第3話 レジスタンス

 目を覚ますとそこはジムだった。

 仰向けの状態で目を覚ますと、天井の蛍光灯に続いてロボットが目に入った。

「大丈夫ソウデスネ」

 ロボットはそれだけを言うと、車輪のモーター音を響かせて方向を変えた。


「ちょっと待ってくれ! あんな話、ぼくは聞いていない。負けたら殺されるなんて……」

 ぼくは泣きながら訴えた。

「訊カレナカッタカラ、言ワナカッタダケデス。質問ニハ全テ、オ答エシマス」

「そう、なのか……分かった」

 ぼくはロボットの言葉を聞いて涙を拭いた。パニクってる場合じゃない。生き残る可能性を上げるためにも情報を得る必要がある。


「じゃ質問だ。このトーナメント。結局、優勝した人しか生き残れないんだな?」

「ハイ。ソシテ優勝者ハ外ニ出ラレマス」

 ぼくは唾を飲んで、質問を続けた。

「もし、試合に出ないと言って、ここでずっと何もせずに暮らすことを選んだら?」

「ソレ自体ハ問題アリマセンガ、試合時間ニハ試合会場ニ立タナクテハイケマセン」

「外に逃げようとしたら?」

「玄関モ窓モ特殊ナ強化ガラス製デス。マズ外ニハ出ラレマセンガ、仮ニ出ルコトガデキタラ、ソノ時点デ爆発シマス。電波ヲ使ッタ仕組ミデス」


「もう一度確認するが、戦いに備えて鍛えるかどうかは自由だってことだな?」

「ソウデス」

「あの卵みたいなもののついたネックレスは何なんだ?」

「アレハ試合ニ緊張感ヲ持タセルタメノモノデス。アレガアルコトデ、実力ガ下ノモノガ上ノモノニ勝ツ可能性ガ出テキマス」

 へえ――。ぼくは観客がたくさんいたことを思い出した。あいつらが楽しめるための仕掛けってことか。


「中には何か入っているのか?」

「アナタタチノ個人情報ガ入ッタチップト記憶ヲ取リ戻スタメノ薬ガ入ッテマス」

「それは、最後まで勝ち抜いたらもらえるのか?」

「モチロンデス。自由トトモニ、自分自身ヲ取リ戻スコトガデキマス」

 最後まで大事に育てて割れたら、本当の自分自身が生まれるってか。まるで趣味の悪いジョークだな。ぼくはため息をついた。


「それと、ぼくたちは犯罪者か何かなのか? それでこういう目に遭わされているのか?」

「犯罪者デハアリマセン。シカシ、人間社会ニトッテ有害ナモノト判断サレテココニ送ラレテイマス」

「犯罪者ではないが、人間社会にとって有害? どういうことだ?」


「世界デハ急速ナ少子高齢化ニ対応スルタメ、人口ヲ維持スル施策ガ進メラレテイルノデス。ソノ一ツガ、人一人一人ニ対スル健康管理システム。一人ニ一体ノ虫型ドローンガ紐付ケラレ、体ニ埋メ込マレタチップト連動シテ健康状態ヲ把握シマス。ソシテ、運動ガ足リナイトキニハ運動ヲ、食事制限ガ必要ナラ食事制限ヲ指示シマス。マタ、体調ニ応ジ適切ナ投薬モ行ワレマス。拒否ハデキマセン。虫型ドローンカラ電気ショックガ与エラレマス」


「完全な管理社会だな……」

「人間社会ヲ滅ボサナイタメノ施策デス。シカシ、コノシステムヲハックシテ、自堕落ニ太ルコトヲ選ブ人タチガイルノデス。彼ラハ自分タチノコトヲレジスタンスト称シ、ネットデ繋ガリ、ハッキングノ方法ヲ共有シテイマス」

「つまり、ぼくはそのレジスタンスの一員だったんだな? このゲームへの参加者全員がそうなのか?」

「ハイ。ソウデス」

 ぼくは自分のせり出した腹を撫でさすりながら大きく息を吐いた。


「だが、今ひとつ分からない、何のためにこんなことをする? 何が目的なんだ?」

「目的ハ二ツ。一ツハコレカラ他ノレジスタンスガ生マレイナイヨウ、見セシメニスルコト。モウ一ツハ、最初ニモ言イマシタガ、ソレコソ実験ナノデス。アナタタチガ自分ノ正体ヲ知ッタ後デモ、レジスタンストシテ自堕落ニ生キルコトヲ選ブカ? ソレトモ努力シテ健康デ強靱ナ体ニナルノカ……」

 何でそんな実験を? と質問しそうになり、ぼくは止めた。彼らには彼らの必要性に迫られた事情があるんだろう。ぼくにとってはどうでもいいことだ。


「ちなみに、あの観客は誰なんだ?」

「大事ナオ客様デス。コノ試合ハ、健康デ平穏ナ生活ヲ送ラレテイル人タチノ、数少ナイ娯楽トシテ大人気ナノデス。ネットデモ視聴サレテイテ、コチラモ大人気デス。コノ売リ上ゲハ、コノトーナメントノ運営ト、レジスタンス狩リニ充テラレマス」

「分かった……」

「質問ハ以上デスカ?」

「ああ」


 ぼくは返事をして、頭をがっくりと垂れた。

 頭痛がして、動悸が速くなったが、奥歯を噛みしめ、前を向く。

 その時には既にロボットはそこにはいなかった。

 無人のジムでぼくは決心をした。

 意地でも生き延びてやる。そして、このくそみたいなトーナメントを企画している奴らを殺してやる――。

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