第50話 ラクーンの休日②
――聖歴1547年/第2の月・
―――時刻・昼過ぎ
――――レギウス王国/王都貧民街/イゼルオールの店
――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』
「よし、これでいい」
イゼルオールの店で装備を一式揃え、身体の各所に暗器を仕込んだ俺は馴染み具合を確認する。
ついでに彼の勧めで衣服も新調したのだが、
丈夫でしなやか、それでいて動きを阻害せず、かつ咄嗟に各種暗器を取り出しやすいよう仕込み場所が工夫されている。
収納量も十分だ。
個人的に、暗器を仕込む衣服は暗器以上に重要だと思っている。
配置が悪く瞬時に取り出せなかったり、かさばったり、重かったり、音が出たり、すぐにほつれたり――そのどれもが明暗を分けかねない。
しかも現場での替えがきかないことがほとんどだ。
凶器など、最悪フォークの1本でもあればなんとかなるというのに。
……まあその拘りのせいで着替えないから、コリンにみすぼらしいなどと言われるのだろうが……
「注文は以上かい? これからはおめぇが欲しい物を優先的に入荷してやる。必要なのが出たらいつでも来な」
「感謝する。アンタは腕利きの
「へっ、時代遅れのモンしか取り扱えねぇだけよ。だがお得意さんがいてくれりゃあ、やる気も出るってモンだ」
楽し気に笑うイゼルオールに暗器の代金を支払うと、俺たちは地上の煙草屋へ通じる階段を上っていく。
金銭に関しては、商業ギルドの受付で
本当なら店自体の
そして地上店内に出た俺は、出口へと向かう。
「邪魔したな、また来る」
「……おう、待ちな。最後にちょいとした情報を教えてやる」
緑の扉に手をかけた俺を、イゼルオールが呼び止めた。
「おめぇ、魔族と
「ああ、そうだが……」
「だったら気ぃつけな。ちょいと前に聞いた話だが、あの〝処刑一家〟からも【勇者】が出たって噂だぜ」
「〝処刑一家〟……というと、あの『マンリカ』の?」
聞き覚えのある響きだった。
俺がまだ暗殺者ギルドに属していた頃、
――〝マンリカの領内で仕事をする時は注意しろ。物盗り1つしただけで、処刑一家に首を落とされるぞ〟
『レギウス王国』の隣国の1つに、『エストライヒ連邦共和国』という中小の国家が集まって形成された多国連合国家がある。
『レギウス王国』とは国境線を引いて隣接する国だが、連邦とはいえその規模・領土は広いとは言えず、所属国全てを含めても『レギウス王国』の半分以下の広さしかない。
そんな連邦を構成する中の1つに『マンリカ』という国がある。
一般人にとっては取り立てる特徴もない辺境の小国だが――日陰に生きる者、いや犯罪と呼べるあらゆる事象に手を染める者たちには、畏怖の象徴のような場所だ。
「そうだ、あの〝シュロッテンバッハー家〟の長男坊が【神器使い】らしくてな、ここ最近王都入りしたらしい。噂じゃあ一家の中でも特に気性が荒くて、最も犯罪者を殺してるってよ。
心配そうに言うイゼルオール。
『マンリカ』という国が何故日陰者の中で有名か――それは徹底して犯罪者に冷酷な国だからだ。
少し昔の話だが、どうにも『マンリカ』には治安が悪化し犯罪行為が横行した時期があるらしく、それを憂いた国王が犯罪者を厳しく取り締まるようになったという。
だがそれを疎んだ何者かが料理に毒を仕込み、国王の暗殺を図ったのだとか。
幸いにも国王は一名を取り留めたが、暗殺行為への恨み故かトラウマ故か、あらゆる犯罪行為を〝国家への叛逆行為〟と見做すようになり、犯罪者は裁判すら許さず処刑されるようになった。
これも語り草だが、露店の果物を盗んだ子供が街の衛兵に捕まり、その場で斬首されたという噂もある。
そんな『マンリカ』という国の中でも際立って悪名高いのが、件の〝処刑一家〟とも呼ばれるシュロッテンバッハー家である。
国の中では名門と称される貴族らしいが、その実態は国家主体の処刑を一手に担う処刑の専門集団。
国王の奨励を後ろ盾に、犯罪に関与したと少しでも疑われた者は手続きを一切介さず首を落とされる。
公称では1日に300人処刑したこともあったとか。
犯罪抑止のための喧伝……だとは思うが、その恐ろしさは暗殺者ギルドで知らぬ者はいなかった。
経験豊富な
「なるほど、あの〝処刑一家〟の跡取りが……。とはいえ、ここは『マンリカ』じゃない。それに敵は犯罪者ではなく魔族だ。バカな真似はしないと思うが」
「そうであってほしいがなぁ。ま、頭の片隅にでも入れとけってことよ、この情報は
「ああ……覚えておこう」
そう言い残し、ギイっと扉を開けて――俺は店を出た。
外はまだ明るく、時間には余裕がある。
リリーはまだ教皇庁にいるだろうか?
流石に、俺が『フォルミナ聖教会』の総本山に足を踏み入れるのは気が引けたからな。
俺にとって暗殺者ギルド最後の仕事も、あそこ絡みだったし。
まったく、神の信徒が全員リリーくらい素直で慈悲深くて無欲だったら、くだらん派閥争いもなくなるだろうに。全員彼女を見習うべきだな。
そんなことを思っていると――
『――――あ~、おにーさん? おにーさーん? 聞こえるっスか~?』
頭の中に女性の声が響いた。この声は、チャットだ。
『! チャットか、久しいな。生きてたのか』
『どうして死んだと思ってたんスか!? フツーに生きてまスよ!? 勝手に殺さないでくださいっス! あと2日ぶりだから別に久しぶりでもなんでもないっスから!』
ああ、言われてみれば俺が
なんだか色々なことがあって、チャットと一緒にいたのが遥か遠い昔のような感覚になっていた。
『と、とにかく通じて良かったっス。ウチも〝
『貴重な物らしいからな。それで、突然どうした? 試しに通話しただけなら、もう無視するぞ』
『あ~! 待って、待ってくださいっス! ちゃんとした理由があるんスよ! 『ラオグラフィア』上層部から、おにーさんとリリー様に直々のお達しなんスから!』
『……上から、俺たちに? 一体なんだ?』
『――
アサシン崩れの最弱勇者でも メソポ・たみあ @mesopo_tamia
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