時空超常奇譚2其ノ弐. XZERO/宇宙海賊事件ファイル

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚2其ノ弐. XZERO/宇宙海賊事件ファイル

《☆事件ファイル1:桃太郎/鬼ヶ島爆裂事変》

 昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいた。お爺さんは山へ柴刈りにお婆さんは川へ洗濯に、それぞれに忙しくも慎ましく暮らしていた。

「お婆さんや、それじゃぁ都へ草鞋を売りに行って来ますよ」

「お爺さん、近頃は都に恐ろしい赤鬼が出ると言うじゃありませんか、十分に気をつけて行って来てくださいな」

 ある日の事、お爺さんがいつものように支度をして都の朝市に草履を売りに出掛けようとすると、お婆さんはいつも以上に心配そうに言った。

「わかった、わかった。気をつけて行って来ますよ」

 お爺さんが山を越えて都に入ると、何やら見慣れぬ黄色い注意書きがあちこちに立っている。

「何じゃ?」とお爺さんが見入ると、立札にはこう書いてあった。

『皆さん、無法者の赤い鬼が出たら立ち向かったりせずに、直ぐに逃げましょう』『鬼はヤバい奴等なので、警備兵が鬼退治をする事はありません』

 近年、都では赤い鬼の集団が庄屋や問屋の屋敷を襲っては金銀財宝を盗み、暴れ廻っていた。お爺さんは「ふぅ、難儀な事じゃな」と溜め息を吐きながら、草鞋の束を背負って街外れの朝市へと足を向けた。

 お爺さんが朝市のいつもの場所で一息ついて草鞋を並べ出すと、突然街中から奇声と叫声の混ざり合った悲痛な声が聞こえて来た。

「鬼が出たぞ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」

 騒然とする街の中で、珍しくやって来た都の治安を守るべき警備兵達が、泣きそうな顔で右往左往する姿が見えた。

 鬼の集団はM16自動小銃を撃ち放ちながら、人々を襲い、そこら中の家屋敷に火を放った。赤い鬼の一団が市場に雪崩れ込むと、朝市に集っていた人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、物陰に隠れて震えるしかなかった。

 市場の関係者達は、一刻も早く市場を駆け抜ける鬼達が通り過ぎてくれるのを待っていたが、一際大柄な赤鬼の後について暴れていた二匹の子鬼が市場の前で立ち止まった。

「何や、この匂いは?」

「臭せぇがや」

 二本角と三本角の子鬼がクンクンと鼻を鳴らし、お爺さんを指差して叫んだ。

「オヤジ、こいつ腐れ『バウハン』野郎だがや」

「そうだがや、腐ったドブ臭ぇ外道の匂い時がするだで。間違いねぇ、この爺はクソ野郎だがや」

 一際大柄な赤鬼が『バウハン』の言葉に瞬時に反応し、怪訝な顔をした。

「何だと、このジジイがクソっ垂れの賞金稼ぎだと言うがや?」

 二本角と三本角の子鬼は、確信を以て言った。

「間違いねぇがよ」

「間違いなくクソの臭いだで」

「何だ?」「何だ?」

「何だやぁが?」「何だやぁ?」

 鬼達は足を止め、お爺さんの周りに集まった。『バウハン』に対する鬼達の反応がやけに大きい。

「何で、こんだらところに爺の『バウハン』がいるんだがや?」

「こら爺、手前ぇこったらところで何しよったらんや?」

「そうじゃ、何してるんやら?」

「ぶち殺すぞコラ爺」「死ねコラ」

 お爺さんは背筋が凍り、恐怖に慄き、身震いし、蹲った。

「こいつ本当に『バウハン』やら?」

「唯のジジイやらが?」「唯のジジイじゃなかんやが?」「唯のジジイにしか見えんがや」「そうだらがぁ、唯のジジイやらが?」

 お爺さんは震える声で叫んだ。

「ひいぃ、ワシには何の事やらわかりません、知りません。お救けください」

「おい皆、そんなジジイなんぞどうでもいい、放っておくがや、行くぞ」

 お爺さんは、頭を抱え必死で懇願した。その年老いたお爺さんの姿に、大鬼が面倒臭そうに鬼達を窘めた。鬼達は大赤鬼の言葉に納得したが、二本角と三本角の子鬼は口をへの字にして不満を現した。

「おいジジイ、俺達二人は臭いでそいつが何者かわかる能力者だぁよ。お前がクソ垂れで外道の『バウンティハンター・賞金稼ぎ』って事はお見通しだやで。お前なんぞ畜生以下だがや」

「そうだ、俺等のオヤジは降参した後でお前等に殺られたでな、『バウハン』なんぞ皆殺しにしてやるでよ」

「ジジイ、今回は見逃してやるだが、余計な事はするんでねぇぞ」

「はい、はい、何もしません」

 お爺さんは、怯えながら唯々時の過ぎるのを待った。

「ジジイ、去ねがや」

「兄貴、このクソジジイを逃がしてやるがや?」

「そんな訳あるがや、タコ撃ちや」

 お爺さんは、余りの恐怖に必死の形相で逃げ出した。逃げるお爺さんの姿を見据えて二本角の鬼と三本角の鬼がニヤリと笑った。

「ジジイ、死ね」「死ねや、外道」

 二匹は、背後から無抵抗のお爺さんに向けて、自動小銃をぶっ放した。お爺さんは、背中に10数発程の銃弾を浴び、悲鳴を上げる間もなく、市場の横を流れる川に転落した。

 鬼達が去った後、市場の関係者達が急いで川を確認したが、既に流されてお爺さんの姿はなかった。欄干の傍らに、お爺さんの掛けていた眼鏡が落ちていた。

「可哀想だが、あの爺さんダメだろうな」

「撃たれた上に、この激流では無理だろう」

 そう言って、市場関係者達は合掌した。

 都の有様など露程も知らず、お爺さんの身を案じながらお婆さんが川で洗濯をしていると、川上から正体不明の大きな白い物体が、どんぶりこ、どんぶりこと流れて来た。

「何じゃ、あれは桃ではないか?」

 お婆さんは、少しも慌てず川から白い桃を手繰り寄せて、背負って家に持って帰ると躊躇する事もなく真っ二つに割った。すると、何と白い桃の中から「おぎゃあ、おぎゃあ」と元気に泣く男の赤子が産まれ出た。お婆さんの家から聞こえる、赤ん坊の泣き声を聞きつけた村人達は、何事かと集まった。

「おぅ、これは赤子だ」

「桃から赤子が生まれるとは、何とも不思議じゃ」

「不思議じゃが、目出度い、目出度い、目出度い」「目出度いぞ」「目出度いな」

 桃から生まれた赤子に沸く村人達を他所に、村の長老はお婆さんに「お爺さんが鬼に撃たれて行方知れずになった」事を告げ、残された形見の眼鏡を渡した。

 村人達は「赤子はきっとお爺さんの生まれ変わりに違いない」そう言ってお婆さんを元気づけた。

 桃から産まれた赤ん坊は、モモ村の太郎『桃太郎』と名づけられた。その成長は異常な程早く、あっという間に野山を駆け回る元気な子供になった。

 そしてある日、桃太郎は何かを決心したように「オラ、鬼を退治に行って来る」と言った。

「鬼退治など、とんでもない」

「無理じゃ、お前はまだ子供ではないか」

 村人達は桃太郎を必死で止めたが、桃太郎の決心は固かった。村人達は、お爺さんの仇討ちに行く桃太郎の気概を頼もしく思ったが、大きな問題があった。お婆さんにも村人達にも、鬼と戦う刀どころか武具の一つさえ買い与える余裕などある筈もなかったのだ。結局、桃太郎は丸腰のまま鬼退治に行く事にした。

「桃太郎や、これを持って行きなさい」

 涙汲むお婆さんは、夜なべをしてつくった赤・青・白・黒の吉備団子を、お爺さんの形見の眼鏡と一緒に桃太郎に手渡した。

「これで百人力だ」

 勇む桃太郎の頭に金色のトンボが留まった。トンボは桃太郎から離れようとしない。

「金色のトンボとは縁起が良い、神様の遣いじゃ」

「きっと、お爺さんが神様の遣いに姿を変えて、見送りに来たに違いない」

 お婆さんが肩を震わせてさめざめと泣く姿を見ていた村人達は、残されるお婆さんの寂しさと、丸腰でお爺さんの仇討ちの為に鬼退治に向かおうとする桃太郎の健気さに貰い泣きした。

「ばあちゃん、皆、心配するな。オラは大丈夫だ」

 お婆さんがくれた吉備団子を腰に下げ、お爺さんの眼鏡を掛けて桃太郎は颯爽として鬼退治に出掛けた。金色のトンボが、追い掛けるように天空を舞った。

 村を横切る一本道をどこまでも々進み、幾つもの山を越え、谷を越え海を渡れば鬼達の巣屈である鬼ヶ島に辿り着く筈だと長老に教えられた通り、桃太郎は真っ直ぐにどこまでも歩いた。

 山を越え、隣の戌村の外れまで来ると、村の入り口にある大きな松の下に赤い髪の少年が立っていた。半身に構えて煙草を銜えたヤンキー風の少年は、待ち草臥れたように桃太郎に声を掛けた。

「よう、お前が噂の桃太郎ってバカか?」

「何?オラはバカではないぞ」

「お前の噂は俺の村まで聞こえてるぜ。一人で、しかも丸腰で鬼ヶ島に鬼退治に行こうなんて輩を、世間じゃバカって言うんだよ。俺は村の長老からバカが野垂れ死ぬのを見て来いって言われたんだ」

「オラはバカではない」

「じゃぁ、どうやって鬼退治するんだよ?奴等はM60マシンガンなんぞ持ってんだぜ、その他にもヤバい武器がゴマンとあるらしいじゃねぇかよ?」

「大丈夫だ。オラは、相撲なら誰にも負けねぇ」

「はぁ、相撲?」

 桃太郎は一瞬の迷いも見せずきっぱりと言い切ったが、赤い髪の少年には桃太郎の言葉の意味が理解できない。桃太郎が『何も心配ない、オラは今まで誰にも相撲で負けた事はないのだ』と何度も強い調子で言い張っても、赤髪の少年には何の事やらわからなかった。

「相撲って何だよ、マシンガン相手に相撲で勝てんのか。それにそもそも、鬼の奴等が相撲の相手なんかしてくれんのかよ。お前、頭大丈夫なんかよ?」

「何だ、お前も連れて行って欲しければ考えてやっても良いぞ」

「バカかお前、誰がマシンガン持った気狂い鬼にケンカ売りになんか行くかよ。俺はお前が鬼にぶち殺されるのを見に行くんだよ」

 煙草を捨て、握り飯を美味そうにほうばる赤髪の少年は、当然の如く桃太郎の提案を強く否定した。

「そうか、そうか赤イヌよ。お前の食っている握り飯をオラにくれたら、連れて行ってやっても良いぞ」

「誰が赤イヌなんだよ。それに俺は別に連れて行ってくれなんて言ってねぇだろうよ。大体、何で俺が握り飯をお前にやらなけりゃならねぇんだよ?」

「腹が減ったからだ、くれ。くれないと、オラが途中で野垂れ死ぬぞ。そしたら鬼にぶち殺されるのを見れないぞ。だからくれ」

「不思議な理屈だな。それよりその腰につけた吉備団子みたいなのは何だ?」

「何だお前、この吉備団子が欲しいのか?だが、やらん。これは、ばあちゃんがつくってくれた大事なものだ」

 赤髪の少年は「腹が減っているなら吉備団子を食えばいいのに」と言いたかったが、それもどうでもいいと言えばどうでもいい事だった。

「じゃぁよ、お前の頭に留まっているトンボは何だ?」

「そんなものは知らん」

 モモ村からついて来た黄金色のトンボが、くるりと大空を舞った。

 更に二つ山を越え、谷を越え、その隣の申村の外れまで来ると、村の入り口に青髪の少年が美味そうに豚マンを食いながら石の上に座っていた。通り過ぎようとすると、青髪の少年が桃太郎に話し掛けた。

「おい自分、桃太郎言うんやろ?」

「お前は誰だ、オラのファンかそれともオラのサインが欲しいのか?」

「アホ、何で鬼にケンカ売るアホにサイン貰わなあかんねんや?ワシはな、オノレが鬼に喰われるのを見に来たんや」

「オラは鬼なんか喰わないぞ」

「アホ、自分が喰われるんや」

「自分ってお前か?」

「違ゃうわ、お前やアホ」

「いや、オラはアホではない」

「そうかぁ?一人で鬼退治に行くなんぞ、ワシには唯のアホにしか思えへんけどな」

 桃太郎は、涎を垂らしながら、じっと青髪の少年の手元を凝視している。

「おいコラ青ザル、オラにその豚マン1つくれても良いぞ、貰ってやる」

「青ザルって誰やねん?それに、オノレなんぞに豚マンはやらん」

「いいのか?そんな事を言うと、鬼に喰われる前にオラがお前を豚マンごと食うぞ」

「自分、何言うてんねん?」

「くれ、くれ、くれ、くれないなら大声で泣くぞ」

 桃太郎が泣き出した。街道を行き交う旅人が何事かと振り返り、クスクスと笑いながら通り過ぎて行く。青ザルの少年は慌て出した。

「おい、恥ずかしいからやめろや。ワシがオノレをイジメとるみたいやないか」

「なら、くれ」

 桃太郎は、青髪の少年が了解する間もなく豚マンを掠め取り、満足そうに頬張った。

「なぁ自分、鬼とどないして戦う気ぃやねん。奴等はM60マシンガンやらロケット弾、ミサイルまで揃えとるらしいやないか、丸腰でどないすんねん?」

「大丈夫だ。オラはジャンケンなら絶対誰にも負けねぇ」

「?」

 桃太郎は自信満々にきっぱりと言い切ったが、青髪の少年にはきっとあるに違いない桃太郎の言葉の真意、「丸腰と言いながら実はとんでもない武器を隠し持っているかも知れない」「助っ人の強者がいるのかも知れない」を何一つとして読み取る事ができない。

「相撲じゃねぇのかよ?」

 隣で聞いていた赤髪の若者は、桃太郎の言葉に小首を傾げて呟いた。

「ジャンケンって何やねん、ロケット弾相手にジャンケンで勝てる訳ないやろ?」

「問題ない。オラは、今まで誰にもジャンケンで負けた事はない」

「自分、頭大丈夫なんか?」

「何だ、青ザル。お前も行きたいなら連れて行ってやっても良いぞ。豚マン貰ったからな」

「アホか、M60やらロケット弾、ミサイルまで持った気狂い鬼相手にケンカ売りになんぞ行く訳ないやろ。ワシは、アホが鬼にぶち殺されるのを見に行くだけや。それにワシは青ザルやないし、豚マンはオノレが掻っ払ったんやないかい」

 青髪の少年が、桃太郎の背後で煙草をふかす赤髪に気づいた。

「自分、誰や。このアホの兄弟か?」

「誰がこんなバカの兄弟なんだよ、お前、俺にケンカ売ってんのか?」

「何やと、ワシを誰やと思っとんねん?」

「手前ぇなんか、知らねぇよ」

「こらこら、お前等。ノータリン同士でケンカするな」

 桃太郎が仲裁に入ったが、火に油がまき散らされた。

「何だとコラ、ノータリンは手前ぇじゃねぇかよ」

「そうやぞ。オノレみたいなアホに、ノータリン言われて堪るかいボケ」

 揉める二人を諌める桃太郎に、ノータリン達が不満そうに言い返した。

 更に二つの山を越え、谷を越えた先にある雉村の外れを通り掛かると、今度は黄色髪の少年が饅頭をくわえて、逆立ちしながら桃太郎を待っていた。

「おい、お前。モモ村の桃太郎だろ?」

「そうだ」

「遅ぇよ。いつまで待たせんだよ」

「オラは待たせた覚えはない」

 赤髪のと青髪の少年が言った。

「お前よ、勝手に待ってたんだろうがよ」

「そやそや。自分、アホやろ?勝手に待っとって何が「遅ぇよ」やねん」

 黄色髪の若者は「ちっ」と舌打ちし、悔しそうに叫んだ。

「煩せぇな、何だよ手前ぇ等は?鬼にケンカ売りに行くバカを見に来たが、バカに家来がいるなんて聞いてねぇけどな」

「ふざけるなこの野郎、誰がこんな奴の家来だよ?」

「そやぞ。ワシはな、このアホが鬼に喰われて泣き叫ぶのを見に行くんじゃ。アホの家来なんぞになる訳ないやろ?」

 二人の少年が即座に言い返すと、黄色髪の少年は「そうなのか、つまらねぇな」と言いたげな顔で吐き捨てた。

「じゃぁよ、お前等。今からこのバカの家来になりゃいいじゃねぇかよ」

 二人の少年が再び即座に言い返す。

「何でだよ、お前がなりゃいいじゃねぇか」

「そうやぞ、オノレがなれや」

「そりゃ、無理だ。オレは賢いからバカの家来にゃなれねぇんだ」

「何だと、この野郎」

「ナメとんのかオンドレ、イテもうたるどコラ」

「こらこら、家来同士で争うんじゃない」

 諍いを収める桃太郎のお言葉に、家来達が一斉に反論した。

「誰が家来なんだよ。手前ぇやんのか、この野郎」

「そやぞ、アホの事抜かしとんやないで。誰がオノレの家来なんぞになるかい。ナメとったら、お前からイテまうどコラ」

「そうだぞ、馬鹿野郎。賢いオレ様を家来扱いするんじゃねぇよ」

「家来共、照れるな。残念だが、オラは家来とはケンカしない主義なのだ」

「喧しい、野垂れ死ね」

「今直ぐ喰われてしまぇ」

「八つ裂きにされちまえ」

 桃太郎は、家来達の言葉など歯牙にも掛けず、涎を垂らしながら黄色髪の少年の饅頭を見据えている。

「そんな事より黄キジ、その饅頭オラにもくれ」

「オレを黄キジなんて呼ぶじゃねぇよ。それに何でオレがお前に饅頭やらなきゃならねぇんだよ、バカにくれてやる饅頭なんぞねぇよ」

「オラはバカではない。饅頭くれ」

「バカの中のバカだろ、あの赤鬼共を丸腰でぶっ飛ばしにいくなんざバカとしか思えねぇじゃねぇか?オレはな、村の長老からそのバカが八つ裂きにされるのを見て来いって言われてんだよ」

「オラはバカではないと言っているだろう、饅頭くれ」

「じゃぁどうやって鬼をぶっ飛ばすのか言ってみろよ。ヤツ等はな、重戦車まで揃えてるって噂なんだぞ」

「大丈夫だ。オラは、蹴鞠なら誰にも負ける筈はないのだ」

 桃太郎は、確信を持ってすっぱりと言い切った。黄色い髪の少年が小首を傾げた。

「何、ケマリ?」

「そうだ。蹴鞠なら誰が相手でも勝てる自信があるのだ。問題はない」

「あれ、相撲じゃないのか?」

「ジャンケンって言うたやないか?」

 二人の少年が小声でツッコミを入れたが誰も聞いていない。黄色髪の少年は、桃太郎の自信ありげな言葉に更に首を捻った。

 ケマリとは何だろうか。あの鬼に対抗するのならば、少なくとも蹴って遊ぶあの蹴鞠ではなく鬼に対抗できる秘密の武器に違いないが、ケマリとは一体何だろうか・ケ・マ・リ?蹴鞠?怪・魔・狸?妖怪?悪魔?たぬき?」

