山頂で

 フルールがゴールしてから10分後に全力を出し切った美里がゴールラインを越えた。

 大健闘と言える。

 康介が美里を支え、広場の奥に連れていこうとしたが、美里は「ここで一花を待ってる」と言って座った。

 康介は美里が頂上で受け取れるように預けてあった荷物を取りに行き、冷えないようにそれを渡した。消耗している美里に、大会側が用意してくれている暖かい紅茶を手渡した。


 美里は「あー、染み渡る、生き返る」と少しずつ生気を取り戻していった。


 美里がゴールしてからおよそ30分後、一花がバイクに乗って現れた。

 大きく右手を挙げながら、笑顔でゴールを越えた。


 美里が駆け寄って一花を迎える。


「先生、あたしゴールできたよ。根性出した。スゴイでしょ」


 今にも倒れそうなのに笑顔でそう言う一花。

 美里は思い切り一花を抱きしめた。

「降りれる?」


 バイクから降りようとすると再び足が攣った。

「いったたたたたー」

 倒れ込む一花を美里が支えながら横にならせる。

「あー、ムリムリ」と身体が硬直する。


 救護の人達が一花を担架に乗せて救護室に運んでいった。

 美里はそれを見て、力が抜けたようにその場にヘナヘナと座り込んだ。


 康介が支えようとすると「私は大丈夫だから」と気丈に振る舞う美里。

「あそこまで移動できる?」と言いながら康介は美里を寄りかかって座れる場所に導いた。

「オレはちょっと一花の様子を見てくるから、ここで待ってて。あったかい紅茶、もう一杯飲む?」

 美里は「ありがとう」と頷いた。


 少し一人になりたいと思っていた。康介さんは気を利かせてくれたのだろう。

 壁に寄りかかって、暖かい飲み物を飲みながら、美里はレースのあの場面の事を思い出していた。


 美里はオンディーヌに在籍していた期間が長い。監督が何を見て何を求めているかは分かっている。

 私に対して求める物と一花に対して求める物は違うはずだ。

 新人でもない私に思い切ったチャレンジは求められていない。このレース全体をどうまとめるか、求められるのは結果のはず。


 一花は違う。

 そして一花は素晴らしい走りと根性を見せた。

 あの娘はスゴイ。

 レースの度にレースの中で強くなり、期待を遥かに超えた走りをする。

 一花と過ごした日々が脳裏に浮かぶ。

 清々しい気持ちに満たされる。



 一花の様子を見てこようかな。

 そう思って歩き始めた所で後ろからポンポンと肩を叩かれた。


「ミサト、素晴らしい走りだったよ。よく頑張ったね。私は嬉しい」

 オンディーヌの監督がそう言ってハグしてくれた。


「疲れている所悪いけど、少し話を聞いてほしいの」

 そう言われた。


 短い話を終えて、美里は一花のいる救護室に向かった。

 途中で康介に会った。

 彼に話さずにはいられなかった。


「オンディーヌの監督に言われたたの。一花をチームに入れたいって。監督はさすがだわ。私はこれでスッキリとレースを終わりにする事が出来ると思う。

 予想はしてた。一花が選ばれたらもっともっと悔しい気持ちになると思ってた。勿論悔しい気持ちはあるけど、当然だって思うし、予想に反して今は喜びの気持ちの方が大きいの。

 それに、結奈と華と道穂の顔が浮かんできちゃった。彼女達にとっては来年が最後のインターハイ。

 そこに私も全力で向かいたいって思っちゃったの」


「立派だな。美里も一花もスゴイよ。すごくいいレースをした。

 レースをこれで終わりに出来るなら終わりにすればいいけど、俺は思うよ。

 一番好きな事に対しては自分の気持ちを押し殺す事なく、自分の気持ちに正直に取り組んでほしいんだ。

 ワールドとか全日本とかが全てじゃない。色んなレースがあるし、色んな取り組み方がある。

 無理に終わりにしなくていい。そう思わないか?」


 康介さんの目は優しい目をしていた。

 今、とってもいい雰囲気だな。

 そう思った時にその雰囲気を打ち破る声がした。


「先生〜! フルールが一緒にランチ食べようって。フルールがあたしの走りを褒めてくれたの! 早く、早く〜!」


 さっきまでのたうち回っていたのに、一花はもう元気になってはしゃいでいる。


「一花、悪いけどフルールに10分待ってくれって伝えて。大切な話があるの。オンディーヌの監督が一花を連れてきてくれって言ってるの」


「え〜、10分も〜」

 とか何とかブツクサ言いながら、フルールに伝えに行った一花が駆け足で美里の元にやってきた。

 何て回復が早いんだろう。

 そのスピードは常識を遥かに超えている。


「あっ! 康介さんもいたんだ。あたしのゴール、カッコよく撮ってくれた?」


 この娘はあんなにスゴイ走りをしたのに何も変わらない。


「行っておいで」

 康介は二人の背中を見送っていた。身体が冷えないよう二人共レッグウォーマーを履き、桜蕾学園のウェアの上に同じデザインのウインドブレーカー羽織っている。


 二人の後ろ姿、カッコいいな。

 カメラを構えていると、急に少し強い風が吹き抜けた。

 後ろにゆわいた二人の髪が同じ方向にふわっと流れる。


 康介は慌ててシャッターを切った。

 いい写真が撮れたな。

 二人の背中をズームアップしてみると髪が流れた事によって、何か見慣れたステッカーが顔を出していた。

「バイシクルショップ ばいすけ」のステッカーだ。


 うぉ、こんな所にまで貼ってくれてたなんて嬉しいな。

 美里の方のステッカーの真ん中に何か付いてる?

 もう少しズームアップしてみると、桜の花びらのように見えた。

 ウェアに合わせてシールを貼るなんて中々お洒落な事するんだなと思った。


 いや、もしかしてハートかな? 花びら? ハート? 店に向けてのハート? 俺に向けてのハート? そんなわけないよな。でもそんなわけあるかな?


 康介の妄想はぐんぐんと広がる。


 ☆


 一花と一緒に歩きながら、美里は思う。

 

 この娘はオンディーヌの監督からどんな話があるのか何も知らない。

 ワールドチームから勧誘を受ける事も、フルールと同じチームで走れるようになる事も。


 だけど、この娘にとってアクア・オンディーヌチームで走れる喜びよりも、私を蹴落とした事の苦しさの方がずっと大きい物になるだろう。

 だからこそ、この娘は強くなれる。

 フルールがそうだったように。

 私は今、この娘達の踏み台となった事をとても誇りに思える。



 美里は無邪気に隣ではしゃいでいる一花にそっと目を向けた。

 これでいいんだと思う。

 これいいんだと思う。



 完

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「チャラい」のがカッコいい⁉︎ 風羽 @Fuko-K

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