第2話 燃焼と弁償

親方の顔が真っ赤に染まる。今日のは異国にあるとかいうマグマみたいな色。更にクルクルを握るその手はドアを素早くノックするみたいに震えてる。


「ッてめえはこいつの仕組みも知らずに運転の補助をしてやがったのかア!?」

「でも、親方が今日から手伝えって、言っ」

「でもとかだけどとか御託はいい!てめえはこいつを理解せずに客を乗せてたのか!」

「親方がスコップで黒い石を入れるだけでいいって言うから…。」


その瞬間、彼の顔色は静かに冷めゆく。不承不承とばかりに唸りながらカフに向かい直す。


「カフ、今日からお前は勉強をしろ。仕事の合間に本を読め。」

「親方、でもそんな時間なんて、」

「俺が倒れた時、他の誰がこいつを回す。誰が操作できるんだ。寂れた街の救いの機関車を運転できるのは俺だけしかいねえんだよ。だからこそ。だからこそお前には期待してるんだ。お前を拾った時、お前の手にはすすがついてた。赤子の手にすすが付いてるってことはお前の親父さんやらは火夫やら運転技士に違いない。お前はその血を引いてるんだ。お前は立派に操作できるはずなんだよ。」

「でも僕はお父さんとか、お母さんのことは知らないよ。」

「お前は知識が足りない。幾らかの教養を与えてきたと思ったがやはりまだ足りない。だからカフ。お前はもっと勉強しろ。いいな?」

「はい…。」


そう言ったあと。うつむきながら親方を見る。親方の顔が少しだけ悲しそうに見える。僕が怒られたあとみたいに、何がいけなかったんだろうと反省してるみたいに。


そうして町のとしょんかで、いや間違えた。

図書館でまずは町のことを覚えるようにした。僕らが通る町。僕らの住んでる町。僕らが使ってる言葉。人のえらさ順とか。

やっと親方が言ってたオキゾクサマだから大切に運べよの意味がわかった気がする。

それにバーの名前とか、僕らが住んでる大陸の名前もわかった。ここからもっと右に進んでいけばここよりももっと緑が豊かで、地面がやわらかい土で、みんな楽しそうにしてる場所があるみたい。いつかはそこに親方と、親方の兄弟のみんなで行ってみたい。


プシューと煙を吐き出す。発進の合図。

タイヤは空回り。方向を逆転させる。そうしないと前を向いたまま発進して町に突っ込んでしまう。方向を変えたあと。そこからが僕のだいじなだーいじなお仕事。


よっこらしょ。よっこいしょ。セキタン?をおんなじくらいになるように平らにして投げ込む。均一っていうみたい。火が燃え上がる力を抑えてあげるためにセキタンの位置や個数を後から変えたりもする。


えっさ。ほいさ。えっさ。と。

そうしているうちにこの部屋はとっても暑くなる。せっかくお日様から体を隠しているのにおんなじくらい暑い。だからちゃんとお水を飲む。親方の分を一緒に持ってきて、一緒に飲む。


「ちゃんと勉強してるのかぁ?うんん?」

「もちろんですよ!おじ…親方!」

「ほう…間違えて呼ばないとな。礼儀作法に関わる本も読んだのか?まぁとにかく偉いぞ。カフ。」

カフの手の何倍かと言うようなほどの大きさの手が彼の頭を乱雑にかき乱す。その手には確かな温もりと、成長を喜ぶ照れ隠しがあった。


また作業に戻ろうかというタイミングで黄色い看板が見えてくる。あれは…たしか…えっと…


「おい!そろそろウェストクラインに着くぞ。

俺はアナウンスをするからお前は窯の火の力抜いとけ!」


そうだ!ウェストクラインだ!やっと思い出せた。思わず少しだけ顔がにっこりした。


「たらたらしてねぇでとっととやんな!」


僕は慌ててスコップで少しづつセキタンを外に出していく。火の力は弱くなっていき、いずれその火はもう消えんるじゃないかくらいまでの小ささまでになりながらもいまだにぼうぼうと燃える。そんな様子を眺めながら、獣は甲高く吠える。到着の合図。


