大人のための魔法の適性入門

香久山 ゆみ

大人のための魔法の適性入門

 まあ、魔法使いということになったわけなんですが。

 それはいいんだけれど、困ったことに、いったいぜんたい自分がどんな魔法を使えるのだか、わからない。検討もつかない。

 やはりあれか、魔法陣とか、空飛んだりとかかと思ったが、魔法陣の書き方なんてもちろん知らないから、類似状態として試しにマンホールの蓋の上に立ってみたが、もちろん飛ぶどころかびくともしない。ならば念力かと、机の上のリモコンに念を送るも微動だにしないし、スプーンさえ曲がりはしない。とりあえず形からと、現代日本社会の中でさすがにマントやローブを被るわけにもいかないので、家にあった赤いストールを羽織り、自分ではなかなかいい雰囲気を醸していると満足していたのに、近所の幼稚園児に「赤ずきんばばあ」と指をさされる始末。そうだ、杖。日常身につけていられるものがいいだろうと、杖の代わりに、パーカーの万年筆を購入。テレパスやマインドコントロールなんてどうだろう。部長の気分に合わせて飲み物を出したり、同僚の仕事の進捗を察して資料を用意したり。依頼したいことがあれば明確に指示を出し、報連相。って、これではただのビジネスパーソンじゃん。指を鳴らしてみても、電気もつかないし、店員さんも来ない。

 思いつくままにあれこれ試してみたものの、結局使える魔法がわからない。

 仕方がないので、日常業務に精を出すことになる。週末で、皆デートやら家族サービスやらで早々に退社する中、ひとり残業に立ち向かう。妖精たちよ、私の代わりに仕事を片付けておくれ! 誰もいないオフィスで両手を思い切り振り回したら、デスクの上のカップを倒してしまった。ばしゃん。

 オフィスの隅の掃除用具入れに雑巾を取りにいく。ふと、目にとまったのは。おお、ほうき! 長い竹の柄の箒なんて、家にはないし、学生以来だ。そうだ、これは試していなかった。私はいそいそと箒にまたがり、えいやっと床を蹴ってジャンプした。

 すると。うおあああ……!

 最高到達地点をマークした瞬間、オフィスの入口に立つ寿コトブキくんと目が合った。一人きりだと思ってたのに、こいつも残業してたのか。地面に着地したままうずくまった私へ向けて、寿くんが声を掛ける。

「何してんすか、先輩?」

 うああ、最悪だ。羽をむしられたヒヨコみたいに小さくぶるぶる震える私に、彼は追い打ちをかける。

「魔法使いっすか、先輩。空飛ぼうとしてたんすか。まじで?」

 寿くんは私の前にしゃがんで目線を合わせようとする。合わせるものか。

「ねえ、先輩。先輩っすか? 最近皆が出勤してくる前の早朝の時間に、窓開けて鳥たちに向かって歌いかけてるのは。プリンセスですか? メルヘンですか?」

 うああーーー。それも聞かれてたのー。もうだめ……。私はゆっくりと顔を上げた。乱れた髪の間からゆっくりと彼をにらみつけた目は、我ながら今世紀最大の魔女っぽい顔だ。

「……まほう……。そう、ま・ほ・う。魔法を使おうとしたのよ。悪い?」

 もう開き直るしかない。告白すると少しすっきりした。寿くんは、案に反して目を輝かせた。

「おお。先輩、魔法使えるようになったんすか!」

「いや。魔法は、まだ、使えないけど……。魔法使いになったのっ」

「おおー。すごいじゃないですか。なんで言ってくれないんすか。水臭いじゃないですか」

「だって。言うと、皆ばかにするでしょ。陰口たたいたりするでしょ」

「うは、被害妄想っすよ。先輩ほどの人徳があれば誰も嫌味言ったりしないと思うけど」

 けど?

「で、先輩、魔法の練習してたんすか。何かものになりそうっすか」

「うるさいな。なりそうにないからいろいろ試しているんでしょ」

「どれくらい?」

「う、一ヶ月くらいだけど」

 本当はかれこれ三ヶ月だ。

「で、まだ諦めないんすか」

「なんで諦めるのよ」

「だって。現代社会において、魔法っていります? 空なら飛行機で飛べるし、電話もパソコンもあって、電子レンジで美味しい料理もちょちょいのちょいだし。先輩、今なんか不便してます?」

「べつに不便はないけど……」

「それとも呪いたい奴とかいます?」

「いるけど、呪うわけないじゃない。これまで真っ当に生きてきて、今さらそんなつまらない悪事に手を染めるわけないでしょ」

「なら、魔法べつになくてもよくないじゃないですか?」

「で、でも! 自己実現のためとか! アイデンティティーの確立! 自分の力をどうしたって構わないでしょっ」

「はいはい。それはいいんすけど。先輩、勤務中はしっかり仕事してくださいねー。魔女狩りされても知らないですよー」

 うぐ。

 ほうきを掃除用具入れに片付け、しぶしぶデスクに戻って、仕事を再開する。

 真面目に仕事に取り組む私に、寿くんが温かいコーヒーを差し入れてくれる。まったくよく出来た後輩だ。さすが営業マン。彼の言葉にはいつも敵わない。何気ない一言や些細な行動で、人に元気を与えてくれる。きみみたいな見本がいるから、私も魔法使いになりたいんだけどもね。きみに負けないくらいの魔法をね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大人のための魔法の適性入門 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