少女と神様

北山 実桜

第1話 少女と神様 

町はずれの山の中、そこには一つの祠があった。その祠の前に一匹の狸が腕組みをして座り込み、難しい顔をしてぶつぶつとつぶやいていた。

「まったく、面倒なことになったわい。あやつめ、変な掟をつくりおって」

狸は先ほどの事を思い出して怒っているようだった。何に怒っているのかと言うと、それは1時間前の出来事のこと。

狸は神様をやっており、その中でも山神様というものだった。今日は定例会議という人間の世界で1年に1回行われる神様が集まる会議がある。というのも名称だけで、会議というよりは人間が神様にお供えしてくれたものを神様みんなで持ち寄って食べるという会なのであった。

 そのため、この狸はこの日を楽しみにしており、普段の何倍もの時間をかけて身支度を整えていた。狸は池の端っこにまるで人間かのようにあぐらをかき、池の水面に映る自分を見つめながら、人間の手と同じように動かして自分の頭の毛をなでつけていく。

「よし」

 狸は満足気な顔で水鏡を覗いている。また4本足で立ち、そのままくるっと向きを変えて、来た道を戻る。木々が風に吹かれリズムを刻む。ざわざわ、ざわざわ、それに合わせるかのように狸の歩調も軽やかになっていく。狸は自分が奉られている祠の前までやってくるとそのまま祠の中に入っていった。

もちろん手ぶらで……。祠を通り抜けたことで会場に到着した。あいかわらず、質素な場所だ。無機質な白い床に大きな四角いテーブルが3つ並んでいる。

「ふむ、今年も一番に着いたようじゃな」

「おや、相変わらず早いですね」

 隣から声が聞こえてびくっとする。わしに声をかけてきたのは水神だ。さっきまでたしかに居なかったはずだがわしと少し離れたところにもうすでに立っている。白の髪は肩より少し長く、白い着物を着た青年といった風貌だ。今の時代だと何というんじゃったか……。確か、いけめんと言った顔だ。まあ、癪だがたしかに整った顔立ちをしておる。

 というか……。

「お主は、急に話しかけるでない! びっくりするじゃろうが!」

「おやおや、急になんですか」

 やつはやれやれという顔でわしを見下ろす。そして自分の口に手をあて、笑いを抑えようとする。

「あなたはあいかわらずたぬき姿でいらっしゃるのですね」

 ふ、くふふっと笑いをこらえようとして肩が小刻みに震えている。基本的に神というものは人姿こそが神としての力がある証。動物の姿を借りるのは、人姿になるほどの力がないとみられるのだ。

「お主にはわからんじゃろうが、わしはこの姿を気に入っておるのじゃ。決して人姿になれないわけではないのじゃぞ!」

 わしは自分の背中の毛を逆立たせてみせる。笑いが収まり、息を整えるようにふぅーっと息を吐く水神。それから、わしの方へと向き直し一瞥すると

「ええ、わかりませんね。それより、今年も何も持ってきてないのなら手伝ってください」

「元よりそのつもりじゃ」

わしはふんっとそっぽを向く。

 こうしてなんとかわしらは作業を終え、神も皆集まり食事会が始まった。大きなテーブルにたくさんの品が並びおもいおもいに食べたいものを取っていく。主に並ぶのはりんごにみかん、メロン、スイカなどの、果物だ。食べ物の数も減り食事会の終盤に差し掛かる頃、水神がある提案をした。それは、神は神としての行動を取るという掟を作らないか、というものだ。つまり、神としての仕事をしろということになる。これには、2つに意見が分かれた。しかし、もともと神としての仕事をしているものは多数いる。そのため、皆最初は困惑していたが、多数決によりすぐにこの掟は作られることとなった。


 

