SS  プレゼント 【23話と24話の間のお話】

「アリシアお姉様、魔力に集中しないと危ないですよ」


 

 初冬の空は晴れ晴れとしているが、顔に刺さるような冷たい風が吹くなか、今日もお屋敷の敷地内にある練習場で、アリシアお姉様と一緒に魔法の練習をしていた。



「サンダーショット!」



 サンダーボルトの下位魔法であるサンダーショット。20メートルぐらい離れた的に目掛けて、右の手の平から雷の小さな弾丸を放つ。当たった場所に小さな焦げあとが残るが、貫通はしていない。



「ぷちウインド!」



 アリシアお姉様のぷちウインドが、ちょろちょろ〜っと風を発生させて、すぐに消えた。やはり魔力に集中が出来ていない。


 俺との算術特訓で暗算力が上達したアリシアお姉様は、先月、ついにぷちウインドが発動した。


 けして頭が悪い訳ではないアリシアお姉様が、暗算が苦手だったのは、算術の計算方法が、細かく分ける計算式を使っていたからだ。


 例えば245✕3を200と40と5に分ける。200✕3+40✕3+5✕3を解くやり方だ。これでは時間がかかる。


 魔術式には暗算力と理解力が求められる。短い時間内に魔術式を解き詠唱しないと、魔力が大気に拡散してしまう。



「お姉様!」


「分かってます。でも、そろそろ……」



 ソワソワとしながら、アリシアお姉様は練習場の入口の方を見ている。



「お姉様ぁ、お兄ちゃん、準備が出来ましたぁ」



 そのタイミングで現れた妹のレイナとメイドのエルニスさん。



「さあ、ハルト、練習は終わりよ」



 普段は練習の虫のアリシアお姉様が、まだ日暮れには早い時間で練習を切り上げる。



「ほら、早く行きましょう!」



 今日を楽しみにしていたのは俺も同じだ。生まれて初めての精霊祭。別名はカボチャ祭り。立冬に行われるこのお祭りはハロウィンとクリスマスを混ぜたようなお祭りで、皆んなでカボチャパイを食べたり、季節のフルーツを食べたりする。


 家無し子だった頃は、幸せそうな家族が街に溢れ出て、俺はこのお祭りが嫌いだった。


 でも今は違う。めちゃめちゃ楽しみにしていたし、レイナは朝から庭先に用意されるパーティ会場の飾り付けを、エルニスさんと一緒にやっているぐらいに、精霊祭を楽しんでいた。

 




「うわぁぁぁ」


「綺麗に飾り付けがされてますね」



 お屋敷の庭には、色とりどりのカボチャで出来たランタンが、あちらこちらに置かれ、樹木には色鮮やかなカラーボールや七色の短冊などが吊るされている。


 長テーブルの上には鶏の丸焼きやウィンナー、温野菜のサラダやカットフルーツ、忘れちゃいけないカボチャ料理などなど、とても美味しそうな料理が置かれている。


 先に来ていたお父様とお母様はワイングラスを持ち、既に談笑モードだ。



「お兄ちゃん、あれ、レイナが書いたんだよぉ」



 見れば紐に吊るされた何枚もの似顔絵。お父様、お母様、アリシアお姉様に、俺とレイナ。更には、エルニスさんやダールさんにマルクスさん、食堂のおばちゃんの似顔絵もある。



「レイナ様は朝からずっとお絵かきをしていたんですよ」


「レイナは絵がお上手ですね」



 アリシアお姉様がレイナの頭を撫でると、レイナはとても嬉しそうに微笑んでいた。



「さあさあ、日が暮れる前にご飯を食べましょう」


「俺が毒見してあるから安心して食べてくれ」



 食堂のおばちゃんとダールさんがニコニコとしながら、俺とレイナの為にテーブルの椅子を引いてくれた。


 初めてのカボチャ祭りのご馳走に心がウキウキとしてくる。何から食べようか悩んでいると、おばちゃんが温野菜のサラダを取り分けてくれた。


 いやいや、野菜じゃなくて肉をくれ!



「おばちゃん、その鶏肉が食べたい」


「はいはい、いま取り分けますね」



 ローストされたチキンはめちゃめちゃ美味しかった。レイナもむしゃむしゃと食べている。



「おばちゃんのお肉も美味しかったよねぇ」


「おばちゃん? どちらのおばちゃんですか?」


「優しいおばちゃんだよぉ。温かいご飯を食べさせてくれたのぉ」


 

 鳥肉料理屋のおばちゃん。レイナもあの恩は忘れないでいてくれた。もし子爵領に行く機会があれば、おばちゃんに会いに行きたいな。俺達は幸せになったよって伝えたいな。





 食事も終わる頃には日が暮れて、辺りは薄暗くなり始める。お屋敷のメイドさん達が、庭に置かれたいくつものガボチャランタンに明かりを灯していき、キャンプファイヤーのような丸太を集めた山にも火を入れた。炎の熱が伝わり暖かくなってくる。


