第45話 すべては前振り、ここまでの


 ――暗くなった道を疾走するフィル。


 危ないからここにいろというルフラの静止を振り切って、フィルは自宅へと走っていた。

 胸騒ぎが、不穏な空気が、嫌な予感がしたのだ。


 自分でも、まさかだとは思っている。

 何度も慌ただしく走る兵士や騎士を見かけた。

 まさか、厳重な警備を抜けて、アデルベルト家を狙うだなんて。それこそ天文学的確率ではないだろうか。


 しかし、その万が一が恐ろしかった。

 


 家に着いたフィルは、荒くなった息を整える。

 何度も深呼吸をしても、バクバクと鳴る心臓は静まらない。

 うるさい心臓を収めるには、家族が無事という事実が必要だった。


 意を決して、フィルは玄関を開ける。

 すると――

 

「う゛っ……!」


 家に入った瞬間、が嗅覚を刺激した。

 

 思わず、腕で鼻を抑えてしまうほど充満している。

 嫌な予感がチクチクと脳を刺激する。携える剣に手をかけながら、慎重に家の中を進む。


 そうして、リビング。

 血の匂いの発生源がここだと分かる。


 辺りを慎重に見渡してみると、そこには――


「あら、おかえりなさい。ごめんね、血の匂い凄いわよね。今日のご飯、なんか張り切っちゃって解体するところから始めちゃってね~」


 ――キッチンで、牛のような動物をバラバラにしているティルザがいた。


「……ふぅ、なんだ……」


 足から力が抜けて、その場にへたり込む。

 心配して損した、というやつだ。次第に心臓は落ち着きを取り戻していく。


「ごめんごめん、すぐご飯にするからね」


「って、そんなことしてる場合じゃ……――?」



 ――おかしい。なんだこのは。払拭できない不安は。



 解体するティルザを見て、フィルの心臓は再度高鳴り始める。

 見た目はどこからどう見たってティルザのはずなのに。

 目の前の人がティルザだと、確信できない。


「まだご飯できそうにないから手でも洗ってきてー」


 動物の解体に忙しそうにするティルザ。やはり、言語化できない違和感があった。

 フィルは、懐の剣に手を伸ばして。


「……今日さ、エイラの家に行ったんだよ」


「そうなの?迷惑はかけなかった?」


「そりゃもちろん。でさ、色々私服を見せてもらって――なんかもう一回、女物の服着てもいいかなって思ってさ。あれどこ閉まったんだっけ?」


「――……」


 フィルの質問に、ティルザは手を止めて黙った。

 そして、少しの沈黙の後。



「何言ってるの?フィルが着る女物の服なんてあるわけないじゃない。もう、なんの冗談――ッ!?」



 フィルは言い終える前に、ティルザを模した人型に剣を振る。

 覚悟は決まっていた。

 その返答をした時点で、彼女は彼女でない。

  

