第18話 トップセールスマンの実力
感情に任せ、『
その場にいた冒険者や武器屋達は、俺の声を浴びて全員が硬直した。
ああやっちまったと思わなくもないが、どうせクビなんだからいいや!
『
「ベルンさんがどんな気持ちで剣を作ってると思ってんだ! てめえらみたいななぁ、相手の迷惑も考えずに押し掛け、好き勝手ほざく奴らの為じゃねぇぞ! そんな奴にベルンさんの剣を持つ資格はねーんだ! 帰りやがれッ!」
俺が一気にまくし立てると、
「お前に、何の権利があって、そんな事⋯⋯こっちは客だぞ? 客が金払うって、言ってるんだから、売れば良いだろ?」
「お前はアホか! お前らみたいな奴がいくら金積もうが客になる資格はねぇって話してんだ! 理解しろボケェえええっ!」
俺が反論とも言えない暴言を返すと、まだ
「なっ⋯⋯」
「とんだ暴言だ!」
「この件は⋯⋯ギルドにクレーム入れさせて貰うぞ」
彼らが俺に対しての不満を口にしていると⋯⋯。
「おー、皆さんどうしたんですか! こんなに集まって!」
その場の雰囲気にそぐわない、明るい声が割って入った。
「ゲ、ゲーツ君! 聞いてくれ!」
現れたのは、ギルドのトップセールスマン、ゲーツだった。
「どうしたんですか? ルッソさん」
ルッソと呼ばれた商人が、全員の代表としてゲーツに食ってかかった。
「君の所、営業にどんな教育してんだ!」
「と言いますと?」
「君らがこのベルンさんの注文を受けてくれないから、こっちはわざわざ足を運んだんだ! なのにお前等に売る武器はない、帰れなんて言うんだよ!」
「なるほど、それはいけませんね!」
「だろう!?」
「ええ! つまりルッソさんはギルドとの仕入れに関する専属契約を無視して、直接取引しようとした、という事ですね?」
「あ、いや、それは⋯⋯」
ゲーツの切り返しに、ルッソが言い訳を探す。
他の商人たちも、ややバツが悪そうな表情を浮かべた。
ゲーツはさらに言葉を続けた。
「わかります。お客様が望む物をすぐに販売したい、そのルッソさんの商人としての
「そ、そうだろう?」
「もちろんです! でもそんなルッソさんたちだからこそ、アッシュは止めたんですよ!」
「ど、どういうことだね?」
「『こんな立派な商人の皆さんに、契約違反のペナルティを負わせてはならない』って。だけどこいつは口がうまくないので⋯⋯ご存知ですよね?」
ルッソや他の商人、特に俺とこれまでに商談した事がある人たちは思い当たる節があるのか、目を合わせながら軽く頷く。
「まあ、確かにそうだね。アッシュ君はお世辞にも話上手とは⋯⋯言えないね」
「ですよねっ! だからあんなやり方でしか、止める事ができなかったんです。そこだけ、ちょっとわかって貰えると嬉しいです!」
「な、なるほど⋯⋯そういう事なら、まあ」
「さすがルッソさん! 懐が深い! だから俺ルッソさん好きなんですよ!」
ゲーツは軽く拍手までしていた。
「また、そんなふうに持ち上げて、ゲーツ君は⋯⋯」
言いながらも、ルッソは明らかに気分を良くしている様子だ。
そんなルッソに、ゲーツは人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。
「ちょっと口が過ぎたところがあるのは謝罪します。だからルッソさん、ここは俺の顔を立てて、大事にしないでくださいよ、ね?」
「仕方ないなぁ、ゲーツ君がそこまで言うなら⋯⋯」
「ありがとうございます! みなさん! という事で注文は各武器屋で受け付けます! お待たせしてすみませんが、一度解散という事でお願いします! あまりここでの対応が長引いてしまうとむしろお買い求めいただくのに時間がかかってしまいますので! ご協力お願いします!」
ゲーツが宣言すると、ちょうど
「ここじゃどうやっても買えないってんなら、仕方ないなぁ」
「んじゃ、ちょっと待つか」
「来て損したな」
などと口にしながら解散した。
立ち去る群集を最後まで手を振って見送っていたゲーツは、視界に誰もいなくなったところで俺の方を向いた。
俺はゲーツの言葉に納得していなかった。
あんな奴らに、ベルンさんの武器を売りたくないという気持ちは今も変わらない。
確かに俺と彼等があのまま言い合いを続けても、何の進展もなかったかも知れない。
だから事態の収拾をつけてくれた事には感謝するが、いつものような説教をただ聞くつもりはない。
ゲーツは俺の顔をしばらく眺めたあと、ふーっと息を吐くと⋯⋯。
横に来て、バシンと音を立てながら俺の背中を叩き、言った。
「アッシュ! よく言ってくれた! マジでスカッとしたぜ!」
「えっ?」
「お前、あんな事も言えるんじゃねぇか! いつもウジウジ話すからよぉ、そんなお前が切った啖呵、最高だった! あん時の連中の顔ったらなかったぜ!」
「あ、え、ありがとう、ございます⋯⋯?」
どうやら、ゲーツは最初から見ていたようだ。
入ってくるタイミングを計っていたのだろう。
ゲーツはうんうんと頷くと、さらに言葉を続けた。
「お前の言ったことは全て正しい! 俺だって全面同意だ。だから説教する気はねぇ、お前は間違った事言ってないんだからな」
「は、はい」
「だからこれは、説教ではなく、忠告として聞いてくれ」
「な、なんでしょう?」
「相手のメンツを潰して恥をかかせるのは、最後の最後にとっておけ」
「メンツ?」
「ああ。できねぇ奴ほど、自分のメンツに拘る。それを回復しようと、あの手この手で足を引っ張ってくるんだ。どこにそんな情熱があるんだってくらいしつこくな」
⋯⋯わからないでもない。
「だから相手のメンツを潰すのは、最終手段だ。でもその時は躊躇わずにやれ。それが俺の忠告だ」
「最終手段って⋯⋯どんな時ですか?」
「そりゃあもちろん、お前──」
ゲーツはそこで一度言葉を溜め、ウィンクしながら言った。
「『この人には敵わない』そう徹底的に教育する時さ。あんな奴らに、そんな刺し違える覚悟で対応する必要ねーよ」
その言葉に、俺の心は軽くなる。
そうか、俺はクビを覚悟していたから、彼らと刺し違えるような心境に陥っていたんだ。
ゲーツはそれを肌で感じ、俺に代わって事態を収めてくれたのだろう。
誰と話せば場が落ち着くかを見極め、ルッソを選び、俺の事までケアする。
それも、言葉や態度だけを駆使して。
これが営業の達人⋯⋯か。
俺はこの時、ゲーツがなぜトップセールスマンなのか、初めて腑に落ちた気がした。
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