第24話 【最終話】幸せの未来へ
俺とレイナが侯爵家の養子となって4ヶ月が過ぎた。この4ヶ月間は、配膳前の毒見役は欠かさず行なった。大切な家族を毒殺死なんてさせたくない。
あの事件の犯人だったマリアは、五年間も屋敷で働いていての犯行だった。前世の記憶にある『草』みたいだなとあの時は思った。『草』とは忍者の任務の一つで、その土地に長く住み着き、信用を得つつ情報収集と目標の消去を行う忍びの事だ。
しかし、そのマリアは捕まった日からニ日後、取り調べの際に脱獄をしたが失敗に終わり、運悪く揉みあった兵士によって切り殺されてしまった。マリアを殺した兵士についてはお咎めはなかった。何しろマリアは毒手拳の使い手だ。かすり傷が致命傷となる。謎の暗殺組織については今だに逮捕、壊滅には至っていない。
そして今、年も越して1月の中旬。春の温かい日差しの中、侯爵家の前には沢山の馬車が止まっている。
お父様は今年から財務大臣として王宮に上がる事となった。そんな訳で侯爵一家は王都にある侯爵邸に引っ越しである。
「アリシアお姉様、皆んな馬車で待ってるよ」
俺は屋敷からなかなか出て来ないアリシアお姉様を、三階の部屋まで呼びにきた。扉の廊下側から中に話しかける。
「分かってます! エルニス、そこの髪が少し曲がっていますよ」
「は、はい、すみませんお嬢様」
出発直前にアリシアお姉様は髪を結うと言って、エルニスさんと部屋に戻ってしまった。こりゃ、まだ時間がかかるかな。
馬車で待つお父様達に伝える為に、俺は階段を降りた。
外には長い金髪のお人形を持つレイナと、昨年末に王都にある王立学院から里帰りをしていたウィルヘルムお兄様が、花壇に咲いているスミレの花を見ながら、楽しそうに話をしている。
「あ、お兄ちゃん! お姉様はぁ?」
「まだ時間が掛かりそうだよ。ウィルお兄様とは何をしていたんだい」
「数字ぃ〜」
「アハハ、レイナと素数勝負をしていたんだよ」
王立学院ニ年のウィルお兄様。爽やかなイケメン顔で、学院ではさぞやモテている事だろう。
しかし、ウィルお兄様もなかなかに懲りない。レイナ相手に素数勝負は無謀、というか勝てる人間がこの世界にいるのかと思ってしまう。ちなみに暗算勝負でも勝てる気がしない。
「お兄様も好きですね」
「勝てないのは分かっているさ。でも脳トレにはいい感じなんだよね。それに魔法が使えそうな、そんな感覚があるんだ。新学期が始まる前には、魔法を使える様にしておきたいんだよ」
「でも、ニ年生迄で魔法が使える人はいないって言っていませんでしたか?」
「今の学院ではね。ニ月から入る新入生三人は魔法が使えるんだよ。しかも全員が僕の
ウィルお兄様は、兄の沽券にかけて魔法を使える様になりたいらしい。俺もレイナの前ではいい所を見せたかったから、その気持ちは分かる。
ちなみに、アリシアお姉様は俺との算術特訓を経て、見事にぷちウィンドを使える様になっていた。
魔法が使える者は、特待生として入学が出来るので、アリシアお姉様は特待生入学になり、めちゃめちゃ喜んでいた。そして、俺とレイナも飛び級特待生として入学する事になっていた。俺は一年生で、レイナは学院長預かりになるとの事だ。
「今はどんな感覚なんですか?」
「魔法は発動しないけど、手に熱が溜まっていく感覚はあるんだ」
ウィルお兄様は火属性の素質があるとの事だ。さて、熱は溜まるけど、火はつかない。何かが足りないのか?