 なのだ。


 偽物はフィルの剣を持っていた刀身の長い包丁で受け、ティルザには似合わない性格の悪い笑みを見せる。


「――まじか~ニブイチ外したー。カマかけじゃなかったのか。じゃあ何、あいつって子供に女装させてたの?イかれてるってー」


 偽物はそのまま包丁を振って、フィルを後退させる。

 少しできた間合いで見合いながら、二人は睨み合う。


 しかし、偽物は不愉快な笑みを浮かべると、な魔方陣を浮かべる。

 それはすべてを網羅するフィルでも見たことのないものだ。


「まあまあ落ち着けって。がキッチンでこうやって立ってるんだからさ、ちっとはその意味を考えようぜ?」


「ッ?!」


 魔方陣が光り出すと、ティルザの顔面がぐちゃぐちゃと変形をはじめ――ヴァイツへと変化する。


 あの頃のときと同じ不快な笑みを浮かべ、こちらを挑発するような物言い。

 間違いない、脱獄したらしいヴァイツだ。


 他人に擬態する魔法など聞いたことはない。

 独自の魔法というのも聞いたことがないが、これで色々合点がいった。あのメイドはヴァイツなのだろう。


 そんなヴァイツはキッチンの奥にふらふらと向かい、何かを引きずってくる。

 それは、


「――!?」


 椅子に縛られ、あらゆるところが傷つけられ気絶するように眠るティルザ。

 そして、両足の膝から下が欠損して、椅子に両腕が縛られているフィリッツだった。


 両親のそんな姿を見たフィルは、自然と剣を握る力が強くなる。


「いやいや。誤解すんなよ。確かに女の方は痛めつけたけど、副団長の方は自分でやったんだぞ。すげえ愛だよ、こいつ人質に取られてるって分かったらすぐに足切り落としたんだからさ。ほら、副団長。何か言ってやれよ」

 

「……フィル。……すまない」


 力なく項垂れるフィリッツは、普段の威厳が欠片も存在していない。

 ただ、ヴァイツの反感を買わないよう、静かにしている。


「ってことで、お前も椅子に座れ。さもないと……」


 ヴァイツは寝ているティルザに剣を向ける。

 言わんとしていることは分かって、今どのような立場なのかも理解できた。フィルは、近くにあった椅子を引きずり、そこに座る。


「偉い偉い、それじゃあっと……おらっ」


「ッぐ……!?」


 座ったフィルに、ヴァイツは机に乗っていた手元にあった包丁やナイフを投げつけた。

 それらはすべて足に刺さる。


「お前が何かすると面倒だからな。足は潰しておくに限る。間違っても抜くんじゃねえぞ」


「……っ」


 痛みに耐えながら、フィルは好機を待つ。

 フィリッツはティルザを人質に取られている限り、動いてくれないだろう。人質に取られただけで自らの足を切り落とすぐらいだ、安全が確保されなければだめだ。


 しかし、それを分かってかヴァイツはティルザの近くで剣を握りながら、いやらしく笑っている。



「――やっと、俺の完璧な人生をぶち壊した家族が揃った」



 すると、大袈裟に天井を仰ぎ、そんなことを呟く。

 

「まあ、色々言いたいことはあるけどさ――俺、こいつらから全部聞いたんだよな。なあ、フィル。お前、"最悪の子"なんだろ?」


「……なんだよ、それ」


「おいおい、まじで自覚ねえのか?……いや、お前らが黙ってたのか。ほら、教えてやれよ。こういう一般教養を教えるのは、だとしても親の責任だろ?ほら、はやく。責任を全うしろよ」


「……」


「だからはやく説明しろっていってんだよ、なあ!!」


 "最悪"と、そういえばユリウスもそんなことを言っていた気がする。

 それが一般教養と何が関係があるのか。


 剣で肩を突かれたフィリッツは、苦悶の表情を見せながら口を開く。


「――ずっと昔。多くの技術や制度を伝承したとされるがいたんだよ……。学校や大学という制度、時計や冶金とかの時代を進める革新的な技術。……しかも、その子供は圧倒的な力も持っていて、その時代の近衛騎士団長も楽に勝てるほど」


「……」


「その子どもは成長して、大人になれば三人の仲間を率いて、まだこの大陸で活発だった魔族の主、魔王を討伐。魔族を大陸の一か所に押し込めて大陸を切断、魔族を遠い海に向こうへと追いやった」


「それ……」



 ――まるで、異世界転生者が無茶苦茶している概要である。



 ていうか、そうとしか考えられない。

 絶対に神様からギフトをもらって異世界転生してる。



「……けどな、それまで時代を率いたそいつは――"災悪最悪"だったんだよ。国家転覆を狙って国王の殺害。民衆を率いて反乱。多くの民間人の虐殺。数えきれないぐらいの被害をもたらした。後で過去に行っていた悪事も散見されている。結局、その"災悪"は全世界が同盟を組んで対抗することで討伐されたが……。……それからだ、生まれてから身の丈を超える知識を持つ子供を""として、早期の処理が一般化したのは」



