とんとんとん

香久山 ゆみ

とんとんとん

「カグちゃんかわいい」

「すきだ~」

「ずっといっしょにいたいなぁ」

 ひと目見たその日から、三匹のこぶたはキュートなあの子にもう夢中。

「カグちゃんと仲良しになりたいなあ」

「プレゼントしたら喜んでくれるかなぁ」

「でもどんなプレゼントをしたらいいんだろう」

 こぶたの三兄弟は悩んでしまう。好きなもの、好きなこと、好きな場所。カグちゃんが喜ぶものなんて、とんと検討がつかない。

 そこでこぶた三兄弟は、カグのお姉さんにきいてみることにした。

「こんちは、カグちゃんのお姉さん!」

「カグちゃんと仲良くなるために何かしてあげたいのだけれど、どうすればカグちゃんは喜んでくれるだろうか」

「カグちゃんが喜ぶものとか、興味あることとか、行きたい場所とか!」

 三兄弟はふんふん鼻息荒く質問する。

「うーん」

 突然の三兄弟の訪問に少し驚いたものの、お姉ちゃんのユマは、少し考えて答えた。

「行きたい場所かあ……。カグは家の中でのんびりする方が好きみたいだよ」

 家族でお出かけする時にはついてくるカグだけれど、普段はユマがお散歩に誘ってもソファの下に隠れて出てこないこともしばしば。そんな時はたいてい、テレビを観るパパの横にぴったり座っていたり、お料理をするママのうしろ姿を興味津々見つめていたり、リビングの窓際でユマと一緒にグーグー昼寝したりする。

「なるほど、カグちゃんは家が好きなんだね!」

「なるほど!」

「なるほど!」

 どうもありがと! と、三匹のこぶたはお礼もそこそこにとことこいそいで帰って、めいめいトントンカンカン家を建て始めた。

 カグちゃんが気に入る家を作るんだ! 三兄弟は腕をふるう。

 最初に家を完成させたのは長男ブー。

 誰よりも早くカグちゃんを招待するため、大いそぎで藁の家を作った。

「おじゃまします。通気性が良くてすてきな家ね」

 長男ブーの家にカグがやってきた。

「せまいとこだけど、どうぞゆっくりしてね」

 もじもじと長男ブーが言う。大いそぎで作った藁の家は小さくて、ふたり入るとぎゅうぎゅう。でも、大好きなカグとぴったりくっついて長男ブーはしあわせ満点。カグちゃんって小さいね~。とってもかわいいな~。いいにおいがするね~。大好きだよ~。ずっといっしょにいようね~。長男ブーはカグの手をぎゅっと握ったまま、大大大好きだって伝えます。どれだけ言っても言い足りないくらい。あまりにしつこいので、カグは少々うんざり。小さい家にはテレビもないし、さすがにちょっと窮屈で暑苦しい。

「ねえ、お外に出て遊ぼうよ」

 カグが言うと、長男ブーはぶんぶん首を横に振る。

「だめだめ。せっかくカグちゃんのためにおうちを作ったんだから。今日はいちにちゆっくりしていってよ」

 そう言って離してくれない。

 仕方がないので、喋りつかれた長男ブーがぐーぐー昼寝をはじめた時に、カグはこっそり藁の壁に穴を掘って脱出した。

 次に、二男ブーの家に招待された。

「おじゃまします。新しい木のにおいがする、すてきな家ね」

 二男ブーは木の家を作った。新しいおうちには、テレビもゲームもたくさん用意されている。

「カグちゃん、いっぱい遊ぼうね」

 二男ブーおすすめのテレビゲームをすることにした。二男ブーはゲーマーで寝る時以外はコントローラーを離さないんだと鼻高々。じっさい面白いゲームをたくさん紹介してくれるし、ソファはゆったり座りやすくて家の居心地も悪くない。