 賢いと自称する黄色髪の少年の頭の中で、ニューロンが切れて思考回路が煙を出して踊り始めた。

「黄色髪のお前よ、バカ相手にマトモに考えねぇ方がいいぜ」

「そやで、アホが移ってまう」

 赤髪と青髪の少年は既に達観している。

 黄色髪の少年の手から頂戴した饅頭を美味そうに食う桃太郎とその他一同は、尚も山を越え谷を越えて、何とか海に辿り着いた。

 遠くに鬼ヶ島と思しきそそり立った島が見える。桃太郎が「やったぞ、遂にヤツ等の本拠地、鬼ヶ島だ」と無邪気に叫んだが、下っ端家来達のテンションが矢鱈低い。

 鬼の角のように尖った頂上から如何にも邪悪そうな黒煙が立ち上り、鬼ヶ島を背景にして、海沿いに真っ赤な石造り5階建ての建物が建っている。屋上には蛍光色で描かれた「赤鬼興業株式会社海沿い営業所」の赤く薄気味悪い大きな看板が目に入る。

 建物は、鬼が暴れ回る為の中継基地の一つとなっているのだろう、辺りに人影はない。誰もいないと思われた物陰から突然、声がした。振り向くと白髭の老人が心配そうに立っている。

「これこれ少年達よ、こんな物騒な所に何をしに来たのじゃ?この辺りは危険じゃ。儂等も今から村ごと引っ越すのじゃ、鬼がまた暴れ出す前に立ち去りなされ」

 鬼の営業所方向に歩いて行く四人の姿に驚いた老人は、「少年達よ、触らぬ神に祟りなしじゃよ」と告げたが、若者達は全く意に介していない。

「爺さん、こいつはその鬼を退治しにいくんだ」

「気にせんでエエよ」

「バカだから」

 老人は呆れた顔で立ち去った。

「あ、あの建物が赤鬼共の中継基地なんだよな?」

「あ、あぁ、間違いなくそうやろな」

「あ、あのバカはここからどうする気なんだ?」

 中継所と思しき建物の入り口には、三匹の警備員らしき鬼達がマシンガンを携えて立っている。その状況を目前にして、三人の少年達は緊張感丸出しで桃太郎に問い掛けた。声が震えている。

「おい桃太郎、ど、どうするんだよ?な、な、何か、す、凄ぇ作戦はねぇのかよ?」「そ、そうやぞ。や、奴等、ホンマにM60マシンガン持ってるやんけ。どないすんねんな?」

「そ、それにだな、そもそも中に、何人いるのかもわからねぇんだぞ。ど、どうするんだよ?」

 家来達に責っつかれた桃太郎は、眉を顰めて面倒臭そうに言った。

「おい、下っ端の赤イヌ。今からお前があそこの奴等をぶっ飛ばしてこい」

「下っ端の赤イヌってのは俺の事か、何で俺がいかなきゃならねぇんだよ?」

 赤髪の少年は、不満そうに口をへの字にして愚痴った。

「じゃぁ、仕方ない。更に下っ端の青ザルと黄キジ、お前等で何とかして来い」

「い、嫌だ。それに更に下っ端って何だよ、俺は黄キジなんて名前じゃねぇし」

「ワシも嫌や、青ザルちゃうし」

「ヘタレ共め、仕方がない。オラがいくとしよう。なる程。外に3人、中に2人か」

 赤髪、青髪、黄色髪の少年達が不満タラタラ言い返すと、丸腰の桃太郎は軽い調子で鬼の事務所に向かって歩き出し、また独り言を呟いた。

 取り残された三人は、予想を裏切って一人で鬼の溜まり場へ向かって何の迷いもなく進んで行く、信じ難い桃太郎の行動に高を括っている。

「一人でいっちまったけど、ありゃダメだな。どうせ途中で引き返す方に1000円だな」

「外の鬼3匹くらい何とかなるんちゃうかとも思うけど、ワシもあのバカが鬼に泣かされて、ションベン漏らしながら逃げて来る方に1000円やな」

「何か作戦があるかも知れねぇぜ、でもオレも泣いて引き返す方に1000円かな」

 3人のヘタレ下僕が嘆息している。

「何だよ、これじゃ賭けにならねぇじゃねぇか」

「そやな」

「そんなもんどうでもいいからよ、早く帰ろうぜ」

「そうだな。鬼のアジトは満たし、もういいかな」

「まぁ、そうやな。鬼ヤバそうやしな」

 ヘタレ家来達が賭けに興じながら弱音を吐く間に、両手を上げた丸腰の桃太郎が赤鬼達にマシンガンを突きつけられて、建物の中に連れ込まれるのが見えた。

「お、おい、あのバカ本当に捕まったぜ。大丈夫かな……」

「わからんけど、袋叩きのボコボコにされるやろな……」

「大丈夫だろ、多分……」

 高を括っていた三人の口数が急に少なくなった。鬼達にマシンガンを突きつけられてタダで済む筈はない。赤髪が「やっぱりヤバいのと違うか?」と言い出した途端に、赤鬼の建物からいきなり轟音が響いた。

 余りにも唐突に、赤鬼事務所の建物半分が爆裂に吹き飛んだ。音を立ててビルが崩れ落ちていく。何が起きたのか事態を理解できない三人の家来達は、その場に立ち尽くすしかない。

「何が起きたんや?」

「わからねぇ」

「あっ、誰か出て来たぞ」

「誰だ?」

 崩れ落ちる赤鬼の建物から、こちらに向かって歩いて来る人影が見えた。風呂敷のような布切れを被り、爆煙で顔が真っ黒に汚れているが、それは間違いなく桃太郎だった。

「あのバカ、生きていやがったか」

「けど、いきなりで何がどうなったんやろ?」

「何がなんだか全くわからねぇな」

 鬼の基地から生還した桃太郎は、ちょっと自慢げに家来達に言った。

「どうだ、オラは凄いだろ、尊敬したか?」

「しねぇよ馬鹿」

「何や、今の爆発は?」

「何だ?」

「そんなもの、神の思し召しに決まっているだろ」

「?」「?」「?」

「この風呂敷みてぇな布切れは何だ?」

「神のご加護だ」

「?」「?」「?」

 事態が進展しても、少年達には何がどうなったのか全く呑み込めず、検討もつかなかい。だが、三人の誰もが既に桃太郎が仕出かした『赤鬼の営業所爆破』という行動が、かなり、相当に、間違いなく、そして絶対的確実に、危険な結果を招くだろう事を肌で犇々と感じている。

 それでも、三人は突飛で訳のわからないこの現況を何とか冷静に分析しようとしたが、それがとんでもなくヤバい事を招くだろう以外に何も発想できなかった。

「何だかわからねぇけど、ヤバいよな?」

「当たり前やがな、赤鬼の奴等のビルを爆破してもうたんやから、ヤバいに決まっとるやろ。直ぐに奴等の本隊があの島から来よるで」

「おいあれ見ろよ、あの船って鬼の本隊じゃねぇか?」

「何、もう来たのか?」

 黄色髪の若者が、震える指で沖合いの波間を指差した。遥か波間に小さく何かが見える。激しく波を蹴って鬼達の真っ赤に光るクルーザーが高速で近づいている。鬼達の、狂った叫び声が聞こえて来るようだ。

「お、おい、逃げようぜ」

「ヤバいぜ、逃げるべぇ」

「逃げるしかないやろな」

 次第に、船の上から叫び捲っている鬼達の声が聞こえて来た。その叫び声に、家来達三人は、そこに厳然と存在するだろう恐怖すべき現実に無理やり引き摺り込まれた。三人の足が震えている。

「おい家来共、お前達で向かって来るクソ生意気な鬼共を退治してしまえ」

 桃太郎は、またもや無茶苦茶な事を言ったかと思うと、狂ったように飛び来る鬼の赤いクルーザーに向かって、「おぉい、こっちだ」と合図の手を振った。

「おおお、おい。お前、何やってんだよ馬鹿野郎」

「アホか、手なんぞ振ったら俺達の居場所がバレてまうやないか」

「狂ってるぜ」

 桃太郎は、そんな事など気にも掛けていない。

「そんなもの、大した事はない。鬼など、戦ってぶっ飛ばしてしまえば良いのだ」

 事もなげに呟く桃太郎の言葉に、三人は一瞬呆然としたが、そんな事を言っている場合ではないと我に返った。

「バカ野郎。そんな事言ってる間に、奴等が我先にとここにやって来ちまうぞ。どうすんだよ?」

「そうやぞ。そもそもマシンガン相手に、丸腰でどないして戦うんや?」

「あっという間に、囲まれてぶち殺されちまうぞ。オレは先に逃げるぞ」

 逃げ腰のヘタレ家来達は、次々と逃げる体制を整えている。

「何だ、お前等。口程にもない根性なしの家来達だな」

 恐怖に慌てふためく状況の中で、桃太郎は顔色一つ変えていない。その横で、少年達は震えながら桃太郎の言葉に不満を呈した。

「誰がお前の家来だっつうんだよって言いたいところだけど、それどころじゃないぜ。おい桃太郎、お前も粋がってねぇで、早く逃げろ」

「そ、そ、そうやで、は、早う逃げんとホンマに喰われまうでぇ」

「そ、そ、そうだぞ、し、し、し、死ぬぞ」

 逃げ腰で騒ぎ立てる三人の家来達を軽く嘲笑い、「使えない家来だな」と言わんばかりに、桃太郎は溜め息を吐いた。

「仕方がないな。根性なしの家来達に代わって、またオラが行くとするか」

 狂った鬼達が喧嘩腰、いや殺意を持ってこちらに全速力で向かって来ている、そんな状況を歯牙にも掛けず、桃太郎は一人で鬼達に対峙しようとしている。無理、無茶、無謀で、破滅的で、絶望的な、その行動に三人の思考は停止した。

「やめろって、馬鹿野郎。本当に、ぶ、ぶち殺されちまうぞ」

「そ、そうだぞ。や、やめろ、やめろ、やめろって、し、し、死んじまうぞ」

「オ、オノレ、ホンマに、本気なんか、さっきの営業所爆破も驚いたけどな、オノレ本気で鬼とケンカする気ぃなんか?」

「桃太郎、お、お前、ホントに本気であの赤鬼と、丸腰でケンカする気なのかよ?」

 どうせ鬼ヶ島を見て、鬼に石でもぶつけて帰るのだろう。そう思ってノコノコとついて来た三人は今やっと気がついた。桃太郎は本気だ。何か秘策があるのか、それとも唯の馬鹿なのかはわからないが、桃太郎は本気であの鬼達と丸腰で戦争をする気なのだ。

「そんなもの当然ではないか、オラはいつでも本気だ」

 三人は改めて愕然とした。

「い、いや桃太郎よ、ここまで来ただけでいいじゃねぇか?」

「そうやぞ、ここまでやっただけで村の奴等に自慢できるやんか?」

「そうだ、これで十分じゃねぇかよ?」

「俺は逃げるぜ」「オレもや」「おれもだ」

 三人の少年達は、言い訳しながら我先にと逃げ出した。軽い気持ちで鬼退治についてきた家来達は、必死で丘の上まで走って安堵し、心の声を口にした。

「ヤバかったな。馬鹿を本気で相手にしちゃいけねぇって事だ」

「死ぬかと思ったがな」

「疲れたな。早く帰ろう」

 一方、桃太郎は勇壮な足取りで赤鬼達を迎え討つように、波打ち際を歩いている。

「15人か、大した事はないな」

 桃太郎がまた独り言を呟いた。

 桃太郎は、鬼達の真っ赤なクルーザーが船着き場に着泊すると、何の躊躇もなく殺気立つ赤い鬼達を乗せたクルーザーの前に立ちはだかった。

 奇声を発しながら、十数人の鬼達が我先にと勇んで船先から飛び降りた。桃太郎は、少年達の予想を寸分も違える事なく、あっという間に赤い鬼達に囲まれた。そして、それは鬼達に袋叩きにあってぶち殺される事を意味していた。

 来た道の方向に一目散で逃げた少年者達は、何故か立ち止まり頭を抱えた。

「お、おい、いいのかな。あの馬鹿、確実にぶち殺されるよな……」

 赤髪の少年が言った。

「あぁ。さっきは何やら良ぅわからんマグレっぽい爆発で助かったけど、今度はダメやろな、ぶっ殺されてしまうやろな……」

 青髪の少年が言った。

「そうだよな、間違いなく八つ裂きにされるわな……」

 黄色髪の少年が言った。三人の少年達の間に、微妙な空気が流れている。

「けど自分、桃太郎が八つ裂きにされるのを見に来た言ぅてたやんか?」

「お前だって、桃太郎が鬼に喰われるのを見に来たって言ったじゃねぇか?」

「じゃぁ、お前等は平気なのかよ。あの馬鹿が叩き殺されて、八つ裂きにされて、喰い殺されても平気なのかよ?」

「俺はよ、本当は村の長老から『丸腰で鬼に立ち向かう、桃太郎という勇敢なる者を見て来い』って言われたんだよ。この世にそんな間抜けがいる訳ねえ、どうせカッコつけて逃げ帰るに決まってると思ってここまで来たんだけどよ、桃太郎のヤツは本気であの鬼達と戦う気だよな?」

「ワシも、同じや。あのアホはホンマにあの赤鬼達を退治しようとしとるんやないんかな?」

「オ、オレも、同じだ。でもあいつは馬鹿だから何も感じてねぇんじゃねぇか、本当にぶち殺されるってわかってねぇんじゃねぇかぁ?」

「あぁ・ダメだ、足が勝手に走り出してやがる。俺はノータリンだぁ」

「ワシもやぁ、何でや、行きたないのに足が走り出しとる。ワシは、アホやぁ」

「だ、誰か止めてくれ。馬鹿が移ったぁ」

 赤髪の少年が叫びながら反対方向に走り出すと、青髪と黄色髪の少年も叫びながら後に続き、海まで走って桃太郎を囲む鬼達の群れに突っ込んでいった。

 彼等三人は、武器を持たない者がマシンガンを構える鬼達の中に突っ込んでいく事が何を意味するか、そしてそんな事が自分達に何らメリットなどない事を理解して尚、走り出す自身の足を止める事ができなかった。

 何故走っているのか、何をしようとしているのか、自身でもわからない三人の少年達は、目の前の恐怖を吹き飛ばさんと意味のない言葉を只管叫んだ。叫んで、叫んで、赤鬼達に飛び掛かろうとした瞬間、再び奇妙な事が起きた。

 マシンガンを構え奇声を上げ、桃太郎を取り囲んでいた15人程の厳つい赤鬼達が、皆同時に前のめりに倒れ込んだのだ。

「あれ?」

「何や?」

「どうしたんだ?」

 再び起きた不思議な状況に、驚く三人の少年の横で、桃太郎が首を傾げた。

「あれっ、何だお前等。逃げたんじゃないのか?」

「えっ?まぁ何だ、あれだよあれ。なぁ青ザル」

「そうやで、勘違いすなや。間違ってもワシ等がオノレを救けようとしたなんぞ、あり得へんからな」

「そうだぞ。いいか、俺は村で神童と呼ばれる程賢いんだからな、お前なんかに加勢する程馬鹿じゃないからな」

「お前等結構いい奴だな」

 何事もなかったように場を繕う三人に、桃太郎は嬉しそうに目を細めた。

「あっ俺、いい奴って言われたの初めてだ」

「オレもだ、何か悪くない」

「ワシもそうやな、何んか新鮮やな」

「おい下っ端共、今から赤鬼の船を掻っ払って鬼ヶ島へ行くぞ。ついて来い」

 桃太郎の言葉にニヤケ顔で快い感覚に浸る三人に、桃太郎は当然の如く叫んだ。

「えぇ、まだやるのかよ?お前さ、やっぱりどうかしてるんじゃねぇのか?」

「そうだぜ、もういいじゃねぇか?」

「ワシ、一瞬でもこいつがエエ奴やと思った事を後悔しとる」

「何だ、お前等やっぱり根性なしだな。それなら仕方がない、お前達に特別に良いものを授けてやろう。これをお前等にやる」

 桃太郎は腰につけた吉備団子を取り出して、三人それぞれに手渡した。吉備団子には赤色・青色・白色・黒色の団子玉が数珠のようについている。

「これは爆弾と武器だ。爆弾は火薬を増量してある。赤い団子玉はプラスチック爆弾で、千切って投げれば大概何でも爆砕できる」

「あっ、さっきの爆裂はそれか?」「そうなんや」「なる程」

「青い団子玉は変幻の武器Ⅰ、豪炎の杖で、振り回すだけで火炎放射器になり、一度に多数の至近の敵を燃やし尽くす事が可能だ」

 潰した青い団子玉から、その先が燃えている杖が飛び出した。

「白い団子玉は変幻の武器Ⅱ、至高の神具で、握って振り翳せば日本刀になる、更に振れば奴等を凌ぐ銃器類に変わる。オラはM60は余り好きじゃない、ワルサーのような小型拳銃かライフルの方がいい」

 振り回した桃太郎の白い団子玉が、ギラつく日本刀からライフル銃に変化した。

「だが、一つだけ絶対厳禁注意事項があるのだ。決して黒い団子玉には触るな」

「どうなるんだ?」

「あぁ、ちょっとだけ気になるな」

「どうなんねんや?」

「黒い団子玉は、完全終結玉なのだ」

 桃太郎が神妙な顔で三人に言ったが、家来達は団子玉の変化に気を取られ、既に何も聞いていない。

「いける、絶対いけるぜ。これがあれば鬼なんか屁みたいなもんだぜ」

「そうやで。これで、やったろうやないかい」

「そうだぜ。赤鬼が何だ、馬鹿野郎」

 爆弾と変幻の武器を手にして気の大きくなった三人の根性なし家来達は、桃太郎とともに赤鬼達の乗って来た赤い大型クルーザーを駆って、不気味な鬼ヶ島を目指した。愈々、鬼退治の様相を呈してきた。

 桃太郎と三人の家来達は、鬼ヶ島に着いた。

 船着場周辺に赤鬼達の姿は全くないが、爆破した海沿いの中継基地に鬼ヶ島から即座に大型クルーザーが飛んで来たのを見る限り、ここ鬼ヶ島が都を暴れる廻る赤鬼達の巣屈である事はほぼ間違いないと思われる。

「それにしても、まるで人気がないやんか」

「人気?それを言うなら『鬼気』だろう?」

「喧しい、そんな事より何んや変やで」

「そうだな、奴等がいない筈はない」

 船着場から進んだ先に、鬼の屋敷らしい大きな黄金色の建物が見えた。屋敷を囲むように連なる壁と赤い門、そして鬼の彫金が施された鉄の扉。それ等が侵入者を威嚇するように立っている。物音もなく静まり返った周辺の状況、何か態とらしい違和感がある。

「奴等、中に隠れていやがんのかな?」

「それにしても静かやな」

「怪しいな」

「おい根性なしの下っ端家来共、取りあえず入り口の目障りな扉をぶち壊せ」

 桃太郎が慣れた口調で下っ端達に命じた。

「お前よ、いちいちオレ達に命令するんじゃねぇよ。俺達はお前の家来じゃねぇんだからよ」

「そやぞ。家来やら下っ端共って、誰にモノ言うてんねんボケ」

 黄色髪、青髪の若者二人が愚痴る後ろで、興味深そうに赤髪の若者が赤い団子玉の端を千切って投げた。途端に凄まじい一瞬の爆裂音とともに扉の真ん中に穴が開くと赤髪の若者が「お、おぉ、この団子玉の威力、凄ぇ」と自分が投げた赤い玉に驚いた。

