第20話 頑張ってる人が好き

 ベルンさんの作る剣の売れ行きは好調だった。

 しばらくは、注文を取るために走り回る日々を過ごした。

 相変わらず『ファントムが使っている剣』という事で欲しがる者も多いが、剣そのものの質の良さも噂になりつつある。


 ブームが過ぎても、継続的な需要は見込めそうだ。

 


 そろそろベルンさん以外の剣を営業する事も考えなければいけない。


 初めて売上を立て、慣れない事務業務をしていると、支部長に呼び出された。






「君に新人教育を頼みたいんだ」


「教育ですか? ⋯⋯俺が?」


「ああ。人に教えるってのは良い経験になる」


「わかりました⋯⋯で、その新人ってのはどこに?」


「呼んであるから、もうすぐ来るよ」


 コンコン。


 支部長の言葉通り、ちょうどその時ドアがノックされた。

 

「入りたまえ」


「失礼します!」


 ⋯⋯ん? この声は⋯⋯。


 ガチャリとドアは開かれ、姿を見せたのは⋯⋯。


「知り合いだと聞いてるから、自己紹介は不要かな?」


「はい! 兄同然の人なので」


「そうか。あまり公私混同せず業務に励んで欲しいな」


「はい、お任せください! よろしくお願いしますね、兄さん?」


 師匠の娘、十座楓だった。





──────────────


「どうしてこの仕事に?」


 武器屋へと同行する道すがら、俺はカエデに聞いてみた。


「はい。あのあと色々考えました──私はやっぱり、戦神流を途絶えさせたくないです」


「うん⋯⋯」


「でも、私には戦神流当主を名乗るほどの技量を得るのは、難しいかなっ、て」


「そんな事はないだろう」


「いえ⋯⋯兄さんとファルガンおじさまの立ち合いを見て感じてしまいました。私はあそこにはいけない、って⋯⋯」


 カエデは俯き、ボソボソと心情を吐露した。

 掛ける言葉もなく俺が黙っていると、カエデは先を続けた。


「だから戦神流は、私の子供に継いで貰います。そのために結婚して、って考えたら⋯⋯」


 カエデが俺の目をジッと見てきた。


「兄さんと同じ職場で働くのが一番良いと、そう、思ったんです」


 目を逸らす事なく、カエデが見てくる。

 自分の考え、想いを、俺がどう評価するのか気になるのだろう。


 これはキチンと答えなければならないだろう。


「──良い考えだ、と思う」


「ほ、ホントですか!」


 カエデが嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「ああ、なんせ──営業ってのは出会いの宝庫だからな!」


「えっ?」


「武器屋の人も、職人さんも、良い人が多いからな! きっとカエデにピッタリな人も見つかるさ!」


 あれ。

 考えを認めたのに、急にカエデの表情が死んだ。

 何か⋯⋯ミスったか?


「あのさ⋯⋯」


「いえ、大丈夫です。自分の立ち位置がよーくわかりましたから」


「そ、そう?」


「はい。でも──」


 カエデが気を取り直したように、また笑顔になった。


「どんな英雄も隙をつけば、って奴です。頑張ります、私」


「ん? おう、頑張れ」


「はい!」


 機嫌が戻ったのか、カエデが返事をする。

 まあ、これなら大丈夫か。


 俺が内心で胸をなで下ろしていると⋯⋯。



「あっ! アッシュさん!」


 呼び止められた声に反応して振り向くと、そのには、俺の女神がいた。


 花の配達中のようで、手押しの荷車には鉢植えが並んでいた。


「あ、へ、ヘレナさん」


「最近お忙しいようですね」


「あ、はい、なんか色々、あっ! ヘレナさんのおかげです!」


「よくわかりませんが⋯⋯お力になれたなら嬉しいです」


「はい、もう、お力になりまくってもらってます!」


「ふふふ、アッシュさんったら、相変わらず面白い言い回しですね」


「えへへ⋯⋯」


 俺とヘレナさんが話をしていると、カエデが俺の袖を引っ張って割り込んできた。


「兄さん、私にもこの方を紹介してください──知っとくべきだと思うので」


 知っとくべき?

