第44話 誘われて、出遅れて
ユリウスに殺されかけて、殺しかけて。人生のピークだったんじゃいかと思う日。
ずっと記憶に焼き付いている日から――三年が経った。立派な十九歳、そろそろ二十歳である。
あれ以来これといった波乱はなく、嘘みたいに順風満帆な大学生活を送っていた。
エイラとロゼは相変わらず仲が悪いが、それでもまともに話す機会は増えて、レナードやアーツとも仲良くしてもらっている。
時々シャルロットもお忍びで家に来て、エイラと一緒に雑談していて。この国の王女としてそれはいいのかとも思ったが、どうやら暇な日は割と自由らしい。王城庭事件のフルメンバーだが、女装していた話は禁句だ。
そういえば一時期、レナードの俺に対する神格化みたいなものが度を過ぎたときもあって、アーツと共に矯正したこともあったか。
今では神でも見ているかのような目で落ち着いている。いやぁ、本当によかったと思う。
けれど、名前を挙げた五人以外、友人が誰一人増えなかったのも悲しい事実だ。
あの事件以降、というかあの事件が俺への絡みにくさに拍車をかけたようで、ずっと尊敬と敬遠が混じったような視線を向けられるだけになった。
ほんと、大学で浮きまくっている俺と未だに関わりを持ってくれる四人……ロゼは関係ないから三人には感謝してもしきれない。
そして、あの事件の張本人、ユリウスは禁忌の魔術を使用した罪として終身刑が決まってしまった。
この世界の裁判のようなものにも顔を出したが、ユリウスは最後まで弁明を口にせず、どんな処罰も受けるつもりの一点張り。とうとう何も話さずに一生の別れとなってしまった。
父さんが尋問を担当したこともあったそうだが、本当に何も話さなかったらしい。
ほんと、どうしようもないやつである。
また――この話の後にするものではない気がするし、自分で言うのもなんだかな、という感じであるが。
三年間、ずっとエイラからの気持ちが、こう……凄い。
ロゼからの求婚はずっと変わらないのだが、エイラは別ベクトルで凄いのだ。
最初の一年はまた命を救われた恩や兄のこともあってそれに責任を感じているのかと思っていたが、そうではないと理解させられるほどに凄い。
恋とか愛とか、一番距離がある俺でも流石に気付いた。
のくせして、何か関係を変えるようなことは起きていない。
実際に言われたら物凄く返答に困るが、このまま中途半端の現状維持も悪くないと思ってしまっている自分もいる。
しかしもう大学四年で、あっという間に卒業である。
父さんからの圧で騎士団への入団はほぼ決まっていて、就職活動に困るという予定はない。七光りではないが、こうして見てみればあまりにも平和で怠惰な三年だった。
願わくばだが、このままこんな幸福が続けばいいと思う。
――――――――――
いつも通りの登校日の朝。
卒業試験なるものが迫る中、大学に順応したフィルはゆっくりと朝食を食べ、マイペースな朝を過ごしていた。
「フィルー?まだ行かなくていいのー?」
「まあ、まだ余裕あるし。ギリギリになったら魔法で足の筋肉強化するから大丈夫でしょ」
「ふふふ、なんというか。どことなくフィリッツに似てきたわね。ほら、フィリッツが一番得意な魔法って筋力強化でしょ?」
ティルザは微笑みながらそう言って、フィリッツは困ったように苦笑している。どうやら、親の通った道をなぞっているようで。
「……まあな。ほら、筋力強化だったら一秒で展開できる」
そう言って、フィルと同じ色をした、
しかし、ふと一つの疑問が湧いてきた。
今までたくさんの魔方陣を見てきて、やっと湧いた根本的な疑問。
「そういえばさ、魔方陣の色って何か意味あるの?俺は父さんと似た感じの色だけど……遺伝?」
そう、魔方陣の色である。
色の三原色に限らず、多種多様な色が魔方陣にはあり、人によって違う。
フィルとフィリッツは蒼く、ティルザは黄色だ。
「うーん……さあ、って感じ。遺伝とかじゃないし。その人の性格を表してるとも言われてたときもあったけど、特にそうでもなかったって研究結果出たし」
