第19話 背中

「んじゃ、俺はいろいろ回ってもうちょいフォローしとくわ⋯⋯あ、ベルンさん、剣の制作お願いしますね! これから忙しくなりますよ!」


 それだけ言うと、ゲーツは工房を立ち去った。

 俺がベルンさんと何を話そうか考えていると、ゲーツと入れ替わるように、今度は支部長がやってきた。


「アッシュ君、どうやら落ち着いたみたいだな」


「すみません、実は⋯⋯」


 さっきまでの流れを簡単に報告する。

 支部長は頷きながら聞いていた。


「ま、ゲーツ君がまとめたなら大丈夫だろう」


「はい、助かりました」


「うん。それで⋯⋯私がここに来たのは、君に確認したい事があってな」


「⋯⋯? なんでしょう?」







「君⋯⋯ファントムなんだろ?」







 いきなりの指摘に、俺の思考が止まる。

 どう誤魔化せば⋯⋯いや、支部長相手にそれは無理だ。


 ふとベルンさんを見ると、驚いた表情で俺を見ていた。

 まあ、当然だな。


 ⋯⋯仕方ない。



「はい、そうです。これは⋯⋯ここだけの話にしてください」


「当然だ。私も命は惜しい」


「えっ? いや、流石に正体を隠すために支部長やベルンさんに、その、何かしようとは⋯⋯」


 俺の言葉に、支部長は呆れ顔を浮かべた。


「当たり前だ。私が心配しているのは君の正体を知っている事を、君に怨みを持つ人間に知られる事だよ。だからわざわざ吹聴する気もない」


「そ、そうですか⋯⋯うん、そうですよね」


「というか、君がいなくなってしばらくしたタイミングでファントムの噂が流れる、そりゃおかしいと思うよ」


 確かに。

 考えが足りなかった。

 ぐうの音も出ない。


「私としては今後、君が似たような活動をする際に、アリバイ工作含め協力できる、その意味で気が付いていると伝えておこうと思っただけだ」


 そうだな⋯⋯今後正体を悟られない為にも、支部長の協力は⋯⋯。


 えっ?

 今後?


「支部長」


「なんだね?」


「俺⋯⋯クビじゃないんですか? 期限は過ぎちゃいましたけど」


「そうだな、確かにそうだ」


「ですよね」


「だが、それだと私が『君の正体を知っている』というリスクしか残らない。だから頼む、ギルドに残ってくれ」



 うっ⋯⋯。

 ズルい、支部長はズルい。


 そんな言い方されたら、期限は過ぎたので約束は約束、俺は辞めますとも言えない。


「参りました、支部長⋯⋯いえ、ありがとうございます」


 俺の言葉に頷くと、支部長は指を一本立てた。


「あと一つ」


「⋯⋯何でしょう?」


「どちらかと言えばこっちが本題なのだが」


「はい」


「これは君自身の事だが、君が気付いていない事でもある。これは君が元冒険者で、尚且つ正体を隠さなければならなかった⋯⋯それを知った事で私の中で繋がった事でもある」


「俺自身の事、ですか?」


「ああ。この一年君がベルンさんの剣に固執したのは──君はベルンさんに、礼を言いたかったんだよ、ずっとね」






 支部長の一言に、はっと気付かされた。





 ああ、そうか。

 そうだったんだ。


 俺がこの一年、本当にやりたかった事は──。


「ベルンさん」


「何でしょう」


「俺は以前、冒険者でした。

 ソロ活動でしたが、頼もしい相棒がいました。

 それはあなたが作った剣です。

 流派の免許皆伝を受けた時、今は亡き師に贈られたのが、ベルンさんの作った剣でした。

 初めての実戦、乗り越えるべき相手との戦い。

 それらが達成できたのは、あなたの剣のおかげです。

 俺が今、こうしていられるのは、本当に、ベルンさんのおかげです。

 ありがとうございます!」


「アッシュさん⋯⋯」


 しばらく沈黙が流れ──やがてベルンさんがポツポツと話始めた。


「実はさっき⋯⋯もう剣を作るのは止めよう、と思いました」


「えっ?」


 俺が驚きから声を漏らすと、ベルンさんは首を振った。


「結局、みんなが欲しいのはベルン作の剣ではなく、『ファントムが使ってる剣』なんだ、って。ファントムが使うなら、なんでも良いんだって。でも⋯⋯」 


「でも?」


「ファントムその人にそんな事言われたら⋯⋯やめられないですよ! だから⋯⋯こちらこそ⋯⋯ありが⋯⋯ありがとう、ございます⋯⋯」





 


────────────────────




 ベルンさんが落ち着くのを待ち、軽く今後の打ち合わせをしてから、支部長と二人でギルドへと戻る。


「支部長ありがとうございました」 


「ん? 何がだね?」


「とぼけないでください。ワザとベルンさんの前で俺の正体を言ったんでしょう? 俺からは言い出せないから」


 支部長は特にそれには答えず、唐突に質問してきた。


「アッシュ君、営業の極意って⋯⋯なんだと思う?」


「極意、ですか?」


「ああ。知りたいかね?」


「はい、是非!」


「実は⋯⋯そんな物はない」


「無いんですか⋯⋯」


「そりゃそうさ。傾向はあれど、人の好みなんて違うんだからな。響く言葉も違えば、考えも違う。だから、極意なんてものはない」


「⋯⋯」


「我々は、ともすれば結果にこだわり、数字だけを追って、目先にとらわれがちになる」


「⋯⋯はい」


「だから私は折りに触れ、思い出すようにしている。自分が掲げた心意気をね。世界を救うとか、大それた目標じゃなくていい」


「それは何ですか?」


「自分に関わる人を、少しでも幸せにしよう。それだけさ。まあ、営業じゃなくても良いがね」

 


 それだけ言うと、話は終わりという事なのか、支部長は黙って歩き始めた。

 同じく俺も沈黙したまま、しばらく隣を歩いていたが⋯⋯。


「支部長」


「なんだね?」


「先に⋯⋯戻って貰えますか?」


「何か用事でも?」


「大したことじゃ⋯⋯いえ、大事な事かもしれないです」


「要領を得ない返事だな、まあわかった」


 そのまま俺を置いて支部長は歩きだした。

 俺はその場に、ただ、しばらく立っていた。







 別に特別な用事があったわけじゃない。

 ただ、見ておきたかった。



 俺が今後立ち止まりそうになる、そんな時が来たときの為に。



 ──俺がこれから追うべき、男の背中を。





 


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る