「ご乗車ありがとうございました。

ウェストクライン、ウェストクラインでございます。」


親方のアナウンスを耳にしつつ、あらかじめ昨日積んだオキゾクサマの荷物を運ぶ。その荷物は沈黙しつつも主張する。私の価値は高い。誰が見てもそう聞こえるだろう。そのようなキラキラと光る魔導物資は市場価値を高めようと店主が隠しておいた宝石の金庫のように眩く輝いている。太陽も思わず視線を注ぎ、魔導物資は更に声高に、雄弁に語る。


ギラッ。これは宝石の光を表す擬音じゃない。カァカァ。これは街並みをいく人々の声のはずがない。バサバサッ。布を擦り合わせたような音は複数聞こえた。


光物には目がないモンスター。町中に多数発生して冒険者の手にも負えない。未だ全滅の危機に瀕することなく、大手を振って大陸中を飛び回る一種の大空の支配者。

「スカラビトン」普段は魚を食べて暮らしているが、彼らの婚姻の際にはどちらがより綺麗な光物を渡せるか、それでオスが揉める時がある。辺境より中央に寄っているこの町は交易によって栄えている。当然宝石類の取引も行われているだろう。であればあとは彼らがそれを知っていれば。


ぐらぐらとしながらも足元に気をつけてゆっくり歩く。今回のは急ぎじゃないから落とさないようにと親方からは言われてる。だからゆっくーり、ゆっくーり。


「カフ!そんなゆっくり進んでたら日が暮れちまうだろうよ。ゆっくりなのはいいが、もうちょっとキビキビ歩け!」


親方の言ってることが昨日と今日で反対だ。

どういうこと?どういうこと?でもひとまずはキビキビ。キビキビ、キビキビ。


ゆっくり動いた後、急に素早い動きをし始めたキラキラと光る塊は、彼らの狩猟本能を同時に掻き立てる。僅かな隙を狙い、彼らは急降下する!


どしゃどしゃどしゃ。


スカラビトンが石をサッと加えて飛び去った。そう思った矢先、目の前の人物がぶつぶつと呟いている。その者が手を前にかざすと。ぼうと静かな火が空へと飛び出していきスカラビトンを焦がす。それに焦ったのか

スカラビトンは思わず石を口から離してしまう。落ちたのは3つだけだ。


「あの、ありがとうございます!」

「いやいや、これくらいお安いごようさ。」


そう語る人物は大きめのフードをつけておりその容貌をはっきりと見ることは叶わない。


「カフっ!大丈夫だったか!」


一部始終を見た親方が飛び出した。


「すいやせん、うちのカフがご迷惑をおかけしました…って」

「おや?君が雇い主、というか機関士様かな?落とすなと再三言いつけたはずだが。」


すぐさまフードを取り、胸ポケットからよくわからないが紋章のようなものを見せる。

その姿は環境問題を無視する人間達に復讐するために現れたかのような木々の代表者みたいな面をした木。表面には深いシワが走り、体表からはこの暑さ故か少々樹液が垂れている。目のようなところにある傷からは何輪かも数えきれないほどぐるぐると回る年輪がちらりと見える。


「オ、小木族様!この度は商品の運搬に不手際を発生させたばかりかその手伝いまでさせてしまい大変申し訳ありませんでした!」

「ふっ、はっはっは。冗談だよ。冗談。年寄りになると若者をからかいたくなってね。この町にもずいぶん増えてきたもんだ。彼らを駆除することができてない我々の問題だ。気にすることはない。」

「親方、ごめんなさい。」

「俺じゃなくて小木族様に謝れって、」

親方の頭はどう落とし前をつけようかという考えしか回っていない。

「小木族様、ごめんなさい。」

「謝るにしてももうちょっと言葉遣いをしっかりしろって!そんな感じの本も読んでたろ!」

「いやいや、構わないよ。ただ、最初に交わした約束を破った事実には変わらないから、少しは何か弁償をしてもらわないといけないよね。」


べ、弁償!!!???

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蒸気を燃やせ 玄葉 興 @kuroha_kou

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