トゥルーエンド
「最後の一匹を見つけずに魔王を倒せば、誤ったエンディングにたどり着く。このまま進むというのならば、俺はこの物語全てを焼却処分する」
魔王城の建つ島に着いた最初の夜。男はそう告げた。
「俺の仕事は本来、物語の中に入って寄生虫を探し出すことじゃない。寄生を確認した物語を、すぐに焼却処分することだ。一匹一匹駆除できるほど、人でも金もない」
「だったらなぜ……?」
「……悲しいと思ったからだよ。誰の目にも留まらず、記憶にも残らず、灰と還る物語が」
だからこれはサービス残業なんだ。と男は肩をすくめた。
「だがもう期限だ。最後の一匹、わかっているのか?」
その声が少し優し気に聞こえたのは気のせいだろうか。
無口な男の、暗い目をした男の、しかし悲しげな視線が、こちらを貫いていた。
「ああ。わかってる」
俺の覚悟に、気づいているのだ。
▽▽▽
眩い閃光が、窓の外で弾けた。
何か起きたのかと、私は急いで家の外に出る。
ギィとうるさい音を立て開けた扉の向こうに、
遠く遠く、旅に出たはずの兄が立っていた。
「お兄ちゃん!?」
「……ただいま、エリーゼ」
間違いない。ぎゅっと抱きしめるぬくもりも、匂いも、そして感じる二つの加護も、間違いなくこの男がお兄ちゃんであることを示している。
「……そうか。……そうか、やっぱり、な」
「……どうしたの、お兄ちゃん」
抱きしめる力が強くなる。
ちょっと痛いくらいに、お兄ちゃんは力を込めた。
「お兄ちゃん……、いなくなるの……?」
震えるお兄ちゃんの背を、負けじと抱きしめながら、私は問うた。
あの日目を背けた、別れの日がやってきたのだ。
▽▽▽
「……知ってたのか」
ボロボロと涙を零すエリーゼは、崩れ落ちるようにひざを折った。
「エリーゼ」
「……うん」
「ごめんな」
「……あやまらないで」
「……ありがとう」
「……うん」
俯くエリーゼの中に、温かく燃ゆる加護の光が見える。
俺の胸にも灯る、母さんの『火炎の加護』、父さんの『情熱の加護』
そして、俺の知らない三つ目の加護。
──ごめんなさい。父さん、母さん。俺は、二人の子供じゃないみたい。
▽▽▽
あの日、私の家族が殺されたあの日。
私は三人の家族に生かされた。
大好きなお母さんと、大好きなお父さんと、
そして大好きな、兄ちゃんに。
なのに兄ちゃんは現れた。
目の前で殺された兄ちゃんが、私を心配して泣いていた。
エリーゼ、エリーゼと泣いていた。
──これは誰だ。
警戒する。何かの罠か、精神攻撃か。
でも、それでも、私を抱きしめた彼は暖かかった。
兄ちゃんの香りと、
だから私は抱きしめ返してしまったのだ。
──兄ちゃんはね、私のことエリーって呼ぶのよ。
眼前のダレカに、心を委ねてしまったのだ。
▽▽▽
目を覚ますと、ベッドの上。
お兄ちゃんに魔法を使われ、眠らされてしまったようだ。
「……お兄ちゃん!」
家を飛び出し、駆ける。
近くにいるならあそこしかない。
パン、と乾いた音が夜の森にこだました。
そしてそこにたどり着いたとき、黒い服の男と、白いゼリー状の生物の死体があった。
「……お兄ちゃん、なんですね」
「……ああ」
お兄ちゃんは、ぬるっとした冷たい体だった。
お兄ちゃんを抱えて泣く私に、男は優しい声で説明を始める。
この世界に起きていた異変、寄生虫という存在、彼の目的、お兄ちゃんの正体。
「お兄ちゃん、何か、言ってましたか……?」
「『二人の墓を一つずつ作ろうと言ったときあんなに反対したのは、家族の墓を作ってお兄ちゃんの分を作れなかったからなんだな』と笑ってた」
そう、ここにあるのは墓。
誰の骨も埋まっていないが、私たちの家族の墓。
その墓の前の土を掘り、抱いている白いお兄ちゃんを埋めていく。
「いいのか、寄生虫を──」
「いいんです。この人は、兄ちゃんじゃないけど、あの日からずっと私を育ててくれた、もう一人の兄弟……お兄ちゃんだから」
「……そうか」
「私、勇者になります」
男に告げる。
「いや、本当はあの日、決意したはずだったんですけど……、ずっと、お兄ちゃんに甘えてたから……。また、私だけの幸せしか見なくなってたから」
「……そうか」
「これで、この物語は処分しなくていい?」
「……『魔物に家族を殺された子供は勇者となり、魔王を倒す旅に出る。優秀な仲間とパーティを組み、魔王城を目指す勇者。家族が残した加護を用いて、勇者は魔王を倒し、世界の平和を取り戻せるのか』。何一つ逸れてない、寄生虫もいない。前の勇者の旅の過程を消して、……俺は帰るよ 」
「そうですか……」
「……強い子だ。この物語は、きっと、ハッピーエンドになるよ」
そんなことない。ただ、ずっと昔から気づいていただけなのだ。気づかないふりをしていただけなのだ。
そう言おうと振り返ったとき、もう彼は居なくなっていた。
戦おう。
復讐するためじゃなくて、世界を平和を取り戻すために。
進もう。
あの日抱いた決意を、今日握りなおした拳を、忘れぬように。
そしていつまでも覚えていよう。
存在しなかったはずの兄を。
存在しなかったはずの二人の日々を。
例えそれが、一匹の虫が生んだ歪んだ過去であっても。
「いってきます。お母さん」
暖かな母へ。
「いってきます。お父さん」
厳かな父へ。
「いってきます。兄ちゃん」
勇敢な兄へ。
「いってきます。お兄ちゃん」
存在を許されなかった虫へ。
勇者の物語は、今始まった。
──NEW GAME──
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