「――……その災悪が俺だって?」


「今更とぼけんなよ。あんなガキの時から俺のこと看破して、あろうことか無力化しかけてたんだぞ?牢獄にいる間暇だからずっと考えてさ、絶っ対"災悪の子"だわって思ったわ。で、脱獄のついでに副団長にカマかけて聞いてみれば?本当にそうだって言うんだから思わず変な笑いが出たぜ。……副団長、なんで分かったんだっけ?あ、余計なことは言うなよ」


「……二つだ。まずはこと。そして、剣を始めて触ったとき、だ」


 聞かれたたら馬鹿正直に答えて、フィリッツが従順すぎる。

 ていうか、だいぶ初期にバレていたらしく驚きだ。ユリのこともあり、凄い噛み合いかもしれない。


「……で、だからなんだよ。災悪の子だったとして。お前は、自分が負けた立派な言い訳を探してたのか?」


「……生意気だなぁ」


 眉をピクッとさせたヴァイツは、剣をフィリッツの太ももへ突き刺す。


「あ゛あ゛ッ!」


「ッ……確かに、立場を弁えてなかった。だから、やめてくれ」


「だからさあ、なんか違うんだって。もっとさ、がむしゃらに叫んでくんない?それとも何、災悪の子は俺みたいなやつが求めてる反応は分かり切ってんのか?……気に入らねえなあ」


 ヴァイツは、もう一度、剣を太ももに刺した。

 完全に気分のままに行動している。彼に気に障った行動は、誰かの身体を傷つけてしまう。


「……頼む。俺が悪かった」


 フィルは歯を食いしばって、頭を下げた。

 癇に障らないように、必死に謝罪する。


 すると、ずっと不機嫌そうだったヴァイツが。



「――アッハッハッハ!!フィリッツ!お前ってほんとうに最低だな!二十年間騙してさ、こんなに慕われておいて!自分たちは虎視眈々と?アハハ!!愉快すぎるなあ!」


 

「…………は?」


 一瞬、何を言っているか理解できなかった。


 背中が狙われているのが、目的語が誰なのかが分からなかった。


「分からねえのかよ! こいつら、お前が災悪の子だって気付いてから、ちょっとでも牙を向いたら殺す気だったんだよ!そのためにフィリッツの奴さ、打ち合ってみないかとか言って殺せるかどうか試してるんだぜ??お前、負けといてよかったな!!成長したら殺せない、って思われたら死んでたんだぜ!?アハハッ!」


 不愉快な笑い声が耳に刺さる。

 嫌なはずなのに、脳は理解を進めていて。


「お前、この家族が温かい家族とでも思ってたんだろ?!残念、お前という災悪のご機嫌取りをするための箱だったんだってよ!!爆発しないように調子を取って愛したフリして!それでいざ爆発したら責任持って処理しようとしてさ!!ほんと哀れだなフィル!」



 頭の中を走馬灯のように、幸せだと"思っていた"食卓が広がる。

 

 あれらが全て、俺の機嫌を取っていただけ。


 "災悪の子"が、世界に被害を出さないためだけ。


 いざとなったら、俺を殺そうとしていて――


 

 ――あぁ、ダメだ。信じたくない。

 あの笑顔が、会話が全部"偽物"なんて、そんなわけが――。



「はぁはぁはぁはぁ……!」


 過呼吸になって、顔を手で覆って、視界が暗くなる。

 顔を抑えているはずなのに、目から液体が漏れて。


「アハハ!ハッハッハ!!」


 不愉快な笑い声で、顔を覆う手に力が入る。


 そして、涙の落ちる先を見た。

 それは、足に刺さるだった。

 

 動揺どころではないフィルは、もう冷静じゃない。

 しかも、目の前のヴァイツに対する殺意ははち切れている。


 だから、


「あ?お前――ッ!?」


 フィルは過度なストレスに耐え切れなかった。


 足に刺さる刃物を抜いて、ヴァイツに投擲。

 それは歪みなく両目に突き刺さる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 痛みに悶えるヴァイツを見て、少し気が晴れる。