 桃太郎と少年達は、扉の穴越しに鬼の屋敷の中を覗いたが、鬼はどこにもいない。

「屋敷の中には誰もいねぇし、外にもいねぇ」

「どこにおるんや、もうおらんのか?」

「さっきの奴等で仕舞いなんじゃねぇか?そうだ、いねぇんだぜ」

 桃太郎はまた何かを呟いた。

「・ん、やっぱりそうか。おい、能なし下っ端家来共。違うぞ、既にオラ達の周りは鬼の奴等に完全に囲まれている。気を緩めるな、奴等の数は200超だ」

 人の、いや鬼の気配さえない扉の向こう側に注意を配りながら、桃太郎が独り言を呟いた。桃太郎は、まるで「何でも知っている」とでも言うように家来達の安直な見通しを否定し、冷静に状況を告げた。

「何、200?」

「何やと?」

「そうなのか?」

「でも何で、そんな事がわかるんだよ?」

「オラは神の目を持っているからだ、それより気をつけろ」

「カミノメ?」「?」「?」

 桃太郎と三人の家来達は、慎重に様子を窺いながら屋敷の中に足を踏み入れた。

全員が屋敷内に入ると扉の外で何者かの気配がした。同時に、今し方扉に開けた穴から音がした。三人が「あっ」と声を出す間もなく、扉の穴に外から巨大な石が詰められた。

「ヤツ等外にいやがったのか、俺達は閉じ込められたって事なのか?」

「これって、何となくヤバいパターンじゃねぇのか?」

「大丈夫やろ、アホに貰うた武器があるし」

 突然、山中に隠れていた鬼の「突撃」の声がした。いきなりの鬼の大声が、三人の背後から恐怖となって身体を突き抜ける。何食わぬ顔の桃太郎とは対照的に、三人の顔面は一気に蒼白になった。

 三人は「やっぱり帰れば良かった」「やっぱり逃げれば良かった」「カッコつけてこんなところまで来るんやなかった」と改めて強く後悔した。足の震えが全身に転移する。

 こちらに向かって、鬼の声が聞えた。

「愚かな侵入者に告ぐ。キサマ等が何者かは問わぬがや、我等の営業所を爆破し、船を盗み、この神聖なる我等の神殿の扉を破壊して侵入したキサマ等の罪は重いがぞ。必ずその罪を償わねばならぬがや、全員八つ裂きにしてくれる、覚悟するがや。皆の者、こいつ等をぶち殺せ」

 赤いラメ入りの先導旗を振る一際大きな赤い鬼が叫んだ。数え切れない程の赤鬼達が携えたM60マシンガンを狂ったように撃ち鳴らして奇声を発しながら、化け物のような形相で次々と四人に向かって山を駆け下りた。

「げっ、ヤベぇ」

「ヤバ過ぎやぁ」

「逃げる場所がない」

 根性なしの家来達が全身で震えるこの状況の中で、桃太郎の笑い声がした。

「何が八つ裂きだ、愚かな赤鬼共め。お前等こそ年貢の納め時だ、神妙にしろ」

 向かって来る鬼達の強烈な威圧と、M60マシンガンの轟音に震え上がる下っ端家来達の後ろで、丸切り怯む素振りも見せない桃太郎が叫んだ。

 殺気立って山を駆け下りる鬼の中で、先頭を走る二人の赤鬼の兄弟が何かに気づいて桃太郎を指差した。

「あっこのくそガキ、あの時タコ撃ちでぶっ殺したバウハンのジジイと同じ匂いがするがや。お前ぇあのジジイとどういう関係なんがや?」

「本当だがや。バウハンのドブ臭ぇ匂いだけじゃねぇ、あのジジイと全く同じ匂いだや、あり得ねぇがや、何でだがや?」

「何、バウハンだと?」

「どいつだや、どいつがバウハンだや?」

「どいつだや?」

 赤鬼兄弟二人の『バウハン』の一言に、駆ける下り殺気立つ赤鬼達と、その倍はあろうか思われる巨大な青鬼が激しく反応した。

「儂は許さねぇがぞ、儂は、バウハンだけは決して許さねぇ、この世に存在する事さえ許さねぇがぞ。儂の一族兄弟が皆バウハンに消された怨み晴らさでおくべきがぁ」

「な、何だか良くわからねぇが、桃太郎のバカがいれば大丈夫なのか?」

「な、何となく、大丈夫そうやな」

「だ、大丈夫だな」

 三人の少年達は、何やら奇妙な展開に震えながらも首を傾げた。

「お、おい桃太郎、『バウハン』って何だ?」

「そうや、それは何や?」

「『バウハン』はバウンティハンターの事で、宇宙海賊共を狙う賞金稼ぎだ。正確に言うなら、オラはバウハンではなく、宇宙専攻警察のWSウォンテッド・スナイパーで、銀河連邦政府から正式に依頼を受けて海賊共を狙う賞金稼ぎだ」

「どう違うんだ?」

「そうだ、どう違うんだ?」

「まぁ大きな違いはないな」

「その割にはオノレ、偉そうやんか?」

「そうだ、お前偉そうだぞ」

「当然だ、オラはSWSの所属だからな」

「相変わらず、意味がわからん」

「無理に理解しねぇ方がいい。何せ、あいつはバカだからな」

「なる程、そうやった」

 宇宙に蔓延る海賊達を退治する賞金稼ぎバウンティハンターの内で特殊な能力を持つ者は宇宙専攻警察官となり、更に優秀な者はWSウォンテッド・スナイパーと呼ばれる。宇宙専攻警察は、宇宙連合政府から正式に依頼を受けて宇宙海賊を狙う組織であり、SWSスペース・ウォンテッド・スナイパーズとは、そんな能力者の非情な集団として海賊達に恐れられていた。

 青鬼が憎々し気に叫び続けてた。

「バウハンの名なんぞ聞いても仕方がないが、キサマ何者だがや?」

「オラはバウハンじゃない、WSだと言っているだろう。まぁ、お前こそオラの名前を覚えても意味がない、何故ならお前等は全員ここで消滅するんだからな。オラはSWS所属のエリート戦士ゼロだ」

「エリートなんぞと自分で言うなよ。聞いてる方が恥ずかしくなるぜ」

「そうだぞお前、恥ずかしくねぇのかよ?」

「聞いてるワシ等が恥ずかしいやんか」

 赤鬼達がSWSにざわついている。

「こいつがSWSなのか?」

「WSを唯のバウハンだと思っとると、穴の毛まで抜かれるがぞ」

「そうだがや、WSの奴等はバウハンよりも気が狂ってやがるんぜよ」

「その上に、そいつ等の集団のSWSは特にタチが悪いがぜよ」

「知ってるがやか、降伏した西宇宙の海蛇海賊団をSWSの奴等は核爆弾で星の住人ごと消滅させたんやぜ」

「SWSは気狂い賞金稼ぎの集団だや」

「鬼のような奴等だや」

「海賊のくせに何をボケた事を言っているんだ。暴れるだけ暴れて『降伏します』なんぞが通用する筈がないだろう?」

 鬼達の言い分を桃太郎が鼻で嘲笑っている。

「何やあいつ、鬼に『鬼のよう』って言われてるやんか?」

「あいつ、モモ村の唯のバカじゃねぇのか?」

「本当は何者なのか、良くわからねぇな。鬼がビビるって何だよ、あいつは何者なんだよ?」

 三人は、『鬼に丸腰で立ち向かう桃村の馬鹿若しくは勇壮なる者』だった筈の桃太郎が今更ながらに何者なのか、想像もできずに思案に暮れた。

 鬼が三人に向かって言った。

「おいそこの地球人の間抜け共。そいつが何者か教えてやるがぜ。そのクソガキはな、手前ぇも海賊だったくせに今じゃ海賊相手に賞金を稼ぐ外道野郎だがや」

「クソ外道野郎だがや」

「そうだがぞ、手前ぇも海賊だったくせに、ドブに手ぇ突っ込んで海賊を平気で売りやがる腐れ外道だがや」「腐れ外道だがや」「クソ外道だがや」

「わかったか地球人?」「わかったか間抜け」

 三人の根本的な疑問に赤鬼達が答えて桃太郎を吊し上げたが、桃太郎は涼しい顔で歯牙にも掛けていない。少年達が鬼の言葉に反論した。

「こいつが腐れ外道なのか、でも俺には街中でマシンガンぶっ放して火をつけやがるお前等より、こいつの方がちっとはマシに見えるけどな」

「あぁ、俺等の都をぶち壊すお前等なんかより、余っ程マトモじゃねぇのか?」

「そうやわな、どう見てもオノレ等の方が悪者ンやで」

「何だと?」「クソ間抜け地球人め」「間抜け地球人め」

 一斉に鬼達の罵声が聞えた。既に鬼達の怒りはMAXに達している。一人、桃太郎だけが余裕綽々で鬼達の攻撃的な悪罵を嘲笑した。

「下っ端共、良い事を言うな。後で褒美をやるぞ」

「くそっバウハンめ、銀河連邦政府の犬の分際で儂等に楯突くとは生意気な、ぶち殺してくれるがぞ」

「クソ間抜け、地球人。キサマ等もここで終わりだがよ」

 家来達三人は、予想もしない展開に戸惑った。

「おいおい、増々妙な展開になっとるで。どないする?」

「キサマ等って、俺達もこいつの仲間だと思われてんじゃねぇか?」

「関わり合いにならねぇ方がいいんじゃねぇかな?」

「違うと言っても通らねぇだろうけどなぁ?」

「どうでもエエけど、ワシ早ぅ帰りたいわ」

 再び、「皆殺しだ」の声とともに一際大きな赤い鬼が先導旗を振った。

 ミサイル弾の発射音と軌道煙が見え、戦車隊が砲口を向けながら照準を定めて轟音を響かせた。マシンガン片手に奇声を上げながら向かって来る鬼達、そして背後の山から飛んで来るミサイルと戦車からの砲弾の雨に三人は仰天した。

「全然、大丈夫じゃねぇよ」

「い、幾ら何でもミサイルと戦車はヤバいやんか。早よぅ逃げようや?」

「どこへ、逃げるんだよ?」

「どこでもエエから、とにかく逃げるしかないやろ?」

「逃げるな、下っ端共。根性入れてオラの盾になって討ち死にしろ」

 ビビり捲る下っ端達に、桃太郎が発破を掛けた。

「何でやねん?やっぱり、喰われてまぇや」

「そうだ。お前なんかに、一瞬でも同情した俺がバカだったよ。やっぱり、ぶち殺されろ」

「そうだ、これじゃぁオレが間抜け野郎になっちまう。村の奴等にマシンガン相手に討ち死にしたバカって呼ばれるのは嫌だぁ」

「桃太郎、お前が何とかしやがれ」

「そうやぞ、何とかせぇ」

「どうすんだよ」

 相変わらずの緊急事態に、三人の下っ端達が叫んだ。

 後方の扉は塞がれ、前方からは鬼達が向かって来る。更には空高くロケット弾と戦車の砲撃が見え、まるでアニメ映画のクライマックスシーン場面で正義の味方を呼ぶかのように下っ端達が叫んた時、桃太郎がまた訳のわからない事を言った。

「何だ、下っ端共。お前等で奴等をぶっ飛ばさないのか。お前等がやらないのなら、オラが今から鬼達と「相撲」と「ジャンケン」と「蹴鞠」をやるぞ」

 三人には桃太郎の言葉が通じていない。相撲とは、ジャンケンとは、蹴鞠とは一体何の事なのか、そんな名前の新兵器があったのか。

「何の冗談言ってんだよ?」

「ボケとる場合か?」

「本当に気が狂ったかぁ?」

「安心しろ。全く、少しも、ちっとも冗談ではない。オラは相撲とジャンケンと蹴鞠では誰にも負けないのだ。我・願・大・固・変・身・」

 嬉しそうに両手を広げ天に翳し何かを唱えた桃太郎は、青緑色に光り輝くプラズマの光に包まれた。

「オラはSWSのナンバー3で、宇宙最強のスナイパーなんだぞ。他人は、オラの事を『ジャイアントマン』とも呼ぶのだ」

「おい桃太郎、ナンバー3で最強はおかしいやろ?」

「そうだぞ」

「そうや。良く考えろや、ボケ」

 地上に赤鬼達のミサイルと戦車の砲撃が着弾すると、地上が火の海と化した。三人が悲鳴を上げる中で、桃太郎の身体がいきなり巨大化した。三人の家来達だけでなくその場にいた200を超える赤鬼達が、30Mはあろうかと思われる巨大桃太郎を見上げ、呆然と立ち尽くした。

 巨大桃太郎が叫ぶ。

「おぉい、二本角と三本角の鬼共よぅ。オラはあの時お前等に撃たれて死んだ爺さんだぁ。お前等にあの借りを返す為に、地獄の底から蘇って来たんだぞぅ。10発も撃ちやがって、痛かったぞぅ、唯ではすまさんぞぅ」

 桃太郎は、震え上がる鬼達の先頭にいた二本角と三本角の赤鬼を、その巨大な手で無造作に掴んだ。2匹の鬼は悲鳴を上げたが、桃太郎はそんな事など気に掛ける素振りも見せず、後方の山の頂に向けて全力でぶん投げた。

「さぁてぇと、鬼共よぅ。オラと相撲をしようではないかぁ?」

 そう言いつつ、巨大桃太郎は迫り来る戦車と四つに組み、軽々と持ち上げて思い切り投げ飛ばした。

「さぁてぇ、鬼共よぅ。オラとジャンケンをしようではないかぁ?」

 そう言いながら、巨大桃太郎は有無を言わさず巨大な手を広げて「パー」と叫びながら、鬼達を容赦なく頭上から力の限り叩き潰した。

「さぁてぇと、鬼共よぅ。オラと蹴鞠をしようではないかぁ?」

 そう言って、巨大桃太郎は100パーセントの力で青鬼の巨体を蹴り飛ばし、逃げ惑う赤鬼達を一気に蹴散らした。

 そして、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した鬼達を追い掛け、大きな足で戦車を踏み潰し、大きな手で鬼達を掴んでは躊躇なくぶん投げ、巨大な手で叩き潰した。鬼達は逃げ惑い「降参します」と白旗を上げた。鬼の軍団が完全に戦意を喪失した。

「何や、えげつない攻撃やんけ」

「ざまぁみやがれ」

「やったじゃねぇか」

「降伏だと?さっきも言ったが、そんなものが通用するとでも思っているのか愚か者。今日はライフルじゃなくM61バルカン砲の気分だな、粉々にしてやるぞぅ」

 黒く光る20mmの銃身が激しく回転した。鬼達の悲鳴など端から気にする様子もない桃太郎のバルカン砲の白い爆煙が、炎の中に赤鬼達を引き摺り込んだ。

 桃太郎は「カイカン・」と、どこからかパクって来たような言葉を吐いた。

「桃太郎よぅ、もう気が済んだかよぅ?」

「そんだけやったら、もう気ぃ済んだやろぅ?」

「いい加減にしろやぁ」

 三人の声など桃太郎には聞こえない。

 桃太郎は、白旗を振る赤鬼に向かって白い団子玉を握って振り翳し、今度は銃器を出現させた。巨大な桃太郎は長大なライフル銃を担ぎ、鬼達に狙いを定めた。少しも攻撃の手を緩めない桃太郎に、家来の三人が再び叫んだ。

「おぉい、桃太郎。もういいんじゃねぇかぁ?」

「そうやぞぅ」

「もうやめろってぇ」

「残念だがぁ、オラの「赤鬼海賊殲滅プログラム」は、途中では止まらないのだぁ」

 三人の言葉に、巨大桃太郎が被りを振った。巨大桃太郎は逃げる鬼達を追い掛け、両足で踏み潰し、蹴り飛ばしながらライフル銃を撃ち捲った。

「酷ぇな、そこまでやるか?こいつこそ鬼だな」

「何とも、エゲツない奴っちゃな」

「あぁ、こんな奴と勝負しなくて良かったぜ」

 大空に金色のトンボが飛んでいる。トンボは何かを探すように周囲を何度も旋回した後、鬼達の赤い宮殿の東の片隅に滑り込んだ。

「ん、ブツはそこか?」

 巨大桃太郎は何かを呟き、玩具に飽きた子供のように攻撃をやめた。そして、今度は鬼達の黄金色の宮殿を乱暴に破壊し始めた。

「おぉい、桃太郎ぅ。今度は何やってんだよぅ?」

「そうや、何してるんやぁ?」

「今度は何だぁ?」

「気にするなぁ、ちょっと探し物をしているだけだぁ」

 桃太郎は崩れ落ちる宮殿の東端に探し物を見つけ、両手を突っ込み、中から何かを掴み取っては次々と空高く放り投げた。

「おぉい、桃よぅ。もういいだろぅ早く帰ろうぜぇ」

「そうやぁ、もうエエやろぅ」

「そうだぜぇ、こいつ等の武器とクルーザー掻っ払って、とっとと帰ろうぜぇ」

 巨大桃太郎が再び首を振った。

「ダメだぁ。全てを完結しなければ、終わらないようになっていると言っただろぅ。完結したら合図をするから、全員で黒い玉を鬼に向かって投げろぅ。そうすればぁ、プログラムが止まるからぁ」

「ん?黒い玉?」

「これでエエんかな?」

「これか?」

 三人の少年達は、桃太郎の合図がないままに、一斉に黒い団子玉を赤鬼達に投げた。同時に、巨大な光輪をともなう激しい爆裂が起こり、天空に噴き上がった巨大な3つの黒いキノコ雲と轟音の中で、鬼ヶ島が冷凍核爆弾で凍りついた。激しい爆裂の中から、4つの白い光が宇宙空間へ飛び出した。そして、地上から4人の下僕達の姿が消えた。

「クイーン、応答してくれ」

 宇宙空間に浮かぶ、4つの白い桃のように見える非常脱出用小型宇宙船。その内の1つから、桃太郎が通信機で呼び掛けた。

 モモ村の通信機に、お婆さん姿のヒューマノイドロボットのクイーンが応答した。

「はいXZEROゼロ様、こちらクイーン。首尾は如何ですか?」

「ちょっと早かったが、首尾は上々だ。ピーチ・ボールで、大気圏まで飛んだ。オラ以外にあと3つのピーチ・ボールと、鬼のヤツ等から掻っ払って宇宙空間にばら撒いた金塊が飛んでいる。ピーチ・ボールにはそれぞれに小僧達を入れて飛ばしたから、金塊と一緒に全て回収してくれ」

「了解しました」

「小僧達も多分生きているだろう。何せ、ピーチ・ボールはビーム弾10発ぶち込まれてもひと寝入りするだけで生き返る事が出来る、オラの先代が造った優れものだからな。赤ん坊に戻ってしまうという欠点はあるが、まぁ仕方ないだろう。それにガキの姿の方が海賊共が油断するしな」

 お婆さん姿のクイーンは、桃太郎から赤子に戻ったXZEROゼロとの通信の内容に薄微笑いを浮かべた。

「少年達全員をピーチ・ボールで飛ばしてあげるなんて、今回は随分と優しいんですね。いつもなら、XZEROゼロ様こそ鬼のようですけど」

「まぁな。何だかんだ言っても、最後までオラの海賊退治の茶番に付き合ってくれたし、小僧共も逃げずに良くやってくれたからな」

「そうですね」

「それに、今回は重要手配の宇宙海賊赤鬼団の壊滅で、東宇宙連邦政府から賞金1億バウンをゲット出来るだけじゃなく、赤鬼のヤツ等から掻っ払った30tはある金塊のオマケ付きだからな、特別サービスだ。宇宙に飛ばした金塊の回収もきっちり頼む。それから、小僧達を入れたピーチ・ボールは、それぞれ元の村の近くの川へでも流してやってくれ。小僧達は全員赤ん坊に戻ってしまっているが、誰かがきっと拾うだろう」

