第六章 第七話 ~ 創造神ラーウェア ~
「……あはっ」
何故か、その空間を切り裂く『爪』が迫っているというのに……少女と重なり合う創造神ラーウェアはまだ笑っていた。
攻撃を防ぐ筈の異空間は、俺の『爪』によってあっさりと切り裂かれ、彼女にはもう身を守る術はない、というのに。
……俺の右腕から突き出した『爪』が、まっすぐに彼女へと迫っているというのに。
「~~~っ!」
それどころか……その破壊の爪が、少女の薄い胸板を真っ直ぐに貫いて、その内部にあるだろう心臓を貫き、背中から飛び出た後でも……
少女の形をした創造神は、余裕の笑みを浮かべたまま、だったのだ。
「……何が、おかしい?」
「いや、本当にキミは僕の理想以上で、理想以下だったと思ってね」
『爪』によって完全に心臓を貫かれたというのに……俺と存在を重ね合わせている破壊と殺戮の神ンディアナガルがもたらす確信が、その傷は致命傷だと訴えているのに……
創造神ラーウェアは、未だ愉しそうな姿勢を崩そうとしない。
「空間を切り裂く力と、神をも殺す力、両方を使いこなすとはね。
そう出来るように爪を創ってみたのは良いけど……どうせンディアナガルには僕を傷つけることなんて出来ないから、すっかり忘れていたよ」
「……何で、そんなものを……」
破壊と殺戮の神ンディアナガルの『爪』が……彼女にとって致命傷となったこの爪が、彼女自身が意図して創り出したという事実を聞いて、俺は思わずそう問い質していた。
「いやぁ、だって神とは言え、何もかも上手く行かないと死にたくなるんだよ。
呪いは延々と痛み続けるってのに、神は自殺もできなくてね。
僕を恨んで世界を崩壊させたンディアナガルにその爪を授けても……創造主たる僕 を直接傷つけることは出来なかったし。
……だから、困っていたんだよ、正直」
俺の問いに笑いながら告げたラーウェアのその解答は……俺にとっては聞き捨てならない代物だった。
「……なら、何か?
お前はこうして殺されるためだけに、俺を召喚したってのかっ?」
口から零れるがままそう叫びながらも、俺は激情に任せて爪を創造神にさらに深く突き立てていた。
だと言うのに、ラーウェアは眉一つ動かさず……いや、むしろ楽しそうな表情を浮かべたまま、更に言葉を続ける。
「……いや、まさか。
ま、少しは死を期待してたからこそ、僕を殺せる異世界の人間を呼んだのは事実だけど、ね。
実のところ、キミにそこまでは望んでいなかったさ。
だから、キミは理想以上だったと言ったんだよ」
……いや、爪による攻撃は確かに効果があったのだろう。
彼女自身は表情一つ変えないものの、彼女の後ろに光り輝いていた六枚の翼が、明らかに輝きを失ってきているのが明らかに分かる。
そして……ンディアナガルが伝えてくる確信が、彼女という存在が急速に失われていることを告げていた。
「キミに望んでいたのは、新しい世界の『父親役』さ。
……言っただろ?
異世界で偶然見つけたキミは僕の理想だったって」
そう言うとラーウェアはその胸に突き立てられた爪を……爪と重なる俺の腕を愛おしげに撫でながら、俺へと微笑みを向ける。
「ったく。
だからせっかく君の深層心理にあった理想の体型の少女を見つけ、壊れた心の隙間に入り込んで、幾夜も床を共にしたってのに。
何もしてこないんだから……その意気地のなさだけは理想以下だったよ」
「~~~~っ」
そんなことを告げられた俺は、どう反応してよいか分からず、ただ困り果て……口から出たのはそんな、言葉にすらなっていないただの音、だった。
そうして狼狽えてしまったのも、ある意味では仕方ないことだろう。
何しろ、元の世界では友達すらいなかった俺だ。
恋愛の対象にするには少しばかり早すぎる感の残る少女とは言え、異性から「理想のタイプだ」なんて言われた経験なんて、生まれて初めてだったのだから。
──そもそもの話、俺は別にロリコンじゃない。
──深層心理がどうと言われても、その、多分、きっと。
だけど、こうして真正面から「理想の体型」とか言われてしまうと……反応がないことを良いことに、その小学生高学年くらいに見える未発達な身体に対し、色々とセクハラまがいのことをやっていたような記憶が脳裏に浮かんでは消えていく。
勿論、ろくな反応がなかったから、何もしなかったというだけで……もしかして彼女が素で動いていたら、もしかするともしかしていたかもしれない訳で。
その可能性に気付いた瞬間、俺は自分の頬が上気するのを止められなかった。
「あはは。赤くなった赤くなった。
ま、要らないことを口走らないように心が壊れたフリをしていたし。
でも、残念。
今からその気になったとしても、この傷は致命傷で……僕はもうもたないからどうしようもないけどね」
その言葉にようやく俺は、自身の爪がまだ彼女の胸を貫いているのに気付くと……慌てて引き抜く。
だけど……もはや彼女の翼が輝きを失っていくのは止められないようだった。
「じゃ、最後に振られて殺された意趣返しを一つだけ」
彼女の笑みが「何かを企んでいる」ことに気付いた俺は、一瞬身構えようとしたものの……少女の形をしたラーウェアはそれよりも早く、俺が構える前の僅かコンマ数秒前の隙を上手く突いて俺の懐へと飛び込み……
「~~~っ!」
俺は、唇に一瞬だけ暖かい感触を感じ、慌てて後ろに飛びずさる。
そんな俺の様子に創造神ラーウェアは軽く微笑むと……
「その『爪』は空間を切り裂けるから、上手く使えば元の世界へと帰れると思うよ。
良かったね、念願だったキミの世界へ帰れるんだ。
まぁ、その子と残りの人生を楽しく……」
そこまで話したところでラーウェアはついに形を保つことも出来なくなったのか、塩の塊と化して崩れ落ち、塩の荒野の一部へと化していく。
俺は先ほどまで言葉を交わしていた創造神の死を悼むでもなく、生まれて初めての唇の感触に戸惑うでもなく……ただ彼女のその唇が最期に告げた言葉の意味を理解してしまい、足の震えを止められない。
──その『爪』は空間を切り裂けるから、元の世界に帰れる。
そう告げたラーウェアの声が、俺の耳の奥で何度も何度も繰り返される。
……そして「元の世界へと帰れる」というその爪は、最初から破壊と殺戮の神ンディアナガルの……俺の手の中にあったのだ。
となると、俺が元の世界に戻ろうと必死にべリア族と戦い続けたのは……
裏切られた失望と帰れない絶望からサーズ族たちをこの手にかけたのは……
──実は全くの無意味だった?
「なんっ、なんだよっっっ!
そりゃぁああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!」
……そして。
生きとし生けるもの全てが死に絶えた静かな滅びの世界の中で、そんな俺の絶叫が響き渡ったのだった。
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