女忍塚
うつせみ
女忍塚
青梅街道を西に向かい。小平の辺りまで来ると田畑も無くなり、すすきの野が広がっている。
街道から北に向かう別れ道が有り
その別れ道の間の、少し高くなった岡の上に、樹齢何百年にもなるような大きな桜の木があった。
その桜の木の下では、よく旅人が休んだり、待ち合わせしていた。
今も一人、木の下に座っている男が居た。
浪人者で、名を坂木辰之助と言った。
辰之助は刀を脇に置き、腕を組み、あぐらをかいて、桜の木に寄りかかって寝ている。
満月の綺麗な夜で、月灯りですすきの野原を遠くまで見渡す事が出来た。
葉月も中頃になり。朝晩は冷えてきた頃なのだが、この日は冷え込みが弱く、少し肌寒い程度の陽気だった。
その内に日が昇り始める。
辰之助は目が
やがて、遠くから。たっ、たっ、たった、と土を蹴る音が聞こえ始めた。その音はだんだんと大きくなって近付いて来る。
「来たか」
辰之助は背伸びをしながら、刀を持ち、立ち上がった。
そして、街道の別れ道に立った。
土を蹴り、走って来た者が辰之助の姿に驚きながら、手前で止まる。
「何者」
走って来た者は女で、町人の旅姿をしている。
女の名はお
「お清だな」
辰之助がそう答えると
「会った事は無いが」
お清が言う
「お前さんは知らないだろうが、お秋に頼まれていたんだよ」
「お秋!!」
お清は驚いた。
お秋は昨日、殺してきた抜け忍だ。
「もし、殺される事があったら、
「くそっ」
お清は懐から小刀を出した。
「昨日、宿に泊まったのが運の尽きだな。
とっとと、里に帰れば良かったのに」
確かに役目を果たしたお清は、安堵からか、宿に泊まり。
朝早くに宿を出て、走って来たのだ。
「お前さんの隠れ里は甲斐との
「裏切り者を始末しただけだ」
そう言いながら、お清は手裏剣を投げた。
「忍びと言いながら。盗人をして、見られたら、見た者を殺すのが嫌になったんだとよ」
辰之助は手裏剣を
「幼い頃から一緒だったのに裏切って」
お清は小刀で辰之助に斬りかかる。
辰之助はそれを刀で受けた。
「だからって、殺してよいのか」
「この手で殺してやるのが、せめてもの情けだ」
二人は刀で鍔ぜり合いをしたが、やがて、力の弱いお清が突き飛ばされた。
「盗人も良く無いが、人殺しはもっと悪いぞ。お秋はそれが嫌になったんだ」
お清は転んで
「あの貧しい村で生きて行くには、仕方が無いんだよ」
「なら、お秋のように逃げれば良いだろうよ」
転んだ拍子に、お清の裾が捲れて太ももがあらわになった。
瞬間、本能で辰之助はそれを見た。
お清はそれに気付き、裾をもっとめくり
「見逃がしてくれるなら。抱いてもいいよ」
甘い声を出した。
辰之助はその姿を見て
「騙されんぞ、忍びの色仕掛けは恐いからな」
「心配しなくていいよ。いい気持ちにさせてあげるから」
お清は切ない表情になり、足を広げた。
「悪いが仇は抱けぬ」
辰之助はお清の色仕掛けを断ち切った。
「ちくしょう」
諦めたお清が斬り掛かる。
それを、ひょいと、辰之助は躱すと
「お秋への手向けだ。死んで貰う」
上段から素早く袈裟斬りをした。
お清は下がってそれを避けたが、胸元を皮一枚であったが、斬られた。
「くそっ」
こんな所では死ねない。
お清の頭の中をその想いがよぎった。
忍びの
「ふっ、」
転んだ拍子に、口に仕込んだ吹き矢を吹いた。
「うっ、」
辰之助の目元に当たり。辰之助が目元を押さえる。
「今だ」
好機と見て、お清が斬りかかった。
だが、
「ぐぇっ」
腹を斬られた。お清は倒れ込んだ。
傷は深い。もう助からない
そう悟った。お清は
「風太、ごめんね」
子供の名を呼んだ。
「あんたは人を殺し過ぎた。あの世で皆に
目元に刺さった。吹き矢を取り。辰之助が言った。
いつもお秋には敵わなかった。忍びの技でも、頭の妾になるのも
お秋を殺す時も不意を突いたのだ。
お秋がもう盗賊を止めたい。人殺しをしたくないと言った時は寂しかったが、好機だとも思った。
お秋を超える好機だと
お秋の生めなかった子供も生んだ。
しかし、結局は二人とも死ぬ事になった。
「お秋、」
最後にその名を呼んで、お清は事切れた。
「成仏しろよ」
辰之助は手を合わせ。桜の木の近くにお清を弔った。
それから、その桜の木の近くにある二つ重ねた石は、女忍塚と呼ばれるようになった。
女忍塚 うつせみ @sinkiryou
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