【おまさす】きまぐれツンデレ時々ガチギレ
「へくちっ!」
冷え込む季節、それを報せてくれるように、ベッドに腰かけているここちゃんはくしゃみをした。
「大丈夫? ブランケット貸そうか?」
「ありがとうございます……最近冷えてきましたね」
ティッシュで鼻を撫でながらブランケットを受け取り、ここちゃんはそう言う。もう外はコートにマフラーに手袋と、あらゆる防寒具を身に付けなければ歩くことができなくなっている。もちろん寮には暖房があるのだけど、点けてから部屋が暖まるまでの短い間の寒さすらストレスに直結するほど寒い。
「風邪、気つけてね?」
「先輩も。風邪での休みも多くなってきましたしね……」
私もベッドに赴き、ここちゃんの横に座って雑談を続けていく。座るときに掠めたここちゃんの手が少しひんやりしていた。
「手、冷たいよ? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ。そんなに弱くはありませんから」
「ただのくしゃみでも、無視しちゃいけないんだからね? ……へっ、へっ……」
言った矢先、くしゃみは私の鼻までくすぐってきた。私は鼻を抑えながら、ここちゃんとは逆方向を向く。
「へぷガァッ!」
「大丈夫ですか先輩!?」
くしゃみの反動で頭が動いたところにちょうどベッドの柱があり、もろそこにおでこを強打した。くしゃみの声よりも大きく私の叫び声が反響した。
「痛ぁ……頭に響く……」
「本当に大丈夫ですか? もう……おっちょこちょいなんですから」
「ごめんごめん……それでいうと、円は結構寒がりなんだよねぇ」
私はおでこをさすりながら、雑談を広げる。そうすれば少しは寒さを忘れられるかなと思って。
「そうなんですか?」
「うん。去年知世がこたつ部屋に仕入れてきて、その日から春まで学校とご飯以外で一歩も外出てきたとこ見たことない」
「待ってくださいなんで寮にこたつ持って来てるんですか」
「いやぁ……私もどこから持ってきたのか、そもそも許可下りたのかすらわかんない」
去年暇だし隣の部屋に遊びに行こうか、とるるちゃんと二人で遊びに行くと、おーいらっしゃーい、と何食わぬ顔でこたつから手を振り歓迎する知世がいて驚きを通り越して恐怖を覚えた。あの時は私の知らない間に世界の常識が変わったと思った。
「とはいっても、その円先輩の寒がりっぷりはちょっと誇張が過ぎるんじゃないですか?」
「いやいやほんとほんと」
「えー? でももしそうなら、円先輩はネコさんですね♪ こたつで丸くなってる円先輩、ちょっと見てみたいです♡」
「見ても多分なにもないよ?」
「絶対かわいいと思いません? あ~、ここもネコさんになりたいです。もふもふの毛皮であったかくて、おこたで丸くなれて、それでみんなに撫でられて……いいことづくめじゃないですか~」
「そう……かな……?」
私はこたつと合体する円を思い出す。頭以外の一切をこたつの中にしまい込み、みかんすら寝転がりながら食べる自堕落。普段の円からは考えられない行儀の悪さだった。それくらい円にとっては寒さというのは敵なんだろう。本当に身体の一部になっていたようで、トイレに行くときにすら戦車のようにこたつそのまま移動しそうに見えた。
「そうだ! 去年がそうなら、今年もこたつ出してるんじゃないですか?」
「まあ、そうかも」
「よし! そうと決まれば、ここたちも入れてもらいましょう♪」
「まだ出てるか決まったわけじゃないよ?」
***
「お邪魔しまーす♪」
隣の二〇一にノックをすると、いつもならドアを開けて出迎える知世が部屋の奥から張った声で対応した。それは去年こたつを出した時の記憶と重なり、もしやと頭の中で推論を浮かべる。
部屋へと続くドアを開けると、そこには推論とともに思い浮かべた風景と合致している二人がいた。
「わぁ! こたつです〜♡」
「いらっしゃい。今年も出したぜ〜」
「去年もだけど、どっから持ってくるの? これ」
「まあ知世さんにかかればちょちょいっとな」
「はぁ……あれ? 円は?」
ドア側から見たところ、部屋の中には知世しか見えなかった。こたつの中に埋もれているのかと思ったけれど、居場所を教えるように知世がこたつの向かいを指差した。
「え……?」
部屋の奥側の方こたつの入り口を見てみると、記憶にある姿とは真逆の、足以外のすべてがこたつに入っている円がいた。
「……これ、ホントに円?」
「円だよ。靴下円のだろ?」
「いや……靴下見たことないけど……」
いつも学校では指定のソックスかタイツだし、私服だとしても靴下をわざわざ見る機会なんてない。
「あー、確かに円先輩の靴下ですね」
