亀の甲より年の功

 まさか、蒼生会の奴らが最初から瀬野と美濃の両方を目標に動いていたとはね……。だけど、なんとか間に合ったようで何よりだ。

「おい!止まれ!何者だテメェ!」

 多く見積もって10人ってところか。まとめ役は誰だ?うちの事務所に来たのが一ノ矢だったから、それ以外の誰かってことか。

「……おい。なんでアンタがここにいる」

 下っ端に囲まれ、歩くことを阻まれていたところで、美濃家の玄関から声が聞こえてきた。

 今までとは違い、それは明確に私のことを知っている口ぶりである。

 そして私も、その声が誰なのかすぐにわかった──。非常に好都合な人物である。

「やあ、奇遇だね。ひがし君」

「……お前らはいったん車に戻ってろ」

「ですがアニキ──」

「大丈夫、この人は顔見知りだ」

「……!わかりました」

 彼は私に色々と借りがあるのだ。義理人情を大切にする彼のことだから、話くらいは当然聴いてくれるだろうし、あわよくばあっさり美濃を引き渡してくれるかもしれない。

「まずは私がここにいる理由だけど……とある依頼のためだね。これ以上は守秘義務があるから言えないな」

瀬野一せのはじめか……。一ノ矢の野郎しくじったな……!」

「……そうだね。彼女がうちの事務所に来る前だったらあるいは……ってやつかな」

「手を引いてくれ。今回はウチもかなり本気なんだ……。いくらアンタといえどもタダじゃすまない」

「にしても、ただの女子高生相手にこれだけの人数集めることはないだろ……。どうしてそこまでして涙岩を……もしかして会長でもぶっ倒れたか?」

「…………」

 東はなにも言わなかったが、その辛そうな表情は十分に事実を物語っていた。

 どうやら本当にぶっ倒れていたようである。

 確かにトップが病気となると蒼生会がここまで、躍起になるのにも頷けるな。

「まあ、仮にあの爺さんがぶっ倒れていようが、美濃はこちらに渡してもらうよ。ちなみにこれはお願いじゃない。その気になればこの場にいる全員程度、私は一人で相手にできるのを君なら知ってるだろ?」

 と、強がってみたものの無傷とはいかないだろうな。痛いのは勘弁してほしいので、ぜひとも大人しく要求を飲んでくれ!

 それに格好つけて車を出た手前、怪我をしてなんて帰れない。

「……」

「──兄貴、ガキ連れてきました。それと、多分これが例の石です」

 東との沈黙が続いていると家の奥から、おそらく美濃であろう娘を肩に抱えた男が出てくる。男は右手には歪な形をした水晶のような石を持っており、東へ確認を取ると小さなアタッシュケースへとそれをしまった。

「そうか。娘の容態は?」

「……なんとも言えないですね。これならわざわざ俺達が始末する必要もなさそうですけど……」

「だが、オヤジも相当危険な状態だ。いつまで持つかわかったもんじゃない。」

 私は瀬野に涙岩の話をしたが、あれはその全てではない。

「涙岩の欠片は一度その能力を発揮すると、病を欠片から受け取った者が死ぬか、その者が涙岩本体の下へ行くことでしか二度目の能力が発揮されない、か……」

「そうだ……。だからオヤジの病を石に吸わせるためには、この娘に死んでもらう必要がある」

「その娘を──美濃を涙岩本体の下へ連れて行くという手もあるだろ」

「ああ……。その場所がどこかわかってるなら俺達もそうしますよ。だが、今まで誰が探してもそんなものどこにも見つからなかった。学者、探偵、骨董屋、トレジャーハンター、どんなプロでもだ。それなら、苦しい時間は短いほうがいいでしょう……」

 東の言い分は正しい。

 私が彼と同じ立場なら同様の結論を出すだろう。

 しかし──

「私が涙岩の場所を知っていると言ったら?」

「なんだと……?」

「見つけたんだよ、偶然だけどね……。だから急いでここに来たんだ。彼女はまだ助かる」

「……だがそれが嘘で、アナタがこの娘を連れて逃げるという可能性もある。そうすれば、いつまでも石が力を取り戻すことはなく、オヤジは……いや、蒼生会は終わりだ!だから、今回ばかりはアンタであろうとも押し通させてもらう!」

 蒼生会──会長、蒼生龍之介あおいりゅうのすけ

 現在の性格はとても穏やかで、とてもヤクザの会長だとは思えないが、若い頃はその真逆。一度でも暴れだすと手が付けられず、恐れ知らずであったらしい。

 その頃に作られた様々な武勇伝と、今の優しさが合わさり弟分達からは相当厚い信頼を得ている。

 だからこそ、東も一ノ矢もここまで必死なのだろう。

「……それじゃあしょうがないね。君たち二人なら15秒ってところかな」

 久しぶりの運動だから、体がなまってなければいいけどっ!

「──⁉うっ……」

「なっ⁉東さん──!」

「よそ見しちゃだめだよ」

「──え?ブッ!」

「というわけで美濃はこちらで預からせてもらうからね……」

 15秒もかからなかったな。車にいる残りの連中にバレる前にさっさと帰るとするか。

「……リセェ」

 美濃家の敷地を出る所で、玄関の方から弱々しい声が聞こえてくる。瀬野の話の中で何度か出てきた美濃の祖母だろう。

「……お孫さんを少しお借りします。必ず無事にお返ししますので、どうかご安心をって安心できるわけないか」

「リセを……」

「──⁉」

「リセを頼みます」

 年寄りの勘ってやつか?

「……依頼されちゃあ受けるしかないですね」

 まったく、年寄りには敵わないな。



 

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