第2話 最初の戦い

 ぼくは三階の雑貨売り場で、キャンプ用のリュックと携帯型コンロ、寝袋やタオル、歯ブラシを手に入れた。

 ジムまで一旦上ると、リュック以外のものを置き、一階の食料品売り場に降りる。そして、ツナ缶や冷凍チキン、それにブロッコリーやほうれん草と言った冷凍の野菜、ミネラルウォーターを詰め込んだ。

 そしてまたジムに上り、フロアの一角に荷物を並べた。


 今の体のままで、三週間後の試合を勝ち抜けるとはとても思えない。どこまで鍛えられるか自信はなかったが、運動と合わせて食事もバランスを取る必要があった。

 ぼくはジムのマシンを使って鍛え始めた。見よう見まねだったが、片隅に置いてあったPCに筋トレや格闘技のノウハウといったコンテンツがいくつもあった。それに有名な試合映像も。それらを参考に体を動かした。


 フォームが正しいのかどうかは分からないが、がむしゃらに体を動かした。中でもサンドバックを打つのは楽しかった。最初はぎこちなかったキックやパンチが上手くなっていくのが自分でも分かったからだった。


 体を動かすと腹が減った。

 できるだけ脂肪分や糖分を取らないように気をつけたが、やはり全部我慢するのは無理だった。たまにポテチやアイスを口にしてしまうし、カップラーメンやレトルトのカレーも食べてしまう。最初に体重計に乗ったときは、100Kgちょうどだった体重が(ちなみに身長は172cm)、二十日後にはやっと5kg落ちて、95kgになっていた。

 ぼく的には、これでも随分体が軽くなったように感じていた。


 二十一日目の朝――

 今日がロボットが迎えに来る日のはずだった。

 ぼくは大きく息を吐くと、軽くサンドバッグを打った。

 その後シャワーを浴びる。頭を洗いながら、これが誰かのジョークならどんなにいいことかと考える。

 だが、ぼくが髪を拭きながらジムに戻ってくると、そこには前からいたかのようにロボットが佇んでいた。


      *


 ロボットは金的を守るファールカップと白い競技用のトランクス、それに総合格闘技用のオープンフィンガーグローブを渡し、着替えるように指示をした。

 ぼくは言われたとおり、それらに着替えた。ぼくの服のサイズは知らないはずなのに、トランクスはぴったりだった。


 ロボットはぼくをエレベーターに乗せた。今まで何回も確かめたが、動いていなかったエレベーターだった。

 壊れていたわけじゃなかったんだな――。

 そう思いながら、ロボットの背中を眺める。

 エレベーターはモーター音を響かせ、静かに降りた。一階を過ぎ、ないはずの地下に突入し、更に降りていった。一体、地下何階に降りたのかは分からないが、かなり深くに来たはずだった。


 ドアが開くと、色とりどりの光と華やかな音楽が一気に溢れた。

 そこにあったのは、八角形の金網に囲まれた地下闘技場で、周りにはマスクを付けたスーツやドレスの観客が何百人も座っていた。


 相対した男は、ぼくと似たような太った男だった。既に汗をたくさんかき、ヌルヌルとしているように見える。

 レフリーもロボットだった。案内用ロボットにそっくりだったが、白黒の縦縞のシャツのようなものを着ている。


 レフリーロボットが、総合格闘技のルールを電子音で手短に伝えてきた。

 要は、目つき、金的、頭突きは禁止。寝技はあり。ついでに手を床に付いた状態でのサッカーボールキックや仰向け状態の相手への踏みつけもOKとのことだった。

 そして、二人に卵のようなものが付いたペンダントが渡された。これを割られても負けだということは以前、案内ロボットから聞いたとおりだった。

 不思議と、怖くなかった。今置かれている状況があまりに突飛で現実感がないような感じだ。


 マスクを付け、タキシードを着た男がマイクを持ってやって来た。

「さあ。いよいよデス・マッチョ・ゲームも今日の最後の試合、メイン・イベントとなりました。お集まりの紳士、淑女の皆様方、最後まで盛り上がっていきましょう!さあ、ゴングです!!」

 男が手を上げて下げると同時にゴングが鳴り、大きな歓声が上がった。

 同時にぼくは相手にダッシュした。


      *


 ぼくは、対戦相手の踏みつけを転がって避けた。

 距離を取って立ち上がると、再び相対する。

 1ラウンドも終わらないのに、相手もぼくもかなり息が上がっていた。お互いにかなり太っているので、当然と言えば当然のことだった。


 相手が勝ちを焦って大振りのパンチを振り回してきた。

 ぼくはダッキングでパンチを避け、そのまま両足タックルをカウンターできめると、すぐさま顔面を二、三発殴った。

 すると、相手がぼくの卵を狙って下からパンチを突き上げた。

 ぼくは慌てた。卵にひびが入るのが見えたのだ。

 レフリーロボットがすぐさま近づいてくる。


 ぼくは右手首のスナップを効かせ、卵を背中側に投げるように移動させると、相手の卵にパンチの狙いを変えた。汗で滑って当たったのは一発だけだったが、相手の卵にもひびが入る。


 相手がブリッジして、エビのように足と手を使ってぼくを引き離す。

 ぼくは無理をせずに、離れた。

 そこで、1ラウンド終了のゴングが鳴った。やっと、五分経ったのだった。

 ぼくは肩を大きく上下させ、自分のコーナーへと戻った。


 案内ロボットが置いた丸椅子に座り、ミネラルウォーターを飲みながらぼくは考えた。

 もうスタミナが持たない。あの卵を何とか割るのだ。

 2ラウンドが始まると、相手も卵を背中の方に移動させていることに気づいた。これで打撃で割るのは難しくなった。

 相手が大ぶりのパンチをぶんぶん振ってくる。とにかくぼくを早くKOしようという作戦のようだった。


 ぼくはさっきと同じようにダッキングで避けた。だが、今度は少し高い位置にタックルをする。そして、そのままダッシュした。これで駄目なら、もうスタミナが保たない。ぼくは必死に相手を金網にまで押しつけた。

 結構な勢いで、相手は金網に激突した。


 カン、カン、カン、カンとゴングを打ち鳴らす音が響く。

 相手のひびが入っていた卵が割れたのだった。

 こっちの作戦勝ちだった。


 レフリーロボが、ぼくと相手を両側に並ばせ、ぼくの右手を挙げた。

 ぼくは誇らしかった。

 短かったが三週間努力した甲斐があった。

 対戦相手と握手しよう。

 そう思った次の瞬間、驚くべきことが起こった。


 ちゅどん

 と、爆発音が響き、対戦相手の首から上がなくなったのだ。


 ぶしゅー

 と、音を立てて首の根元から血柱が吹き上がる。

 同時に、周りからもの凄い歓声が上がった。その日一番の盛り上がりだった。

 ぼくは、あまりのショックに、その場で気を失い倒れていた。

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