出会い

 王都を出立し、数か月が経った。

 魔王が従える四天王が一人、魔将ミノスを倒した俺達パーティは、次なる四天王を倒すため、その歩みを緩めることなく旅を続ける。




 戦士オッズ。

 北の村出身の屈強な男。勇敢な性格で常に前線を張る頼れる兄貴分。常人ならば持ち上げることすら難しい大斧を片手で振り回す。戦死した親友から加護を与えられた『鋼の加護者』。


 魔法使いナナ。

 魔女に拾われ育てられた少女。エリーゼよりも年下であるが、魔法の実力は王国一。年相応な純粋さと愛らしさを持つ彼女はしかし、不相応な勇気を見せる。魔女から加護を与えられた『混濁の加護者』。


 回復師マーニャ。

 王都教会のシスター。彼女の清い心で捧げられる祈りは傷ついた者を癒す力を持っており、その包容力からパーティの心の拠り所にもなっている。神父から加護を与えられた『慈愛の加護者』。


 使役者ネオン。

 冒険者としても名を馳せていた、サーカス団員の青年。多くの動物だけでなく、一部の精霊をも使役することができる彼は、索敵・侵入など様々な場面で大活躍してくれている。父から加護を与えられた『平衡の加護者』。




 この四人に加え、『火炎の加護者』『情熱の加護者』である俺の五人は、幾度とない戦闘を経て、俺たちパーティの戦闘力、そして絆はかなり強くなっていた。

 

 時に喧嘩し、時に高めあい、時に嫉妬し、時に慰めあい、そしていつも手を取り合って旅は続いていく。


 死霊の洞窟、棘の砂漠、毒沼の森、戦の平原。魔王城に近づくにつれて強力になる魔物との戦いを、いつだって5人助け合って勝ってきた。




 そして回復師マーニャが死んだ。




 強力な敵であった。

 人を丸呑みする巨大な多頭ムカデの魔物は、その一頭を地中に潜らせ、パーティの一番後ろにいたマーニャを狙ってその身体を両断した。


 死者への祈りはきっと上手でなかっただろう。合わせる手は震え、唱える口は震えていた。森を抜けた所にある、一面に白い花の咲き誇る丘に、可能な限り大きな墓を建てた。


 彼女がいつも身に着けていたロケットを形見として受け取り、光の届かぬ土の下に彼女を埋めた。


 その日の夜、眠れない俺はランプの明かりの下、形見のロケットの中身を見ていた。

 そこに入っていた写真は、王都に置いてきたという彼女の弟のものであった。寂しそうに笑う彼の顔と、エリーゼの姿が被り、胸の奥が痛くなる。


 マーニャは彼の話をするとき、優しい、そして寂しそうな眼をしていたのだった。


「マーニャ……すまない……」


 微かに揺れる灯りの下、ぐっと重力が牙をむくように重く背にのしかかる。

 手のひらに乗った小さなロケットの少年が、恨めしそうにこちらを見ている錯覚を覚え始めた時、ゆらりとロケットが歪み、そして煙のように消えた。


「えっ……?」


 起きた現象が理解できず、意味もなくきょろきょろと周囲を見渡す。しかしそんなことをしようとも、何の前触れもなくそれが消失したことに変わりはない。


雲が多くを隠す薄暗い月明かりの下、マーニャの死体に何かあったのかもしれないと全速力で駆ける。


息を切らして辿り着いた白花の丘。

同時に月を隠していた雲が晴れ、墓の前に立っている男の姿が照らされる。


「貴様!何者だ!」


剣を抜き、構える。

男はその声にゆっくりと振り向き、こちらをじっと見ると小さくつぶやいた。


「……勇者っぽい服だな」

「……勇者だからな。そういうお前は、見たことのない服だな。どこの者だ」

「これはっていうんだ。ちょっとまってろ」


そう言うと男は懐から光る板を取り出し、なにやらまたぶつぶつとつぶやき始めた。

板によっていっそう明るく照らされた男の顔は、20代後半くらいだろうか、しかしその目にある深いクマが歳を錯覚させる。


「えーっと? 『魔物に家族を殺された子供は勇者となり、魔王を倒す旅に出る。優秀な仲間とパーティを組み、魔王城を目指す勇者。家族が残した加護を用いて、勇者は魔王を倒し、世界の平和を取り戻せるのか!?』ねぇ……」

