元彼のキメラ
たつじ
元彼のキメラ
白っぽい部屋の小さなベッドで、知らない男が麻央を抱き締めている。顔がいい。でも、三十歳歳ぐらいに見えるのにぼーっとしていて、どこか生まれたての赤ん坊のように頼りない雰囲気だ。
「姉ちゃん、この人もしかして……」
「うん。隆くんは顔が良かったから、佐藤くんの身体と合成してみたんだぁ」
男の腕の中で溌剌と答える麻央は、相変わらずの整った面立ちに、満面の笑顔を浮かべている。くらくらする。この男は恐らく、『高校時代の元彼の隆』と、『今彼の佐藤』のキメラだ。彼女が大学の研究室で黒魔術をやっていたことは知っていたけれど、まさか本当に実践してしまうとは。
「隆くん連れてくるの大変だったんだよぉ。だから、次は真琴、あんたに手伝ってほしい」
「……次って?」
「そう。だってこの人ね、料理が全然できないのぉー」
麻央が心底残念そうな顔をして、キメラを撫でながら続ける。私もそろそろいい年でしょ、絶対に完璧な結婚がしたいのよ。
僕は小さい頃から麻央に逆らえない。結局、麻央が大学時代に付き合っていた元彼である『料理上手の隼人』を、姉が久しぶりに会いたがってるとかなんとか言って、強引に部屋に連れてきた。麦茶に睡眠薬を盛り、昏睡状態にして麻央に差し出す。
「ありがとぉ真琴。やっぱあんた頼りになるわ」
そう言って麻央は風呂場に消えた。一時間ほどで、どういう原理か、佐藤の身体、隆の顔、隼人の腕のキメラが出来上がる。
「ねぇ真琴……。こんなこと、あんたに言いにくいんだけどさ」
キメラと機嫌よく暮らしていた麻央だったけれど、しばらくするとまた僕を呼び出して、しなだれかかってきた。
「やっぱり、私、圭吾のアレじゃなきゃ満足できないの」
「アレって……」
「もう、言わせないでよ」
麻央は顔を真っ赤にしている。僕はまた、麻央が二十代のときの元彼である『商社マンの圭吾』に会いに行き、飲み屋で酒に睡眠薬を持った。フラついている圭吾を無理矢理タクシーに押し込み、麻央のマンションの前で降ろしたときだった。
「麻央が会いたいだと? 今更そんなわけあるか。あのひどい女のことだ、絶対なにか企んでるんだろ」
圭吾は呂律の回らない舌でまくしたてると、僕に飛び掛かってきた。
「姉ちゃんを悪く言うな」
もみ合いになったけれど、鞄に忍ばせていたスタンガンでなんとか気絶せる。力の抜けた圭吾を背負って、ようやく麻央の部屋に着いた。でも、こんなこと、本当に姉のためになるのか?
「ありがとぉ真琴……」
胸の中に生まれた小さな疑問は、麻央の心の底からの笑顔を見れば吹っ飛んでしまう。
僕たちが小さい頃、両親の仲は冷え切っていて毎日争いが絶えなかった。喧嘩が始まると、僕たちは押し入れに避難した。しくしく泣いてばかりいた僕を、麻央はいつも笑わせようとしてくれた。自分も怖いはずなのに。心根は優しい姉なのだ。
「真琴、どうしよう……」
しばらくして、真っ青な顔をして麻央が風呂場から出てきた。出来上がったキメラが、麻央を抱き締めてくれないのだという。
「合成しすぎちゃったみたい」
佐藤の身体、隆の顔、隼人の腕、圭吾のアレのキメラは、どろどろの真っ黒なよくわからない液体をまとって、風呂場で裸のまま蹲っている。恐らく、たくさんの『元彼』を合成しすぎて、麻央に対する好意が薄まってしまったのだ。
パパとママみたいになりたくないよ、と麻央は涙を流す。
「姉ちゃん、僕を合成して」
僕が麻央を好きな気持ちは、誰にも負けない。キメラに抱かれる麻央を見ながら、隼人や圭吾を担ぎながら、ずっと考えてきたことだった。
「真琴……」
ありがとぉ、と言って、麻央はにっこりと笑った。
元彼のキメラ たつじ @_tatsuzi_
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