「了解です」

「それから、お前が造った新鳥瞰カメラ搭載トンボ型飛行ロボットの『カミノメ』なんけど、スピードといい、角度、高度とも、完璧だ。眼鏡型モニター画面も鮮明で見易い。次までに赤外線とX線もつけておいてくれ」

「全て了解しました」

「ところで、クイーン。今回の婆さん役はどうだった?」

「中々楽しかったですよ。村人達も優しい人ばかりでしたし」

「そうか、それは良かった。でもお前はいいよな、ヒューマノイド・ロボットで変身装置があるから、何にでも化けられるもんな。俺なんか、ピーチ・ボールで一旦ガキに戻っちまったら、巨大化するくらいしかないもんなぁ」

XZEROゼロ様のどんぐり眼の子供姿も、とっても可愛いかったですよ」

「まぁ、いいか。さて、次の海賊退治に行くとしよう」

「今度はどんなパターンで海賊退治しましょうか?」

「そうだな。次のMO331011銀河に着くまでにゆっくり考えておくよ」

 モモ村の裏山から、白く輝く巨大三角型宇宙船が飛び立った。

 めでたし、めでたし。

《☆事件ファイル2:浦島太郎/乙姫竜宮城聖戦》

 昔々、あるところに浦島太郎という青年が住んでいた。ある日、太郎が魚を釣って魚籠に入れ、握り飯を頬張りながら海岸を歩いていると、数人の子供達が何かを囲んで騒いでいた。

「おい、こいつ亀だべ」

「いや、こいつは鍋だべよ」

「いんや、こいつは亀だべ」

「なして亀だや?足も首も出んやがな」

「ほたら、なして鍋だや?」

 太郎が、子供達の輪に割って入ってその丸い物体を見ると、金属的な輝きを放つ皿を二つ合わせた鍋のようであり、四隅に穴が開いて亀のようにも見える。

「あんちゃん、何すんだよ?」

「あっスマン。ところで、お前達はこれをどうするんだ?」

「どうするんて、決まっとろうが」

「そうじゃ。鍋なら海に放って、亀なら煮て食うに決まっとろう?」

 一瞬考えた太郎は、子供達に提案した。

「そうか、じゃぁオラの握り飯1つと交換しよう?」

「何でや、あんちゃんも亀鍋にして食うんか?」

「いや、オラは亀鍋は食わない」

「ほったら、何すっとや?」

「秘密だ」「あんちゃん、ヘンタイやな」

 子供の一人が疑い深そうに太郎を見た。

「ほったら、あんちゃんが持っとる握り飯と魚の全部なら交換してやるで」

 子供達の一人が言った。

「お前等、中々ガメツいな」

「何やとコラ」

「いらんやったら、交換なんかせんでいいっちゃで」

 浦島太郎の言葉に、子供達は周りを取り囲み一斉に反発した。

「わかった、わかった、全部で交換してくれ」

「仕方ないやな」「まぁいいかなや」「そうっちゃなや」

 子供達は、太郎の持っている握り飯と魚籠に入れた魚を引っ掴んで、勢い良く走り出した。

「あっ、魚籠は返して・まぁいいか」

 子供達は魚籠ごと持って去っていった。

 浦島太郎は、交換した銀色の亀なのか鍋なのかわからない物体を、穴の空く程じっと眺めていた。物体にはまるで変化がない。

 西空に夕陽が沈み掛けた頃、太郎は痺れを切らして叫んだ。

「おいコラ、いい加減にしろよ亀。オラは浦島太郎だ、とっとと親亀呼んで来い」

 太郎は、銀色の亀なのか鍋なのかわからない物体を、容赦なく殴り蹴飛ばした。小さな悲鳴を上げた物体は、遥かな波間に消えた。

 太陽が西の水平線に消え掛けている。何かを待ちながら太郎が海を見ていると、遠くから、巨大な岩石形の大きな亀のような物体が波飛沫を飛ばしながら近づいて来るのが見えた。巨大な亀のようなものから声がした。

「お待たせ致しました」

 巨大な亀らしき物体から、太郎を歓迎する声が聞こえた。太郎は既に怒り心頭に発している。

「遅せぇよ。いつまで待たせんだよ、馬鹿野郎」

 物体は巨大な亀型の潜水艦だった。操舵室のモニターで一部始終を見ていた魚人艦長と船員が口論を始めた。船員は口をへの字にして騒ぎ立てている。

「なる程、随分と口の効き方を知らぬ奴だが、まぁ仕方あるまい」

「艦長、やっぱりやめましょうよ。あんな奴を竜宮城へ連れて行っちゃ駄目ですよ」

「連れて行かざるを得まい」

「小亀に姿を変えていた私を、思い切り蹴り飛ばしたんですよ。艦長、あんな奴は海の底に沈めてやりましょうよ」

「まぁ気持ちはわかるがな、そうもいかぬよ。そんな事をして乙姫様に知れたら、それこそ我等が海の藻屑と消えるぞ」

「それはまぁ、そうですけど……」

「気にするな。どうせ、こんな奴は直ぐに精を抜かれて野垂れ死にするのだ」

「うですね、仕方ない。我慢します」

 親亀が浦島太郎を乗せて、海底深く進んでいく。太郎が大声で叫んだ。

「おぉい亀公、酒くらいねぇのか?シャンパン持って来い。肴はキャビアだ。直ぐ持って来い、今直ぐだぞ」

 太郎の傍若無人な態度に、船員が再び言った。

「艦長、やっぱり今直ぐ海の底に沈めましょう」

「出来ればそうしたいものだな」

 船員と艦長が染みじみと呟いた。太郎がシャンパンを空けキャビアを食らい大鼾で寝ている間に、船は深海の更に深い空間へと進み、前方に海底宮殿が見えた。

「ヤバい、寝ちまった」

「竜宮城に到着しました」

 竜宮城の扉が開き、門に立って迎える美しい真紅の和装魚女に、艦長が告げた。

「門女様、街から若者を案内して参りました」

「ご苦労でした。では遊女よ、その方を158号室にお通しなさい」

「オラは浦島太郎だ、存分に饗せよ」

 遊女と呼ばれるシースルーの短いドレスを纏う若く美しい女は、言われるままに太郎を竜宮城の内部へと誘なった。入り口の煌びやかなガラスドアが開くと、左手に佇む半裸の受付女が「スーパードリンク剤です」と言って、太郎に飲み物を手渡した。

 太郎は何の疑いもなく、ちょっと奇妙な味のするそれを一気に飲み干した後、意識を失った。

 太郎は158号室で飛び起きた。

「あっ、ヤベえ。また寝ちまった」

 受付女から手渡された飲み物の中に、何か入っていたのは間違いなかった。目覚めた太郎は、白い牢獄のような狭さに、大音量のディスコサウンドが洪水のように押し寄せて来る158号室の空間にいた。目の前に酒と色採り採りの海産物の料理が並べられ、横には先程と違う濃い化粧のキャバクラ嬢のような遊女が、両肩を出した艶やかな浴衣姿でぴったりと寄り添うように座っている。

「上手そうだな」

 太郎は料理を一気に平らげたが、何か奇妙な感覚になった。

「料理に何か入れたか?」

 下半身に変調を来す太郎に、キャバ嬢がすり寄って来る。太郎は、思わず目的を忘れ押し流されそうになる程のキャバ嬢の過剰な接待を、無理やり振り切った。

「お姉ちゃんよ、ここにいる筈の乙姫さんに会わせてくれよ」

「何の事か、わかりません」

 キャバ嬢は必死で首を振った。

「乙姫姉さんがここにいるのは承知の上なんだよ。案内しろ、さもないと暴れるぞ」

 そう言う間に、太郎はショットガンを壁に向けて撃った。壁に穴が開き、穴から水が噴き出す。キャバ嬢が悲鳴を上げ、慌てた黒服が飛んで来た。

「何事だ、な、何者だお前は?」

 黒服は、太郎の突然の暴挙に対応が出来ない。

「おい兄ちゃんよ、俺が何者かなんかどうでもいいから、乙姫姉さんの処へ案内しろよ。でないと、壁が穴だらけになってこの竜宮城が水没するぞ」

 黒服は抗う事もなく両手を上げ、「はい」と返事をして歩き出した。

 宮殿の廊下を歩きながら、半泣きの黒服が天空に向かって何者かに助けを乞う子供の如く「乙姫様ぁ」と叫ぶと、どこからともなく「騒がしいですね、何事ですか?」と問う声がした。太郎は、それが竜宮城を統べる乙姫のものであると確信した。

「勿体つけずに、出て来やがれ」

 太郎の声に呼応するように、宮殿の奥から厚化粧の大柄な女が顔を出した。周辺を睥睨する十二単衣を纏った2メートルはあろうかと思われる女は、ショットガンを構える太郎に怪訝な顔をした。

「何者か?」

「よう、アンタ乙姫姉さんだよな。オラはこういう者だ」

 太郎は右腕のタトゥーを見せた。

「ほぅ、その猫の入れ墨はSWSか?」

「猫じゃない、ライオンだ。昨日は桃太郎、今日は浦島太郎、而してその正体は、SWS無敵のWSウォンテッドスナイパーだ」

 太郎が見得を切った。乙姫は鼻で嘲笑いながら太郎の正体などではなく、携える武器に興味を示した。

「おい小僧、お前の持っているそのショットガンは「Z帝国至宝」の一つ、変幻ではないか、それをどこで手に入れた?」

「これはオラのものだ」

「それに、何故それを操れるのだ?」

「これは端からオラのものだ」

「ワタシは元Z帝国戦士だから知っているが、それを操れる者は全宇宙でZ大師教のみ。お前は何者なのだ?」

「そんな事はどうでもいい。そんな事より、アンタが若い男の精を集めて覚醒剤にして、マムダ星団の有閑マダム達に高値で売り捌いている事は先刻承知の上だ」

「ほぅ、そんな事も知っているのか、中々情報通だな。褒めてやりたいところだが、知らない方が良いかも知れぬぞ。それで、何が目的なのだ?」

「どうだ、オラと組まないか。今までの倍の男を攫ってきてやるよ、その代わり金は山分けでどうだ?」

「SWSとは宇宙連合政府が管轄する宇宙専攻警察官ではないか、それが海賊と取引などして良いのか、唯ではすまないのではないか?」

 乙姫は、突然現れて結託を持ち掛けるSWS宇宙専攻警察官ゼロの正体を探った。相に怪しんでいるのが見てとれる。

「オラの心配などしてくれなくていい」

「素性のわからぬ奴だが、悪い話ではない」

「どんな理由かは知らないが、アンタは精を売り捌いて資金集めをしている。オラも金が必要だ、利害は完全に一致していると思うけどな」

「随分ふざけた奴だが、キサマが裏切らぬという保証はない。どうするか、考えどころだな。尤も、裏切った輩などワタシが八つ裂きにするだけだがな」

「オラも、アンタがチクったらSWSの立場を失って元の宇宙海賊に戻るしかなくなる。それはオラにとっても本意じゃない」

太郎にとって、SWSの地位を失う事は相当なマイナスだ。だから、太郎側から裏切る事はない。因って、ウィンウィンの状況は保証される。そんな屁理屈が真実味を帯びている。乙姫は疑念を抱きつつ、取りあえず太郎の話に同意した。

「まぁ良いだろう、その話に乗ってやる」

「それなら、まず100人の男を攫って竜宮城にぶち込んでやるよ」

「わかった。対価として1億バウン、円なら100億払ってやる」

「いや、100人で2億バウンだ」

「ガメツいな」

「アンタ程じゃないさ」

「小僧、名は?」

「オラの名は、宇宙専攻警察官XZEROゼロだ」

XZEROゼロとは、何と読む?」

「ゼロだ」

「改めて名乗ってやる、ワタシは・」

「知ってるよ乙姫さん。オラも元宇宙海賊だ、海賊でアンタを知らない奴はいない。元海賊Z帝国戦士、今は神聖海賊エース軍団北エリア司令官、乙姫海賊団首領の乙姫久遠。東宇宙じゃ一、二を争う有名人だ」

「世辞など言っても何も出ぬぞ。お前ザール人か、歳は幾つだ?」

「今回は、地球人の18歳くらいだな」

「今回とは、変身系か?」

「お前どこかで会った事はないか?」

「オラとして会った事はない」

「?」

 浦島太郎が乙姫と取り引きしている間中、ヒューマノイドロボットのクイーンは、穴の空く程に乙姫を睨視し続けている。

「おいゼロ、気に入らぬ事が一つある。お前の後ろにいるその女は何だ?」

 乙姫の目と言葉に敵意が満ちている。理由は不明だが、相当に強烈な拒否反応だ。

「気にするな、ヒューロボだ」

「気に入らぬな」

 乙姫は息を吸い込み、クイーンに向かって一気に吐き出す仕草を見せた。太郎は慌てて叫んだ。

「乙姫姉さん、ストップ。アンタが吐くのは確か濃硫酸だったよな、そんなもの掛けられたら溶けちまう。クイーン、席を外せ」

 クイーンは鼠に姿を変えて、太郎の上着ポケットに忍び込んだ。

「ワタシは女が大嫌いだ、吐き気がする。ワタシの前に姿を見せた女は、誰彼の区別なく、跡形もなく溶かしてやる事にしている」

「何でだよ、この竜宮城には腐る程色気づいた女がいるだろう?」

「あれは全てワタシのクローンで、意識とエネルギーをワタシ自身と共有している。即ちここにはワタシ以外の女はいない。この竜宮城に足を踏み入れた女は、人間だろうが魚人だろうがロボットだろうが容赦はしない、次はぶち殺すという事だ」

「姉さん。アンタぶっ壊れてるな」

「煩さい、余計な事を言っているとお前も溶かすぞ」

「そいつは勘弁だが、まぁそんな事はどうでもいい。10宇宙時間の内に、男100人を攫って来たら2億だ、忘れるなよ」

「竜宮城に100部屋増やして待っていてやろう」

 帰ろうとする太郎を、乙姫が引き留めた。

「おい小僧、一応儀式なのでな、帰りに手土産の玉手箱を持っていけ。まぁお前がその手に引っ掛かるとは思えないがな」

 乙姫がにやり、と悪人顔で笑った。太郎は、玉手箱を抱えて大亀型の船に乗り、浦島村に帰還した。

 浜辺近くの地中深くに埋もれた宇宙船に戻った太郎は、手土産の玉手箱を確認した。クイーンと呼ばれるヒューマノイドロボットが、箱の中身をスキャンし、その結果を告げた。

「箱の中身は硫化水素です。濃度は約1000ppm。常人の場合、吸った途端に死に至ります」

「本当に容赦ないな、あのババア。ところでクイーン、『アレ』は読めたか?」

 クイーンは、『アレ』即ち意識感知センサーによるスキャン結果を報告した。

「あの女の前頭葉に部分的な疾患が見受けられ、精神的な何かのシールドが掛かっています。従って、全ての思感は読めませんでした。読めたのは、かつて出世競争で女に完敗した事、複数の男に騙された事、金にかなりの執着がある事、エース海賊団の首領Aに好意を抱いている事、貯めた金や金塊の全てはエース海賊団に上納している事。それと、約50トンの金塊が竜宮城の裏にある金庫室と第2竜宮城の倉庫に保管されている事くらいです。それから、もう一つ読めそうで読めない事が……」

 クイーンの告げる内容に、太郎は思わず笑い出した。

「何だそりゃ、それだけわかれば十分過ぎるぜ。もう全てが完了したようなもんじゃないか。金庫から金を、倉庫から金塊を掻っ払って、後は完結させるだけだぜ」

「ゼロ様、もう一つ読めそうで読めない重要な事が・」

「もういいよ、クイーン。作戦開始だ」

「承知しました。正面から突っ込むのですね?」

「あぁ。さてと、その前の準備に掛かるとしよう」

 浜辺ではしゃぎ回る見た事のある子供達に、太郎が話し掛けた。

「おい、お前等」

「あっ、あん時のヘンタイ亀のあんちゃんやないか?」

 子供達がまた騒ぎ出した。

「お前達、どこの幼稚園だ?」

「私立浦島学園だ」

「そうか、あそこなら園児が多いから丁度いい。お前等の幼稚園の友達を100人連れて来い、男のガキ限定だ。オラの宇宙船で遊んでいるだけで、1人100バウン、100人なら1万バウンやる。オラの宇宙船には、ガムもチョコレートも最新ゲームも沢山あるぞ」

 子供達は、太郎の唐突な誘いに猜疑心を顕にしつつも、ガムとチョコレートと最新ゲームの誘惑を拒み切れない。

「怪しいけど、凄ぇぞ。最新ゲームやって1万バウンだってよ。俺行きてぇ」

「俺も行きてぇ」

 子供らしく喜びを表す園児の中の数人が、相変わらず太郎を怪しんでいる。

「けどな、何や、不審しいがぁ」

「そうだよな。あんちゃん、何が目的だ?」

「俺達を攫っても、絶対身代金なんか取れんぞ」

「大丈夫だ。そんな事を考えるなら100人も必要ない」

「そうか、それもそうだなや」

「じゃぁ、何ンしてだ?」

「あっそう言えば、こいつヘンタイだがぜ」

「あんちゃん、100人の男の子と何すんだよ?」

「違う、違う、妙な目でみるな。オラは変態じゃない、オラはSWS、宇宙専攻警察官だ。悪者を逮捕する為に100人の男が必要なんだ」

「警察?」

「へぇ、あんちゃんみたいな小僧でも成れる警察なんかあるんか?」

「それならよ、ケチ臭い事言わねぇで1人1000バウン出せや」

「300でどうだ?」

「500でなら手を打ってやるがよ」

「わかった500で交渉成立だぜ」

「100で呼んで来ようぜ。差額は俺達の手数料だ。合計500×100の5万で、費用100×100の1万だから、利益4万バウンを俺達で山分けだや」

「待っとれや、今直ぐに集めちゃるがぁよ」

 幼稚園児とは思えない程に計算が早く、仕事も早い。あっという間に、100人の幼稚園児達が集まった。

 砂地の小高い丘から土砂を巻き上げて、地中から現れた白い三角型の大型宇宙船は、100人の幼稚園児達を乗せて大空高く舞い上がった。宇宙船は、暫く大空を飛び続けながら周辺の海中を探索した。既に概略の座標を把握できる筈の三角型宇宙船の操舵室で、クイーンが小首を傾げた。

「あれれ?竜宮城が、対象座標にGPS反応がありません、消えてしまっています。確認可能領域にも反応がありません」

「消えた?」

 あれだけの巨大な海中城を確認できないという事態が考えられないが、海底には竜宮城の姿はなく、ソナーでも探知出来ない。確定していた座標位置にあるべきものがなく、宇宙衛星からのGPS確認可能領域にも反応がない。GPSでの故障ではない。例え対象が海底を移動したとしても、地球上であればGPS反応がある筈だが、一切の反応がない。地球上から忽然と姿を消した事になる。