「お前、何を言ってるんだ……?」

「なぁあんた、子供の頃魔物に家族を殺されたりしたか?」

「い、いきなりなにを──」

「──答えろ」


男の目は、凍てつくように冷たく、しかしその奥に小さく焦りがあるように見えた。


「……殺された」

「優秀な仲間とパーティを組んで魔王城を?」

「……目指してるよ」

「よし」


何を納得したのか男は頷くと、こちらにゆっくり歩み寄る。

剣を構えなおした俺を見て、しかし足は止めず男は言う。


「安心しろ。敵じゃない。とりあえずこれを見てくれ」


そう言って彼は懐から小さな紙切れを取り出し、小さく腰を曲げて丁重に差し出した。


「どうも、私『物語寄生虫駆除業者』の真島と申します」


 それは唐突な、妙に畏まった口調の名乗りであった。




▽▽▽





物語には、虫が付く。


「物語寄生虫」という虫が発見されたのは10年前、それはよくある学園ラブコメに寄生していた。


寄生虫は『物語上、本来そこに存在しない物・そこに居ない者』に姿を変え、まるで物語の一部かのように振る舞い溶け込む。


しかしその存在によって物語は歪み、間違ったエンディングへと辿り着く。


辿り着いたら最後、寄生虫は間違ったエンディングを喰らって成虫と化し、物語を食い尽くして外の世界へとやってくる。


外の世界に出た虫は、また他の物語に卵を産み、繁殖していくのだ。





▽▽▽




「ということで、お前のお仲間は寄生虫で、本来お前のパーティには存在しないはずだったんだよ」


「そんなわけあるかっ!!!!」


叫ぶ。


「仲間を侮辱するのもいい加減にしろ!マーニャが虫?偽物だと?あの優しいマーニャが俺たちを騙してたって!?そんなわけないだろう!!」

「いや、寄生虫は生物に擬態する際、本当にその生物だと思い込んでる。お仲間は裏切るつもりなど一切なく、純粋に優しかったんだろうさ。ただ存在が許されないだけだ」

「いや......でも......!」

「これ見てまだ信じねぇのか? それともただ信じたくないだけか?」


掘り起こされた墓穴の底には、マーニャが眠っているはずのそこには、白くブヨっとした、細い触角の生えたゼリー状の物体が落ちていた。


「まぁ急に物語だとか訳分からんことを言われてパニックになるのも分からんでもない。無礼だなんだと襲ってこないだけお前は聞き分けがいい方だよ」

「……なんで俺に教えた」

「『蒼炎のトリプルトリガー』は未発表の作品でな。あらすじしかわからない。あらすじを読んだところ、どうやら勇者が主人公っぽいからな。一番物語の中心にいるお前に、寄生虫の調査を手伝ってほしい。自分で言うのもなんだが……俺は、観察力がない」




▽▽▽


 


──寄生虫は、ほぼ完璧に擬態するがどこか一か所、一か所だけミスをする。




男と出会ってから2週間後、夜中パーティをこっそりと抜け出し、待ち合わせの神殿跡にやってきた。

砕けて倒れた女神像の上に男は座り、例のごとく光る板を見ていた。


「見つけたか?」


顔を上げた男は挨拶もなしにただそう聞いた。


「……ああ」


こちらもただ簡潔にそう返し、取り出すのは。



『ドラゴン洞窟の鍵』



「これだ。守り人の証言によると、鍵にはめ込まれた宝石はルビーだがこれはエメラルドだ」


放り投げたそれを男は器用につかむと、明かりにかざして観察を始めた。


「加えて洞窟の奥に朽ちた鍵のようなものがあった。あっちが多分、本物だ」

「そうか……」

「どうだ……? 寄生虫か?」

「いや、わからん」


そう言って彼は鍵を地面に放る。


「だが、壊せばわかる」


女神像から飛び降りた男は、その勢いのまま鍵をかかとで踏みつけた。

パキンと高い音が静かな夜に響き渡る。




こうして、二匹目の寄生虫は駆除された。



これを始めとし、俺は旅をしながら寄生虫を探し続けた。

『五人目の四天王』『発動しない魔方陣』『鳴り響く朽ちた鐘』


常に世界を疑った目で見て、淡々と魔物を屠る。


しかし魔王城の聳え立つ島に辿り着いてなお、最後の一匹は見つからぬままであった。





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