第4話 死闘。そして……

 ぼくはこれまでにも増して必死に体を鍛えた。

 毎日の食事も鶏の胸肉やブロッコリー中心に変える。炭水化物も必要最低限の量を計算して体に入れていく。動画の中に、スポーツ選手向けの食事制限の内容のものがあったのが幸いした。

 そして、技術動画を徹底的に見てイメージトレーニングを行う。

 一か月後の試合を迎えた日――

 体重は10kg減って85kgになっていた。


 闘技場に着くと、ぼくと同じくらいに絞り込んだ対戦相手と目を合わせる。

 ぼくは睨みつけてくる視線を平然と受け止めた。厳しい修練がぼくの中で自信となっていた。


 試合は一進一退の中、3ラウンドを迎えた。かなりスタミナが危ない。

 ぼくは左ジャブからの右ストレートという見え見えのコンビネーションを繰り返した。相手が慣れた頃に右ストレートのフェイントを入れてタックルに行く。

 対戦相手はフェイントに引っかかりカウンターの左フックを打ってきた。

 その左フックにカウンターのタックルをきめる。そして、相手の背中をマットに叩きつけた。

 同時に卵が潰れる感触が伝わった。


 泣きそうな顔をした相手から離れると、距離を取った。

 ちゅどん

 と、爆発音がして相手の首が吹き飛ぶ。

 ぼくは顔を背けて勝ち名乗りを受け、闘技場から降りた。


 一ヶ月後。ぼくは更に10kg痩せて75kgになり、腹筋が割れて見えるほどの体になっていた。一階から五階までの階段ダッシュをメニューに加えた成果だった。これで3ラウンド目でスタミナが切れる心配はない。

 この試合を勝てば、次は決勝なのだ。気持ちは自然と高ぶった。

 闘技場に着くと、やはり相手もぼくと同じくらいに絞り込んでいた。

 ――そうか。お前も死ぬ気で鍛えたんだな。

 ぼくは不思議と落ち着いた気持ちで相手を見た。

 相手の視線も落ち着いているように思えた。


 前の試合と同じく試合は一進一退だったが、2ラウンドでタックルをきめ損なったとき、背中の卵を危うく割られれそうになった。ぼくは寸での所で、卵を体の前に移動させ、相手の鉄槌てっつい攻撃を避けた。

 3ラウンドに入った。

 スタミナには余裕があったが、寝技へ持って行くためのタックルに入れないでいた。2ラウンドの攻防が脳裏にすり込まれたためだった。


 攻めあぐねていると、相手がもの凄いラッシュ攻撃を仕掛けてきた。

 左ジャブ。右ストレート。左ミドルキック。右フック。左フック。右ローキック。流れるような攻撃が中々止まらない。

 できるだけガードで避けながら、ぼくはチャンスをうかがった。

 ぼくは右アッパーを避けるのに合わせ、相手の首を右脇に挟むように掴んだ。起死回生の投げ技だった。

 相手がぼくの卵を握っているのが見えたが止まらない。巻き込むように投げつけると、運良く相手の卵が体とマットの間に挟まって割れた。

 ぼくの卵は割れてはいなかった。押し潰したり打撃で割ることはできても、握り潰すのには無理のある硬さだったのだ。


 ぼくは素早く立ち上がると、相手に背中を向けた。

 すぐに、ちゅどん。という爆発音が響く。

 ぼくは勝ち名乗りを聞きながら泣いていた。


      *


 一ヶ月後の決勝戦。対戦相手を見たぼくは驚愕した。

 体重が130kgはあるのではないか。

 対してぼくの体重は75kgだ。

 あれから一ヶ月、更に鍛え続け、ぼくの体からは脂肪は消え去り、筋肉だけが残っていた。そんなぼくとは真逆の体が目の前に立っている。


 対戦相手はぼくとは真逆の発想で来たのだ。元々の体重は分からないが、鍛えながら体重を増やしたのだろう。おそらくあの体のかなりの部分は筋肉のはずだ。ただのデブが勝ち抜けるほど、甘いトーナメントではない。