 食事会から帰ってきたわしは文句を言いながらそのまま村の方へと歩き始めた。

「あやつめ、わしに力がないことを知ってて言ったな」

道になっていない、獣道のような場所を通ってひらけた場所に出る。そこから何百年ぶりかの村の風景を眺めた。

「だいぶ様変わりしたものだな……」

 そこには自分の記憶とは似ても似つかない景色が広がっていた。前訪れたときはもっと活気があったはずだ。もっと家の数も多かった。今は、畑や田んぼが広がっており、民家が1ヶ所にかたまっている。この光景を私は寂しさともつかない儚さのようなものを感じた。人間とはすぐに散って居なくなってしまうものじゃな。わしは再び村に向かって歩き始めた。


 

 山を出てしばらくした頃、わしは毛が焼けるような暑さの中にいた。現代は6月でもこんなに暑いものなのか、自分の息がだんだんと荒い呼吸になってくるのがわかる。

 ぜえ……ぜえ。昔はもっと涼しかったはず……。ぜえ……ぜえ。もう目の前には民家が見えている。あと少しで……家に……そこで水を……。そう思っていたら急に体が動かなくなり倒れてしまった。自分の視界が地面のすぐ近くにある。熱い、苦しい……。

パタパタと一つの足音が聞こえる。人間だ。この姿では食われると思ったが動くことはできない。一人の人間が傍らにしゃがみ込む、それは少女だった。

「…………したの、大丈夫?」

だんだんと意識が薄れていく。その中で自分がこのとき欲しいものの単語が出てきた。

「……ごはん、それとも水?」

 水という単語に思わず耳だけが反応した。

 「...............もしかして水?」

また、耳がピクピクと反応をする。

「……水が欲しいのね、ちょっと待ってて。今、汲んでくるから」

 そういうと少女はパタパタとかけて行った。そして、しばらくすると少女の足音が聞こえて目の前に水の入った容器が置かれた。容器にはなみなみと水が注がれている。なんとか顔を近づけて飲むとゆっくりと体が動くようになる。冷たい水が喉を通り枯渇したからだに染み渡る。2本足で立ち上がって容器を両手で持って、ごくごくと夢中になって飲み干した。

「ぷはー、生き返ったわい」

 わしは少女の方を向くと……すぐにやってしまったと気づいた。少女の表情はとても固まっていたからだ。それにわしの足から頭のてっぺんまでをじっくりと見つめている。わしはそのままゆっくりと4本立ちに戻しそのままゆっくりと動物と同じように座る。このまま動物のように振る舞えば…………いや、もうわしは、隠すということをやめたのだ。あの時から…………。

「これはじつにうまい水であった、感謝する。」

 そう少女に向かって言ったのだが呆けた顔をしていて聞いていないようだった。

「おい、そこの娘聞いておるのか」

 少し大きな声を出すと少女は反応した。

「は、はいっ」

「感謝すると言ったのだ」

「あっ、はい。……狸が喋ってて、今私と会話している。え……どういうこと?」

 少女はこの現実的でないことに混乱しているようだ。自分で自分の状況を理解しようとしているが、余計に混乱を生んでいる。これを人は負の連鎖というのだったか。いつぞやの食事会で神が言っておったな。

「わしはお前たちのいう神だからな」

 少しだけ得意気な顔をして見せる。ふふん。

 「神さま……? じゃ狸が話すのも……納得……かな?」

 少女はとりあえずこの現状を受け入れることにしたようだ。

「わしは狸ではなく、神じゃ。その中でも山神なのだぞ」

 ふんっとそっぽを向く。

「それなら、山神様はどうしてここにきたの?」

「神としての仕事をしに来たのだ」

 そうだ、ちょうどいい。この少女の悩みを解決するとしよう。

「そうだお主悩みはないのか?」

「悩み事、これも神様の仕事なのね」

 うーんと言いながら考えている少女。

「………………特にない」

 考えたが出てこなかったそうだ。

「あっでも、近所の人たちとかは悩み事あるんじゃないかな」

 わしがあまりにもガッカリして見えたのか助言をしてくれる。

「よし、じゃあ小娘行くぞ」

「山神さま、私あやかだよ」

 名前で呼んでと少女……あやかはそう言った。

「うむ、わかった」

 2人で歩いて近所に住む幸子という人の家の前にやってきた。ちょうど老婆が家の中に入っていくところだった。

「あ! 幸子さーん」

 あやかは走って老婆のもとにかけ寄る。

「…………あの、えっと」

 なぜかあやかは口をもごもごさせあの、その、と言って会話が進まない。そのうえ、こっちをチラッと見ている。なんだ人見知りなのか、ならばこれ以上無理をさせることはできんな。