 そうだ。すっきりしたのだ。


 だからか、つい。

 ほんとに、つい。


 フィルは剣を抜いて詰めて、ヴァイツの首を――


「「――あ」」


 ――切り落としてしまった。




「――治癒せよ。治れ治れ」


 すぐさま正気に戻ったフィルは超級の治癒魔法を展開。

 ヴァイツの頭を生やして蘇生を試みる。


「やばいやばいやばい……起きろ起きろ!」


 しかし、ヴァイツは目を閉じたままだった。

 どうしようもなくなったフィルは、焦っては襟元を掴んで、ぶんぶんと振り回す。

 すると、


「……ッはぁ!……ゲホっゲホっ!」


 起きた。

 溺れた人が、陸上に出て空気を求めるように、ヴァイツは呼吸を荒げながら蘇生した。


「てめぇ!!よくも――あがッ!?」

 

 ただ、数秒後には怒鳴るほどの元気が復活する。

 暴れられる前に顔面を容赦なく蹴り飛ばすフィル。


「あがッ!……おまッ!やめッ!?」


 口や鼻から出血するが、お構いなしに顔面をぼこぼこにする。

 しまいには足と腕、その両方の骨を加減なしに踏みつぶして粉砕した。バキバキと、心地のいい音を響かせて、ヴァイツはその場に沈黙するのだった。


「……ふぅ」


 一仕事を終えたフィルは後ろで沈黙していたフィリッツを見た。


 フィリッツは、眠るティルザの手を握りながら座り込んでいる。


「父さん……母さんは?」


 そう問いかけるも、反応はない。

 どうしたものかと二人へ近づき、途中で足が止まってしまった。


 なぜなら、見えたティルザの顔が安らかすぎたからだ。

 傷は浅い、一番ひどくて指の欠損ぐらいだ。呼吸だってしている。


 しかし、そんな痛みに耐えるような苦悶の皺ひとつない。

 呼吸だって、まるでだ。


 フィルは、この世界特有のこの現象について知っていた。


 これは――魂の抜け殻だ。


「――ごめんな。薄々、分かってはいたんだよ」


 それを理解した瞬間、フィリッツから声が聞こえた。

 相変わらずこちらを向いてくれないが、今の彼にそんな余裕はないのだ。


「あまりにも静かな呼吸で、あいつがあんなに騒いでも起きる様子すら見せない。もしかして、もう抜け殻なんじゃないかって、分かってはいたんだ……。――けど、それでも。もし生きていて、ただ気絶しているだけなら。……俺は下手なことをして君を殺すなんてできなかった」


 次第に、声の中に震えを感じる。

 頼りがいのあった父はここにいなくて、今は最愛の人を失ったひとりの男だった。


「……フィル。いや、フィルと呼んでいいのかも分からないが……けれど許してくれ。あいつの言ったことは、ほぼ事実だ。ティルザが"災悪の子"かもしれないと言ったとき、俺は真っ先に殺すべきだと提案した。ティルザの反対で様子を見ることになっても、俺はフィルの言動次第でいつでも殺す気でいた」


「……」


 フィルの心に暗い暗い影が掛かる。

 目の前の父親だった人に対する目線が、どんどんと冷めていくのを感じる。


 ただ、



「――けれど、それは途中までだ。ティルザのミスで女装をさせてしまったとき、お前は分かりやすく嫌そうだったんだぞ。しかし、ボロを出さないようにか知らないがそれを受け入れ、結局アイツから指摘されるまで耐えてみせた。あのパンチ……あれは長年の恨みがちゃんと籠ってたな」


「そして、俺の印象を変えるに至った初めの事件。王城の庭で溺死されそうになったやつだ。話を聞く限り、自分の身を顧みずに池に飛び込んではクラウディアの娘を助けたそうじゃないか。ちゃんと死にそうだったってシャルロット様も言ってたし、エイラに助けられなかったらきちんと身代わりだったんだろうな」


