最終話『奇妙な日々は今日も続く』
「『王国に希望戻る、勇者の斬撃が北部戦線にて観測か』――エリー、この記事を読んでどう思う?」
「別にどうも思わないわよ。さっさとあたしのことを諦めて次のステップに進みなさいって言いたくなるだけ。いつまでもいなくなった人のことを気にしてても仕方ないでしょ?」
事務所のソファーにもたれかかるコウスケにジト目を向けられても、エリーは涼しい顔をしてスイーツを頬張る手を止めない。王国に今一度希望を見せた存在は、今途轍もなく無気力に怠惰を貪っていた。
――北部戦線への配達依頼を終えてから約二日。幸いなことにエリーの正体がバレることもなく、コウスケたちは無事に王都へと帰還することに成功していた。依頼者への報告も終え、事務所はすっかり慰労会ムードだ。
「北部戦線を打開するきっかけを作ってあげたんだし、それだけでも感謝してほしいくらいよ。……まあ、それが仕事のついでだって言われたらアイツらはひっくり返るだろうけど」
「ひっくり返るだろうね、間違いなく。叶うなら、そのリアクションを見てみたいところではあるけど――」
「エリーさんが正体を明かす気がない以上、それはありえないでしょうねえ……」
想像を一瞬で否定され、ランスは少し不満気な表情を浮かべる。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間にはケーキを頬張っていた。
「まあ、結果的に俺たちの仕事も成功、報酬もたっぷりなんだからそれで満足するべきなんだろうな。エリーが勇者の力を使ったのにはさすがに驚いたけど」
「気まぐれみたいなものよ。あまりにウチの店長がわがままを言うから、仕方なく久々に力を振るっただけ。よほどのことがない限り二度目はないわ」
「『絶対にない』って言わないあたり、エリーさんの優しさがにじみ出てますねえ」
「絶対なんて言ったら引っ込みがつかなくなるでしょ。……保険よ、保険」
珍しいマーシャの揚げ足取りに、エリーはそっぽを向いて顔を赤らめる。目を見られたくない様子だったが、そうじゃなくても照れているのは誰の目にも明らかだった。
「ま、危ない橋を渡るのなんてあまりない方がいいに決まってるもんな。……というか、戦場への配達以来なんざもうごめんだよ」
「それは同感だね。一番仕事をしていなかったボクが言うのもなんだけど、正直生きた気がしなかった」
コウスケの総括に、ランスはバツが悪そうに頭を掻く。自虐的にも取れるその発言に、隣からマーシャが首を振りながら割り込んできた。
「ランスさんが最後までしっかりと荷物を守ってくれたから、サリアさんの想いは傷つくことなく届けられたんですよお? あたしだって普段大したことできてないですし、自分を責めるようなことを言っちゃダメです」
「……そうかな。うん、ありがたくその言葉は受け取っておくことにするよ」
「うん、よろしい!」
諭すようなマーシャの言葉にうなずくと、マーシャは満面の笑みを浮かべる。あの依頼は全員の執念が成功に導いたのだと、コウスケも確信していた。
「ほんと、終わってみれば今までで一番ゾッとした配達だったな……エリーが提案してくれなきゃどうなってたことか」
「起こらなかったことなんて想像するだけ無駄でしょ。あんたが我儘なことを言えるくらいまっすぐな奴だったなら、どう転んでもあたしは勇者の力を振るってたと思うし」
「そこはコウスケの性根に感謝だね。……君のような人がボクたちの上司であることは、多分本当に幸運な事なんだろうな」
「ええ、きっとそうですよお。勇者をやめたエリーさんも、鬼としての本能に苦しめられちゃうランスさんも。……魔法が上手く使えない私も、もちろんコウスケさんもみんな笑えてますもん」
「そうね。こう並べてみるとややこしい事情もちばかりの集団だけど、なんだかんだ上手くやれてるんじゃない?」
「ああ、本当にそうだな。……まったく、いつからそうなったんだか」
困ったように頭を掻くコウスケだが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。この日常を一番愛し、守りたいと思っているのが誰なのか、ここにいる全員がその答えを知っていた。
「……まあ、これからものんびりやっていけばいいでしょ。そのうち、新しい仲間も増えるかもしれないしね」
「あ、それ夢がありますねえ。まだまだいろんな人がこの世界にはいるでしょうし、もっともっといろんなところに配達に行ければ……」
「もっともっとこの店は賑やかになるだろうな。……それがいい事ばかりかどうかは、ちょっとよくわからねえけど」
例えば食費とか、例えばスペースの問題とか。ワケアリ人の集まりなだけあって、ここの店員は皆住み込みなのだ。だから、新たな仲間たちのことはまたおいおい考えていくとして――
「……すみませーん! なんでも運んでくれる運び屋ってのは、ここのことであってるでしょうかー?」
「……おっと、もう次の客か。今回はやけにスパンが早いね?」
「まだまだ休みたいってのに、忙しいったらありゃしないわね……。スイーツ食べながら接客してもいい?」
「ダメですよエリーさん、お茶は淹れますからそれで我慢してください」
新しい客の来訪に、店員は三者三様の反応を見せる。あまりに個性的なその姿に、コウスケは思わず笑みをこぼして――
「まあまあ、誰も来ないよりはいいじゃねえか。今日はどんな荷物が来るのか、楽しみにして向かうとしようぜ?」
――そう呼びかけて、今日はコウスケ自らが客を迎えに出る。運び屋『オーワ』の少し奇妙で、だけど賑やかな日常は、そんな感じでこれから先も続いていくのだ。
「……いらっしゃい。私たちが運び屋だと、そう知ってのご依頼で間違いないみたいですね?」
――この直後に持ち込まれる荷物の正体に、四人はまたしても頭を抱える羽目になるのだが……それはまた、別のお話。
運び屋『オーワ』の奇妙な事情 紅葉 紅羽 @kurehamomijiba
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