 ふだんしないゲームは刺激的だけれど、二時間もするとカグは飽きてしまった。

「ねえ、お外に出て遊ぼうよ」

「だめだめ。今いいところなんだから。次のゲームはもっと面白いからちょっとだけ待っててよ」

 二男ブーはテレビ画面に釘付け。ひとりで外に出ようにも、カグは小さくてドアノブに手が届かない。仕方がないので、カグは齧って蹴飛ばして板壁を壊して脱出した。

 最後に招待されたのは三男ブーの家。

「おじゃまします。とっても広くてすてきな家ね」 

 もっとも時間をかけて完成した三男ブーの家は、レンガ造りの広くて立派なおうち。

「どうぞゆっくりしていってね」

 目の前には手料理が用意されている。三男ブーの料理はいずれもとても凝っていて、食いしん坊のカグはぺろりと平らげてしまった。おなかいっぱいで眠くなると、大きなダイニングソファに寝転んでくうくう眠った。三男ブーはぐいぐい喋りかけたりむりに遊びに誘ったりすることなく、お昼寝するカグをただそっと静かに見守っていた。だから初夏のぽかぽかの陽射しの中で、カグはゆっくりと夢を見ることができた。

 目が覚めると、窓の外は赤く夕陽が射していた。

「もうこんな時間。今日はどうもありがとう。そろそろ帰るね」

 カグが言うと、三男ブーは答えた。

「だめだめ。外は危ないんだから、出ちゃだめ。カグちゃんのために作ったこの家にいるのが一番安全だから、ゆっくりしていてよ」

 晩ごはんの食材を買いに行ってくるから留守番よろしくねと、三男ブーは家に鍵を掛けて出て行ってしまった。

 小さいカグはドアも窓も開けられず家から出ることができない。レンガの家は頑丈で、どれだけ体当たりしたってびくともしない。けれど、カグは何度でも何度でも体当たりした。でもどうにもならない。だからカグは大声で叫んだ。

「ユマちゃん、助けて!」

 その時、ドスンと音がして暖炉からもくもくと灰が舞った。げほげほと灰の中から一人の少女が姿を現す。

「ユマちゃん?!」

 お姉ちゃんのユマが煙突から落っこちてきたのだ。

「いてて。カグ、迎えにきたよ」

 ユマはカグをぎゅっと抱きかかえた。灰だらけの体で抱かれてけほけほ咳が出たけれど、カグもユマにぎゅっとしがみついた。まったくユマちゃんたら、暖炉に火がついていたら大やけどするところだよ。それでもカグは、お姉ちゃんが本当に助けに来てくれたのがとってもうれしくて小さな手でぎゅうっとしがみついた。

 ユマがドアを開けると、家の前にこぶたの三兄弟が並んでいる。

「出て行くなんてひどいじゃないか!」

「家が好きだって言ったのに!」

「せっかくカグちゃんのために作った家なのに!」

 三兄弟はぶーぶーぶーと非難する。

「だからって、閉じ込めるなんてひどいじゃないの!」

 ユマが叱る。

「閉じ込めたんじゃない、守ってあげたんだよ!」

「遊んであげたし!」

「カグちゃんのためだけの家でのんびり過ごせばいいじゃないか!」

 ぶーぶーぶーとおさまらない。家が好きだと言ったくせに、嘘つき! なんて言われると、ユマも困ってしまう。と、

「カグは家にいるのが好きだけど、家が好きなんじゃないんだよ」

 ユマのうしろに隠れて話を聞いていたカグが言う。

「え、どういうこと?」

 三兄弟だけじゃなく、ユマも首を傾げた。

「カグは家族と一緒にいるのが好きなの。大好きな皆と一緒にいられれば、家じゃなくてもいいんだよ。だから、家にひとりきりでいて大切な人に会えないのはとてもかなしいよ」

 カグがそう言うと、こぶたの三兄弟はようやくカグが自分たちの家から出て行くことに納得して、しょぼんとした。

 その様子を見て、カグとユマは目を合わせる。そしてにっこり微笑んだ。

「ねえ、三男ブーさん。ずいぶんいっぱいの食材を買ってきたね。ひとりじゃ食べきれないでしょうね」

 と、ユマ。

「レンガのおうちは広いから、五人でいてもへいきだね」

 と、カグ。

 それを聞いて、三兄弟も目を合わせた。

 五人分の料理を作る窯に火をくべるため長男ブーは家から藁を持ってきた。皆で協力して、テーブルに載りきらないほどたくさんの料理が作られる。二男ブーは皆で遊ぶためにありったけのゲームを持ってきた。

 いっぱい食べて、いっぱい遊んで。

 大きく窓の開いたレンガの家からは、満天の星の瞬きにも負けないくらい、三兄弟と二姉妹の楽しそうな声がにぎやかに溢れ出した。

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