「迷子だったアスクを暴漢から守ってもいたか。あの時、実は遠くから見張ってたんだぞ。何をするのかってな。そしたらどうだ。アスクを守って、あまつさえ三人の暴漢と戦おうとまでしてたじゃないか。きっとそれでも勝てたんだろうが、その意識には目を見張るものがあった」


「次は……ユリちゃんを助けたときだな。フィルははぐれたと思ったみたいだが、俺はちゃんと見守ってる。あの時も泣いていたユリちゃんを追って路地裏に入って、慰め、手を差し伸べていた。俺はここで、フィルは殺さなくてもいいんじゃないかって思い始めた」


「決定的だったのは――シャルロット様を守ったときだ。きっとフィルが取れる手札には限りがあったはずだ。災悪の子だとバレないように、シャルロット様を守るためには。……しかし、その中でもフィルは最善を尽くした。俺が助けにくるまで耐えて、腕と名誉を犠牲にシャルロット様を守ったんだ。他人に、あそこまで必死になれるやつを、俺は災悪の子だなんて思えなかったよ。ただの……俺達の子だ」


「だから、魔術を教えるのを許可したんだ。ずっとフィルの頼みをあやふやにするティルザには申し訳なかったし、それにフィルには向いてなさそうだとも思ってた。けど、いつからか超級まで使いこなせるようになって、何か特別な力かとも邪推したが、へとへとになりながら魔術を勉強してるフィルを見てたしな。信じることにした」


「ただ、ユリウス君の件はさすがに驚いた。ユリウス君もフィルが災悪の子だと気付いてしまったみたいでな。取り調べのときに聞いたことから、あれは……俺のひとつの可能性だった。フィルを最後まで信じきれず、いつか災悪を引き起こすと思ってしまって思考にそれがへばりつく。フィルのことをもっと知った上だったら、あるいは、あんなことをしなかったと思う」


「ティルザを人質に取られ、あいつにすべてを話してしまった挙句、フィルを傷つけるような言い方を許してしまったが……"あいつの言うこと信じる方がどうかしてる"」



「――フィル。お前は確かに災悪の子なのかもしれない。けれど、俺は――俺たちはフィルを信じて、心の底から



 すべてを話し終えたとき、フィルはその場で泣き崩れていた。

 心を覆っていた影は消え去り、いくら涙をこぼしても止まらない。

 愛、幸せというものが、どのようなものか、微かに分かったような気がした。


「――……だから、すまん。フィル」


 意図が分からない謝罪の言葉。

 前すらまともに見えない中、フィリッツを見る。


 ――そこには、自らに剣を刺そうとする父の姿が映った。



「父さん……なに、してんの?」


「俺は……ティルザに人生をささげて生きてきた。ティルザと生きて、笑って、泣いて……死んだ後のことなんて考えたくなかった。お前を一人にするのも苦しい……けど、やっぱりだめだ。俺は、ティルザが、いないとさ。――ほんと弱い男なんだ。ごめんな」


「やめ――ッ!」


「お前に、少しの幸福と、奇跡があらんことを――」



 制止も虚しく、フィリッツは躊躇いなく心臓に剣を突き立てた。

 しかし、フィルは致命傷を負ってもすぐなら蘇生できることを知っている。


 すぐに治癒魔法を展開して――その隣にな魔方陣が展開された。


「――風よ吹け」

 

 擦れた声の詠唱が聞こえると同時、フィルはその強風に吹き飛ばされる。

 誰の妨害、だなんて考えるまでもない。

 