 打撃も体当たりも投げ技も全てを警戒する必要がある。ぼくは唇を噛んで相手を睨んだ。


 ぼくは距離を取り、足を使った。右ストレートや右ローキックを中心に組み立てる。近づきすぎると、相手の唸るようなパンチが飛んでくる。一発でも当たるとやばい。捕まっても危ない。

 だが、1ラウンド終了間際。跳び退る瞬間に、ぼくは手首を捕まえられた。

 左フックを立て続けに二発食らう。

 意識が飛び、膝ががくがくと震える。

 腰に手を回され、さば折りのような形になった。

 その瞬間、ラウンド終了のゴングが鳴り試合が止められた。九死に一生を得るとはこのことだ。

 ぼくはぜいぜいと息を吐き、自分のコーナーへと戻った。


 2ラウンドが始まると、ぼくは突っ込んでいった。全力のパンチを顔面に三発食らわせ、後ろに跳び退る。

 さっきは、怖々とやったからいけなかったのだ。戦い方はヒット&アウェイでいい。ただし、当てる攻撃は強くないとたちまち反撃を喰らってしまう。

 相手には力はあるが、スタミナがない。だからぼくが後ろに跳び退っても無理して追いかけては来ない。

 さらにローキックを立て続けに二発、フルパワーで蹴り込む。そして、後ろに跳び退る。ぼくは攻撃にバリエーションを付けながら、次々に強めの打撃を当てて削った。そして、2ラウンドは終了した。


 運命の3ラウンド。

 ぼくは2ラウンドと同じように特攻した。対戦相手も前に出てきた。

 突進をいなしながらパンチを当てるが、二、三発殴られる覚悟で前に出てくる相手にぼくは冷や汗をかいた。

 捕まることだけ気をつけ、攻撃を当てていくが、ぼくにも相手のパンチは当たった。かすったくらいの当たり方だったが、そのたびに意識が遠のきそうになった。

 試合は、初めて、最後まで行った。

 ゴングを聞きながら、この場合、どうなるのだろう? と思っていると、レフリーロボットの左右に二人とも立たされた。


「コレカラ、判定ニ入リマス」

 ロボットがそう言うと、頭上のスクリーンに対戦相手とぼくの顔写真が写され、点数が出た。10対10のイーブンだ。

 ひょっとして二人とも助かるのか? そう思っていると

「ソレデハ、健康点ヲ加算シマス」

「なんだ!? それっ!?」

 対戦相手が叫んだ。

 ぼくがプラス10点。相手がマイナス10点だ。

 その途端、相手の首輪が爆発した。

 ぼくは、その結末に呆然としていた。


      *


 都心に近い場所にあるカフェ。昼下がりに、ぼくは学校帰りの子どもたちを眺めながら、オーガニックコーヒーを飲んでいた。

 ぼくの頭からは、ここ数ヶ月の記憶がすっぽりと抜け落ちている。太りすぎで入院していたらしいのだが、入院中にすっかり健康的な体へと変身を遂げていた。

 すっかり今の状態がお気に入りになって、また太った体に戻るなんてことは考えられない。動きも軽くなったし、頭の回転も速くなったような気がしていたからだ。


 それにしても、こいつがそばにいるのに、なぜぼくは太っていたのか? 過去のこととは言え、あんな腹をしていたなんて気持ち悪い。顔の側を飛ぶ虫型ドローンを見ながら思うが、何度思い出そうとしても思い出せなかった。

 ふうっ。

 と、大きく息を吐く。

 晴れ晴れとした和やかな気持ちだった。

 ぼくは、これもいつの間にかできた首の周りのあざをシャツの襟で隠すと、明るく輝く太陽を背に、軽い足取りで歩き出した。

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デス・マッチョ・ゲーム 岩間 孝 @iwama-taka

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