「知ってるのここちゃん!?」
当たり前といった様子で頷くここちゃんに、私は腕を組んで首を傾げる。普通友達の靴下って把握してるものだっけ……? 私が無関心なだけかな……。
「それにしても、なんでこんなことに? 頭寒足熱のレジスタンス?」
「んな世界一ダサい反対運動するかよ。健康に悪いわ。……ほら円ー、いい加減出てこいよー。そろそろ暑苦しいだろー?」
「嫌! 絶対出たくない!」
知世がこたつの中を覗き込みながら足で円をつつく。すると想像以上に鬼気迫った声が返ってきた。
「ものすごく固い意志って感じですね……」
「だろ? さっきからずっとこうなんだよ。ほーら円ーみかんだぞー。食うなら出てこ……あ」
知世が円を釣ろうとこたつの上に置いてあるみかんを中にちらつかせるように見せびらかす。すると円史上今まで見たことのない機敏さで手が出てきてそれをこたつの中に奪っていった。なんとなく甲羅の中から素早く首を出す亀の捕食シーンを思い出した。
「流石に釣られないでしょ」
「ダメかー……ほら、そろそろホントに出てこいよ。二人なら大丈夫だって」
「……?」
大丈夫とは。言い方的に、他人に見られたくないなにかがあるということなのだろうか。
「なにがあったんですか?」
「見りゃわかる。んだけどぜんっぜん出てこねぇな……こうなったら……おりゃ!」
こたつから抜け出した知世は、向かいに出ている足の近くまで行き、しゃがみ込んだと思うと、その足めがけて両手の指を這わせた。
ひゃっ! という跳ねた声とともにガンとこたつが一揺れした。その光景に驚いていると、中にいた人物がとうとう顔を出した。
「ちょっとなにやってるの!? 流石に卑怯……あ」
「え……円……それ……」
亀のように頭だけ出した円と目が合い、硬直する。そして円が今までずっと隠れていた理由を理解する。
円の頭には――ネコミミが生えていた。
「きゃ〜! かわいい〜♡」
「ちょっとここちゃん! そんな撫でな……ひゃっ! そこ、くすぐったい!」
すぐさま食いついたここちゃんに、円はされるがままになっている。その光景に未だついていけてない私は指を差す。
「え……これ本物?」
「みたいだぜ」
「なんでそんな受け入れてるの……!?」
「まー円だし? ツンデレだし納得」
「できないわよ! それにツンデレってなによ!」
***
「それにしても、ネコミミが生えるなんて不思議ですね」
「それにしなくても普通に考えたらちゃんと不思議だよここちゃん?」
ずっとこたつの外にいるのも寒くなってきて、ここに来た理由を思い出したように四人で同時にこたつへ入った。半ば泣きそうになっている円に知世は寝ればなおるというゴリ押しでなんとか宥めた。顔を蕩けさせながら続けるのは円のネコミミの話。
「なんかこたつにくるまってたら生えてきたんだよなー。住み着きすぎた代償だな」
「もう……お嫁にいけない……」
「えー? こんなにかわいいのに。それに、お嫁にいけなくても知世先輩がもらってくれますよ♡」
「え、なんで私」
「はぁ!? せめて責任取りなさいよ!!」
「流れ弾にしては酷すぎねぇか今の!?」
「まぁ、いいじゃないですか♪ 今日だけならネコミミのまま過ごしても♪」
「ホントになおるのかなぁ、これ」
「大丈夫だって、大体のことは寝りゃなおる」
「民間療法効く類のものなの? これ……」
「そうだ! せっかくですし……ちょっと待っててくださいね」
「ここちゃん?」
なにか思いついたようにパン、と手を合わせて、こたつから抜けていくここちゃん。部屋から出ていった、と思ったら一分も経たないくらいですぐ帰ってきた。そしてその手には、現在進行形で円を苛んでいるものがあった。
「じゃーん♪ クラスの出し物かなにかで使う予定だった気がするネコミミです♡ ずっと部屋にあったのでついでに持ってきました♪ ネコミミも一緒になれば寂しくない、ですよ♡」
ネコミミが施されたカチューシャ。それをここちゃんは恥じる様子もなくすんなりと頭に付け、ポーズを取って見せた。
「あれ……? なんか一年前にもこのネコミミでここちゃんと戯れた気がするんだけど……」
「一年前? ここちゃんまだ中学生じゃん、恵莉花と知り合ってすらねーぜ?」
「あれ……なんででしょう、ここ頭痛がしてきました……」
「なんか……私も……」
「? なーに二人してしょげてんだよー」
なにか世界の仕組みの闇の部分に触れそうな、そんな気がした。
「にしても、ここちゃんはやっぱりかわいいなぁ。おーよしよし、撫でてやろう」
「わーい♪ ごろごろ……♡」
