最終話 お菓子作りが好き

 

 ***


 夜空を見上げれば星はあまり見えない。田舎でないから仕方ない。三日月が煌いていた。

 ドーナツ屋さんを後にした僕達は帰路についた。真と僕の家は近い。帰り道は同じだった。

「ね、真」

「何だ?」

「今度、うちにおいでよ。今日のお礼にドーナツ作ってあげる」

「お! ほんとか! 楽しみにしてる。やっぱ友達には優しくするもんだな」

 彼女はもてなしの提案にご機嫌だった。

 喜んでくれて僕も嬉しい。

「あと、クッキーも作ってあげる」

「おお!」

「ケーキも作ってあげる」

「お、おお?」

「クレープも作ってあげる」

「……」

「他に食べたいのある?」

「そ、そんなに食べられるかな」

「あ、そうだね」

 本当は今日のお礼だけじゃない。今までの感謝とお詫びも込めて、できるだけのことをしたい。それで全部が済むだなんて思わないけれど、精一杯のお返しで気持ちを伝えたい。

「いつにしよっか?」

「週末の日曜日は?」

「うん。時間は午後三時でいい? おやつの時間」

「いいね」

「じゃあ、日曜日の午後三時に僕の家で。紅茶、用意しとくね」

「ああ。なんか、ティーパーティーみたいだな」

「うん」

 ティーパーティー。素敵な響きだ。今から胸が弾んで待ち遠しい。土曜日に材料を買いに行こう。しばらく漫画の手に入らないことになるけれど、今回だけは喜んで犠牲にしよう。

 真が不思議そうに僕の顔を見た。

「なあ柳川やながわ

「何?」

「今、すごく華やかな顔してる」

「そうかな?」

 ご機嫌なのは僕の方だったろうか。

「さっき言ったの、そんなに嬉しかったか?」

「うん。それもあるけど、それだけじゃないよ」

「ん? なんか他に嬉しくなるようなことあったか?」

「あったよ」

「なんだよそれ」

「それはね、内緒」

「はあ? 教えろよ」

「えー、やだ」

「教えろよ。あたしら親友だろ?」

「親友にだって教えられないこともあるよ。真はそういうの、ないの?」

 真は顎に手を当てて考える素振りを見せた。

「ない……こともない」

「ほら、真にもある。だから教えない」

 でも、親友にだって教えられない秘密があるってことは教えてもいい気がした。そう思ったから、他にも嬉しいことがあったなんて言ってしまった。

 僕は真の言葉が嬉しかった。真が異性の好みについて語ってる時に、僕みたいな男子がいてもいいって話してくれたのが嬉しかった。もちろん仮の話だ。もし秘密を打ち明けたら受け入れてくれるか分からない。けれど少なくとも、男らしさ何て物差しに頼らないで僕のことを男として認識してくれるかもしれないということだから。

 少しだけ、本当の自分が認められた気がした。

 そういう余裕が持てたから、前より真のことを考えられるようになったのかもしれない。

「けど気になるなあ。あ!」

 真が閃いたというようにぱっと顔色を変えた。

「もしかして、頭を撫でてやったやつか? またしてやろうか?」

「へ?」

 そう言えば、さっきそんなことあった。『フォーリンドーナツ』にいる時は心の余裕がなかったけれど、今思い返すと顔から火が出そうだ。あそこには他のお客さんもいっぱいいた訳で、皆の見える所で泣きながら頭をなでなでされてたなんて、とんでもない。

「そ、そんな訳ないじゃん! 何言ってんの?」

 僕が慌てて抗議すると、真は面白そうな顔で僕の頭に手を載せて、逃げられないようにわしゃわしゃやった。それから自身満々に言ってのけた。

「照れるなよ柳川やながわ。さてはお前、あたしに惚れたなあ?」

 だから僕も開き直って、満面の笑顔で乗ってみた。

「そうかも!」

「え。まじで」

 真は案外ぎょっと表情を変えた。少し楽しかったから、不敵な微笑を浮かべて聞いてみる。

「どうかな? どっちだと思う?」

「何だよ柳川やながわ、ちょっと本気にしかけちゃったじゃん」

 真はきまりの悪い様子だった。

 何となく聞き流した。真も僕の反論流したし、まあいいと思う。

 僕は真が大好きだ。大切な親友だ。恋人になりたいのは谷村さんだけれど、真はそれ以上にかけがえのない人だ。一緒にいると楽だ。自然でいられる。

 でも彼女が女の子なのも忘れないようにしたい。いつか真にも好きな人とか、恋人ができたりするのかもしれない。その時、僕は真の味方でありたい。

「真」

「ん?」

「好きな人ができたら、相談してよ。話、聞くよ」

「ああ、うん」

 彼女はそっけなく応じた。でも、少し口元が緩んでいる。頬がほんのり赤い。

 ひょっとすると、真は女の子っぽく扱われるの、あんまり慣れてないのかもしれない。からかったら面白そうだなんて思ってしまった僕はいけない奴だろうか。

 そんなことを考えていたら、彼女はちょっと真剣な目で照れくさそうな感じで言った。

「お前も、相談しろよな」

「真……」

 さっき、遠藤君のことは本当に異性として好きな訳じゃないって、はっきり言おうと思って言いそびれた。真はまだ勘違いしてるかもしれない。遠藤君の名前を出さないのは、まだ僕が恥ずかしがっていると思って気を遣っているのかもしれない。

 僕が本当に好きなのは、遠藤君でなくて谷村さん。それを相談するのは、僕の秘密を打ち明けることでもある。そんな日が、来るだろうか。たとえ真にだって、今は不安で話せない。心の準備ができてない。けれど。でも。

「うん。いつか――――――いつか、相談するかも。その時は、ちゃんと聞いてくれたら嬉しいな」

「おお。当たり前だろ」

「うん。ありがとう」

「おお」

 真は満足そうに微笑んだ。

 帰路はまだ長い。

 僕は好きな少年漫画の魅力を真に語りながら歩いた。

 夜空には三日月が輝いていた。

 

 ***

 

 僕は自分らしくありたい。自分らしく生きたい。世界からどんな風に見られてもそうありたい。その癖僕はひどく臆病で、誰かに自分を打ち明けるのが怖いなんて矛盾した人間だ。 

 でも、前よりも自分を好きになれた。


 僕は女の体に生まれた。

 僕はとても女々しい。

 僕は男らしくない。

 そして――――――僕は男だ。

 それが僕だ。


(完)

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柳川さんは男らしくない なかみゅ @yuzunomi89

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