第11話
私はタイチの家に行き、彼の支度が整うと寄り添いながら、白杖を持たせて、玄関から外に出た。
「大分暖かくなってきたね。草木や風の匂いが心地良い。」
「太陽も出て眩しいくらいだ。…駅が見えてきた。人も混んできているな。」
駅に着き改札口を抜け、ホームに立ちやがて電車が来た。乗車して空いている席に彼を座らせた。鶯谷駅で下車し、繁華街の通りを歩いて、店に到着した。
扉を開けて中へ入ると、従業員が先に準備していた。
「タイチ。久しぶりだね。元気そうで良かった」
「今日はよろしくお願いします。」
「とりあえず楽屋で待っていようか」
楽屋へ連れて行くと、踊り子達が化粧をしていた。
「タイチ。今日はよろしくね。客も皆待っていたんだよ」
「何曲歌えそう?」
「2、3曲は歌えるかな」
「あまり無理するんじゃないよ」
「皆んなおはよう。タイチ、調子はどう?」
「ママ。今日はありがとうございます。沢山練習してきたよ。喉も良い感じ」
「ジュート、カウンターと2階の居間の整頓をお願い」
「はい。タイチ、行ってくる」
「はい。また後で」
開店準備が終わり、ママが皆を呼び出した。
「おはよう。今日は1日だけだけど、タイチが特別にステージに上がります。お客様も待ち侘びている方もいるでしょう。彼が此処を最後になっても仲間である事には変わらないわ。皆で支え合って盛り上げていきましょう。よろしくお願いします。」
開店時間になり、皆で客人を迎えた。店内は満席となり賑わいに彩られつつ、会話に華が咲いた。
踊り子のショーの次にタイチがステージに上がった。
「こんばんは。久しぶりにこうして舞台に立つ事ができました。僕は歌を歌う事が誰よりも愛しています。最後となりますが、どうか聞いてください」
椅子に腰をかけて、マイクを持ちイントロが流れて、吸う息と共に声を発した。
洋楽と邦楽の曲を続けて歌った。
店内に彼の歌声が優しく周りを包み込む様に響き渡っていった。
拍手で見送られ、タイチは深く一礼をした。
ステージから降りて、ママが彼を抱きしめた。嬉しそうな彼の綻んだ笑顔。私らも温かく拍手を送った。
小休憩の時間になり、楽屋へ行くと、ミキトと従業員が煙草を吹かしていた。
「ジュート、吸うか?」
「お前からいただくなんて、新鮮だな」
「彼奴、歌っている時、本当に良い顔をしていたな」
「あぁ。今日で最後だったのが惜しいが、歌い切って気分も晴れただろう」
「ナツトに、嫉妬されなかったか?」
「
「良い相棒同士、仲良くやれよ」
ミキトは何時になく機嫌が良かった。彼の背中を見つめて、再び従業員等と雑談をしていた。
5時。店の外に排水のバケツを捨てに行った。霞かかった朝日を見つめてながら、夏風の匂いが身体を
店内に戻り、更衣室へ行くと、ナツトがタイチの着替えを手伝っていた。
「閉店まで居て頑張ったな、お疲れさま」
「本当にありがとうございました。お二人にも色々ご心配かけましたが、此処で皆さんに会えた事が誇りに思います」
「此れからどうするんだ?」
「区役所の福祉課で生活支援の手続きをしてきます。見えなくても1人で頑張れるようになりたい」
「本当に僕らを頼らなくても良いの?手助け出来る時は連絡してほしいんだ」
「十分お世話になりましたから、結構です。それに此処で皆さんと一緒に店が立ち退く日まで、客人も楽しませてほしい。僕の1番の願いです」
「考えてくれるのはありがたいよ。だがお前も自分を大事にしろ。俺達は何時でも仲間だからな」
「本当にありがとうございます」
私とナツトでそれぞれ彼を抱き合い肩を叩いた。別れの挨拶をして、私らも自宅に帰って行った。
翌週の休日。百貨店の屋上で都内を一望できる場所に来ていた。遊具で子どもが親と楽しそうに遊んでいる姿が目立つ。微笑ましい光景を見て、私は考えた。
何一つ不自由なき者たちは手足を動かして、感じたものや見たものを瞬時に捉えて五感を使い、判断力をいかに発揮して良い発想を生み出していく。
きっとこれからもそれが当たり前のように付き合って大人へと育っていく。その道の途中で、つまずき何かを失ってもまた新たな物を見つけて、歩き続けていくのだ。
だが、果たしてそれが「健常」なのだろうか。
私がこうして生き延びてこれているのも、常に闘い続けているからだが、時には労わり足を止めて一歩下がり、周りを見渡して世間を眺めていく事も生涯において、一般論と見るか。
それとも幸せ者と
人間として生きている事は複雑な身でもある。
或る人は言った。
「世界」を知れば己も知るのだと。
私も此れから自分の道を歩いていくのだと。
遠くから彼の歌声が囁やかに聞こえてくる。
流るる世情の波を越えて、貴方を知りぬ。
流るる
クンシランに宿る紅い翅 桑鶴七緒 @hyesu
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