手招きした知世の近くへと擦り寄って、四つん這いの状態で顎を撫でられるここちゃん。まるで本物のネコのように、心地よさそうな顔を浮かべる。知世の手によって齎されるそれに、なんとなくもやっとした……気がする。
「ったく、円もこんなに素直ならなー」
「私、そういうキャラじゃないでしょ」
「しょうがないですよ、ネコさんはどうしてもツンツンしちゃうんです♡」
「ちょっとここちゃん!」
「お、図星か? 自覚症状あるな?」
「知世ねぇ!」
「違うんなら、今すぐここでネコのポーズするんだな! さもなくば今日からお前は公認ツンデレだ」
「どこの公から認定されるの……知世、流石にからかい過ぎじゃ……」
「いいわ、やってやるわよ」
「えやるの!?」
ふんぞり返って横顔だけでも挑発的な顔をしてるんだろうなぁとわかる知世に、円は普段の冷静さからは出てこないであろう対抗心に燃え上がっていた。……というより、ネコミミがバレてから後に引けなくなってるんだと思う。ずっと目がぐるぐるしている気がした。
とはいえ勢いで言ってしまったらしく、顔に赤色を滲ませながらどうしようかとたじろいでいる。やがて意を決したように四つん這いになると、知世に向かって上目遣いで招き猫のように右手を上げた。
「にゃ、にゃあ~……」
「……」
数秒、ひやりと冷たい沈黙が走った。静けさが続くほど、円の顔が赤くなっていき、ついには爆発したところで、知世が円の頭を乱暴に撫でた。
「なんだよー、やればできんじゃんかよー!」
「にゃっ!? 撫でないで、この……!」
「もー、ここまでして素直じゃないなーほらお手」
「うっさい!」
「ゴッ」
円は先ほど上げた右手で円の額にストレートなネコパンチを繰り出した。恥辱と怒りとその他諸々の感情が詰まったそれは、下手なプロボクサーよりもキレがあった。
「ったく、飼い主に手出すネコがいるかよ~」
「いつからあんたに飼われる側になった」
「あそうだ。ネコってここトントンされると気持ちいいらしいぜ〜?」
そう言いながら知世が四つん這いのままだった円の腰を軽くトントンと叩く。すると円がびくりと跳ねた。
「ひゃう!」
「お、かわい~声出るじゃん。キュートなボイスに私の心も打ちぬかれたぜ……」
「……」
嬉しそうにぽんぽんと頭を軽く叩く知世に、円は俯いた。するとおもむろに黙って立ち上がると、ここちゃんに着いていたネコミミを外し、流れるように知世につけ、その後すかさず知世の腰に鋭い回し蹴りを入れた。
「ガッデム!!」
腰を粉砕された知世はドサリと床に崩れ落ちる。反動でズレ落ちたネコミミが虚しく床で知世の敗北を告げる。突然のヴァイオレンスに私とここちゃんは口をぽかんとさせながら硬直してしまった。
「おおう……あの円から実力行使が出てくるなんて初めて見た……」
「知世先輩……罪な女ですね……」
「どう、いう……意味、だ……」
四つん這いになりながら悶えている知世。顔を上げすらしないところを見ると、かなりクリティカルヒットしたみたいだ。
「なぁに? 気持ちいいんでしょ? ほら鳴いてみなさいよ、にゃあって」
そんな知世にすかさず円は真顔にいつもより一段階低い声で知世に追い打ちをかける。
「や、やべー……これガチギレの円だ……」
「だからからかい過ぎだって言ったのに……自業自得でしょ」
「そんな冷たいこと言わずに助けてくれよー! ガチギレの円って怖いんだよー!」
「どうしてそれを本人の前で言うか」
「大丈夫ですよ〜知世先輩♪」
するとここちゃんが知世の横へと近づきながらそう言う。助け舟が来たと知世はぱぁっと顔を明るくさせる。けれど、ここちゃんは床に落ちていたネコミミを手に取り、再度知世の頭へと装着した。
「はい♪ これで可愛いネコちゃんたちの喧嘩です♡」
「客観視ッ!」
期待していたものがまったくの泥舟であったことに知世はずっこける。
「自分目線だと詰められてんの一切変わってねぇからここちゃん!」
「なによそ見してんのよ、喧嘩売ってる?」
「ネコは目合わせるほうがケンカの合図なんだがー!!」
両手で互いの手をつかみ合いながら取っ組み合う二人。もうなんかもう、呆れてきた。
「恵莉花ぁ! お前が最後の頼みの綱だ、助けてくれ!」
それでも死活問題らしい知世は、ここちゃんの後ろにいる私に目で必死に助けを乞うてきた。私は数秒考えたのち、目を瞑って両手のひらを天井に向けた。
「これぞホントのキャットファイト……ってね」
「はっ倒すぞ!!」
ネコはネコでも、案外根に持つタイプとそんなことを知らずに恨みを買いまくるタイプがいるみたいだった。
番外編置き場 霜月透乃 @innocentlis
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