「地球上どこにも竜宮城は見当たりません」

「ワームホールで時空間移動したのでしょうか?」

「それ以外考えられないな、どこかに奴等の足跡がある筈だ。ヤツ等が時空間で消えようが必ずワームホールの残骸は残る、そいつを探してくれ」

「ワームホールの残骸とは何ですか?」

「時空のウズマキだ。ワームホールが消えてもその残骸は一定時間消えない、だから時空のウズマキさえあれば後を追うのは可能だ」

 太郎の言葉に従い、二人はワームホールの残骸、時空のウズマキを探した。

「あった、あれがウズマキだ。あれならまだ行けそうだ」

 海中に細かい泡が立ち、トンネル状に丸い渦を巻いている。三角型の宇宙船は、躊躇する事なく、即座にウズマキの中へと飛び込んだ。

◇ 

 一瞬で、三角型宇宙船は異空間へと移動した。遠くに銀河と星々が煌めいているのが見える。太郎は「そういう事か」と一人頷いた。

 竜宮城をワームホールでどこかの宇宙と繋げる事で、完璧に逃走経路が確立されているのだ。 

「乙姫海賊団の奴等が捕まらない理由がわかったな」

 クイーンが一般論で疑問を呈した。

「ワームホールによる時空間移動は、飛ぶ方向の調整が不安定で使いものにならない、と言われていますが・」

「Sラベルならそうだろうが、ヤツがオラの先代であるZが改良したWラベルを使っているなら方向の調整なんか簡単だ」

 ワームホール移動装置とは、宇宙のどこへでも時空間移動ができるという謳い文句の下で海賊達の間で大流行している移動手段で、入口と出口それぞれにワームホールを発生させて繋ぐWラベルと、入口に発生させたワームホールを目的の一方向へ飛ばすSラベルの二つが存在している。

 Wラベルは方向性が定まるという画期的なものだが、入口と出口それぞれの座標位置にワームホールを発生させるだけで、何ら難しいものではない。理屈さえわかれば、子供でも目的空間へのワームホール移動が可能だ。一方、Sラベルは、出口となる目的の座標位置がなく飛ぶ方向の確定が出来ない為、全く使い物にならない。飛んだら最後、この広大な宇宙のどこへ行ってしまうかわからない程の粗悪品だった。

 乙姫海賊団は、Wラベルによって十分にワームホール移動装置を使いこなしていた。ウズマキと化したワームホールの残骸を抜けると、瞬時に宇宙空間に出た。前方には巨大なガス惑星が輝き、その横に小さな固体衛星が見えている。

 AIロボットであるクイーンは、確信を以って前方の星を指差した。

「ヤツ等が逃げ込んだのは、かなりの確率であの星と思われます」

「そうらしいが、ありゃ駄目だ。時空間バリアを使ってやがる、簡単には入れない」

「あの星を包んでいるガラスのような球体ですか?」

「そうだ。あれが時空間バリアだ」

 その星の外殻をすっぽりと包含する地表が、ガラス状に輝いている。

 時空間バリアは、星の表層にワームホールを張り付ける事で、外部からの侵入は全て異時空間へと飛ばしてしまう。外部からの攻撃には絶対的な強さを発揮する時空間遮断装置だった。

 その時空間バリアが、ヤツ等が逃げ込んだと思われる衛星の表層に張り付き、一部に円形のゲートが設けられて、唯一の出入口となっているようだ。

「上手く考えたものだな、あの衛星の内部へ入る方法がない。あのゲートを突破してWラベルを貼付出来さえすれば、その瞬間にWラベルが起動して、それで乙姫は終わりなんだがな。どうにかして、あのゲートを突破する方法はないかな」

 三角型宇宙船は、槍のように極端な流線型となって、竜宮城があるだろうと思われる目前の星へと一直線に突っ込んだ。星の北側に見た事のある建物、竜宮城が建っている。星全体に張り付いたガラス状のバリアと、中央に設置された金属的な光沢感を放つ円形のゲートが全てのものを拒絶している。

「乙姫様、何者かが急接近して来ます」

「攻撃体制、即準備せよ」

 乙姫海賊団の兵隊達は、レーダーに映る一気に直進する宇宙船の攻撃に備え、臨戦態勢に入った。

「乙姫様、カメラが物体を捉えました。あのSWSの男の宇宙船と思われます」

 ゲートの外から、太郎が通信モニターで乙姫に告げた。乙姫は、太郎の余りの手際の良さ、そして瞬間移動した竜宮城の位置を把握している事に、怪訝な顔をした。

「乙姫さんよ、約束通り100人のイケメン男を攫って来たぞ」

「ここまで良く来れたものだ。それに随分と早いな」

「オラはSWSだぜ。ワームホールを抜けるくらい屁でもないし、男を攫うのにオラの右に出る者はいない」

「何やら良くわからぬ自慢だな」

「乙姫様、如何致しましょうか?」

 100人の男を攫って来たにしては余りにも早過ぎる、乙姫の猜疑心はMAXに上がっている。時空間バリアは絶対的防御ではあるものの、一部でも解除すれば脆弱性を露呈する事にもなりかねない。だが、相手はSWSではあるとは言えど唯の少年、戦闘レベルなど高が知れている。乙姫は「考え過ぎか・」と独り言を呟いた。

「生物センサーは?」

「数は101、全て男です」

 衛星のセンサーが、三角型宇宙船内の男の気を感知した。

「奴と100人か、まぁ良いだろう。ゲートを開けてやれ」

 太郎の三角型宇宙船がゲートを潜ると、同時にWラベルが貼付され起動した。瞬時に、乙姫の竜宮城とSWS宇宙専攻警察本部にある空間が繋がった。太郎の宇宙船から、子供達を乗せた小型宇宙船が切り離され、衛星の外へと飛んで行った。

「やった」 

 宇宙専攻警察本部で待機する副監理官キニア・ツヨイスが嬉しそうに叫んだ。

「キニア君、ゼロちゃんからラベル来たぁ?」

「たった今、ゼロからのWラベルが起動して、乙姫海賊団の竜宮城とこちら側との時空間が繋がりました」

「そう、じゃぁ早速行こうか」

 白いレースのドレス型宇宙服に身を包む、ゼロの上司であり宇宙専攻警察管理官であるラクシア・ジビンズが、待ち草臥れた声で言った。年齢不詳で見目麗しい。

「母っちゃ、ワタシも行く。キニア、ワタシがついていってやるぞ」

 ラクシア・ジビンズの後を幼い女の子がついていく。

「今し方感知した100人の男の気を確認出来ないが、どうなっている?」

 乙姫は怪訝な顔で語気を強めた。

「姉さん、そんなの本気にしたのかよ。あり得ないだろ?」

「小僧、お前が何を考えているのかは知らぬが後悔するぞ。未だかつて、ワタシに楯突いて無事でいられた者は皆無だ」

 乙姫と太郎が対峙した瞬間、Wラベルで開いたワームホール時空間がから、何の前ぶれもなくキニア・ツヨイスとラクシア・ジビンズが姿を見せた。

「あら乙姫ちゃん、お久し振り」

「どうも、お久し振りです」

 緊迫した場面をぶち壊す軽い挨拶。どうやら乙姫と二人は顔見知りのようだ。

「キニア、ラクシア、手前ぇ等どうやってゲートを抜けたのだ?」

「そんなのゼロ君、じゃなかった太郎君のWラベルに決まってるじゃない」

 一瞬で、乙姫の体から怒りのオーラが噴き出した。

「ラクシアよ、ここで会ったが手前ぇの不運、八つ裂きにしてくれるわ」

「あら嫌だ。昔、一緒に北連邦軍と戦ったじゃない?仲良くしましょうよ」

「ラクシアさん、今は宇宙専攻警察と海賊の間柄なんだから、流石に仲良くするのは無理じゃないですか?」

 キニア・ツヨイスがラクシア・ジビンズにツッコミを入れた。緊張感がない。乙姫だけが独りで憤怒している。

「ラクシア、その昔偉そうに戯れ言をほざいた罪は、万死に値する」

「私は、一度だって戯れ言なんか言った事はないわ。同じZ帝国の戦士として、私達は海賊である前に人でなければならない、という恩師Z様の教えを説いただけよ」

「煩い。海賊である事の誇りを捨てて、宇宙政府のイヌと成り下がった手前ぇなんぞワタシがぶち殺してくれるわ」

 乙姫の怒りが止まらない。その昔に何かがあった事は容易に想像出来る。

「成り下がった訳じゃないのよ。私達にはやらねばならない大義があるの。それは、アナタ達を潰してでも、いえアナタ達を潰す事で成し遂げなければならない事なの」

「煩い、手前ぇ等に大義などない。その昔、ワタシに「宇宙海賊の誇りを捨てるな」と手前ぇ自身が言った事を忘れたか。どんなに繕ったところで、手前ぇ等が海賊の誇りを捨てて、宇宙政府のイヌに成り下がった事は事実だ。大義は手前ぇ等ではなく、我等指導者Aの崇高なる思想にある。Aは最早手前ぇの弟ではない、今やこの宇宙に君臨する海賊王だ。我等は、海賊王Aとともに東宇宙連邦と宇宙連合政府を殲滅し、新政府を樹立するのだ」

「下らないわねぇ」

「ラクシアよ、かつてこの宇宙の海賊達を統一したZ帝国のZ大師教を次ぐ者と言われた手前ぇが、何故Aとともに戦わぬのだ。ワタシは、手前ぇとZ帝国軍司令官の座を掛けて闘い負けたから言っているのではない、手前ぇこそAとともに戦うべきではないのか?」

「馬鹿げてるわね、それを阻止するのが私達の目的なのよ」

「もう良い。手前ぇ等如き、ここでワタシがぶち殺してやるわ」

「乙姫姉さん、オラが相手だ・」

 太郎が言い終わらない内に、乙姫は巨大化した原型を留めないタコのような軟体生物に変形した。足が数十本あり、足先は刃物のように鋭く尖っている。

「乙姫姉さんよ、そんなみっともないカッコ見せていいのかよ」

「馬鹿め、お前如きがワタシに敵うものか」

 太郎は「それはどうかな」と言いながら、乙姫を上回る大きさに変身した。同時に白い団子玉を振り回し、変幻の剣が軟体生物を横一文字に切り裂いた。だが、手応えがない。切り裂かれた部分が、元に戻っていく。

「無駄だ」

 太郎が感心したその隙を突いて、数え切れない硬化した乙姫の足の一本が太郎の身体を死角となった背後から貫いた。途端に太郎の身体は硬直し、一瞬息が止まった。

「ゼロ様、大丈夫で御座いますか?」

「ゼロ、大丈夫か?」

「あらら・ゼロ君、大丈夫?」

 クイーンと一同は、太郎の姿に慌てた。身体の一部が溶け出している。

「大丈夫だが、ヤバいな。この状況で、タコ婆さんと戦い続けるのは無理だ」

「私がやります」

 そう言うと、ロボット戦士クイーンが軟硬生物に飛び掛かった。

「クイーン、やめろ。その化け物に触れるな、溶けちまう」

 太郎の言葉にクイーンが留まったが、戦いのシナリオが見えない。

「仕方がない。クイーン、合体するぞ」

「了解、序でに傷の修復をします」

 クイーンは、赤い光となって太郎を包んだ。光の中で傷口が焼かれる音と太郎の悲鳴が聞こえた。赤い光が消えると、全身がピンク色の金属状の装甲を纏った戦士が現れた。

「ピンク色の戦士だと、愚か者。この私に、そんな虚仮威しが通用するものか」

 更に増えた数え切れない乙姫の足が硬化し、再び太郎の体を正面から貫くように飛んだが、今度は合体戦士の身体が自在に変形し、辛うじて硬化したタコ足を避けた。乙姫の足が太郎に触れる事は二度となかったが、未だ真面に戦える状態ではない。

「小癪な真似を・手前ぇ等如き、私が相手をするまでもない。我が宇宙最強の乙姫軍女三闘士、ミズクラ、ビエニカ、イタイカが相手をしてやろう。我が乙姫戦士を倒す事が出来たなら、再びこの私が遊んでやる」

 乙姫の口から、粘液とともに三人の女闘士が吐き出された。かなりのグロさは否めない。傍らで、戦いをじっと見据えていた幼いカエラの瞳が金色に輝いている。

「母ちゃ、ワタシがやる」

「ラクシア姉さん、キニアの兄貴、幾ら何でもカエラじゃ無理だろ?」

 修復リハビリ中のゼロが言った。

「煩い、黙れ。ワタシは大丈夫だい」

 ラクシアが目を細めながら言った。

「大丈夫なんじゃない、多分」

 宇宙最強という乙姫三闘士の一人ミズクラは、一見女人に見えるが、全身をゼリー状の物質が覆い部分的に点滅する光がついている、まるで深海のクラゲのようだ。

「我が名はミズクラ。誰でも良い、前へ出ろ、このワタシが相手になってやろう」

 カエラは巨大クラゲの姿に怯む様子はない。ミズクラの挑発に応える小さなカエラが勇壮に前へ踏み出た。ミズクラは、子供姿のカエラに驚き、完全に見下した。宇宙最強を自称するクラゲ戦士が薄笑いを浮かべている。

「愚かなガキだな、隠れて震えていれば良いものを。行くぞ、愚かな戦士よ」

「母ちゃ、クラゲ如きに愚かな戦士って言われたよ」

「カエラ、そのクラゲぶっ飛ばしちゃっていいわよ」

 クラゲの姿をしたミズクラは、いきなり鋭い槍のように変形し、カエラに向かって飛んだ。下半身には無数の糸状の触手がついている。

 変身したミズクラは一瞬でカエラの目前まで跳ね、そして急停止した。その反動で、ミズクラについていたゼリー状の無数の触手が、カエラの体に絡んだ。カエラは全身に纏わり粘着した触手で動く事が出来ない。経験した事のないクラゲの触手攻撃は単純に驚きだ、それでもカエラは怯まない。

 自称宇宙最強のミズクラが告げた。

「お前はもう終わりだ。私の究極の触手ゲルフロウは、既にお前の体内にまで食い込んでいるのだ、外れる事はない」

 カエラは「そうなのか」と頷こうとしたが、どうにも身体が動かない。

「今直ぐ楽にしてやろう。濃硫酸で溶けてしまうが良い」

 口をへの字にしたカエラが、不満そうに言った。

「母ちゃ、こいつレベルが低い」

「そうね。カエラ、面倒臭いからもう終わらせちゃいなさい」

「うん、つまんないから終わらせる」

「死ね」と、クラゲ戦士の声がした。良くある悪人のイキった叫びだ。

 愚か者と呼ばれた戦士カエラの身体から、赤い炎が螺旋を描いて出現した。強い意思を持った激しい炎が燃えている。豪火の炎は、ミズクラの誇る糸状の触手を燃やし尽くし、序にミズクラの本体を焼いた。

「ラクシアさん、あれってZ大師教様の得意技、豪火の炎ではないですか?」

「あれがあの子の能力なのよ。あの子は、私が一度だけ見せた豪火の炎を完璧に転写する事が出来るの」

「カエラちゃんまた強くなりましたよね」

「そうね、あの子には底がない感じね」

「じゃあ、次は私がやりましょう」

 キニア・ツヨイスが悠々と前に出た。苦虫を噛み潰す乙姫の顔が怒りに変わる。

 第二の乙姫戦士カニの姿をした女人ビエニカと、緩いイケメンのキニア・ツヨイスが対峙した。身構えて何かを狙うビエニカは、対峙した瞬間キニアに向かって白い液体を吹き掛けた。

「これは液体ヘリウム。これで終わりだ」

 そう吐き捨てたビエニカから、白い霧状の液体ヘリウムを浴びせ掛けられたキニアの姿が、溶けるように消えた。そして次の瞬間、その姿がビエニカの背後に現れた。振り返ったビエニカから再び液体ヘリウムがキニアに吹き掛けられたが、再びキニアの身体が消えた。ビエニカは、状況を把握出来ない。

「キサマ、何だそれは。何故だ、何故だ、何故だ?」

 太郎が「話にならないじゃないか」と、ビエニカとキニアの戦いに呆れ、既に結末の見えている戦いに文句を言い立てたが、クイーンには状況の把握が出来ない。首を傾げるクイーンにゼロが謎解きをした。

「どうなったのですか?」

「もう勝負がついているんだよ」

「でも、まだ戦っていますが・」

「いや、キニアの兄貴はあそこにはいない。時間軸をズラしてるんだ」

「時間軸?」

「そうだ。だから、あのカニ女はキニア兄貴の残像と戦ってるんだ。勝てる筈ない」

「キニアさんは、どこにいるのですか?」

「後ろで気を集めてる」

「クイーン、この衛星の大気構成は?」

「窒素80%、酸素19%、二酸化炭素0.05%、その他0.95%なので地球とほぼ一緒です」

「じゃ、あれだ」

 キニアが集める気は、玉状に膨張しながら青く輝き出し、冷気をともなって奇妙に高鳴る音を発し始めた。

「あれは何ですか?」

「多分、大気中の窒素を収集して、冷却凝固させた液体窒素だ」

 ビエニカは、戦う相手が見えず、液体ヘリウムを所構わず撒き散らし続けている。

「外道のダブスナめ、どこだ、どこにいる?」

 キニアが姿を現すと、その姿を捉えたビエニカは、再び液体ヘリウムを一心不乱に吐き出した。同時に、液体窒素と思われる白い雪の結晶が舞い、ビエニカの全身を包んだ。自称宇宙最強の戦士であるカニ女は、その姿勢のまま凍結した。

「毒を以て毒を制すって事だわね」

 ラクシアがキニアの技を解説する横で「次はオラの出番だ」と太郎が言った。先程の汚名を返上すべく、嬉々として自信満々の顔だ。

「我が名は乙姫最強戦士イタイカだ。他の者達とは違うぞ、心して来るが良い」

 またも最強戦士の登場だ。最強戦士は自らを最強だとは言わない。

「自分で最強って言うヤツが強かった試しはない。オラを舐めるなよ、一瞬で終わりにしてやるぞ」

 太郎は、子供が新しい玩具にはしゃぐように、勇んでイタイカの前に出た。その姿にラクシアが失笑した。キニアがフォローしている。

「あららゼロ君、まずは相手を知るまで様子を見ないとダメなのにね、まだまだね」

「ラクシアさん、ゼロはまだ進化中ですので・」

 自信に満ちたイタイカが太郎と対峙した。その瞬間、イタイカの右手からプラズマを発する薄紫色の砂が太郎を包んだ。途端に太郎の身体は磔の状態のまま動かなくなった。

「お前は、既に磁力線で縛られている、私の磁気を帯びた砂から逃げる事は不可能。これでジ・エンドだ」

 上目線の叫びを響かせるイタイカは、容赦なく磔の太郎をレーザー砲で狙い撃った。咄嗟に、太郎は呪文を唱えて身体を一瞬で超巨大化させた。巨大化した太郎の脛に、レーザービームが当たった。

「痛ったいなぁ。何するんだぁ、この野郎ぅ」

 太郎は、不満げにイタイカを蹴り飛ばした。蹴られたイタイカの身体が水風船のように破裂し、辺り一面に砂の雨が降った。

「あららゼロ君、無茶苦茶だわね」

「ラクシアさんに似ていますよ」

 言われたラクシア・ジビンズが微妙な顔をした。

 乙姫三闘士が消え、再び太郎と乙姫の戦いが始まった。

「乙姫姉さん、そろそろお仕舞いにしようぜ。アンタは「あれはワタシのクローンで全ての意識とエネルギーを私自身と共有している。即ちここには私以外に女はいない」と言っていた、という事は今オラ達が戦った戦士はアンタと繋がっているって事だ。アンタが既に殆どガス欠だって事も承知の上だぜ」

