10話

「お人よしね、あんたは」

 初めての旅仕度はぎこちなくも、山の街道意気揚々と歩いていると、もはや聞きなれたツンツンした声が脇の林から投げ飛ばされてきた。

 これはまだ、権助の小屋が探索される前、おとろしを倒し、山を下りてからわずかも日を置かない日のことである。ケンタの旅立ちの、その最初のことである。

 独りの旅路も覚悟して、ところがそこに出てきたのがオサキである。

 うれしくないわけがない。でも、

「なにが?」

 不満げなオサキに、ケンタは心底なんのことか分からないと首をかしげた。

「あんた、結局、あの親父にいわれるまま、化け物退治の名乗りも上げなかったんでしょ? おかげであんたには何の名誉も、褒美だってもらえなかったじゃない」

「そうだけど、別に俺は……」

「せめてあの刀を持っていったって、誰も文句はいえないのに」

「ダメだ。あれは山を鎮護する刀だ。誰が持っていっていいものでもない」

 そこはきっぱり、何ものも侵せない聖域とケンタは言い切る。

「ほんとに、お人よし」

 ケンタは化け物退治の一部始終、すぐに父にだけは打ち明けたのである。父も事件の一部に関わっていたし、何よりそれゆえ隠し通すことも出来なかったからである。父は黙って聞いていたが、話し終えても腕を組み、唸るだけでしばらく口を開かなかった。

「おまえ、村を出ろ」

 かと思えば、口を開いた途端、とんでもないことを言い出したのである。

「おとろしって奴のこと、権じぃのこと、分かった、信じよう。だが、それは言いふらさないほうがいい。俺はほれ、途中で会ったから、まあ信じられもしようが、見ていない奴はどうだろうか? もしかしたら、おまえが犯人と思われるかもしれない。いや、違うぞ! 俺に累が及ぶとか、そんなことは考えちゃいないぞ!」

 慌てた父に眉根を寄せたが、

「おまえはこれからどうしたいんだ?」

 と、それはごまかしと分かっていても、

「別に、化け物退治を自慢したいわけじゃない」

「うん、いい心構えだ。それでいい。だが、問題はその先だ」

「さき?」

「早晩、化け物のことは村に知れ渡る、その時どうするのかってことだ」

「分かんない。でも、俺は権じぃがそうしたように、これからも村を守りたい」

 そこで、得たりとばかりに父は膝を打ったのである。

「だったらなおさら外の世界を見て来い。見識を広げろ、修業してもっと力もつけろ。そうだ! 侍に憧れるなら、どうせなら侍になれ。町に出ればほれ、俺みたいな田舎もんはすっかり鴨にされて身ぐるみひっぺがされる、そんなもんもな、侍になって変えてくれや。偉くなりゃあ、つまりもっと村を守れるってことだ。うん、それがいい。それがいい!」

 かわいい子には旅をさせろだともっともらしく、握り飯少しこっそり用意して、その日のうちに、母にも弟妹にも別れも告げさせず家を出されたのである。

「結局、あんたは厄介払いされただけよ」

 博打の負けなど自業自得ではないか。それにかこつけて、ろくでもないことこの上ない。

 この機に乗じて口減らし、そんなことまで透けて見えるではないか。

 やれやれと、お決まりのポーズでオサキは首を振るのである。

「怒ってくれてありがとう。でも、働き手が一つ減るんだぞ? それでも俺を送り出してくれたんだ。父ちゃんは俺に期待しているんだよ」

「まったく、そういうところが、人がよすぎるというの! あんた、村ではいじめられていたでしょ? あの家の子供じゃないってことで」

 人を疑わない、まっさら正直すぎるケンタに、オサキはなおも手厳しい。

「川に流されて村にたどり着いた赤ん坊。どんな素性があるか知れたものじゃない。でも見付けた限りは、見付けた人が育てるのが法度。でも、それももういいだろうって、あのクソ親父はあんたをまた捨てたのよ?」

