蒼炎のトリプルトリガー(物語寄生蟲確認済み)
@donot
プロローグ
熱い。
熱風が肌を焼き、肺を焦がす。
苦い。
土と血が口の中で混ざる。
痛い。
両足は折れて立ち上がれない。醜く地を這って進む。
「……父さん!……母さん!……エリーゼ!」
僕の街が、燃えている。
魔物の群れは、何の前触れもなくやってきて、
僕らの教会は、祈る暇なく火の海に沈んで、
僕の帰る家は、すっかりぺちゃんこになっていた。
「……レ、ン」
僕の家があったところから微かに父さんの声が聞こえる。
「……父さん!」
がれきの下に、赤く染まった父さんと母さんがいた。
「……父さん、母さん、今、助ける……から」
のぞき込むようにしながら言うと、父さんは静かに首を横に振った。
「父さんも、母さんも、もう、助からないみたいだ……」
「……そんなこと言うな!絶対……絶対助け──」
「──レン!」
何度も聞いた、聞きたくなかった母さんの怒る声に似ている。でももっと、ずっと悲しい声だ。
「エリーゼは、お友達と遊びに行ったから、まだ、生きてるかもしれない……!あなたは、エリーゼを、助けに行きなさい……!」
「で、でも……!」
まだ10歳の妹エリーゼは、その愛らしい笑顔と純粋な性格で、我が家の天使であった。
現状と与えられた使命に混乱し、動けずにいる僕を前に、二人は何とか首を動かしお互いを見ると、こくりと強く頷いた。
「レン、よく聞くんだ」
父さんは、低く、重い声で話す。
毎日必死に働き、家族を支えた優しい目で話す。
「一部の人族はその命絶える時、愛する者に力を与えることができる。これを『加護』と呼ぶ。この話は前にしたな?俺達も、その力を持っていると」
返事をしなかったのは、嫌な予感がしたからだ。
「今から父さんと母さんは、お前達に『加護』を与える」
「……やだ」
「『加護』があればお前の怪我もすぐに治り、この窮地を脱する力を得られるだろう」
「……やだよ」
「そして、エリーゼを探して、二人で逃げろ」
「……やだよ!」
焼けた喉で叫ぶ。
「いやだよ父さん!いやだよ!死なないでよ!ずっと一緒にいてよ!ずっと一緒にいてよ!」
涙で視界が歪む。父さんと母さんの顔が歪む。
でも、二人も泣いてるような気がした。
「レン」
「レン」
大好きな、二人の声が聞こえる。
「「愛してる」」
刹那、近くで何かが爆発し、僕はその衝撃に地を転がる。
顔を上げると、二人のいたがれきは土ぼこりを上げてさらなる崩壊を起こしていた。
「あ、あああああああ!!!!!!!」
死んだ。
父さんと母さんが死んだ。
あの優しい父さんと母さんが死んだ。
大好きな父さんと母さんが死んだ。
死んだ。
──その時、光が降ってきた。
二粒の光の雫。
淡く光るそれらは、ふわりふわりと僕の周囲を舞う。
同時、眼前から醜悪な魔物が現れた。
薄汚い緑肌をした人型の魔物。尖った耳と鼻、濁った眼と歪んだ大きな口。
ゴブリンだ。
手には太い木製の棍棒。弱り切った
だが、恐怖はない。
身体が軽いのだ。
光の雫が周囲を飛ぶ度、痛みが引いていく。
それだけではない。体の底から力が湧き上がる。
感じたことのないほどの強い活力。
最後に二粒の光は僕の目と鼻の先を飛び、フッと名残惜しそうに消えた。
小躍りするかのように近づいてくるゴブリン。
しかしその顔が、ぎょっと恐怖に染まる。
仕方あるまい。
弱り切っていたはずの獲物が、
死にかけていたはずの人間が、
ありったけの憎悪を込めて、お前を睨んでいるのだから。
▽▽▽
「エリーゼ!エリーゼどこだ!」
エリーゼが遊びに行きそうな場所をしらみつぶしに探す。
二人の『加護』を受け取ったのだろう。折れた足は治り、身体は驚くほど軽い。
これまでに出したことない速度で、燃える村を駆け回る。
そして辿り着いた小さな広場。
いつもエリーゼくらいの子供たちが走り回って遊んでいるにぎやかなそこは、今は直視に耐えない凄惨なものとなっている。
そんな、生者など居得ぬと思わしきその地獄に、しかし天使は立っていた。
「……エリーゼ!」
血にまみれ、生気を感じ得ぬ目で、ユナはそこに立っていた。
「エリーゼ!エリーゼ!」
「だ……れ……?」
「お兄ちゃんだ!……助けに来た!もう、もう大丈夫だ!」
ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめる。
震えていたのはユナか僕か、それとも両方か。
弱弱しく抱き返すエリーゼの鼓動を感じ、僕はただ、ただ泣いた。
▽▽▽
「本当に連れて行ってくれないのね……お兄ちゃん」
「ああ。この旅は危険すぎる。連れていけないよ……」
あの日から5年。
俺とエリーゼは、王都に近い小さな村で暮らしていた。
自給自足の生活の中で、俺は常に鍛錬に励み、先日ついにその力が王に認められたのだった。
「魔王を倒して帰ってくる。それまで家で、待っていてくれないか?」
「……うん」
エリーゼもずっと、魔法や剣の鍛錬を隠れて行っていたのを知っている。
そしてその実力が、王が募ってくれたパーティメンバーに劣らないことも。
なにせ、彼女も『加護』持ちである。
あの日エリーゼが怪我無くあの場に立っていたのは、両親の『加護』を彼女も得ていたからであった。
彼女がついてきてくれるのならば、この旅はぐっと楽になるだろう。
しかし連れていくわけにはいかない。
魔王の住む魔王城に向けた旅路の中では、間違いなく魔物との死闘が続くだろう。
常に死と隣り合わせの戦場に、唯一の家族を連れていくわけにはいかない。
そしてもう一つ。彼女は優しすぎるのだ。
それがエリーゼの魅力であるが、しかし彼女は、魔物にさえ優しすぎる。
俺が斬った魔物に手を合わせ、埋めるような彼女に、きっとこの旅は絶えられない。
エリーゼはあの日のことをあまり覚えていない。
幼少期の強すぎるショックから心を守る忘却だろうが、幸か不幸か俺は忘れることができていない。毎晩の夢に出てくる燃える村が、忘れさせてくれない。
彼女はあの光景を覚えてないからこそ、魔物に対してもその優しさを向けてしまうのだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「うん、絶対帰ってきてね」
遠く、遠くにエリーゼが見えなくなるまで、何度も振り返って手を振った。
ずっと、ずっとエリーゼも手を振った。
こうして、世界でも稀な『
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