~ エピローグ ~


 そうして行き場のない憤りを吐き出した俺は、ラーウェアに言われた通り『爪』を使って空間を切り裂くと……

 ついに、元の世界へと戻ってきた。


 自動車の騒音、嫌になるような気温、鬱陶しい湿気、やかましい蝉の声。

 殺したいほどやかましい、有象無象によるざわめき。


「あ~、懐かしい、な」


 俺があの塩の荒野へと召喚されてからこちら側で何日が経過したのかは……正直、分からない。

 あちらの世界で俺自身「何日経ったのかを覚えてない」のだから、時間の流れも違うこちらでの世界の日数など考えるだけ無駄に違いない。

 ……だけど、酷く長い時間留守にしていたような感覚の所為か、それら全てが懐かしく、愛おしく。

 何故こんな普通にあって当然のモノ全てを、あんなにも疎み壊そうと思っていたのか……当時の俺の思考回路が、今となってはさっぱり理解できなかった。

 同時に、あの世界では自分と重なり合っていた破壊と殺戮の神の存在が感じられないことに気付く。

 もしかすると、破壊と殺戮の神ンディアナガルは、俺と共に空間を超えることなく……あの世界に残ってしまったのだろうか。


 ──自分が滅ぼした世界と最期を共にするために。


 そう考えると、何故かその答えが俺の中にすんなりと納まってしまう。

 言葉を交わした訳でもない、姿を直接この目で見た訳でもないが、共に戦場を駆け抜けた相棒とも戦友とも言うべき存在がそうして信念を貫くのも、また一つの生き方なのだろうと、今であれば素直に受け止められる。


「じゃあ、な……相棒」


 俺はせめてもの手向けとして、共に戦い続けてきた戦友に別離の言葉を告げ、深々と頭を下げると……


「……くさっ」


 身体を動かした所為か、襟元から漂ってきた鼻を突くような異臭に気付かされる。

 どうやら自分の身体と服は、汗と返り血と臓物と砂と塩にまみれ……信じれないほどの刺激臭を放っているようだった。

 いや、この感じは服が臭うだけではなく……俺自身の身体もかなり香ばしいことになっているに違いない。

 しかも、俺が着ているのはチェルダーから渡されたサーズ族特有の服であり……その服は、戦いの最中に鎧を貫通した矢傷や斬撃によってボロボロになっていて、現代日本ではどう言葉を募っても「かなり前衛的なファッション」と表現するのが限界という有様だった。


 ──あちらでは、風呂なんてなかったからな。


 あまりにも酷い自分の恰好に溜息を吐いた俺は、自宅へと足を向けつつ……帰ったらまず何をすべきか考えていた。


「真っ先に風呂だ。

 身体を洗う」


「いや、飯か?

 果物とか菓子とか、塩辛くない甘いヤツ!」


「いやいや、ただ水を飲みたいな。

 ああ、冷たくて、美味しいのを」


 異臭を放つほど汚れまくり、ボロボロの見慣れぬ格好をしてブツブツと呟きながら歩く俺は、周囲の人たちから見れば思いっきり変なヤツだったのだろう。

 ……行き交う人のほとんどが、俺に向けて浮浪者を見るような視線を向けてきていた。

 だけど……今の俺は風呂と食事と水への欲求に心が一杯で、そんな他人の視線すら気にする余裕なんて欠片もなく。

 と、その時だった。


「ほら、てめぇ!

 くせぇんだよっ!」


「豚が立って歩いちゃダメだろうがっ!」


 路地裏のそんな声に視線を向けてみれば……顔を見たことある程度のクラスメートが、どこかの高校生らしき連中に虐められていた。

 ……今まではそいつらの死を願うだけで、俺自身は何かをしようとは思わなかったけれど。

 ……今までは関係ないと断じて、そんなクラスメートを助けようなんて思いもしなかったけれど。


 ──そう、だな。


 どこかの神にはまた中途半端な正義感とか、中途半端なおせっかいと言われるに違いない。

 ……だけど。

 あの世界では平和な方向に力を使わなかった分、こちらでは誰かの助けになるような、そんな生き方をしてみたいと思ってしまったのだ。


 ──例え、破壊と殺戮の神ンディアナガルの助けがなかったとしても。


 あの地獄のような戦場を生き抜いてきた俺なのだから、こんな平和な世界の、しかもいじめしか出来ないような学生如き、どうにでも出来るに違いない。


「……さて、と」


 俺は近くに建てられていたカーブミラーをコンクリートの基礎ごとと、それを手に持って路地裏へと顔を向ける。

 ……そうことに何の違和感を覚えることもなく。


 戦いを終えて眠りについた神が、俺自身には探知できないほど深い位置で未だに俺と重なり合っているなんて知る由もなしに。


 そうして俺は、今度は誰を助けられることを望みながら……足を前へと踏み出したのだった。

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ンディアナガル殲記【公募用】 馬頭鬼 @umama01

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