エピローグ
「声を出すなよ、エリー」
友達たちと遊んでいた私を探し出した兄ちゃんは、そう言って私をがれきの陰に隠した。
火の海を背ににじり寄る魔物を私から離すために、兄ちゃんは魔物に石を投げながら走っていく。走っていく。そして追いつかれ、押し倒され、殴られ、もがれ、やがて動かなくなった。
「兄ちゃん……!兄ちゃん……!」
折れた足では駆け寄れない。いや、たとえ折れていなくても動くことなどできなかったであろう。
それが兄ちゃんの犠牲に報いる方法であり、それにこの震えた身体は自由に動かない。
しかし、動かなくても息を殺していても、匂いは消せない。
死の匂い蔓延するこの村に、未だ残った生きた人間の匂い。
兄ちゃんを殺したゴブリンは、グンと首をこっちに曲げた。
近づいてくるゴブリンは、その手の棍棒を肩に担ぐ。赤黒く染まったそれは、パタパタと雫を落としている。
──その時、光が降ってきた。
二粒の光の雫。
淡く光るそれらは、ふわりふわりと私の周囲を舞う。
ゴブリンは、その足を止めない。
濁った瞳が私を射抜く。
だが、恐怖はない。
身体が軽いのだ。
光の雫が周囲を飛ぶ度、痛みが引いていく。
それだけではない。体の底から力が湧き上がる。
感じたことのないほどの強い活力。
最後に二粒の光は私の目と鼻の先を飛び、フッと名残惜しそうに消えた。
小躍りするかのように近づいてくるゴブリン。
しかしその顔が、ぎょっと恐怖に染まる。
仕方あるまい。
弱り切っていたはずの獲物が、
死にかけていたはずの人間が、
ありったけの憎悪を込めて、お前を睨んでいるのだから。
「だめだよ。エリー」
刹那、声が聞こえた。
それは大好きな、そしてもう聞こえるはずのない声。
「お前は優しい、優しい子だろう?そんな怖い顔をするな。復讐に呑まれるな。怒りに任せるな」
ポロ、ポロと涙があふれて止まらない。
「誰より優しい心を持ち、みんなを思いやり、争いの嫌いなエリーが、そんな顔で殺しちゃいけない」
声は、私の顔前に浮かぶ光から聞こえている。
「ずっと、言っていただろう?『人も魔物も、みんな仲良くできたらいいのに』って。俺は、お前のその考えが大好きだった。ああ、俺の妹は、こんなに優しい、天使なんだって」
光は、ゆっくりと私の胸に入っていく。暖かな熱が胸に満ちる。
「エリー、俺たちの力は、優しいお前のために」
声が消えた。
▽▽▽
「帰って」
棍棒を奪い取り、私はゴブリンに言う。
「あなたたちが村を襲ったのは、食べ物が欲しかったからなんでしょう?」
ゴブリンが棍棒よりも大切に手放さなかった袋の中には、村のどこからか奪ったであろう、パンが数個入っていた。
「知ってるよ。私。魔物も大変なのは。怖い思いで、生きているのは」
怯えた目のゴブリンに、拳を握って叫ぶ。
「知ってるよ!人間も、魔物も!みんなこんなことしたくないんだ!こんなことしたくないんだよ!魔物に家族を殺された人間が魔物の住処を燃やして!住処を燃やされた魔物が人間を襲って!どっちが先かなんて知らない。けどそれが、ずっと続いていくの!」
兄ちゃんは私を優しいと言った。
でも私は、そうは思わない。
この世界の現状を、学び知っていたのに何もしなかった。
家族と一緒に、小さな村で生き、死んでいくだけでよかった。
私の、幸せしか考えてなかった。
だから、この胸に加護がある限り。
「私は、この加護を『優しい』のために使う!お父さんと、お母さんと、兄ちゃんの光を、この世界のみんなを、救うために使う!」
逃げ出したゴブリンを、兄ちゃんを殺した魔物を私は追わなかった。
「私、世界を救う勇者になるよ」
燃える村で、私は三つの加護と、決意を抱いた。
▽▽▽
『蒼炎のトリプルトリガー』
少女が魔王を倒す旅に出るという王道RPGであるこのゲームは、しかし『魔物を一匹も殺さず人間も魔物も幸せに生きれる世界を作る』という勇者の考えから、勇者パーティのみならず魔物との共闘も楽しめるゲーム性と高い完成度により、大ヒットこそしないものの成功と呼んで差し支えない販売本数を達成した。
前述の通り完成度の高いこの作品はしかし、一つだけ不可解な箇所が発見されている。
『始まりの村』にある『家族の墓』の前でアクションキーを押すとこんなメッセージが流れる。
「いってきます。お母さん」
「いってきます。お父さん」
「いってきます。兄ちゃん」
「いってきます。お兄ちゃん」
これが製作上のミスなのか、描かれていない他の兄弟のことを指すのか、一部のファンの間で議論が行われているようだ。
蒼炎のトリプルトリガー(物語寄生蟲確認済み) @donot
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