「よく知っているよね、オサキも」

「見ていたから、ずっと」

「やっぱり!」

「そういうことじゃなくて……。もう、分かってるの、本当に!」

 オサキの正体確信して、それのほうこそ無邪気に喜ぶケンタだが、オサキは照れと困惑に、呆れた顔も隠せない。

 ケンタは本当に、風で吹き飛ばせるほど何もこだわりないのである。

「いろんなことは今まで散々耳にしてきたから。災厄をもたらす疫神の子だとか、逆に村に幸をもたらす恵比寿の化身とか。全部ひっくるめて、育ててもらった恩こそ大事だし」

「狒狒退治のとき、あんたがあの侍につけられたのも……」

「うん。そういうことだ。狒狒っていう災厄、おまえのせいだって、いわれなくても分かってた。でも、俺にとってはお侍さまのすごさを間近で見られたんだ、結局良かったんだよ」

「生贄みたいなもんなのに」

「おびき出すためのエサだよね、まるで」

「よく他人事みたいに笑えるわねえ、まったく」

 オサキがぷりぷりと怒る顔も、ケンタにはうれしく見える。焼けた鉄を水につければ一瞬で湯立つように、自分のことでもないのに自分のことのように、自分の代わりに怒ってくれるのである。それでもう、十分だ。

 それより、

「そういうオサキこそ、いいのかよ」

「何が?」

「オサキは社の守りなんだろう? 今じゃ、たった一人の。山を離れていいのか?」

「いいのよ、別に」

 事もなげに、オサキはいう。

「母さまなら、修行してきなさいっていうわ。私が化けられるようになったのはきっと、母さまと兄さまが最後に力を分けてくれたから。でも、それではいけないって。やっぱり自力を高めないといけないのよ」

 一度、山を振り返ったオサキだったが、

「だから、あんたについていってあげる」

「え?」

 一瞬、予想もしなかった答えに、何をいわれたか分からなかった。

 別れを惜しんで見送りに、それで十分だったのに。

「なによ、いやなわけ? あんたみたいなお人よし、ほっとくわけにはいかないもの。あんたが人間にだまされないよう、そばで見張っといてあげるわ」

 自分の正体が狐であることの口止めはいいのか。

 それを知る人間についてくるなんて、それのほうがよほどお人よしじゃないのか。

 と、それは心の奥にあればいい。

 ケンタは喜びを爆発させた。

「うれしいな! オサキがついてきてくれるなんて!」

「なによもう、そんな……。仔犬みたいに尻尾振ったって、何も出てきやしないわよ」

「ハハハ。オサキの顔が真っ赤だ」

「うるさい!」

 こうして、二人の道行きは始まったのである。

 一寸法師も元話では、食べても食べても、年月経ても育たないその異形についに追い出された。その果てに冒険重ねるわけだが、同じくケンタとオサキも二人でその道を行くのである。

「それじゃあ、どこへ行こうか?」

「なに? もしかして何も考えていなかったわけ!」

 きついオサキの返しも、それもまた心地いいとばかりに、ケンタはてらいもなく笑う。

「お侍さまにもう一度会いたいな、捜そうかなと思っていたけど、どこに行けばいいのか分からない」

「行き当たりばったりじゃない、あんたは! やっぱり、私がついて正解だったわ」

 ため息と思案の末に、オサキは提案を一つ。

「まず、大きな町を目指しましょうか? 人が多くいれば、人捜しにもうってつけだと思うし。侍になれなんて無茶なことを真に受けるなら、領主のいる城に駆け込んでみる無茶でもやってみる?」

「なるほど! さすがオサキだ。……で、町って、どこにあるんだ?」

「知らないわよ、もう!」

 掛け合いはすっかり夫婦漫才のごとく。

 ケンタとオサキ。

 この先には昔ばなしをなぞるような不思議な冒険が数多待っているのだが、はてさて。おとろし退治など、まだ序の口。二人の物語はいま始まったばかりである。


 ▼▼▼


 ここまでお読みいただき、本当にお疲れさまでした。

 この作品は、紹介文にも書いたように「電撃小説大賞」様に送った落選作です。

 当時のまま、「カクヨム」様の「記法」も適用せず、ページを分けただけで掲載しております。

 供養のためと……。


 ここまで読んでくださった方だからこそ、https://kakuyomu.jp/works/16817139557230277649/episodes/16817139558835691893

 反省文、これをこそ読んでいただけると作品も浮かばれます。


 よろしくお願いします。

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ケンタとオサキ @t-Arigatou

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