デス・マッチョ・ゲーム
岩間 孝
第1話 ぼくは誰だ!?
八角形の金網に囲まれた地下闘技場。
闘技場を囲むようにマスクを付けたスーツやドレスの観客が何百人も座っている。
ぼくは黒いオープンフィンガーグローブと白いトランクスを身に付けて戦っていた。
戦い初めて二、三分しか経っていないはずなのに、ぼくも相手も息は切れ切れだった。二人とも太った体を持て余し、膝が崩れそうに震えている。
ぼくは敵の放った見え見えの右ストレートを回り込んで避けた。
カウンターの右前蹴りを放つ。
だが、分厚い脂肪に阻まれ、汗で滑る。
そして、勢いで床に転げた。
「よっしゃ!!」
相手が唾を口から吹き出しながらガッツポーズを取る。
そして、ぼくの顔面めがけ、踵を踏み込んできた。
ぼくは寸での所で避けると、距離を取って立ち上がった。
なんで、こんな羽目に陥っているのか――
それには理由があった。
*
ある日、目が覚めると
硬い床の上で、
どこかで見たような店内だったが、誰もおらず廃墟のような雰囲気だ。
おもちゃ売り場のような一角には、たくさんの人形やぬいぐるみ。箱に入ったロボットのおもちゃが埃を被っていた。
隣の女性服売り場も同様で、商品が埃を被ったまま陳列されている。
エスカレーターは動いていなかったが、下のフロアまで歩いて降りた。
そこは食品売り場のようだったが、生鮮食品は何もなく、缶詰やインスタント食品、袋詰めのスナック菓子やペットボトル飲料といった腐らないものだけがあった。ただし、上の階と同じように埃が積もっている。
歩きながら、人も探したが誰もいない。
電気は通っていて、照明もついているし、ペットボトル飲料も冷えていた。
ぼくは財布から三百円出すとレジに置いて、ポテチとコーラを持って歩き始めた。
建物は五階建てだった。
一階が食品。二階が女性服と化粧品、そしておもちゃ。三階が男性服とスポーツ用品、そして雑貨。四階は眼鏡と本や文具の売り場だった。
五階には大きなジムとレストランがある。
どこのフロアも無人で埃が積もっている。
窓から下が見えるかと思ったが、外側に目張りがされていて、何も見えない。
ゆっくり歩いたのだが、さすがに五階まで上ると、息が切れた。
ぼくはジムの前に置かれたベンチに座ってポテチを食べ、コーラを飲んだ。
「一体、何でこんなことになっているんだ?」
独り言を呟くが、当然返事を返してくれる人はいない。
ここは、やはり潰れたデパートなのだろうか――? それにしても、なぜ、ぼくはこんなところにいたのか? そういえば、ぼくは誰だ? 名前は!?
ぼくは唐突に記憶がないことに気づいた。体中から冷たい汗が吹き出し、心臓の鼓動が早まる。
途方に暮れ、ぼくは一階を目指した。とにかく外に出よう。細かいことは外に出てから考えるのだ。
エスカレーターを駆け下り一階へ出ると、玄関に向かった。
玄関のドアは自動ドアのようだったが、電源は入っておらず、鍵がかかっているようだった。向こう側はシャッターが降りていて外は見えない。ぼくは近くにあったパイプ椅子をぶつけた。
思いのほか、自動ドアのガラスは頑丈で、ぼくは何回も、何回もぶつけた。
すると、
「ヤメナサイ。無駄デス」
と電子的な響きの声が背後から聞こえた。
そこにいたのは、昔のSF映画に出てきそうなロボットだった。足に当たる部分には車輪が着いていて、腕は銀色の蛇腹のホースのようだ。そしてその先に着いている手はU字型の磁石のような形だった。目の部分には二つの大きなカメラがついていて、耳の部分にはお椀型のアンテナのような部品が付いている。
「お前。何なんだ!?」
ぼくはパイプ椅子を床に落とし、大声で訊いた。
「ワタシハ、案内ロボット。アナタガコレカラドウスレバイイノカ、導クコトガ仕事デス」
ロボットはジーというモーター音を響かせ、無機質な声でそう言った。
*
「今カラアナタニ、ミッションヲ伝エマス。ソノミッションヲ乗リ越エルコトガデキレバ、アナタハ外ニ出ルコトガデキル」
ロボットは言った。
「そのミッションとやらを無視したらどうなる?」
「何モセズニ外ニ出ヨウトスルト、首輪ノ爆弾ガ爆発スル。ソシテ、ソレハ無理ニ外ソウトシテモ爆発シマス」
ぼくはその時初めて自分が首輪をしていることに気づいた。触ると、薄い金属で出来ていることが分かる。重さもほとんど感じないくらい軽いが、ちょっとやそっとでは壊れそうになかった。
「何のために、こんなことをするんだ?」
「アナタハ、アル実験ノ被験者ニ選バレタノデス。自分ノ記憶ガナイコトニ気ヅイテイマスカ?」
「あ、ああ」
「ソノ実験ニ参加スル条件トシテアル薬ヲ飲ンダノデス。ソレデ記憶障害ニナッテイマス」
――そうなのか。
ぼくには、ロボットの言っていることが本当のことなのか、判断が付きかねた。何しろ記憶がないのだ。そのため、何を言われてもそれが本当かどうかは分からない。
「そのミッションていうのは何なんだ?」
「今日カラ三週間後ニ格闘技トーナメントガ始マリマス。アナタニハ、ソレヲ勝チ残ッテモライマス」
「え!?」
想像もしなかった答えにぼくは固まった。
「三十二人ガ、コノトーナメントニハ参加シマス。Aブロックニ十六人、Bブロックニ十六人。一ケ月ニ一回、試合ハ行ワレ、勝チ抜イテ優勝スレバ、外ニハ出ラレマス。アナタハAブロックデス」
「ルールは?」
「総合格闘技ト、ホボ同ジデスガ、違ウコトガアリマス。ソレハ、体重制限ガナイコト。ソシテ、戦ウ時ニ、コレヲ身ニツケテモラウコトデス」
ロボットは、卵のような丸い物体を取り出して見せた。ペンダントのようにチェーンがついている。
「コレハ戦ウ当日ニダケ、選手ノ皆サンニ、オ渡シシマス。コレヲ割ラレテモ負ケニナリマス」
「みんな、どんな人たちなんだ? ぼくは、その……何となくだが、格闘技を見ることは好きだったんじゃないか。今もその知識は頭に残ってる。だけど、この腹を見てくれ。たぶん、運動はしたことないぞ」
ぼくは、前にせり出した腹をさすりながら言った。
「他ノ人モ、アナタト同ジヨウナ体型デス。五階ノジムハ自由ニ使ッテイタダイテ構イマセン。マタ、ココニアルモノハ自由ニ食ベテイタダイテ構イマセン。マズハ三週間後ニ備エテクダサイ。ソノ日ニナッタラ、オ迎エニ上ガリマス」
ロボットはそれだけ言うと、奥の非常階段の方へ車輪を回して移動していった。
ぼくはしばらく呆然としていたが、気を取り直してロボットの後を追いかけた。だが、階段しかないはずのそこにはロボットはいなかった。足は車輪のはずなのに、どこに消えたのか――。
ぼくは現実を受け入れることができず、しばらく呆然としていた。
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