「ふざけるな。キサマのような小僧如き、ワタシの敵ではない。ぶち殺してやる」

「オラは、今日は小僧だが、小僧ではない。悪名高き乙姫海賊団の首領様が相手を見た目で判断なんかしてると後悔する・」

 言葉が終わらない内に、乙姫が太郎に向かって紫色の液体を吹いた。今度は粘り気のある液体に包まれた。

「どうだ小僧、動けまい?」

「また、これかよ。ちょっと毛色を変えただけで何も本質の変わらない攻撃は、相手にチャンスを与えるのと同じだと教えた筈だぞ」

「煩い。手前ぇこそ、どうせ巨大化するしか能がないであろう?」

「オラは同じ攻撃はしない。こんなもの屁でもない」

 そう言う太郎の身体が固まっていく。液体の色が紫色から透明に変化した。

「残念だな、小僧。それは瞬間に固まる液体、その中でお前が動く事は不可能だ」

 太郎は、乙姫の言葉に全く動じない。それどころか、吹き出しそうになっている。

「笑わせるのはやめてくれ、同じ攻撃は通用しないって言ってるだろ」

 太郎自身から新たに液体が滲み出し、身体を固めて自由を奪っている透明な液体と同化した。見る間に、太郎の身体を縛る凝固剤が流れ落ちていく。

「何だ、その液体は?」

「こいつは、戦闘機のステルス塗料剥離剤だ。アンタがシアノアクリレート系の瞬間凝固剤を使うって事は調査済なのさ」

「生意気な」

「アンタに良い事を教えてやる、相手の動きを止めるにはこうするんだよ」

 乙姫の粘着液に対抗すべき剥離剤の選定は、ラクシア・ジビンズからの情報によって既に完了している。更に、悪名高き海賊乙姫久遠に対する最終対応策もまた出来ている。

 空から網状の光る物体が降り、軟体生物の乙姫を包み込んだ。光る網は乙姫の身体に張りつき、食い込んでいく。

「何だ、これは。う、動け、ぬ・」

 宇宙に轟く悪名高き乙姫が、太郎の攻撃に反応出来ない。

「ざまぁないな、乙姫さんよ。アンタの身体が極端な酸性なのも調査済さ、この網はアルカリ性だよ」

「それで勝ったつもりか?」

 軟体生物乙姫の身体から、黄白色のガスが急激に噴出した。

「あら、あれは塩素ガス。かなりの濃度がありそうだから早く移動しましょう」

「これで終わりだ」

 太郎は、いつものように有無を言わせず、完結の黒い団子玉を投げた。

「クイーン、金庫と倉庫のブツを掻っ払って飛べ」

 太郎の叫びに呼応してクイーンが飛んだと同時に、轟音と眩しい光輪が星全体を包みキノコ雲が上がった。

 乙姫の掛かっていた精神的シールドが消え、クィーンが乙姫の隠されていた意識を読んだ。

「あっゼロ様、今、読めなかった乙姫のもう一つの思考が読めました。

「100億バウンとブツは金庫と倉庫ではなく、隣の冷蔵庫に移した」ようです」

「何、オラの100億バウンが……」

 乙姫海賊団の竜宮城は冷蔵庫ごと砕け散り、宇宙の塵と消えた。ゼロの悲鳴が聞こえた。

 めでたし、めでたし。

《☆事件ファイル3: 竹取物語/カグヤ姫降臨》

 漆黒の宇宙空間に現れた三角型宇宙船は、地球の衛星月軌道に入り、二つのピンク色に輝く小さな光を月表面に向けて発進させた。ピンク色の光は、数え切れない程のクレーターを掠めて何かを探すように高速で飛び回った。

 だが、静かの海を過ぎて巨大なクレーターの中央に差し掛かると、突然クレーターの深遠から狙い撃ったような強烈な光が閃き、ピンク色の光は一瞬で消滅した。

 今は昔、竹取の翁というお爺さんがいた。野山に分け入り竹を取りつつ暮らしていたが、ある日お爺さんが竹藪で竹を伐っていると何やら根元の光るものが見えた。

「何じゃ、あれは?」

 お爺さんが近寄って見ると、一本の竹が神々しく黄金色に輝いている。

「きっと、金目のものに違いない」

 そう思ったお爺さんが光る竹を伐ると、何と竹の中から可愛い赤子が現れた。不思議な黄金色の光は、何と赤子が纏う産着の下の竹にぎっしりと詰まった金塊が輝いていたのだった。

 早速、お爺さんは赤子を竹藪に放ったままで金塊を家に持って帰り、お婆さんに一部始終を話した。お婆さんは「ほぅ、ほぅ」と言って大層喜び、いつまでも金塊に頬ずりしていた。

 次の日も次の日も、お爺さんは竹藪で黄金色に輝く竹を見つけて、赤子をそのままに金塊だけを持ち帰った。だが、流石に雪の降る寒い日には寒かろうと金塊とともに赤子を抱いて家に帰った。お爺さんは「寒かろうから赤子を連れ帰ったのだ」とお婆さんに話したが、お婆さんは相変わらず金塊に頬ずりしていた。

 竹藪で黄金色に輝く竹を見つけ続けたお爺さんは、あっという間に街一番の大層裕福な長者になった。大きな屋敷を構えて、竹取の翁から竹取の長者と呼ばれるようになったお爺さんは、竹藪の中から拾った赤子が更なる福を齎してくれる事を願って「稼貢耶カグヤ」と名づけて大切に育てた。

 赤子は、忽ちの内に都に噂の届く雅な美しい女性に成長し、人々は口々にカグヤ姫の美貌を噂した。

 ある時、お爺さんの長者屋敷を二人の幼い兄妹が訪れた。

「街で噂のかぐや姫様にお会いしたくて来ました」

「綺麗なカグヤ姫様に会いに来ました」

 二人の子供の言葉に、お爺さんは目を細めて喜び、歓迎した。

「カグヤよ、何と隣村の子供達がお前様の噂を聞いて会いに来ましたぞ」

「では唯今、麦湯を差し上げましょう」

 お婆さんが台所に立った。

「そうじゃ、美味しい甘菓子を用意してやりましょう」

 お爺さんが隣間へ立った。

「カグヤ姫さん、こんにちは」

「カグヤ姫お姉ちゃん、こんにちは」

 二人の幼い兄妹は拙い挨拶をした途端、カグヤ姫の顔が俄かに曇った。麗容な顔が鬼の形相に変化する。

「キサマ等、何者だ?」

「僕達は南ノ村の・」

「煩い。サル芝居はもう良い、キサマ達が童子でない事など、疾の昔にバレておる。童子如きが、隣村から態々我が身など見に来る筈がなかろうよ、キサマ等この星の者ではないであろう?」

「バレてちゃ仕方がない。オラ達はSWS宇宙専攻警察だよ」

 カグヤ姫が苦虫を噛み潰し、吐き捨てた。

「ドブ臭いバウハン、腐れダブスナ如きが私に何用だ?」

「いやいや、単なる聞き込み調査ですよ」

「単なる聞き込みで私にピンポイントか、怪しいものだな」

「カグヤ海賊団とアント星人が、月に基地を造って何をしようとしているのか、それを調べているだけさ」

「所詮ザール人のキサマ等如きに、崇高なる我等の思考は読めぬだろうがな。だがキサマのような童子のダブスナがいるなど聞いた事もないがな」

「そうでもないぜ。結構、アンタの関係者とも知り合いだ」

 眉を顰めるカグヤ姫は、童子の言葉に記憶を廻らしながら、何かに行き着いた。

「「関係者とも知り合い」だと、なる程そうか。我がエース軍団の赤鬼団と乙姫団を潰したのはキサマか?」

「正解だ」

「キサマ、唯で済むと思うな。いつか八つ裂きにしてくれるわ、楽しみに待っているが良い」

 カグヤ姫は、今にも童子に喰らいつきそうな勢いだ。

「こりゃヤバい、退散しよう」

 二人の童子は、お爺さんとお婆さんに礼を言うと、早々に帰っていった。

「どうだクイーン、見えたか?」

 ヒューマノイドAIロボットのクィーンは、人の意識感知センサーを備えている。

「ヤツがアント星人である事は間違いないのですが、アント星人の内骨格の外に変身用の物質を纏っています。思考は遮断されていて読めません」

 宇宙に悪名を轟かすカグヤ海賊団、そして宇宙の掃除屋の異名を持つアント星人が月、そして地球で着々と何かをしようしているのは間違いない。それが何なのか、今回の指令はそれを早急に暴き、カグヤ海賊団とアント星人を逮捕する事にある。

「ヤツ等の目的は何だろな?」

「わかりません」

 噂によると、お爺さんは竹藪でカグヤ姫を見つけた後も、沢山の金塊を発見したらしく、TVニュースでその竹藪の場所を知った人々が、その山に押し寄せて大変な騒ぎになっていた。

「多分、竹藪の中の金塊は奴等の撒き餌だ。だが、餌を撒いてまで何をしようとしているんだろう?」

「なる程」

「月にあるヤツ等の基地が、何らかの目的で建設された事は間違いない。だが、ヤツ等は月のあの施設で何をしようとしているのか。まぁ考えても仕方ないか」

「情報が少な過ぎて予測出来ませんね」

「カミノメⅡ鷹型偵察機タカノメ2機が、月面で狙い撃たれたのはデカい損害だったが、ヤツ等の基地がわかっただけで良しとしよう」

「ピンクの『タカノメ』は私のお気に入りだったのに残念です。取りあえず、カグヤ姫周辺の情報収集します。今回は新型情報収集用のカミノメⅢ燕型偵察機ツバノメ2機、蚊型偵察機カノメ5機を発進します。ツバノメは時速200kmでカノメは体長5mm、どちらも極秘情報収集には最適です」

 最速燕型偵察機ツバノメ3機、蚊型偵察機カノメ10機極小の蚊型偵察機がカグヤ姫の館へ飛んだ。

 お爺さんがカグヤ姫に言った。

「カグヤよ、今やお前の美形は都中の噂になっておる。その噂を聞きつけた三人の御方、大納言様、左大臣様、右大臣様から、是非ともお前に会いたいとの御所望じゃが如何したものかな?」

「お目に掛かるだけなら」

「そうか」

「想う事もありますので、一人にして戴きとう御座います」

 そう言って、カグヤ姫は悲しそうにさめざめと泣き出した。そして、お爺さんとお婆さんが席を外すと、目を吊り上げて部屋を飛ぶ蚊に向かって呟いた。

「おいバウハン、キサマ等いい加減にしやがれ。何をコソコソと探っていやがる?」

 カグヤ姫は、持っていた針を目にも止まらぬ速さで投げ、狙いすましたように外を飛ぶ燕を撃ち落とした。同時に、目の前を飛ぶ蚊を次々と両手で潰していった。

「これもバレてたか?こんなに早くツバノメとカノメに気づくとはな、かなり奴等も慎重になっているって事だ。情報収集作戦は、取りあえず駄目かぁ」

「この後カグヤ姫は大納言、左大臣、右大臣の三人と会うんですよね。それがわかっただけで良しとしますか?」

 ゼロが涙目になっている。

「そんなんじゃ合わねぇよ。タカノメも、ツバノメも、カノメも、凄く高いんだからさ、月面でタカノメをぶっ壊された上にツバノメとカノメまで。クソ、絶対にコストは回収するぞ」

 ゼロは泣きながら叫んだ。

「ゼロ様、私は手筈通りの作戦を開始致します」

 変身型ヒューマノイドのクイーンは、右大臣の姿で直接情報収集に出掛けた。攫われた右大臣本人は、ピーチボールの中で赤子になって泣いていた。

 お爺さんの長者屋敷に、大納言中将は勇んでやって来た。既に顔がにやけている。

「大納言様のお越しじゃ。カグヤよ、粗相のなきようにな」

 お爺さんは緊張した声で言った。大納言とお付きの者達が屋敷に入り、カグヤ姫の前に座り挨拶した。

「爺殿、カグヤ姫殿、この度は一目美しい顔を見たいというワシの願いを聞き届け頂き、誠に有り難い」

 カグヤ姫は深々と頭を垂れ、面を上げ恥ずかしそうに微笑した。

「うむ、何とも噂に違わず美しい女娘じゃ。是非にでも我が更なる願い、ワシの妾となって貰いたい。何卒、色好い返事を戴きたいものじゃ」

 大納言は、下心を隠す事もなくカグヤ姫を囲い込みに掛かったが、カグヤ姫が唐突に奇妙な事を言い出した。

「私のような者で宜しければ、喜んで貴方様に御仕え致しましょう。但し、私はこの世の者でなく、月の世界に帰らねばならぬのです。故にて、貴方様に御仕え申し上げる事は叶わぬでしょう」

「何と、何と貴女が月の世の者とは」

 カグヤ姫の言葉が、大納言の多淫な興味を掻き立てた。思考回路が一点に向かって走り出している。

「な、為らば尚更、何としても、貴女を我が妾、いや妻としてお迎えしたい。願いは何なりと申すが良いぞ」

「もし、私の願いを叶えて戴けるならば……」

「願いとは何じゃ?」

「軍隊、勇壮なる兵士5000」

「ん、軍・隊?」

「一月後の十五夜に、私を迎えに月の者達がやって来ます。月の世界の者達は屈強なる故、この世界の軍隊では太刀打ちできぬでしょう。しかし、多くの力を集約するならば、月の者達を止める事も出来るやも知れぬのです」

「何だそんな事か、そんな事は心配する必要はない、ワシの直属兵隊達100余は都随一の強さを誇っている。かつて、北の都で暴れる赤鬼団を潰したのも我が軍隊だ、例え月の者達がどれ程強かろうと、我が軍隊は何者にも負けぬよ」

「いえ、お言葉では御座いますが、月の者達には決して敵わぬでしょう。私の願いは軍隊5000の兵を集め、この館を取り囲む事。我が願いは唯それだけです、それが出来る方の下へ参りましょう」

「うむ・だが・5000とは・」

「容易き事たる旨の、御返事を御待ち申し上げております。大納言様、もし5000の兵士が集まらぬ時は、出来る限りの兵士を連れて十五夜にこの館に御越しになり、私を貴方の下へ御連れくださいませ」

 大納言は「5000か……」と呟きながら、粗相くさと帰って行った。

 翌日、左大臣が勇んでやって来た。地が足に付いていない。

「左大臣様のお越しじゃ。カグヤよ、粗相のなきようにな」

 左大臣とお付きの者達が屋敷に入り、カグヤ姫の前に座り挨拶した。

「爺殿、カグヤ姫殿、この度は是非ともその見目麗しい美しい顔を拝見したいという私の願いを聞き届け頂き、誠に有り難い」

 カグヤ姫は深々と頭を垂れ、面を上げ恥ずかしそうに微笑した。

「この世のものとは思えぬ美しさだ。私は貴女と一夜をともにできるなら何なりと願いを聞きますぞ。私の下へ来るが良い。良き返事を貰いたいものだ」

 左大臣は、カグヤ姫から当然に了解の返事を得られるものと期待したが、カグヤ姫は再び奇妙な事を言い出した。

「私はこの世の者でなく、月の世界に帰らねばならぬ者です。故にて、貴方様に御使い申し上げる事は叶いません」

「何と、何と月の世の者とな。海の彼方にある唐土の婦女子も唆るが、月の女子とは何とも溜まらぬ」

 カグヤ姫の言葉が左大臣の本能を刺激し、左大臣が鼻血を出した。

「月の女子為らば、尚更、何としても、貴女を我が下女としたい。そなたの願いは何なりと叶えましょう」

「もし、私の願いを叶えて戴けるなら……」

「願いとは何じゃ?」

「軍隊兵士、5000」

「ん、軍・隊?」

「一月後の満月の夜に、私を迎えに月の者達がやって来ます。月の世界の者は屈強なる故、この世の軍隊では太刀打ちできぬでしょう。しかし、多くの力を集約すれば月の者達を止める事も出来るやも知れませぬ」

「そんな事は心配には及びませぬよ。ワタシの持つ軍隊200は、都随一の強さを誇っている。かつて、北の都で暴れる赤鬼を潰したのも、我が軍隊だ。例え月の者達がどれ程強かろうと、我が軍隊は何者にも負けぬ」

「いえ、残念ではありますが、決して月の者達には敵わぬでしょう。私の願いは軍隊5000の兵を集め、この館を取り囲む事。唯それだけです、それが出来る方の下へ参りましょう」

「だが5000とは・」

「大納言様は容易き事だと仰られておられました故、左大臣様も軍隊5000など容易い事だと申されるに違いのう御座いましょう。御返事を御待ち申し上げております。左大臣様、もしも5000の兵士が集まらぬ時は、出来る限りの兵士を連れて十五夜にこの館に御越しになり、私を貴方の下へ御連れくださいませ」

 左大臣は「5000……」と呟きながら、重い足取りで帰って行った。

「右大臣様のお越しじゃ。カグヤよ、粗相のなきようにな」

 右大臣が屋敷に入り、カグヤ姫の前に座り挨拶した。カグヤ姫は、一瞬右大臣を凝視したが、笑みを絶やす事はなかった。

「爺上殿、カグヤ姫殿、この度は御目通りを頂戴し誠に有り難い」

 カグヤ姫が深々と頭を垂れ、面を上げ恥ずかしそうに微笑した。

「うむ、何と噂に違わず美しい顔じゃ。是非にでも我が更なる願い、ワシの妻になって戴きたいものじゃ」

 右大臣は、どんな返事が来るのかと興味深く期待したが、カグヤ姫は大納言、左大臣と同様に奇妙な事を言った。

「私はこの世の者でなく、月の世界に帰らねばならぬ者です。故にて、貴方様に御使い申し上げる事は叶いません」

「何と、何と、月の世の者とは?」

 カグヤ姫の言葉に右大臣が反応した。

「為らば、尚更、何としても、貴女を我が妻として迎えたい。願いならば何なりと申すが良いぞ」

「もし、私の願いを叶えてくださるならば……」

「願いとは何じゃ?」

「軍隊兵士5000・」

「軍・隊?」

「一月後の十五夜には、私を迎えに月の者達がやって来ます。月の世界の者は屈強なる故、この世の軍隊では太刀打ちできないでしょう。しかし、多くの力を集約すれば月の者達を止める事も出来るやも知れません」

「心配するに及ばず、ワシの直属の軍隊150は都随一の強さを誇っている。例え月の者達がどれ程強かろうと、我が軍隊は何者にも負けぬよ」

「いえ、大変に残念ながら、とても月の者達には敵わないでしょう。私の願いは軍隊5000の兵を集め、この館を取り囲む事。唯それだけです、それが出来る方の下へ参りましょう」

「軍隊5000・」

「御返事を御待ち申し上げております。右大臣様、もしも5000の兵士が集まらぬ時は、出来る限りの兵士を連れて十五夜にこの館に御越しになり、私を貴方の下へ御連れくだされませ」

 右大臣は顔を引き吊せ、小首を傾げながら帰って行った。

 三人の上級貴族達は、泣く泣くカグヤ姫の囲い込みを断念した。

「ゼロ様、何やら不思議な事件が起きていますね。しかも、京の都だけではないようです」

「不思議な事件?」

 TVのニュースが、都の不思議な事件を伝えている。

「都ニュースの時間です。若い男達の行方知れずが多発しています。「この世のものとは思えぬ美しいカグヤ姫を見に行く」と言って都へ行ったきり戻って来ないと、警察へ捜索を依頼する事件が頻発しています。原因は不明、警察がカグヤ姫に事情聴取しましたが、全く手掛かりがないとの事です。また同様の事件が北の都でも、南の都、西の都でも起きているとの事です」

「喰われたのでしょうか?」

「あぁ間違いない。どれ程着飾ったところで、ヤツが人喰いアント星人である事に変わりはない。世にも美しい女性と言われても所詮は作りものだ。ヤツの正体は、極悪宇宙海賊カグヤ海賊団の首領、人喰いカグヤ・ウドクゴだ」

