石と意志

 リセの家はブロック塀に囲まれているため、所長さんが敷地内に入ってからの様子は一切確認することができない。

 彼が車を出ていってから大体15分が経過している。

 私が出ていったところで、何か力になれるとは到底思わない。かと言って、このまま車の中で何もせずに待っているだけでいいものか。

「瀬野さんは十分やってますよ」

「え……?でも──」

「私達のような怪しげな者に、勇気を出して依頼を出した。あまつさえ、事務所にまでご自身の足で来られたじゃないですか。友人のためにそこまで出来たなら十分です。出来ないことばかりじゃなくて、出来たことも考えましょう。それが自分を理解するということです。ほら……帰ってきました」

 彼女の言う通り、所長さんは家から無事出てきた。さらに彼は、リセをその腕に抱えている。事務所の非常階段から飛び降りる際の私も、きっとあのように抱えられていたのだろう。

 てっきりそのままこちらへ来ると思ったが、なにやら彼は私達の乗っている車の正面に止まっているヤクザ達の車の窓を肘でノックしているようだ。

 僅かに下にスライドして空いた窓に向かって彼が何かを話すと、中にいたヤクザ達は態度を豹変させて車から飛び出して、リセの家の方へ走っていった。

「瀬野さん、ドアを開けてあげてください。所長は両手が塞がってるようなので」

「あ、すみません」

 いつの間にか所長さんは私達の車のすぐ横まで来ていたらしい。私がドアを開けると、彼はリセをゆっくりと座席に降ろした。

「美濃を頼むよ」

 私の横に座るリセは3月末に見たときよりも、更に弱っているように見える。医学の知識など皆無の私だが、きっとこのままなら彼女の命は長くないのだろう。

「さてモア君。蒼生会の奴らが襲い掛かってくる前に車を出してもらおうか」

 助手席に座った所長さんは外の様子を気にしているようだ。

「……もしかして彼らに手を出したりしてませんよね?」

「……」

 車は何事もなく進みだしたが、フロントシートには不穏な空気が漂っている。

「モア。はっきりと言っておく。私はさっきひがしとその舎弟を殴ってきた。どうやらあちらさんも退けない理由があるらしくてね。美濃の方も一刻を争うような状態だし、間違ってたとは思わないよ」

 モアさんはしばらくの間、無言を貫いてハンドルを握っていたが、やがて諦めたように「はぁ」と溜め息をついた。

「……わかっています。正直かなりの確率でこうなるだろうと思ってましたから」

「それはそれで傷つくものがあるな」

「なにを今更言ってるんですか……」

「あのっ!……リセは、このままで大丈夫なんでしょうか……」

 私は二人の会話の間に割って入る。そもそもリセをヤクザから守ったところで、何一つ問題は解決していないはずだ。

「たしかにこのまま放置したら美濃は死ぬ」

「所長!あなたって人はホントにどうしていつもそんな──」

「だが!当然解決策は考えてある。そうだな……モアよ。とりあえず今から言うところに向かってくれ」

「……どこに行くつもりですか?」

「そりゃ勿論、涙岩の本体がある場所だよ」

 涙岩の本体。

 それは病気を吸い取り、さらにその病気を処理までできると所長さんは言っていた。つまり、その場所まで行けばリセへ移った私の怪我を完治させられるという事……。

「そんな都合の良い事があっていいの……?」

「……いいに……決まってんじゃん」

「リセ⁉」

 私の呟きに、リセは絞り出したような声で応える。ルームミラーからは所長さんともあさんの視線を感じるが、特に何かを言うつもりはないらしく、リセの様子をうかがっている。

はじめは……なにも悪くないんだから……。石を買ったのも……一の怪我をあたしに移したのも……全部あたし自身の意思……。だから……気にしない気にしない」

 誰が見てもわかるような作り笑顔を浮かべながら、リセはこんな状態でも私の気を案じている。

「お二人さんお熱いねェ。両想いなんて私妬いちゃうよ」

「所長には一生縁がないものですからね。羨ましくなるのも仕方ないでしょう」

 毎度おなじみの二人の掛け合いを初めて聞いたリセは、今度は作ったものではない笑顔を見せる。そして、その笑顔がいつだって私を安心させるのだ。

「リセ……」

「それで所長。涙岩はどこにあるんですか?このままだと、特に意味もなくガソリンを消費してるだけなんですけど……」

 確かに先程から同じ場所をグルグルと回っているようである。もう同じコンビニの横をを3回ほど通っている。

「そうだね……流石に事務所に戻るのは危険か。蒼生会に知られていない場所、となると……どこだ?」

「──はぁ?何を言ってるんですか?所長は岩の場所知ってるんですよね?それなら真っ直ぐそこに向かえばいいじゃないですか。もしかして車じゃ入れない所とか?」

「いやァ……車じゃ入れないというか、この車が目的地なんだよね。──ほらこれ。もう一つの涙岩の欠片」

 言いながら彼はグローブボックスからこぶし大ほどの大きさの石を取り出した。

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ウラミゾン ナカムラマイ @koiji_usohema

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