 精霊祭は元々、丸太を燃やし、その火で秋に収穫した野菜や秋の魚を焼いて、寒い冬に精霊に魂を持っていかれないように願う祭りらしい。


 深い森の中ならともかく街中なら家無し子以外なら精霊に魂を持っていかれる事はないだろう。



「さて、お待ちかねのプレゼントだよ」



 プレゼント? 俺とレイナは顔を見合わせた。



「お兄ちゃん、プレゼントってなあにぃ?」



 家無し子だったレイナは人からプレゼントを貰った事がない。それは俺もそうなので、なぜプレゼントを貰えるのかが不思議だった。



「ハルト、レイナ、精霊祭には特別にプレゼントが貰えるのですよ。では行きましょう」



 席を立つアリシアお姉様に続き、俺とレイナも席を立ち、お父様の方へと歩くアリシアお姉様の後に続いた。


 お父様の足元に置かれている大きな袋。お父様はそこから一つ取り出して、アリシアお姉様に手渡した。アリシアお姉様はニコニコと笑顔で袋を開けて、中のプレゼントを取り出す。



「うわぁ、メリエスの恋日記ですね。ありがとうございます、お父様」



 プレゼントされた本を袋に戻すと、両手で抱きしめながら席へと戻っていった。



「ハルト、こちらに来なさい」


「は、はい」



 お父様から貰った袋は少し重かった。



「あ、開けてもいいですか?」


「もちろんだよ」



 俺は袋の口を開き、中を覗くと木の箱が入っていた。手の平より少し大きな木の箱を袋から取り出す。



「これは……」



 それは木の木目を織り込んだ寄せ木細工の箱だった。



「からくり箱ですか?」


「ああ、ハルトなら開けられるかもと思い買ってみた」



 俺ならって事は、お父様は開けられなかったのかな。俺はお店でからくり箱に苦戦するお父様を思い浮かべて、クスっと笑った。



「ありがとうございます!」



 そして何より生まれて初めてのプレゼントだ。少し目に霞がかかってきた。



「さあ、最後はレイナだね」


「はぁ〜い」



 レイナのプレゼントの袋は俺やアリシアお姉様の袋よりも少し大きかった。



 プレゼントを受け取ったレイナが袋から取り出したのは、長い金髪の可愛い人形だった。



「わぁぁぁぁぁぁぁぁ! お人形さんだぁぁぁぁ!!!!」



 レイナはその人形を両手で掲げて、テーブルの周りを大はしゃぎで走り回る。



「お人形さん♪ お人形さん♪」



 レイナも生まれて初めてのプレゼントだ。嬉しくない筈がない。



「さて、二人にはもう一つプレゼントがある」


「プレゼントぉぉぉ!」



 人形を抱いてクルクルと回っていたレイナがピタリと止まり瞳を輝かせている。



「ハハ、レイナが喜ぶものではないかもな。来年の春から二人の王立学院の入学が決まった。レイナは学院史上最年少入学になるそうだよ」


「本当ですか、お父様! ありがとうございます!」



 学院に入れれば、もっと魔法の勉強が出来る。レイナを守れる力は多いに越した事はない。


 学院かぁ。学院に行く事など考えた事もなかったな。



「お兄ちゃん、学院ってなぁにぃ?」


「皆んなでお勉強をする場所だよ。レイナはお勉強が好きだろ」


「うん、好きぃ〜」


「お、お父様、ハルトとレイナも私と同じ一年になるのですか!?」



 アリシアお姉様は魔法が使えるようになった事で、入試免除の特待生入学が決まっていた。



「アリシアは何をそんなに焦っているんだい?」


「フフ、あなた。アリシアは優秀すぎる弟と妹に勉強で負ける事を怖がっているのですよ」


「だ、だって、お母様ぁ、算術は全然敵わないし、ハルトはもう国語は出来るし、社会だってそのうち……」


「アハハ、アリシアが頑張れば良いだけではないか。ハルトは新一年、レイナは学院長預かりで入学は決まっている。アリシアは勉強を頑張るしかないな」



 アハハハと笑うお父様。お母様も口に手を添えて笑っている。アリシアお姉様は、少し頬を膨らませて、「ハルト、明日からも勉強をしっかりとやりますよ」と、何故か俺を巻き込む事を言う。


 レイナは貰ったお人形を大事に抱え込んで、「レイナもお勉強するぅ〜」と、アリシアお姉様にプレッシャーをかけると、お父様がまたアハハハと大きな笑い声をあげた。


 楽しい家族の団らん。当たり前の幸せが今この場所にある。



「食後のケーキをお持ちしました」



 エルニスさんが丸太の形をしたロールケーキをテーブルに置いた。



「それじゃ、俺が毒見を」



 ロールケーキの上にあるバタークリームを指を伸ばしてすくい取り、ぺろりとなめた。



「美味しいぃぃぃ!」


「もう、ハルトはお行儀が悪いですよ」



 アリシアお姉様がクスクスと笑いながら俺を叱る。



「お兄ちゃん、ズル〜い! レイナも食べたいぃ〜」


「はいはい、いま切り分けますからね」



 エルニスさんを見て笑い顔のレイナ。 今までに無かった幸せがここにはある。



「幸せだな」



 パキパキと音をたてて燃える丸太から、火の粉が上がり、夜空の星に混ざりながら空へと消えていく。


 昨年までは無かった温かい炎が、俺の心も温めてくれた。





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【完結】家無し子の少年、毒見役になる。毒絶対耐性で幼い妹と絶対に幸せを掴み取る! 〜侯爵様を毒殺しようとしたヤツがいる!?侯爵家の美少女アリシア様と一緒に、毒殺犯から侯爵様を守り抜け 花咲一樹 @k1sue3113214

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