 頻発する事件の真相が判明する事はなかったが、それによって京の都随一の変態で淫奔な好色男と誰もが認める神帝の耳に、カグヤ姫の美しさの噂が届く事となった。

 神帝は、頭の中将に訊いた。

「カグヤ姫とは何者じゃ?」

「神帝様、申し上げます。今都で噂のカグヤ姫という娘は、噂では何やら地上の者ではなく月の者との事に御座います。この世の者とは思えぬ美しさだそうです」

「以前、大納言やら右大臣、左大臣が騒いでいたのはその者か?」

「間違い御座いません。三人とも何やら一蹴された由に御座います」

「ほぅ、それ程に高飛車な女娘であるのか?それに月の者とは唆られる。それならば、帝たるイケメンのこのワシが、その女娘を拐かしてやろうではないか」

 政の長たる帝にあるまじき下心丸見えの神帝は、極悪宇宙海賊とも知らず、カグヤ姫のいる竹取の長者屋敷に鷹狩りの帰りと偽って押し掛けた。お爺さんは仰天した。

 カグヤ姫は、唐突に現れた帝に「私如きがお会いするなど滅相もない」と言って拒絶したが、神帝は無理やり屋敷に上がり込み「お前はワシの女だ、兵隊5000を望むならばワシの軍隊10万を出兵させ、月の者達など返り討ちにしてやろう」と告げて帰って行った。カグヤ姫は、神帝の強引な所業にさめざめと泣きながら、ニヤリと冷笑した。

 その頃、ゼロとクイーンは、奇妙な事件と宇宙海賊カグヤの目的確定に苦悩していた。クイーンが一連の流れを分析した。

 赤鬼団は、都で金銀財宝を盗み男達を攫った。乙姫は、攫った男達の精を金銀に替えていた。カグヤ姫であるアント星人は、軍隊5000×3を要求している。これが確実に繋がっている筈だ。そして、更に繋がるだろう月の基地は一体何に使うのか。

「赤鬼海賊団から月面基地までの一連の中に、幾つかの不明点があります。まずは、赤鬼団が攫った者達は、乙姫ルートへと流されたと考えられるのですが、数が合いません。鬼ヶ島には、攫った男達を一時的に留置しておく建物がありましたが、中には誰一人いませんでした。次に、乙姫の竜宮城には相当の数の攫われた男達がいたと思われるのですが、精を搾り取られた後の男達の行方が不明です。この二つは、確実に繋がっていると考えるべきでしょうが、ざっくり計算しても倍以上の男達が行方不明です。そして、カグヤ姫即ちアント星人が、5000×3の兵士を欲しがる理由もまた不明です。まだあります、アント星人がカグヤ姫に化けた思考を遮断する物質とは何なのか?」

「何となく男達で繋がっているような感じはするけどな。攫った者達を奴等の兵隊にするにしても、洗脳でもしなけりゃ逃げ出すだろうしな」

 何となく繋がっていると思われる一連が、中々繋がらない。

「ゼロ様、一休みされては如何ですか、それともお食事にされますか?」

「ん、食事か・」

 ゼロの中で混沌としていた事項が繋がりそうになった。

「軍隊・餌か・確か奴等は雑食だったよな」

「アント星人にとってザール人、特にゼロ様のような子供は、涎の出る程の御馳走だと思いますよ」

 ゼロが眉をひそめた。

「奴等は攫った男達を餌にするのですか?」

「多分そうに違いないんだけど、最後が繋がらないんだよ。まさか、『アレ』か?」

 ゼロは、消化不良気味の顔で小首を傾げ、そして『アレ』に行き着いた。

「カメラ機能だけでいいから付けて、できる限り小さくしてできる限りコストダウンしたカミノメを大量に造って、月面に撒いてくれ。使い捨て前提で構わない」

「それなら、丁度新型が完成しています。偵察機ノミノメです。高感度カメラと集音機能を搭載しています」

「それでいい。オラが考えている通りなら、月面に『アレ』が必ずいる筈なんだ」

「『アレ』?」

「そうだ、『アレ』がいる。絶対にいる」

 カミノメⅤ蚤型偵察機ノミノメを搭載したロケットが、月に向かって発射された。そして、月軌道に入りロケットから月面に撃ち込まれたクラスター弾からノミノメが大量にばら撒かれ、月面を無数の蚤が飛び回ったが、極小の偵察機に気づく者はいなかった。

 月面には、クレーター付近と空中に不思議な白い玉が見えた。それ以外には何もなく、蟻型人間のアント星人が忙しく動き回っているだけだった。

「ゼロ様、やっぱりアント星人しかいませんね」

「あの白い玉は何だ?」

 モニターを確認するゼロが不思議な光景に目を見張った。クレーターの淵から中まで直径約10M程の白色の球形の物体が犇めき、同じ球体が中空を飛び回っている。

「あの白い玉は何だろうな、奴等の宇宙船なのか。それにしてもこの数は何だ。それに『アレ』はどこにいる?」

「あっ、いた。クイーン、そこ、そこストップ」

 ゼロが欲する『アレ』の姿がそこにあった。蟻の姿のアント星人達に混じって、見た目の違うヒト型の生物がモニターに映っている。

「もっと近づいてくれ、やっぱりそうか」

 ゼロは思わず呟いた。全身が透明で内骨格が透けたヒト型生物が、アント星人に混じって動いている。前頭葉部分に燃える赤い脳のようなものが見えた。

「ゼロ様、あれは何ですか、ロボット?」

「似たようなものだが、あれはオラの先代Zの造ったレッドゼリアス、人造人間だ」

「人造人間?」

 アント星人であるカグヤ海賊団は、元々Z帝国の大師教Zの部下である事を考えれば、Z帝国のテクノロジーを模倣していても何ら不思議ではない。

「奴等の目的とどう関係があるのですか?」

「あれが、奴等の最終目的なのは間違いない」

「ゼロ様、奴等は男達を人造人間にするのですか?」

「いや、レッドゼリアスの頭の中心にある赤いものは魂だ。まず、奴等は男達を攫って魂を抜く。次に、身体を溶かして兵士に成型し再度魂を入れて有機体のロボットにするんだ。それは軍隊であり、奴等の食糧でもある」

「では、アント星人がカグヤ姫に化ける為の物質も、男達の身体を溶かして成型したものという事でしょうか?」

「そうだろな。それならどんな形にも造れるし、思考遮断する物質を融合させるのも難しくはないだろうからな」

「なる程。それでガツガツと男達を攫い、更に5000×3の兵士達と帝の10万の軍隊を囲い込もうとしているのですね」

「その囲い込んだ男達を、加工工場である月面へと運ぶんだ。カグヤのババアめ、何が「我等の崇高なる思考は読めまい」だ。唯の餌場じゃないか」

 カグヤ海賊団の自称「崇高なる思考」の想定は出来たが、最後に一つ疑問が残された。どうやってこの10万超の地球人達を餌場の月面まで運ぶのか。

 最後の疑問の答えは、ゼロにもクイーンにも想像さえ出来ない。その場で死体から魂を抜いたとしても、大量の躯を運ぶ事に変わりはない。それを可能にする程の超巨大な船で遣って来る、とでも言うのだろうか。

「その昔、先代Zがレッドゼリアスを変形させて造った生物の舌で、人間を一本釣りした事があったけど、一度に攫うのは1000が限界だ。10万なんて無理だ。どうやる気なんだ?」

 一月後の十五夜。

 愈々、満月のその日が来た。既に神帝の軍隊がカグヤ姫の館に集結している。その数約10万、竹取長者屋敷を中心に都中に弓矢や槍、刀を携えた兵士達が溢れ返っていた。

 ゼロはクイーンとともに地球上空から事の成り行きを見ていた。

「海賊の作戦が読めなかったのは初めてだ。奴等は一体どうやるつもりなのかな?」

「ゼロ様、もしかしたらもっと単純な事なのではないでしょうか?」

「何故そう思うんだ?」

「前提として、複数の項目がある場合、予想が違う方向に行ってしまうケースは良くあると思われるのですが、もしかしたらアント星人はそれ程複雑な事は考えていないのではないでしょうか?」

 黄金色の満月が輝いている。天空を照らす月光から幾つもの小さな光が現れ、地球に向かっている。光は次第にギラギラと輝き出した。流石の神帝も、その状況を理解出来ない。光から邪なオーラが溢れている。

「ゼロ様、あれが宇宙海賊アント星人でしょうか?」

「間違いないない。月の者などと言っているが、奴等は宇宙海賊アント星人で、相当な攻撃力を持っている」

「10万の兵隊でも敵わないでしょうね」

「10万の兵隊だろうが、弓矢や槍、刀なんぞで奴等に勝とうと思う事自体無茶苦茶だ。話にならないだろうな」

 神帝は挑戦的に月に浮かぶ光を睨視した。神帝には、仮にその相手が人智を超えた者達であろうと、敵わないという概念はない。

 神帝には「目的を達する為に必ず勝つ」以外の考量はない。何故なら、淫奔な好色男を自負する神帝の頭の中には「女娘を拐かす」、それしかないのだ。いつの世も、スケベの力は偉大だ。

「我が軍隊の豪胆な者達よ、今よりやって来る月の者達など恐れるに足らず。我等は神の帝の軍団だ、我等の力を存分に見せてやろうぞ」

「神帝様より存分なる褒美も用意されているぞ」

 鼓舞する頭の中将の言葉に、10万の兵士達が熱狂した。そんな地上の出来事を鼻で笑うかのように、天空に光る月の光が次第に輝く人型の列を目視させた。御車に引かれた一団が、神々しい光に包まれて天空から降りて来る。中央に月の王らしき者がいた。

「あれが月の者達か?」

 神帝と兵士達は、月夜の空を見上げて感嘆の声を漏らした。

 月の者達の御車から声がした。

「カグヤよ、我等は月より迎えに来ました」

 神帝は天空に叫んだ。

「待てぃ、我は神の帝なるぞ。カグヤ姫は我が妾女となるが宿命、月に返す事は相成らんと思え。皆の者、弓射る用意じゃ」

 月の王が、神帝と兵士達に告げた。

「地の者達よ、愚かな者達よ、我等月の使者に手向う事は許されぬ」

 月の使者がカグヤ姫に透く布、羽衣を投げた。羽衣は宙を舞い、ゆらゆらとカグヤ姫の肩先に降りた。カグヤ姫は蹲りながら羽衣を纏ったが、何やら様子がおかしい。

 唐突にカグヤ姫が狂声を上げた。カグヤ姫は天女の羽衣を纏った途端、邪気を発する奇声とともに巨大な蜘蛛に変身した。

 月の使者の一団は、成り行きを知っているかのように上空へ移動した。10万を超える神帝の軍隊は、上空へ移動する月の一団に向けて一斉に弓を射掛けたが、矢は一団を避けるように掠めて飛び、一矢たりとも当たる事はなかった。巨大な蜘蛛の化け物に変身したカグヤ姫が、満月に向かって吠えた。

 ゼロは首を傾げた。

「クイーン、これは何がどうなっているのかな。巨大化なんぞと随分と意味のない陳腐なパターンだが、奴等は何をしようとしている?」

「ゼロ様、やはり奴等はそれ程複雑な事を考えていませんね。巨大化に何かを加えて人間を運ぶのではないでしょうか」

「なる程な」

 ゼロが頷いた。あれやこれや考えて奴等が飛んでもない事をしようとしているような感覚に囚われているが、そもそもアント星人に熟考できる程の頭脳などない。

「問題は、巨大な蜘蛛に何を加えるか……」

「ここにいる10万を超える地球人を攫って魂を抜いて、レッドゼリアスの兵士に変えて軍隊を組織し、最後は食糧にしちまうんだ。だから、死なない程度の荒っぽさはOKだな。そもそもあの巨大な蜘蛛は何をするんだろうな?わからないが、それもきっと大した事じゃないような気がするな。もう暫く様子を見よう」

 巨大な蜘蛛は、天空高く黄色い液体を撒き散らした。

「ゼロ様、あれは何でしょう?」

 またまた奇怪な行動が始まった、さっぱり先が読めない。撒き散らされた液体に見える黄色い物質は、地上に落ちると途端に生物のように這い出した。それは、液体ではなく微細な蜘蛛の子だった。無数の子蜘蛛は、そこにいた10万を超える帝の兵士達一人々に絡みつき、自ら白い液体を吐き出して兵士を包み白い繭状の玉に変えた。

 あっという間に、地上は白い繭玉で埋め尽くされた。既に神帝の姿は、そこにはなかった。

「あれは、月面にあった白い玉だ」

「あれで、兵士達は死んでしまうのでしょうか?」

「いや、レッドゼリアスを造るには魂を抜く必要があるから、死んではいない。仮死状態になってる筈だ」

「ゼロ様、あれをどうやって運ぶのかですね?」

「全然わからないけど、もういいや、飽きた。どうでもいい。欲しけりゃ持っていけばいいさ」

 ゼロは既に投げやりになっている。

 子蜘蛛の吐いた液体が、一機のカミノメ3蚊型偵察機に掛かった。カミノメ3に連動する宇宙船コンピューターは、瞬時に液体の構成要素を分析した。

「クイーン、何か変わった事はあるか?」

「ゼロ様、子蜘蛛は有機体で、それ以外変わった事はありません。吐き出した液体もかなりの粘着力があるものの、特に変わった事は・あっ」

「どうしたクイーン?」

 クイーンは、コンピューターの分析表を見て、驚きの声を上げた。液体も子蜘蛛もカグヤ姫自体も、相当に高い磁性体である値を示している。

「極端に強力な磁力を保有しています」

「磁性体……そうか、それでわかったぞ」

「何がわかったのですか?」

「奴等が10万超の地球人を月面基地まで運ぶ方法がわかったのさ」

 10万を超える帝の兵士達は、黄色い子蜘蛛の糸の海の中で溺れながら、悲鳴を上げる間もなく白い繭状の玉と化していく。再び、天空に数十個の超巨大な黒い球が降りて来た。満月に反射して金属的な光を放っている。

「あれだよ、あれが10万超の地球人を月面基地まで運ぶ方法さ」

 ゼロの説明にクイーンが首を傾げている。

「あっ」とクイーンが声を上げた。

 巨大な蜘蛛の形をしていたカグヤ姫が球状の塊となって赤く輝き出し、白い繭を引き寄せた。赤い球状の塊の中央部が開き、白い繭が猛烈な勢いで内部へと消えて行く。磁気によって絡め取っているのは明白だ。

「なる程、磁気を使うのか」

 更には、降りて来た数十個の超巨大な黒い球の中央部にも穴が開き、白い繭玉は次々とその内部へと消えて行った。

 見る間に、地上にいた10万を超える兵士達は白い繭玉となり、地上を埋め尽くした繭玉も殆どが姿を消した。そして、赤い球状の塊と黒い球体の内部に白い繭玉が溢れると、外部へと押し出された繭玉は今度は球体の外側部に磁気で張り付いた。

「何が何でも10万超を全部攫っていくつもりですね」

 黒い球に外側部に張り付いた白い繭玉に、更に繭玉が連なって張り付いている。

 最後に、赤い塊と黒い球が、互いの磁力で一体化したまま空中に舞い上がった。白い繭玉群は引きずられて数珠繋ぎになっている。その奇妙で超巨大な物体を、月の御車が引っ張っていく。『10万超の地球人誘拐計画』は最終実行段階へと移った。

「なる程、こういう仕掛けなのですね」

「あぁ、本当にもぅいいや。最後の締めに入る、アイツ等を呼んでくれ」

「はい。空挺の勇者達、出撃」

 クイーンの指令に呼応する黄緑色の落下傘部隊の勇者達は、状況を見据える三角型宇宙船モモ号から出撃し、天空を舞い踊った。そして、奇妙で超巨大な物体が移送を開始した地上に降下すると、次々に列を組んで勇壮に地上の繭玉から上へと昇り始めた。赤い塊と黒い球と白い繭玉群が融合した色に、勇者達の黄緑色が混じり、支離滅裂なコントラストが出来上がっている。

「何だ、これは?」

 赤い塊と化したカグヤ姫は、迫って来る小さな黄緑色の勇者達に狼狽した。黄緑色の軍団はケロケロ・と鳴きながら、一気に飛び掛かり作戦を決行した。

 クイーンは、作戦を遂行する黄緑色の軍団に向かって「アマガエル型核爆弾、喝」と指令した。次の瞬間、轟音と光輪をともなって巨大な塊と黒い球が爆裂し、赤い塊のカグヤ姫の頭部が吹き飛んだ。

「ゼロ様、東宇宙連邦軍がこちらに向かっているとの連絡がありました」

 星がさざめく京の都の夜空に、東宇宙連邦軍の宇宙船の点滅が見えた。

「クイーン、今までの経緯を東宇宙連邦軍に報告しておいてくれ。後の始末は東連邦軍がしてくれるだろう」  

「はい。ゼロ様、これで終わりですね」

「いやクイーン、まだだ。奴等は金塊を撒き餌にしていた。という事は、どこかに腐る程の金塊の隠し場所がある筈なんだよ」

「この地球、或いは月面にあるのでしょうか?」

「いや、月は奴等の餌の加工工場で地球は放牧場だ。そんな場所に大事な金塊など隠さないだろう、もっと他に奴等の基地があるに違いないんだよ。どこだ、太陽系外は遠過ぎる。太陽系内で生物活動が出来る場所と言えば、地球、火星、木星と土星と、その衛星ぐらいかな。それとも、やはり月面か火星か?」

「ゼロ様、月面と火星へ向けて、タカノメ発進しますか?」

「ヤバい、時間がない。トレジャー・イーターが来ちまう、月面と火星の両方を探している時間はない」

「どうすしますか?」

「クイーン、何とかして月面にいる奴等の思考を読めないかな?」

「思考を読むには相応の距離内である事が必要です、しかもアント星人の外層物質で遮断される可能性が高いと思われます。取りあえず、月面へ移動しますか?」

「いや、もし月面じゃなければ時間の無駄だ。赤鬼海賊団の金塊は上手い事手に入れたが、宇宙に吹き飛んだ乙姫の金塊は東連邦軍の宇宙聖獣トレジャー・イーターに全て回収されちまったし、タカノメ、ツバノメ、カノメの損害もある。今回は何としても回収したいんだよ」

「もう少し早く、ワタシが乙姫の思念脳波を読めれば良かったのですが、残念です」

「いや、クイーンに落ち度はないし、終わった事なんかどうでもいい。それよりも、ここに東連邦軍のトレジャー・イーターが来ちまったら、同じようにアント星人の貯め込んだ金塊を探して全て回収するだろう」

「間違いありません」

「東連邦軍は、地球のアント軍対応で動けないから、今がチャンスなんだよな」

「地球の処理は、もう暫く掛かると思われます」

「時間の余裕はない。月か火星か、どっちだ、どっちだ、どっちだ、どっちだ?」

 アント星人とカグヤ海賊団の金塊の隠し場所を月面と火星に絞ったものの、どちらにすべきかの最終決断が出来ない。距離的には月面なのだが、餌場と金庫を別にすると考えるならば火星だ。とは言うものの、アント星人がそこまで深く考えるとも思えない。両星の探索がベストなのだが時間がない、即断が必要だ。悩んでいる時間さえ惜しい。

「決めた。根拠はないけど、火星に行こう」

「承知しました」

 モモ号は一瞬で火星外宇宙空間へ飛んだ。金塊の隠し場所は、奴等アント星人の軍事基地内に違ないだろうと推測し火星に来たまではいいのだが、短時間で奴等の基地を探すのは至難の技だ。さてどうするか。

「クイーン、何とか相手の思考を読めるような機械はないかな。でも、奴等は思考を遮断するから駄目かぁ?」

「現在試作中なのですが、私の回路に連動して相手の思考を読む事が出来るセンサーを、カミノメに搭載するのはどうでしょう?ワタシの回路に繋げれば、アント星人の思考の全ては読めずとも、気の有無程度なら把握出来るかも知れません」