「ッぐ!!」


 しかし、すぐに受け身を取ってフィリッツの元へと走り寄る。

 まだ間に合うと信じて治癒魔法を展開し、詠唱。

 胸の剣を抜きながら直し、心臓を動かす。足も生やして完治させ、


「父さん……父さん!」


 また、がむしゃらに胸を叩く。


 しかし、何秒待っても目を覚まさない。

 安らかに寝息を立てていて――それは抜け殻と化していたのだ。


「……ハハッ。まさか自分から、死を選ぶなんてな……相変わらずの、バカだな」


「……」



 ――その声が聞こえた瞬間、また、形容できない感情が溢れた。



 フィルはヴァイツの頭を掴んで、無理やり椅子に座らせる。

 四肢が粉砕しているヴァイツに抵抗する術もなく、ただ黙って椅子に寄りかかった。


「なあ、ヴァイツ。きっとさ、後数十分もしない内に、巡回している兵士が家に来ると思うんだよ」


「……あぁ、そうだな。それがどうした?」


「でさ、俺は何を隠そう災悪の子なわけだ。お前らが知らないことを沢山知ってるわけだが……その中でも俺は、こと拷問に関しては、この世界にあるものより効率的なものを知ってるわけだ」


「……で?」


「なんだ、余裕そうだな。まあ、別にいいんだけど……。だからさ、兵士が来るまでの時間、俺の質問に答えながらそれらを受けてくれってことだよ。いい暇つぶしになるだろ?終わる頃には、その腐った態度も治ってるかもな」


 フィルはキッチンやタンスから、刃物や工具を机に並べる。

 口笛を吹きながら、愉快そうに。


「お前さあ、自分の周りに災悪の子だって気付かれてそうだよな」


「あ?」


「災悪の子だって思って見てれば、そうにしか見えねえもん。いないのかよ。しつこく調子取ってくる奴」


 ヴァイツの下らない挑発。

 しかし、フィルの脳裏には――大学の友人とシャルロットが浮かんだ。


 そんなはずないのに、思い当たるような気がしてしまう。

 頭のどこかに、確かな疑心の種が埋められた気がした。


「ていうか、王女なんかは薄々分かってんじゃねえか?あいつ頭いいし、そのうえでお前のご機嫌取ってたりしてたりさ」


「……」


「おーい、まさか図星か?図星なのか?おーい」


 フィルは淡々と道具を並べる。

 そして、これ以上好き勝手に話させるのは得策ではないと判断した。


「……最初の質問。どうやって脱獄した?」


「無視かよ、俺の質問に答えてくんない?なあ」


「はぁ……お前、どうしようもねえな」


 ――――――――――


 ボロボロになったヴァイツの身体を治癒魔法で治しながら、フィルはもう一度問う。


「で、どうやって脱獄したんだよ」


「……知らねえな。朝起きたらドアが空いてたって感じ」


「あっ、そう。そりゃよっぽど運がいいな」


 ――――――――――


 そこら辺に散らかった肉片を片しながら、フィルは聞いた。


「それで、話す気になったか?」


「は、あ……ず、ずっと壁を掘ってたんだよ!ずっとな!」


「へぇ……あ、そうだ。俺、転移魔法をここから大学まで使えるぐらい魔素あんだわ。だから、ほぼ永久に身体は治せてやれる。よって途中で死ぬこともない、ほら、安心してくれ?」