「なんじゃそりゃ」
「色によって魔法に特徴が出る説とかもあったけど、それも否定されたし。ただの生まれつきの個性って説が今は固いな。気にすることでもないってことだ」
「そうなんだ……。――けど、俺、自分の色が"赤"じゃなくてよかったなー」
と、フィルは朝食を口に運びながら思ったことを吐き出した。
当然「気にすることでもない」と言われたばかりで色の好き嫌いが出るのは意外だったらしく。
「なんでだよ。フィルって赤嫌いだったけ?」
「なんでって……なんでだっけ。別に色に嫌いとかないんだけどな……なんで赤が嫌なんだ……?」
「おいおい、なんだそりゃ」
食べるのを止めて、必死に脳を刺激する。
赤が嫌だと思ったのは本心で、確かに赤はなんとなく嫌だと確かに思っている。けれど、その理由が付随して着いてこない。
数十秒と頭を捻って、
「――あっ、そうだ」
思い出した。
その様子に二人はフィルに目をやり、答えを待っている。
ただ、
「えーと……あれだった。うん……」
フィルは話しにくそうに苦笑していた。
気まずい、というかティルザに気遣っているようで。
「なんだよ。気になるだろ?」
「そうよ、このモヤモヤを抱えたまま一日を過ごしたくないわ」
二人は興味津々。答えを促し、しつこいぐらいに問い詰める。
根負けしたフィルは、目を逸らしながら口を開く。
「……いやほら。俺が初めて見た魔方陣が赤でさ……子供のとき、王城の……あの、メイドの魔方陣が……ね」
「「……」」
――フィルがそう言えば、そこまで暖かかった食卓が急速に冷えていく。
フィリッツは口を開けてぽかんとしていて、逆にティルザは口をつぐんで真剣な表情だった。
やっぱり言わなかった方がいいか、と後悔したフィルだったが。
「――フィル、それ本当……?本当に、"赤色"だったの……?」
「あ、あんなの忘れるわけないし……エイラとかも覚えてるんじゃない?」
「……」
念を押して問うてくるティルザの圧が強い。
印象深いことだったから断言したら、ティルザは目を閉じて深呼吸をし始める。
そして――
「――……やっぱり、あの子じゃなかった……あの子は無実だったのね……これで、やっと……!」
手に持っているものを落として、そんなことを零しながらしゃがみこんだのだった。
状況が飲み込めずぽかんとしていると、隣に座っていたフィリッツがティルザの背中をさすりながらこちらに顔を向ける。
「……フィル達を襲ったメイドはな、魔方陣の色が"緑"なんだよ。『私がやった』って遺書はあったものの、俺もあいつがそんなことするとは思ってなく諦めきれなくて。いやはや灯台下暗し、まさか魔方陣の色で別人だったって分かるとは……。でかしたぞフィル!」
「ま、まあ。なんか役に立ったのならよかった?」
「ほんとに大金星なんだぞ。どうやったかは知らないが、フィル達を襲った犯人はまだ捕まっていないというのが分かったんだからな。王女様御一行を狙った罪はでかい、絶対に捕まえるさ。よし、そうと決まれば」
フィリッツは立ち上がり、いそいそと身支度を整えた。
そして、
「俺は先に出とく。後ででいいからティルザも来いよ。あとフィル。クラウディアやシャルロット様と一緒に話を聞きに行くと思うから、そのときはよろしくな」
返答を待たず、フィリッツは家を出る。
気付けば、ティルザも身支度を始めていて様々な書類などを鞄に詰め込んでいる。何気ない話題が事態を急変させたようで、フィルはまだ置いていかれている。
ただ、そんなことをしている間に大学へ向かわなければいけない時間になって、
「……母さん、俺先に出てるからね」
「ええ。……フィル、ありがとね」
「うん、まあ、頑張って」
――なんてことがあったのが先週。
一週間、二人は家でも忙しそうにしていた。
家の周りを巡回する兵士が増えて、これはエイラも同様らしい。まだ犯人が捕まっていないからとのことだが、今更感が否めない。安全に越したことはないけれども。
