第17話 剣を欲しがる人々

 本来なら、ベルンさんの剣が売れるか売れないかという期待と不安を抱えながら、この街に戻ってくるはずだった。


 だが今はそんな心境になれない。

 二週間の強行軍、慣れない営業活動、その最後に迎えた出来事。

 張り詰めていた気持ちが切れそうになるのを感じる。

 何とか自宅に戻ったが、装備を棚にしまう気力も残っていない。

 

 ダメだ⋯⋯。

 少しだけ休もう。


 仮眠を取ろうと、ベッドに身体を横たえた。







───────────────────────



 ドンドンドンドンッ!


 ドアから響く激しい音に目を覚ます。

 俺は自分が想像していた以上に疲れていたらしい。


 ドアの外とはいえ、人の気配に一切気付かないほど深く寝入ってしまうとは。

 しかも仮眠のつもりが相当時間が経っている。


 体感だが⋯⋯これは⋯⋯。


 ドアへと向かい、開けるとそこにいたのは支部長だった。

 険しい顔をしている。


 ああ⋯⋯そうか⋯⋯。

 クビ、か。

 当然だな。

 目覚めた時の感覚で、恐らく期限は過ぎているであろうことは察していた。


「すみません、支部長⋯⋯」


 わざわざここまで足を運ばせてしまった事に謝罪しようとすると、支部長は俺の話を遮って言った。


「話は後だ! すぐにベルン氏の工房に行け!」


 それだけ言うと、支部長は慌てたように立ち去っていく。

 その様子に只ならぬ事態だと察し、慌てて準備してベルンさんの工房へと向かった。










 ベルンさんの工房に着くと、思わぬ事態が待っていた。

 冒険者や、見覚えのある武器屋の店長などがベルンさんを囲んでいたのだ。


「売れないってどういう事ですか!」


「だから、先ほどから説明している通り⋯⋯」


「それが納得いかないから聞いてるんですよ! お金なら用意したんで!」


 どうやら武器を売れ、売らないの押し問答のようだ。


「ベルンさん! しばらく来れずすみません!」


「ああ、アッシュさん⋯⋯! やっと⋯⋯やっと来てくれたんですね⋯⋯」


 ベルンさんはやや憔悴したように答えた。


「お、アッシュ君! 君今までどうしてたんだ!」


 声を掛けてきたのは、群衆の中にいた武器屋さんのひとりだ。


「すみません、しばらく、その、出張みたいな感じでして⋯⋯今どうなってるんですか?」


「いや、しばらく前からこのベルンさんの剣が冒険者たちの間で話題でね! ただ担当の君が居ないから発注は受けられない、とギルドから言われて参ってたんだよ」


「えっ、あんたが担当さんか!」


 俺たちの話を聞いていたらしい冒険者が、話に割って入ってきた。

 

「頼むよ! 俺、どうしてもここの剣が欲しいんだ! 今すぐにでも売ってくれるように説得してくれよ!」


「ああ、そういう事ですか!」


 やった。

 やったぞ!


 俺の実演販売が功を奏したのか、剣の事が評判になってる!


 期限を過ぎてるから俺はクビかも知れないが、ベルンさんの引退は免れるかも知れない!

 嬉しくなった俺は、客の選択を褒める意味で、剣の魅力を説明する事にした。


「そうですよね! ここの剣は切れ味や耐久性に優れ⋯⋯」


「いや、そんな事はどうでもいいんだよ!」


「えっ?」


「だってよ、ここの剣、あの『ファントム』が使ってるらしいじゃん! そんな剣持ってたら格好良いじゃんか!」


 えっ⋯⋯。

 剣の魅力じゃない?


 ただ、他の奴らも同じような考えなのか、彼の言葉に頷いている。


「あのファントム愛用の剣! この宣伝文句さえあれば、仕入れた分だけ売れそうだ!」


「職人さん! 取りあえずコスト抑えて、見た目だけ同じ奴作ってよ!」


「あ、それ良いな! 職人さんよかったな! 大儲けするチャンスじゃん!」


 彼らの言葉を浴びながら、ベルンさんは手を震わせていた。

 その姿に、俺は一瞬で怒りが頂点に達した。






「お前たちに売る剣なんかあるかぁああああ!

 帰れぇえええ!」


 


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