「お、おい……冗談、だよな?な?」


「ハハッ、ウケるな。その感じ」


 ――――――――――


 何本も転がる指を一か所に集めながら、フィルは口を開く。


「で、どうやって脱獄したんだよ」


「きょ……協力者がいた……脱獄しようと思えば、いつでもできた。ここまで来れたのも、協力者のおかげだ……」


「……それで、なんで今日?」


「そんなん知らねえよ!急に牢を出されて、アデルベルト一家を消せって命令だったんだ!」


「なるほど……てかその口調腹立つな。次の質問までには直せよ」


「は……おい!答えただろ!?なんで――」


 ――――――――――


 フィルは水に濡れた床を拭きながら聞いた。


「そんでそんで、お前って上に誰がいんの?」


「……知らッない。俺だって、使い捨ての下っ端なんだ……けど、この王国を管理する会議。その会議に出席できるほどの人が上にいるって噂は、ある」


「なんだよ、結構根深いんだな」


「……根深いなんてもんじゃない!俺らは、この王国に隠れて潜入してる。俺が近衛騎士になれたように、もう取り返しのつかないところ……奥深くまで入り込んでんだよ!」


「へえーって感じだな。てか、その口調直せって言ったよな。立場を忘れんなよ馬鹿だな。次から俺に対しては敬語な?」


 ――――――――――


 うっかり死んだヴァイツを蘇生しながら、フィルは確認する。


「ごめんごめん、やりすぎた。あぶねー」


「……がはッ!ゲホゲホッ!」


「てかさ、蘇生したあと凄い苦しそうだけど、もしかして蘇生って、結構つらい?」


「……辛くありません。フィルさんにやられたことの方が苦しいです」


「ふーん……どんな感じ、蘇生されるのって」


「…………」


「あ、黙るんだ。なら、今から数えた秒数回蘇生してやるよ。いーち、にー」


「ッ全身を潰されるような感じで、乱暴に繋ぎ合わされるんだよ!!……あっ」


「五秒経ったから五回、あとタメ口きいたからプラス十回な」


「待ッ!!?」


 ――――――――――


 十五回目の蘇生を終えて、フィルは口を開いた。


「どうよ、気分」


「……辛い、です……もう蘇生、しないでください……お願い、します」


「それはお前が真摯に答えるかどうかだから」


「答え、ます……なんでも、答えますから……」


「んー……って言っても、なんか聞きたいことも無くなってきたな。俺、お前に興味あるわけじゃないし」


「……それ、じゃ……」


「けどまだ兵士来てないじゃん。それまでの暇つぶしだから――まぁ、来るまで蘇生し続けるってことか」


「おい……は、話が、ちがう!!」


「そんなこと言うなよ。どうせお前が言ったことに嘘混じってんだろ?なら俺にも混ざってたっていいだろ。ほら、人間の限界には興味あるわ」


「待っ、てくれ……頼む、から」


「うーん。嫌だ」


 ――――――――――


 はたして何度蘇生したか、三桁を超えてから数えるのをやめた。

 目の前には、


「ぁ…………え……」


 いつの間にかうんともすんとも言わなくなったヴァイツが座っている。魂が疲弊でもしてしまったのだろうか。

 鳴き声があった時はまだ飽きなかったが、反応が無いと流石に飽きがくる。


「……はぁ、、どうしよう」


 周りにはやる気のあった時に一々切り落としていた頭部や腕、足が転がっている。

 切って生やしてを繰り返していたから収集が付かなくなっていた。


 どうやって処理をしようかと頭を悩ましていると、


「――副団長!ティルザさん!だいじょうう゛ッ?!」


 唐突に玄関のドアが開き、三枚ほどの兵士が入ってきた。

 しかし、リビングの惨状を見ては目を見開き、脳が理解した瞬間嘔吐している。


「――……フィルくん。これは、君がやったのかい?」


 そんな中、一人の中性的な声をした騎士が前に出て問いかけた。聞き覚えがあったような気がしたが、もう考えるのも面倒くさい。


「……はい。つい、カッとなっちゃって」


「そうか……。取り敢えず、着いてきてくれるかな?話も聞きたいし、フィルくんも疲れただろ?ゆっくり、話をしよう」


「確かに……疲れたなぁ、ほんと」


 フィルは、そう溢すとバタリと倒れる。


 なんでもない日にこの世界で一番大事だった二人を失った。

 身体の温度が下がるような感覚、一気どうでもよくなった。

 この王国やこの世界、死後のことすらなんでもよくなった。



 フィルにとって生きることとは、心底面倒になった。


――――――――


 あとがきになります。


 ということで、ここらで一旦完、ということで。


 ここまで読んでくれた数少ない皆さま方、ありがとうございました。

 

 この続きらしき蛇足っぽいものはちまちま書いていきたいですね。

 それでストック溜まったら、タイトルに「re」とか「帰ってきた」とか付けて投稿していこうとか思ってます。


 ……評価とか感想で好評だとモチベになったりもします。

 きままに書いていくので、読者様方におきましては気長に待っていただけると幸いです。


 それでは。

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