そして今は何をしているかといえば――エイラと一緒に、彼女の家に向かって歩いている。
どうしてこうなってしまったのか。……いや、答えは単純だ。
普段の彼女からは考えられないぐらい積極的に誘われ、驚いて了承してしまったんだ。
そのくせに、
「……」
隣を歩くエイラは恥ずかしそうに下を向いていて、数分前の勢いなど完全に消え去っていた。
「エイラさん、次はどっちに曲がれば?」
「あっ、えーと。こっちです……」
会話もずっとこれしかなくて、道が別れたときにフィルから聞くときだけ。
おかしい。前まではもっと自然に話せていたはずなのに。なんか
――若干気まずさを感じながら歩くこと数十分。
エイラがハッとして足を止めて、フィルの服を掴んだ。
「……?どうした」
「いえ、その……着きました」
「あぁ……え……ここ?」
「はい」
指差し確認した家は、なんとも大豪邸であった。
一度はイメージするようなザ・豪邸で、入るのを委縮するには十分だ。完全に威圧され、足は止まった。
しかし、エイラは帰り慣れた自宅だからなんとも自然に門を開けて敷居をまたぐ。
「……どうしたんですか?」
「いや……うん、なんでもない」
フィルは、なぜだか虚勢を張って豪邸へとお邪魔するのだ。
――――――――
――エイラの部屋に案内されて、机を挟んで座って。
「……どうですか……その、このお菓子……」
「いや……うまいけど」
エイラが作ったらしいお菓子を食べていた。
呼び出したのもお菓子を食べてほしかったからで、開口一番が「これ、お菓子です……!」だ。いきなり見れば分かることを言われて何かと思った。
「そうですか?!……あ、いやその……よかったです」
一瞬、歓喜の感情がはち切れたが、すぐ恥ずかしそうに下を向いてしまう。
そんな様子のエイラにかける言葉なんか分かるはずもなく、できることは目の前に出されたお菓子を黙々と口に運ぶことだった。
「えーと……これ、お母さんに教えてもらったんですよ。おいしいから練習してみればって」
「……お菓子作りとか、縁がなさすぎてどんなものかも分からないな」
「そうなんですか?なんか……意外ですね」
「どこが意外なんだよ。料理自体片手で数えれるぐらいしか経験ないんだぞ」
「違うんです。フィルさんって、何でもこなせるイメージがあったから」
「忘れてもらっちゃ困るな。今でこそ普通ぐらいだけど、俺の絶望的な魔術の始まりを知ってんだろ」
「それこそ、いつの間にか超級まで使いこなしてたじゃないですか。私、中級で行き詰まってた人がここまで成長するなんて思ってませんでしたよ?」
「……それに関してはまあ、俺だって思ってなかったんですけどね。なんか、こう。ちょっと嚙み合ったんですよ」
「……?」
ちょっとした話が広がると、今までの緊張はどこへやら。話のタネは芽を出して、会話は花開く。思い返してみれば、こうして二人だけでゆっくり話をする機会はなかったように思える。
出会ってからの思い出を乱雑に取り出して、それらについて雑に消化する。
お菓子をつまみに、なんでもない雑談を繰り返していると、
「――あっ、お菓子。もう食べきっちゃいましたね。まだありますけど、食べますか?」
「なら、もらうわ」
「はい!待っててくださいね!」
エイラの家に来てからだいたい三十分は経っただろうか。
肌寒く感じる季節になって、外を見れば太陽の光が届かなくなって暗くなり始めている。
――と、ふと窓の近くにあった本棚が目に入った。
魔術書や教科書、歴史書など堅苦しい書物が並ぶ本棚の角に、やけに装飾のされた派手な本が異質に目立っていた。
タイトルの記述もなく、好奇心からかつい手が伸びてしまう。
そうして確認できた本の表紙には「日記帳」と刻まれていた。
「……やばいやばい」
まさか、女性の日記を盗み見る気はない。
好奇心などすっかり消え去っている。今は部屋の扉が開き、日記を手に持つ自分を見られ誤解される恐怖心が勝っていた。