「何か悩み事はないか聞きにきたのだ」

 あやかの足下から前に出て言った。

「ギャーーーッ」

 心底驚いた顔をして後ろにのけぞる。そのままバタンと倒れそうになるのをあやかが受け止めた。

 「私がこれから順番に説明しようとしてたのに!」

 あやかが受け止めながら、こっちをムッとした顔で見つめる。

「幸子さん、ご高齢だからあんまり驚かせないように説明しようとしてたのに……」

 あやかが悲しそうな顔をする。

「…………すまないことをした」

 これには、わしもいたたまれない思いを抱く。

「私は……大丈夫だよ」

 しゃがれた声で優しくあやかに声をかけながら体を起こす。それからこっちを見た。

「あなた様はもしや山神さまですかな?」

 これには、びっくりした。何せ何百年前ぐらいから神としての仕事を放棄していたのだから、存在を知っている者がいるとは思っていなかった。それにこの狸姿だ、誰も山神だとは思うまい。

「……お主はなぜわしが山神だと思ったのだ?」

「私は小さい頃から山神さまがこの村を守ってくださっていると聞いていましたからね」

 そう言って穏やかに笑った。

「ああ、それでなんでしたっけ用事は。とりあえず家に入ってくださいな」

 そう言いながら立ち上がる。わしらは案内され家の中に入った。幸子という人はとても世話焼きな性格のようだった。わしが神の仕事として皆の悩みを聞いているという話をしたら、すぐに人を紹介してくれた。それだけでなく、近所の人たち全員の悩みごとを把握しているようで、すぐに何人もの人の名前が上がる。

 さっそく言われた名前の家に行く。もうすでに話が通っているようで説明の手間が省けた。

「お前さんが、山神というやつかいな」

 1人の男がわしに声をかける。

「うむ、そのとおりじゃ」

「うおっ、本当に流暢に喋るんだな。幸子さんが言っていたが本当にこの目で見るまで信じられなかったな」

目を丸くして驚いてはいるものの、この状況をすんなりと受け入れているようだった。

「じゃ、さっそくだが手伝ってもらうぞ」

男はそうわしに声をかけニヤリと笑った。

 わしらはいろんな家を訪れ手伝った。最初のあの男の家では、伐採してもいい木を選んでくれと言われた。他にも、畑の手伝いや肩こりなどわしとは関係がないような願いまでやらされた。結局、肩こりはあやかがやったが。わしには肉球というものがあり、効果がなかった。また、その道中でたくさんの人に声をかけられた。村人には話が伝わっているようで、皆、最初は驚きはするものの普通に話しかけてくる。

 太陽が沈み始める頃、ようやく解放された。

「ふう、さすがに疲れたわい」

 とため息をつく。

「そうだね」

 あやかは最後までわしに付き合って手伝いをした。

 「途中で帰ってもよかったのだぞ」

 あやかは首を横に振った。

「ううん、私が提案したんだもん、最後までやらなくちゃ。それに、みんなを手伝うの嫌じゃなかったよ」

 あやかはこっちを見ながら明るく言った。

「そうか」

 あやかにとって有意義な時間になったのならそれでよかったのだろう。さて、人々の悩みは少し解決しただろう。ならば…………、帰ろうとしたところで声をかけられた。

「おふたりさん、今日はご苦労様でした。みんなが待っていますよ」

 最初にあった幸子だ。待っているとはどういうことだろう。とりあえず、あやかとともに行ってみることにした。

「2人ともちゃんと準備は整ってるぞ」

 村人たちはそういうとバーベキューの肉を焼き始めた。今日、わしらが手伝ってくれたことの感謝のようだった。お皿を渡され、肉も次から次へと乗せられていく。山神は気になっていたことを聞いてみた。

