年賀状

年賀状

 小学生の頃から通っている道場の恒例行事、『門下そろっての御来光を拝むついでの長距離ランニング』を終えて家路に就く頃にはすっかり辺りは明るくなっていた。初日の出を拝むには遅いし、初詣に行くにはちょっと早いという時間帯の所為か、人通りはなく歩いているのは川上くらいだ。


 里との待ち合わせの時間まで、雑煮でも食べながら特番でも見るかなぁと考えながら道の真ん中を歩いていても取り敢えず誰も注意する人間がいない。と、その横を郵便局の真っ赤なバイクが駆け抜けて行く。川上は動じない。が、生じた風と響いたエンジン音が途絶えて暫くしてから呟いた。「危ないなぁ……」


 多分里が見ていたら、『お前のほうが危ない、とっとと寝ろ』と突っ込んだ事だろう。



 そんな感じでほわほわと家に帰り着くと、ポストにぶ厚い年賀ハガキの大群が鎮座していた。


「ただいまぁー」


 ハガキを抱えて玄関に入ると、


「あら、おかえりなさい。今年は早かったのねぇ」

「おう、響。一緒に飲むか、一杯だけならいいぞ」


 既に出来上がっている両親が、いた。姉は昨日の内に旅行に出かけているので、誰も止める役がいなかったらしい。


「んー、あとで」


 おざなりに返事をして、洗濯機に道着を放り込んでから台所へ向かう。汗は道場で流してきたので、とにかく腹ごしらえと言う訳だ。おせちの重箱は今、両親の所に行っているので、鍋の中の雑煮を火にかけて、切り餅をトースターに放り込む。煮崩れた餅よりも、しっかりした焼餅の方が好きなのだが、他の家族は皆煮餅の方が好きときているので、自分でしないと食べられない。


 餅が焼けるまでの間を使って、ハガキを分け始める。


「これは、親父。姉貴。俺。お袋。俺。姉貴……」


 テンポよく分けていく手がふと止まる。宛名は川上響様。送り主は成田紗智子。


「今年もなんだ……」


 なんだか感慨に耽りたくなる。初めて年賀状を貰ったのが二年前で、その時も同じ文面だったんだよねぇ。意味が分からなくて姉貴に尋ねて。


 チャンカチャンカチャカチャカチャァーン。


 CMでもよく使われるクラッシックの着信音が浸っていた川上を引き戻す。見れば里の文字が携帯のディスプレイに躍っている。出ると。


「なあ、なりっさんの年賀状見たか」


 開口一番これだった。


「タイミングいいね。今見てたところだよ」

「丁度いいや。意味教えてくれ」


 疲れた声だった。仕方ないよなぁ、これだし。とか思う。成田さんの年賀状を見て思う。四角いハガキには『あけおめ。ことよろ。コタみか』の合計十二文字が達筆な字でしたためられていた。


「いいかい。言うよ?」


 一応確認を取ってから一息に並べる。


「明けましておめでとう。今年もよろしく。コタツでみかん」

「は……?」

「だから、明けましておめでとう。今年もよろしく。コタツでみかん」


 わけわかんねぇーとか何とか聞こえてくる。微妙に声が遠いのは、一応気を使って携帯を離してから叫んだのだろう。


「すまん、なりっさんて何者だ」

「成田さん」

「即答かよ。ってかそれ答えになってないだろう!!」

「そうかな」

「そうだよ。あーお前、初日の出拝みに行くとか言ってたよな。寝てないだろ。寝ろ今すぐ寝ろ、俺との待ち合わせ昼からにしてやるから、寝ろ」

「なんか酷い言われ方だね」

「当たり前だ。寝不足のお前と関わったら碌な目にあわん。悪いことは言わないから、寝ろ」


 必死な里の物言いに、確かに眠いかもなぁと思わなくもない。その時点で実は結構、傍から見ているとあぶなかっしい状態なのではあるけれど、川上本人はそんな事は露知らない。


「とにかく寝ろ」

「ん、わかった」

「あっ。ちょっと待て」

「なに?」

「忘れてた。明けましておめでとう。今年もよろしく」

「あー。そうだね。明けましておめでとう。こちらこそ、よろしく」


 携帯越しに離れた相手に挨拶する。妙ではあるけど、確かによくある風景を演じ、待ち合わせの時間を十二時に決めて通話を切った。


 気が付けばトースターの中で餅が破裂してさらには焦げて、大惨事になっている。喩えてみれば、『切り餅バラバラ焼死事件?』違和感なく浮かんでしまった意味不明のタイトルに本当に眠いんだなと自覚する。


「寝よう」


 食べれなくなってしまった切り餅に手を合わせて処分してから、川上は自室のベッドに横になる。今年も賑やかな年になりそうだなぁとぼんやり考えていると瞼が重くなり、程なく眠りの国に旅立った。



 川上の予想通り、初詣先の夕月神社で何時ものように騒ぎを起こす事になる訳だけれども、それはそれと言う事で。

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シリーズ S&K 此木晶(しょう) @syou2022

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