「お兄様、燃焼の三条件についてはどの程度把握していますか?」
「燃焼の三条件? いや、初めて聞くな? 火があって燃える物があれば、物は燃えるだろ?」
「もう一つ、酸素がないと燃えません」
「酸素? 何だいそれは?」
うっ、しまった。空気という概念はあっても、化学的な概念はこの世界には無かったんだ。
「え、え〜と、空気の中にある燃えるガスです。でもそれは大気中にあるから、今は関係ありませんね」
さて、魔法は魔力を源に発動する。ならば魔力が三条件の2つ、可燃物と熱源をこなしていると理論だててみる。
「ウィルお兄様、手に熱が溜まると言ってましたよね」
「うん」
「燃焼には可燃物、酸素、熱が必要です。酸素と熱は有るから、足りないのは可燃物です。お兄様、魔力を2つに分けてみてはどうですか。右手に可燃物、左手に熱のイメージでぷちファイヤを唱え、最後に手を重ねてみてください」
「なるほど、燃える物か」
ウィルお兄様は、瞳を閉じて魔力に意識を集中する。
「ぷちファイヤ!」
そう言って両手を重ねると、ボッと小さな火が出てすぐに消えた。
「い、今、火が、火が出たよねッ!」
「はい、お兄様! 魔法で火を出しましたよ!」
「ハ、ハハハ、やったぞ! 僕も魔法が使えた……」
ウィルお兄様は両手をまじまじと見ながら、ぷるぷると震えている。
「お待たせしました」
声の方を見れば、屋敷の玄関からアリシアお姉様とエルニスさんが出てきた。
「アリシア! 僕も魔法が、魔法が使えたよ!」
「本当ですか!」
アリシアお姉様が小走りに駆けてきて、ウィルお兄様の両手を手にとる。
「やりましたね、お兄様!」
「ああ、ハルトのアドバイスのお陰だよ! ハルトは僕の自慢の弟だ!」
ウィルお兄様がアリシアお姉様の手を放すと、俺の肩に手を回し、俺は抱き寄せられた。
「あらあら、
お母様が馬車から降りて、俺達を迎えにきていた。
「「「はぁ〜い」」」
俺はウィルお兄様とレイナの手を握り、アリシアお姉様はレイナの手を握り、四人並んで馬車へと向かう。
春の温かい風が頬を撫でる。馬車のステップに足をかけて、後ろを振り向いた。そして、幸せの時間をくれたお屋敷を見上げる。
「ハルト」
馬車の中から妖精の国のお姫様が手を差し伸べている。
俺はその手を取り馬車の中へと入った。馬車の中には俺の幸せ達が
レイナは今では正位置となったお母様の右隣に座っていた。俺はレイナの空いている右隣に腰を下ろす。
そして馬車が動き出した。
新しい未来の幸せに向かって。
「お兄ちゃん、何で笑っているの」
「幸せだからだよ」
「うん! レイナも幸せだよぉ」
―――― 終わり ――――
【作者より】
お仕事コンテスト向けに書いた毒見役の少年のお話を最後まで読んで頂きありがとうございました。
お仕事コンテストの文字制限で、これ以上書くと中途半端で終わりになってしまいそうなので、ここで終わりとしました。(ランキング上位で終わらる事に、めちゃめちゃ残念な思いもありましたが、予定通り終わりとしました 涙)
さて、この作品は花咲初の読者維持率が100%(PV比)の作品となり感無量です。(10/23現在)
この作品を投稿する前は、毒見役というマイナーな仕事で、流行り要素もゼロの作品が読んで貰えるか不安でしたが、いやはや、びっくり、異世界週間ランキングも30位台に入り込む人気作品となりました。
一重に皆様のお陰です。
さて、この後のハルトとレイナはどうなるのか、少し気にまりますね。SSを2、3話書く予定ですので、今しばらくお付き合い頂ければ幸いです。
この作品を読んで面白いと思って頂けたら★評価を入れて頂けたら花咲は嬉しいです。
新作は今はまだ一万字しか書けていないので、投稿までは暫らく時間がかかりそうです。何処かで以下のタイトルを見かけましたら、一読お願いします。
新作タイトル
【Dランク魔物メーカーのダンジョン経営】 〜三流モンスターしか作れない僕は、超人気S級ダンジョンを追い出され初心者ダンジョンのダンマスになりました。えっ?そちらは倒産しそう?こちらは大繁盛ですよ!
宜しくお願いします!
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