俺は何も見ようとしていない、と本棚に日記を戻そうとして、
「――あれ、フィルさん……それ」
「あ」
ちょうど部屋の扉が開いた。
残念ながら間に合わず、手には日記帳が握られている。
それを知覚したエイラはみるみるうちに目を見開き、顔を赤くしていく。
「ちょっとまて、誤解だ。まだ何も見てな――「見ないでください!!!」」
全てを言い終える前に、エイラは手に持ったお菓子を放ってフィルに飛び掛かり日記帳を強奪。
フィルを押し倒し、赤い顔のまま睨んでいた。
「……フィルさん、見たんですか?これ」
「神に誓って見てません……日記って表紙を確認して、すぐに戻そうとしてました。……許してください」
「……」
じっと目を見られるが、ここで逸らしてしまえば誤解が深まると真摯に見返す。
永遠にも感じられる間、目を合わせて、
「――信じます。すいません、いきなり飛び掛かって」
「いや、勝手に部屋の物を触るんじゃなかった。今回は俺が悪い」
「……そうです。一応、女性の部屋なんですからね?」
「少しずつ、一般常識を蓄えていこうと思います……」
十割十分フィルが悪いのだから何も言い返すことはできない。
未だに押し倒れたまま、自らのノンデリカシーを謝罪する。
すると、開いたままの扉から女性が顔を覗かせて、
「――エイラ、ちょっといい……って。あらあら……」
「「ッ!?!」」
エイラはフィルから飛び離れて、その女性――エイラの母、ルフラ・クラウディアへと詰め寄る。
「ち、違うんです!誤解で……そう!転んでしまったのをフィルさんが受け止めてくれたんです!」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。けど、次からは私がいないときにお願いね。ほら……流石に気まずいわ」
「お母さん、だから違うんですって!!」
顔を真っ赤にして否定するエイラを弄ぶルフラ。
あれはきっと、すべてを分かった上でからかっている。顔が、心の底から愉しそうだ。
「あ、あと……こんな空気の中気まずいと思うんだけど。二人のお友達って人が来てるわよ?」
「え、お友達?」
そうして、扉から姿を現したのは――ロゼだ。
エイラとロゼ。二人は目が合った瞬間、冗談なしで火花が見えた。バチバチと音まで聞こえる。
「……
「
「あらあら……じゃあ、私はお茶でも持ってくるわね」
フィルにとっては見慣れた光景に、ルフラは微笑みながら立ち去っていく。
こうなってしまった二人はしばらく止まらないのだ。長年の経験から、放置が最適解だとフィルは学んでいる。
二人の舌戦を聞き流しながら、散らばったお菓子を皿に集めていく。
お互いに言われてダメージになることは知り尽くしていて、やれ家事がどうだの肩を並べるがどうだので精神的ダメージを与え合っている。
ただ、よくも飽きずにそんなことを言い合えるな、と思う反面、この舌戦はなぜ起きているかに気付き始めている自分もいた。
知らない方がいいことがあるように、この舌戦の片鱗に触れるのは勘弁したい。
ただの人間関係だって慣れたものじゃないのに、こんな上級者向け、絶対にうまく処理できるはずがないのだ。
「「はぁはぁ……」」
お菓子を拾い終えた頃、二人の言い合いも一旦の終焉を迎えていた。
「……終わったか?」
「……はい、今日は引き分けですね」
「悔しいけど、私の負け……まさか家に呼ぶなんて。いつの間にそんな……」
雨降って地固まる、一周回って仲が良いようにも思える。
呆れながらため息を吐くフィルだが、
――廊下から、ドタバタと人の走る足音が聞こえた。
開けっ放しの扉を見ていると、焦ったようなルフラが見えて、
「――フィルくん!!大変!」
「……?」
普段を知らないからなんとも言えないが、一大事どころではないと分かる。
訝しげに次の言葉を待って、それを聞くと――目を見開いた。
「――昔捕まえた近衛騎士の……
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