「そりゃいいな。でもコストが高そうだ、後で回って来る請求書が恐いな。そんな事を言ってる場合じゃないか」

 カミノメ全機は、思考センサーを搭載して火星表層部へと発進し、火星表面部を隈なく飛び回り探索した。

「クイーン、何か感知したか?」

「ゼロ様、幾つかのエリアで生物反応と思われる気を感知しました」

 カミノメから送られて来る火星表層部の雑多な思念波が、クイーンのAIで統一された図形となって、モモ号の大型モニターに映し出された。

 強い波形が地下に感知され、かなりの数の生物がいる事がわかる。幾つかのエリアに、地下に続く穴が見えている。

「あれが入り口かな?」  

 全ての穴が地下で繋がり、そこに相当数のアント星人がいるものと想定される。

「時間がない、行こう」

「了解です、モモ号発進します」

 火星表面に、ぽっかりと開いた穴がある。それがアント星人の軍事基地の入口なのかどうかは全くわからないのだが、進む以外に選択肢はない。

 穴の奥へと進入したモモ号の前に、広大な空間が広がった。

 いきなりの侵入者であるモモ号の周りに、ぞろぞろとアント星人と思しき生物が集まって来る。

「クイーン、奴等が来るぞ」

「バリア起動します」

「ん?」「?」

 アント星人達の攻撃を予測したゼロとクイーンは、その光景に目を見張った。集まったアント星人達は跪き頭を垂れ、何かを呟いている。

「ゼロ様、彼等は何をしているのでしょうか?」

「わからないな」

「ゼロ様、彼等は何者なのでしょうか?」

「アント星人だろ、違うのかな?」

「確かに、容貌はアント星人だろうと予想されるのですが、とても海賊には見えないのですが・」

「そういう事か、確かに海賊には見えないな」

「ゼロ様、何故でしょう?」

「わからない」

 モモ号の緊急速報ベルが鳴った。東連邦軍の宇宙船の位置を速報として示している。「ここにいる生物はアント星人にしか見えないが、海賊には見えない」などと、そんな事を考えている場合ではない。東連邦軍とトレジャー・イーターがそこまで近づいている。

 アント星人達は、今度はモモ号に向かって静かに合唱し始めた。合唱の明瞭な言葉ならば、クイーンが解読できる。

『神よ、天空に御わします我等が崇高なる神よ。我等を御救い下さる崇高なる神よ』

「神、天、天空にいる神?こいつ等は神に祈っているのか。という事は、この星には神がいるのか」

「この穴の中に、金塊が隠してあるのでしょうか?」

「いや、中にはないだろうな。アント星人が全員海賊って訳はない」

『何卒、我等をお救いください。天空の黄金を我等にもお恵みください』

「「天空の黄金」という事は、ここにいるのは一般庶民で、神は天空にいるという事でしょうか?」

「神がいるのは天空の星で、その神が金塊を持っているって事だよな?」

「ゼロ様、地上へ飛びます」

 モモ号が地上へ移動した。そこには、東連邦軍の宇宙船とトレジャー・イーターがいた。宇宙聖獣トレジャー・イーターが空を睨んで鼻を鳴らしている。

 ゼロは「あっちゃぁ」と絶望的な声を出したが、クイーンが機転を利かせて東連邦軍に「ご苦労様です、この穴の中にアント星人達がいます」と言って時間を稼いだ。

 東連邦軍は「後はお任せください」と答えて、トレジャー・イーターとともに穴に入って行った。

「ゼロ様、これが最後のチャンスですね」

「天空の神、天空の星、天空の黄金……」

 トレジャー・イーターが来たという事は、東宇宙連邦軍もアント星人達の金塊が火星にあると踏んでいるに違いない。しかも、それは天空の星、火星の衛星フォボスか或いはダイモスのどちらかにある筈なのだ。

「どっちだ?」

「ゼロ様、ここまで全てゼロ様の予想通りに事が進んでいます。最後も予想を・」

「これも根拠はない、フォボスの中へ突っ込もう」

「了解です」

 モモ号は、フォボスの周回軌道から内部への穴を見つけて、一気に内部へ侵入した。何も根拠などなく当てずっぽうだったのだが、内部には宮殿のような空間が広がり、その壁面に金塊が見える。ゼロは驚嘆の声を上げた。

「クイーン、ビンゴ。大正解だ」

 フォボスの内部は広大な宮殿空間があり、壁にはくり抜かれた小さな無数の穴があり、その全ての穴に金の延べ板が埋められている。

 カグヤ海賊団の司令本部兼軍事基地はもう一つの衛星ダイモスにある、金塊を隠す為の倉庫はこのフォボスにあったのだ。ゼロのいい加減な予想が大当たりしたのだが、いきなり問題が発生した。

「ゼロ様、この大量の金塊を回収する方法が見つかりません。どうしましょう?」

「ここまで来たのに・」

 ゼロは、何か対応策はないか、ないか、ないか?と思案したが、特別な方策は見当たらない。他に方法はなかった。ゼロは、苦肉の策としての緊急事態をSWS本部に告げて、即座に実行した。

「ラクシア姉さん、キニアの兄貴、今からWラベルでそっちにお宝を飛ばせるだけ飛ばす。受け入れ準備してくれ」

「お宝って、何かしら?」

「いきなり準備って言っても・」

 ゼロとクイーンは、壁に埋め込まれた金塊一つ一つにWラベルを貼った。貼った側からのWラベルの時空間移動で、金塊が消えていく。ラクシアとキニアは、時空間の向こうからとんでもない数で飛んでくる黄金色の物体に、状況も勝手も、一切何もわからず悲鳴を上げた。Z星にあるSWS司令本部が金塊で埋まった。

 広大な宮殿空間の向こうから、アント星人の警備隊員らしき声がした。

「何者だ?侵入者だ、撃て」

「ヤバいな」

 フォボスのアント星人兵士が、一団となってビームガンを撃ち始めた。

「見つかったか。まぁ金塊は掻っ払えるだけ掻っ払ったから、これでいいや」

 ゼロは、応戦しながらクイーンに訊いた。

「クイーン、終結玉の量を試算してくれ」

 フォボスのアント星人倉庫をぶっ壊す為の黒団子の終結玉の量を、クイーンが瞬時に計算した。

「ゼロ様、倉庫を爆破するだけでも、黒の終結玉核爆弾では全く足りません」

「そうか。どうするかな、そうだ、カグヤを吹き飛ばした蛙ロボット型核爆弾の残りはどこにある?」

「キニアさんに預かっていただいています」

「そうなのか、キニアの兄貴は蛙が大嫌いな筈だけどな」

「特別な緊急事態をご理解いただいておりますが、ご了承の声がちょっと震えておられました」

「キニアの兄貴は例外なく美人に弱いからな、ブスには容赦ないけど。クイーンの頼みなら何があっても断らないだろうな」

 ゼロは、キニア船に溢れる全蛙ロボット型核爆弾をWラベルで移動させ、フォボス内部で爆裂させる事にした。

「キニアさん、蛙ロボット型核爆弾アマガエル軍団を全て回収させていただきます」

「クイーン、丁度いい。ボクの船が金塊とカエルで溢れている。早くしてくれ、こいつ等勝手にクローン増殖するんだ。わぁ、また増えた」

 黄緑色の小さなアマガエル軍団を頭と顔で遊ばせる、心の広いキニアがモニターに映っている。宇宙海賊達に時操の鬼と恐れられるキニア・ツヨイスが、涙目になっている。

「蛙ロボット型核爆弾、時空間撤収」

 突き抜けるクイーンの声に必須で呼応する時空間の渦に乗って、黄緑色の勇者達がキニア艦から移動し、フォボス星内部に集結した。宮殿のような広大な空間の全てが黄緑色に染まったように見える。

「壮観、というより気持ち悪いな。キニアの兄貴が見たら卒倒するぞ」

 モモ号は宇宙空間へ移動し、クイーンはゼロの指令に従って、フォボス内部にあるカグヤ海賊団施設の爆破に取り掛かった。

「整列、アマガエル軍団、飛跳、爆裂」

 黄緑色の勇者達はクイーンの言葉に即座に反応した。ダイモスの外宇宙エリアで、アント星人と対峙していた東宇宙連邦軍は、アント星人のダイモス基地に向けて数え切れないビーム弾をぶち込んだ。その同じタイミングで、フォボス内部に整列する黄緑色のアマガエル軍団が名誉の爆裂を決行した。

 火星の衛星ダイモスとフォボス両星が眩しい光輪を纏った。カグヤ海賊団とアント星人の基地が消滅し、東宇宙連邦軍がゼロに感謝を告げた。

「SWS宇宙専攻警察ゼロ隊員に感謝します。カグヤ海賊団の活動経緯を頂戴し殲滅及びアント星人指令部の粉砕に御協力をいただいた事。また、爆裂したフォボスから金塊反応があり、現在トレジャー・イーターが回収に当たっています。これ等全ての状況を、東宇宙連邦政府パルス国王様へ報告致します。感謝です」

 ゼロは東連邦軍に通例の挨拶をして、火星エリアを離れた。

 その途端、ゼロのモモ号にキニアから連絡が入った。声が緊急事態を告げている。

「ゼロ、逃げろ。デカい戦闘力の気がそのポイントに急接近中だ」

 クイーンが、迫りくるというデカい戦闘力の気を探った。何かが近づいているいるのは確かなようだ。

「キニア兄貴、あれは何だ?」

「多分、カグヤ海賊団本隊だ。油断するな」

「かなりデカい戦闘力を持っているな、流石は海賊十神って事か」

 キニアの説明に、クイーンが小首を捻る。

「ゼロ様、カグヤ海賊団なら、首領ごと核爆弾で吹き飛ばしたのではないですか?」

「あれは、ハリボテの偽物だったって事さ、良くある事だよ」

「そうなのですね」

「まぁ、丁度いいタイミングだ。オレとクイーンの合体型戦士の戦闘力がどの程度なのかを、カグヤ海賊団本隊で検証しよう」

 ゼロは、宇宙に轟く海賊十神カグヤ海賊団本隊に怯む事もなく、余裕綽々で迎え撃とうとしている。火星の公転軌道エリアにモモ号が戻ったが、様子が変だ。

 当然そこにいる筈の東連邦軍の宇宙船と星獣トレジャー・イーターの姿がない。宇宙空間には何かの残骸が漂っている。

 遠くに浮かぶ地球の端から、光るものが見えた。ゼロが叫んだ。

「クイーン、ビーム弾だ、避けろ」

 近距離時空間移動でビーム弾を避けたが、何故か避けた位置に再びビーム弾が飛んで来る。

「ゼロ様、奴等の攻撃は時空ビーム弾です。予測照準はかなり正確です」

「ヤバいな、一旦引こう」

 モモ号は木星軌道へ避難したが、追うように時空間から現れたビーム弾が、モモ号の左舷で爆裂した。強制的に入り込んだモニター画面に、カグヤ海賊団首領であり海賊十神のカグヤ・クアニンが映った、相当に激しい怒りを示している。

「おい小僧、散々好き勝手やりやがって、逃がす訳ねぇだろ。お前も東連邦軍と同じように粉々にしてやるからな、覚悟しやがれ」

 カグヤ・クアニンの怒りの蟻顔が叫ぶ。そうそう簡単に体制の立て直しなど出来そうもない。

「ゼロ様、左舷損傷軽微。問題ありません」

「ヤバいな。でも、滅多に姿を見せないカグヤの婆本体が目の前にいるんだからな、逃げるってのもなぁ。どうするか……」

 ラクシアの慌てた声がモニターに飛び込んだ。

「ゼロ君、カグヤを舐めてはダメよ。奴は、Z帝国の宝を盗んでいるから、何が出るかわからないわよ」

 ゼロは、得意げな声で「大丈夫さ。何たって、オラにはあれがある」と言いながら、宇宙空間に飛んだ。

「ゼロ様、あれって何ですか?」

「先代Zの裏メニューさ、ヤツが盗んだZ帝国のテクノロジーを超える武器、三種の神器とも言う。メニューその1は時空間バリアだ」

 かつて、宇宙に君臨したZ帝国には幾つもの秘匿された究極のテクノロジーがあったが、それ等を更に凌駕する至高の武器たる『三種の神器』が存在した。

「こいつを纏えば、ヤツの時空ビーム弾なんか簡単に防げる、万能バリアだ」

 時空ビーム弾でモモ号に損傷を与えたカグヤは、既に勝利を確信し、ゼロの反撃など高を括っている。

「時空間バリア、発動」

 流体粒子となって七色に輝く光彩、即ち時空間バリアを螺旋状に纏い、宇宙空間を滑るように飛ぶモモ号。

「何者かは知らぬが、あんな小僧如き、ぶち殺してやれ。ガンマ線バースト、発射」

 カグヤ海賊団本隊から一筋、二筋と眩しい超新星爆発の真っ赤な光が放たれ、一点で束になった激しい光がモモ号を貫いた。

「これで終わりだ」と、誇らし気に叫んだカグヤの目前で、貫いた筈の真っ赤な光がモモ号の船体に吸い込まれた。そして背後から出現し、後方へと飛んでいった。

「何だ、時空間バリアか?」

 カグヤは、時空間バリアに仰天した。伝説的に伝えられてはいるが、カグヤでさえ見た事のないZ帝国の神器、時空間バリアが今ここにある。

「カグヤ様、あれは何でやすか?」

「多分、あれはZ帝国の三種の神器の一つ、時空間バリアだ。ワームホールを纏う事で、全ての物理的攻撃を翔ばせる。ワタシも見たのは初めてだ」

「俺達の時空弾に似てるでやすな」

「時空弾は、元々時空間バリアを模しているのだから当然だ」

「カグヤ様、このままじゃマズい、奴が突っ込んで来やがる。『ジブカ時空連弾』と『ガンマ線バースト砲』であのガキ潰しやしょう」

「カグヤ様、時空間バリアだか何だか知らねぇが、ワシ等には勝てねぇすよ」

「馬鹿な奴っすね」

「ワシ等の『ジブカ時空連弾』と『ガンマ線バースト砲』で、あのガキは終わりでやすな」

「そうだ、我等は最強なのだ。何人たりとも我等に勝つ事など出来ぬ。カグヤ海賊団の『ジブカ時空連弾』撃て」

 カグヤ海賊団は、最強を誇る武器『ジブカ時空連弾』を放った。放たれた青色、黄色の二つの光弾は勢い良く飛び、モモ号に当たる寸前でその方向を変え、宇宙の彼方へ消え去った。ゼロとクイーンは、二つの光弾が当たらずに飛び去った事に猜疑の念をもって首を傾げながらも、次の攻撃に身構えた。

 その時、いきなりモモ号の側面の異空間から青色の光弾が出現し爆裂した。飛び去った筈の光弾は、宇宙の遥かな深遠を迂回した後、ワームホール時空間を超えてモモ号に突き刺さったのだった。そして、その青い光弾の爆裂から薄緑色のワームホールの渦が発出し、包まれたモモ号は強制的に異時空間へと飛ばされて消えた。

「ここは、どこだ?」

「ゼロ様、座標位置確認します」

 クイーンが異時空間の位置を確認した瞬間、今度は前面から黄色光弾が現れ、モモ号は再び薄緑色のワームホールの渦で更に違う異時空間へと翔ばされ、元の時空間へと戻った。

 二色のジブカ弾は、異時空間から現れモモ号を異空間へと飛ばし、はたまた現空間へと飛ばしながら、モモ号を七色に輝かせていた光彩、時空間バリアを剥ぎ取った。

「時空間バリアなんぞ時空弾で剥ぎ取れる事も知らぬ小僧如きが、この私に刃向かうとは何とも愚かしい、哀れだ。切り刻んでくれる」

「小僧は、これでジ・エンドでやす」

「『ガンマ線バースト砲』発射」

 カグヤ海賊団の兵士達が勝利を確信した。異時空間へと飛ばされた後、現空間に引き戻されたモモ号に構える間も与えずに、一筋、二筋と眩しいガンマ線バーストを発動した。螺旋を描きながら一点で束になった超新星の光は、時空間バリアを剝ぎ取られたゼロの宇宙船を容赦なく襲った。

「ゼロ君、大丈夫?」

「ゼロ、加勢しようか?」

「ラクシア姉さん、キニア兄貴、まぁ見てなって。クイーン、合体でいくぞ」

「ラジャーです」

 ゼロは宇宙船を飛び出し、白い光となってカグヤ海賊団司令船に向かって突き進んだ。追うクイーンは、赤い光となってゼロの光に流れ込み、二つの光が一つになってピンク色の合体戦士に姿を変えた。

 そして、ピンク色の合体戦士の身体は滑るように飛び、ガンマ線バーストを諸共せずに一瞬消え、現れて再び消えた。

「カグヤ様、奴が消えました。目視、赤外線、その他確認出来ません。異空間へ逃げ出したと思われやす」

「ならば我等も同空間へ飛べ」

 カグヤ海賊団の宇宙船が消えた。

「ラクシアさん、カグヤ海賊団強いですね。唯の盗っ人のレベルじゃないですよ」

「昔戦った時よりも、更に数段強くなっているわ。カグヤも進化しているって事ね」

 ラクシアとキニアは、ゼロと戦うカグヤ海賊団の強さに感嘆した。

「ゼロ様、大丈夫で御座いますか?」

「大丈夫だ。残念だけど、合体戦士の戦闘能力を試す余裕がないな」

 ゼロは、三種の神器の一つである『変幻』を発動した。変幻は全ての物質に変化出来る。その力で、合体戦士は輝く槍と化し、全身に時空間バリアを纏いつつ、一気にカグヤの宇宙船に突っ込んだ。

 再び、カグヤは合体戦士を時空弾の照準に捉えながら、薄笑いを浮かべて言った。

「馬鹿め。これで最後だ、死ね小僧」

 ゼロは、カグヤの宇宙船に衝突する寸前で方向を変え、その背後から三種の神器の残る一つである黒い光を発動した。黒い光は爆裂し、カグヤの宇宙船の右半分を縦に抉り取った。

「な、何と、あ、あの黒い光は、反物質である『消滅玉』……」

 宇宙にその名を轟かし、海賊十神と恐れられるカグヤ海賊団カグヤ・クアニンが、戦意を喪失した。

「Z帝国の三種の神器、『時空間バリア』『変幻』だけでなく、『消滅玉』まで操るとは、キサマは、キサマは、一体何者だ?」

「オラか?オラはな・」

 宇宙空間に何者かの人影が広がった。その姿にカグヤは驚愕し、闘気を失した。

「勝てる筈がない……」

 到着した東宇宙連邦の軍艦がカグヤ海賊団を包囲し、暴れ回っていた海賊十神に数えられるカグヤ海賊団が壊滅した。

 めでたし、めでたし。

 かつて、宇宙暗黒同盟軍と宇宙連邦連合軍との宇宙を二分する激しく悲惨な大戦争があった。

 大戦後、各宇宙連邦政府は『レッドライン』を宣言し、宇宙暗黒同盟軍に加担した者達の「人としての存在」を否定した。その結果、人として生きる権利を失った者達は、否応なく宇宙海賊とならざるを得ず、戦後100年を経過した現在も相変わらず宇宙を暴れ捲る海賊vs宇宙連合政府警察機関の戦いが続いている。

 取りあえず、そんな面倒臭い深い経緯など横に置いて、宇宙専攻警察官XZEROゼロはAIロボットのクイーンとともに、今日も宇宙を暴れ回る海賊退治に出かけて行くのだった。












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時空超常奇譚2其ノ弐. XZERO/宇宙海賊事件ファイル 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

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