砂上の楼閣

「云ってた通りですよ! 地球がなくなってもおかしくないと思っていたけど、僕はこの地面を踏んでいる」


 発揮された力の影響をひとえに喜ぶ彼の傍らで、この地球上が宇宙からどのように見えているのか。空を仰いで思索した。


「あはは、凄いことしちゃったんじゃないですか。ぼくら」


 嬉々としてはしゃぐ声が鼓膜の上で跳ねる。じわりと滲んだ額の汗は、夢想まがいに発した言葉通りの景色が顕現した事への、筆舌に尽くし難い焦燥から来ている。漠然と目の前に広がる荒涼たる大地の結果を洗い出そうとすれば、濯いでも濯ぎきれない以下同文の人生が浮き彫りになった。厚顔無恥と呼んで然るべき狂言を拠る辺とし、厭世的な価値観のもとに立ち回った取るに足らない一人の人物によって、青い星から海を取り上げたのだ。


 地平線から顔を出した明星の日差しが海の残り香を照らすと、キラキラと光って蜘蛛の子を散らす。


「どこへ行くんですか」


 彼の投げかける言葉は、箸にも棒にもかからず、あてどなく歩き出した足が止まる事はない。そんな歩調に彼は黙して追ってくる。


「……」


 出し抜けに後ろを振り返れば、砂浜に残った波の影が、山脈のようにそびえていた。そんな景色の真ん中で、寒々と腕を組んだ彼の不満に満ちた睨みが、これ以上の歩行を訝しんだ。よしんば口を開けば、「帰りましょう」と促して踵を返す手がかりにするつもりなのが透けて見える。彼の心中を慮って拵えた言葉は真っ当だ。何故なら、崖のように切り立つ淵が一寸先にあり、本来は目の届くはずのない海底を見下ろほどの高低差があったからだ。


「あれ、もしかして鮫ですかね!」


 彼の指差す先では、地上に水揚げされた無数の海洋生物が、身体をひたすら跳ねさせて暴れていた。息を呑むとはこの事か。取り付く島もない惨状をまざまざと見せつけられて、頭を抱えざるを得なかった。そして、


「ちょっと!」


 日溜まりに飛び込もうと前のめりになれば、目の端で伸びてくる彼の腕を見た。身体にゴムを巻き付けたかのように前後に揺れたのち、彼は対処の方法を間違えたと言わんばかりの声を発する。


「あ」


 吹き上がる風に服がなびき、綿毛のような軽さを露呈する。僅かに残った温もりを伴い、海底と思しき地面に向かって下降していく服は、彼の手に残る感覚を確かなものとし、消失が起きた事を雄弁に語った。

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クリア─或る日、或る人─ 駄犬 @karuki

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