 まあ、よくわからんが⋯⋯いいか。


「ああ、この人はヘレナさん。俺がよく行く花屋の店長さんだ。ヘレナさん、コイツはカエデ。俺が世話になった人の娘で⋯⋯まあ、妹みたいなもんです」


「あら、はじめまして。こんな可愛らしい妹さんがいらしたんですね」


「はじめましてー! まあ、あくまで妹みたいなものってだけで、妹では無いんですけどね!」


 そのまま二人は笑顔で見つめ合う。



 ⋯⋯なんか気まずいな。

 何か良い話題は⋯⋯おっ、そうだ。


「コイツ、結婚相手を探す為に営業やる事になったんですよ」


「あら、そうなんですか」


「良い人がいたら、ヘレナさんからもお願いします⋯⋯あ、確かヘレナさんは安定した仕事に付いてる人が好き⋯⋯でしたっけ?」


 俺の、引退のきっかけとなった言葉。

 ヘレナさんが語った『好みの男性の条件』を、ついでに再確認しようと聞くと⋯⋯。


「あら、アッシュさん。それ、誤解です」


「えっ?」


「一般論の話ですよ、私のタイプって訳じゃないです」


「あ、そう、そうですか、はは、俺、勘違いしちゃって⋯⋯」


 なんだってー!

 違うのー!?


 じゃあ俺、何の為に冒険者引退したの!


 いや。

 俺は営業マン。

 ここで諦めてなるものか!

 営業マンなら──一歩踏み込んで、質問だ!


 よし。

 いくぞ。


 聞くぞ。

 聞くぞ。


「ちなみに⋯⋯ヘレナさんはどんな男性がタイプなんですか?」


 俺が逡巡している間に、カエデがあっさりと聞いてくれた。

 俺の気持ちを察してサポートしてくれたのだろう。

 持つべきものは、できた妹弟子だなぁ。


「私のタイプ? そうですね、私は⋯⋯」


 ヘレナさんはしばらく考えてから、俺の方を向いてから言った。







「私は──一生懸命頑張ってる人が好きです!」







 えっ。


 それって⋯⋯。








 いっぱいいるぅ!

 ベルンさんも、ゲーツも、俺の周りには頑張ってる奴しかいねぇ!


 ライバル多過ぎんよーっ!


「あ、ヘレナさん私たちはこの辺で」


「はい、私もそろそろ配達に行かなきゃいけませんし⋯⋯ではアッシュさん、また」


「あっ、は、はい」


 名残惜しさに袖を引かれながら、カエデと共に武器屋に向かうため、歩きだしてからすぐ。


「アッシュさん!」


 少し離れた場所から、ヘレナさんが大きな声で言った。


「お仕事、頑張ってくださいねー!」


「は、はい!」


 ヘレナさんが振ってくれた手に、俺も手がちぎれんばかりに振り返した。







──────────────────────





「さて、カエデ」


「はーい、なんですか?」


「⋯⋯適当な返事だな」


「そーですかー? きのせいじゃないですかぁ?」



 何だろう。

 ちょっと不機嫌みたいだ。


 まるで全て平仮名で返事されているかのような適当っぷりだ。

 まあ、気を取り直していこう。


「これからお前にとって初めての商談だが⋯⋯営業の極意⋯⋯知りたいか?」


「極意? そんなものがあるんですか?」


「いや、そんなものはない」


「⋯⋯ふざけてます?」


「いや、ふざけてないんだが⋯⋯あれ、なんだっけこのあと⋯⋯」


 ⋯⋯まあ、いきなり支部長のように上手くは言えないか。


 とりあえず、要点だけ伝えよう。


「営業マンが目指すのは⋯⋯関わる人たちを幸せにする事だ」


 カエデは俺の言葉を受けて、少し考えてから言った。


「それって、誰かの受け売りですか?」


「ああ。丸パクリだ」


「あっさり自白した!」


「いいんだよ、受け売りでも──それが正しいんなら。ほら、着いたぞ⋯⋯こんにちは! お世話になってます!」


「おっ、アッシュ君いらっしゃい!」






『関わる人を幸せにする』


 まだ受け売りで、借り物の言葉を胸に──俺は今日の仕事を始めた。










 ──────────────────────

あとがき


本作は『お仕事コンテスト』応募作品となります。

お仕事コンテストには文字数制限がありますので、この物語は一旦ここで終わりです。


続きはお仕事コンテストの結果によりますが、アッシュ君の物語、できれば続けたいなぁとは感じてます。


コンテストは一応★に左右されないとの事みたいですが、当然多ければ目立ちやすくなるとは思いますので、ここまで読んで面白かった、続きが気になる、という方は是非お気に入り登録、★評価などで応援していただければと⋯⋯。

ご協力いただければ幸いです。

よろしくお願い致します。


ではまたこの続きなのか、別の作品になるのかわかりませんが、皆様に読んでいただける作品を書いていければと思います。


今後ともよろしくお願いします。




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コミュ障な最強剣士は新人武器商人に転職しました~口下手なので、武器の凄さは実演させて貰います~ 長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中 @Totsuzou

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