「なぜお主たちはわしに願い事をせぬのだ。今日わしがしたことはどれもお主たち自身で解決できたことであろう」

「何を言っているんだどれも願いごとじゃないか」

村人の1人が言う。

「ああ十分頼らせてもらったよ。いつも村を守っている神様が来て願いを聞いてくれた。これじゃ、もらってばかりだからな。供物を1つもしていないんだしなあ」

 続けざまに別の村人も答える。

「いや、わしとていつも村を守っているわけではないぞ」

と正直に言った。村人たちはガッハッハと笑う。

「俺たちの村の神様はそれでいい、それがいい。いつも与えてばかりでは大変だろうし、こっちも申し訳ねえからな。神様ばっかりには頼れねえよ。村にいる神さまなんだから、村の一員だ。村では助け合いだからな」

 村の一員、なんだかその言葉は無性に嬉しいと感じた。ああ、この村はとても居心地がいい。わしは神というものを聞けば、人々は何でも欲しい物を願うと思っていた。しかし、与えるだけでなくもらう側になるのは悪くないな。

「今日は、しっかりともらっているぞ。暑くて倒れているわしを助けてくれた者がいるからな」

 ちらっとあやかの方を見る。あやかは、楽しそうに会話をしている。ああ、こんなときに呼び出しとは、自分の祠のある方を見つめわしは眉間にシワを寄せる。

「わしはそろそろ帰るとする」

 持っていた皿をテーブルに置きそのまま山に向かう。

「あ、おい! まだ始まったばかりだぞ」

 引き止めようとするがわしは聞き流した。

 わしはそのまま山に行くと祠の中に入る。今日の朝と同じ部屋にいた。そこには、すでに水神がいる。

「で、何のようなのだ」

 不機嫌な口調のまま水神に向かっていう。

「おや、不機嫌ですね」

 わしの声に反応して振り返り、少し驚いて見せる。

「早く本題に入らぬか」

 ツンとしていうと水神はため息をつく。

「はあ、では神力は使えるようになったのですか」

「ふん、気づいておったか」

「ここは私のつくった空間ですからね、あなたが人姿になれないこともわかっていましたよ」

 水神は遠くを見つめるような目になる。神力は神が人姿を維持するために使われる。ただ、神力がなくなるということは、人間での死と一緒の意味を持つ。

「もしや水神、あの掟はわしのためにか?」

「いえ、違いますよ」

 きっぱりと言い放つ。

「だろうな」

 一瞬でもそう思った自分がバカバカしい。だが、このきっかけがなければわしは消滅していただろう。わしは神としての意義を見い出せなくなった。神力もなくなり、人姿にもなれなくなったわしの運命は、人間の言う死を待つのみ。それでもいいと思っていた。

「人間というものは悪くないでしょう?」

 そう言ってニヤッと笑う。

「……まあな」

 水神の罠にはまってしまったように感じて腹立たしく思うが、わしは確かに居場所を手に入れた。

「あなたには、神としての仕事というものをよくは思っていなかった。だからこそあなたのやり方であそこの村人たちと交流をして欲しかった」

 そしてぼそっと告げる。

「…………以前私がしてもらったように」

「なんだ、なんか言ったのか」

「いえ、何も」

 水神は素知らぬ顔をしている。

「ところであなたは、人姿にはならないのですか」

 水神は、人姿になる力は十分あるはずなどとぼそぼそ言っている。

「いいんだ、今朝も言ったであろうこの姿が気に入っているとな」

 水神にむかってわしはニヤッと笑う。

「おや、そうですか」

 やれやれと今朝と同じような顔をする。

「わしはもう帰るぞ」

 そう言ってわしは水神の空間から抜け出た。山神が抜けた後、水神はボソリとつぶやく。

「まだまだ、先生には神としての仕事をしてもらいますよ」


 

 

 

 



 

 

 

 

 















 

 

 

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少女と神様 北山 実桜 @kosumosusaku

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