺は篠崎と頻繁に連絡を取り合うようになっていった。
何か用事があるという訳でもなく、くだらない、その日あったことを話すだけだけど楽しかった。
そして、大学でもちょくちょく篠崎のことを見かけるようになっていた。今まではそんなことなかったはずなのに、急に視界の中に現れるようになったから不思議だ。
メッセージを送り合い、たまに予定が会えば一緒に出かけることも増えた。
多分、そうしている間に、俺は無意識に近い感じで篠崎のことを好きになっていったのかもしれない。
大学3年のクリスマス。
俺は、篠崎に告白した。
多分、今まで告白してきた中で緊張していたかもしれない。それだけ、篠崎のことを意識していた。
その時の篠崎の反応は、いまだに覚えている。
最初は何を言われているのかわからなさそうな顔。そして次第に理解していって、だんだんと顔が真っ赤になっていった。視線もあちこち動いて、言葉も「あ」とか、「えっと」しか言えてなかったかな。
それでも最後には、受け入れてくれた。嬉しさのあまり、その夜はあまり寝れなかったのもいい思い出だ。
そこからのお付き合いは、割と順調に進んでいったと思う。
……と言っても、付き合う前と付き合った後で、何か劇的に変わったことがあるわけじゃない。
そりゃあ、お互い名前で呼びあったりだとか、お互いの家に行ってみたりってことはあったけど。
たまにくだらないケンカしたり、面白いものを見つけてメッセージ送りったり、とにかく他愛ないけど充実した毎日が過ぎていった。
充実した中でも、やらなければいけないことはたくさんあるわけで。
気付けば就活のために、履歴書や面接に取り組む日々や卒論作成に頭を悩ませる日々が続いていた。
その時期になると、さすがにお互い忙しくなり連絡を取り合うことも合うことも少なくなっていた。
あの時は、本当につらい毎日だった。就活ではバンバン落とされるし、卒論もなかなか思うように進まない。挙句の果てには、史織不足になってしまっていた。
それでも、何とか自分を奮い立たせながら、俺も史織も、夏が終わる頃にはお互い希望の会社から内定をもらうことができた。
「なぁ、一緒に住みませんか?」
その日は、少し時間に余裕が出来たので、史織と2人で俺の家で夕飯を食べていた。
「……突然、どうしたの?」
あまりに唐突すぎたからか、史織に不思議な顔をされた。
「就活とかで会えない時間があるのがしんどいと思っただけ。一緒に暮らしてれば、そんなことないじゃん?」
「……さすがに、今は卒論が忙しいから無理だよ」
「あれ、一緒に暮らすこと自体はOK?」
「……まぁ、私もちょっと、同じこと思ってたりしたから」
聴き逃しそうなくらい小さな声で、そっぽ向きながらそう言う史織、すごく可愛かったな。見せてあげられなくて残念だ。まぁ、そもそも他の野郎に見せたくはないが。
という訳で、反対されると7割がた思っていた同棲話は、卒論が完全に終わってからということで話が纏まった。
何かしらの目標があると、人って意外と頑張れるものだよな。
あれだけ煮詰まっていた卒論も、書き始めるとすらすらと進み、卒論締切の1週間前には教授に提出することができた。
「あれだけ何書けばいいんだって嘆いていたくせに」
史織もその後、卒論を無事提出し終えて、俺らはそのままアパート探しへと出かけた。
お互い最低限の譲れないものを考慮した結果、駅から少し離れたアパートに決めた。いつもはあまり好みが合うわけじゃない俺らだけど、その時行った内覧で、一目見た瞬間いいとお互い口に出していた。
どちらかが妥協しないといけない時もあるけれど、こうやって息が合う時は結構気持ちのいいものだよな。
* * * * *
大学を卒業して、無事社会人になった俺ら。
初めの数ヶ月は、お互い慣れない社会人生活と初めての同棲で、些細なことでケンカすることが増えていった。しばらく口をきかないこともあった。
だけど、だんだんと会社にも慣れてくると、私生活のほうも余裕がうまれてくる。
その時にようやく2人して謝って、仲直りをした。
ケンカなんて、長続きしてもいいことないからな。まず同じ部屋で寝させてもらえないし。
そんな生活が2、3年続いた頃。
俺は人生でいちばん緊張していた。
「健……そろそろ帰んなくていいの?」
今日は仕事は早上がり。その後はずっと、親戚の姉ちゃんの花屋に籠っていた。
目の前には真っ赤なバラの花束。もちろんそれは俺が注文したもの。
「帰る。さっさと帰りたい……けど、心臓が口から出そう」
そう、何を隠そう、俺はこれから史織にプロポーズをするのだ。
プロポーズには赤いバラの花束を。これは小さい頃から姉ちゃんの旦那さんから話を聞いていたから、絶対に俺も彼女に絶対にそうしようと決めていた。
「おい、健。さっさと帰れよ。店閉めるぞ」
「後で結果教えてねぇ」
半ば追い出されるように、俺は店を出た。
史織にメールを送ったけど、返事がなかったので、まだ仕事中か電車の中なのだろう。
真っ赤な花束を抱えながら、家への道を辿る。
ひとりぶつぶつと、プロポーズの言葉を考えながら歩いていると「健……?」と聞きなれた声が聞こえた。
「え、史織? まだ仕事だったんじゃ……」
「今日は定時であがれたよ? てか、何、その花束」
俺は驚いて、史織に指摘されるまで隠すことを忘れていた。
ここはただの帰り道の道路。
ムードなんてあったもんじゃない。
でも、何も伝えずにこのまま家に帰って改めて……のほうが、サプライズも何もないと思った。
「史織に、渡そうと思って」
そう言って、俺は史織の真正面に立ち直る。
「史織……俺と結婚してくれませんか」
ついさっきまで考えていたセリフなんて、もう頭のどこにも残っていなかった。
俺はありきたりな、面白みない言葉で、でもありのままの気持ちを伝える。
史織はしばし、ぽかんとした顔をしていた。そして次第に理解していったのか、だんだんと顔が赤くなっているのが暗闇でも分かる。視線もあちこち動いて、「あ」とか「えっと」しか言えていない。
俺は付き合い始めの史織を思い出していた。あの時と全く同じ反応だ。
「もう……ムードないなぁ」
泣きそうな、嬉しそうな、色んな感情が入り交じったような表情の史織。そう言われたら、俺は返す言葉もない。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、史織は花束を受け取ってくれた。
予定とは全く違うし、かっこよくプロポーズとはいかなかったけど、これ以上ないほどの幸せだ。
「こちらこそ。末永くよろしく」
嬉しそうに笑う史織の口にキスを落として、俺たちはゆっくりと家に向かって歩き出した。
「てか、これ結構重いしかなりの花の量だよね? 何本あるの?」
「108本」
「108……? 何かちょっと中途半端だけど、何か意味があるの?」
「まぁ……あるっちゃあるかな。今日のために用意したから」
「教えてくれないの?」
「んー……調べてみてください」
-[完]-
バラ 碧川亜理沙 @blackboy2607
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