第27話

 藤宮が笑顔で部室を後にしてから、城ヶ崎は彼女が満足げに帰っていった様子を見られたことへの達成感に包まれていた。その余韻に浸る中、新たな緊張が彼の中に生まれていた。それは鹿島を満足させられたかということであり、藤宮への応援は上手くいったのかもしれないが、果たして彼女を納得させられるほどのものだったのかは城ヶ崎には知る由もない。

「頑張ったんじゃない?」

 意外にも彼女の方から先に口を開いた。どこか緊張していたせいで鹿島の顔を見ることを躊躇っていた城ヶ崎は思わず彼女の方へと視線を移す。彼女の表情は真っ直ぐとどこか遠くを見ているようで、城ヶ崎の視線とぶつかることはなかった。だが彼女の言葉は紛れもなく彼への労いの言葉であり、それを耳にした彼の中には喜びが溢れ出してくる。彼はそれをまだと表に出さないようにして彼女の話に集中する。

「城ヶ崎君にバレーボール部に入ってくれって言われた時、嬉しかったの。やっと解放されるんだって思ったわ。」

 彼女は当時の安堵した心境を思い出すかのような穏やかな表情をしている。それだけ彼女の心に寄り添えたのだと実感した城ヶ崎は誇らしかった。

「それにこれからはあなた1人じゃない、冴山君だっているわ。」

 彼女はそう言って視線を一八〇度回転させると冴山の方へ移した。彼は謙遜するように照れ笑いを浮かべている。

「いや、僕はまだまだですよ。」

 そんな彼を見て、鹿島は彼の背中に手を当てて優しく囁いた。

「大丈夫よ冴山君。私はあまり教えられなかったけれど、これからは城ヶ崎君がちゃんと指導してくれるわ。」

 彼女は満足げに笑顔を浮かべると椅子から立ち上がった。そして城ヶ崎と冴山に向かい合うように机の反対側へと歩く。彼らの目をそれぞれ見つめるのだった。そして彼らとの別れと言うには大袈裟だが、間違いなく彼らの関係性が変化する言葉を告げるのだった。

「応援部のことは頼んだよ、2人とも。」

 彼女の言葉に2人は快く返事をするのだった。

「応援部を続けられるよう努力しますよ。」

「城ヶ崎君の力になれるよう頑張ります。」

 その2人の言葉を聞いて彼女は自分の鞄を取ると彼らにとびきりの笑顔を見せた。

「それじゃ、帰ろっか!」

 2人は頷き、それぞれが鞄を肩に抱えて歩き出した。部室から出る彼らの足取りは軽く、表情は清々しく輝いていた。

 鹿島が応援部を離れてから一週間ほど経過した頃、応援部の部室には鹿島の姿は無く、城ヶ崎と冴山の二人に加えて藤宮がそこにはいた。

「あたし春の大会でコートに立てたんだよ。それで点決められて気持ちよかったんだ!」

 意気揚々と試合での出来事を語る彼女の表情にはもはや春で引退することへの悔しさは感じられなかった。

「それは良かったですね。今はもう足の治療を開始したんですか?」

 城ヶ崎の質問に彼女は悲しむような素振りは見せなかった。

「あぁ、これで一足先に引退みたいなもんさ、マネージャーとしては残るけどね。寂しさはあるが、後悔は無いな。」

 その言葉を聞いて城ヶ崎と冴山は安堵しているようだった。すると藤宮は思い出したかのように目を大きく見開いた。

「そういや応援部にいたあの鹿島って奴、バレーボール部に入ったみたいだな! しかも結構上手いみたいじゃねぇか!」

 彼女は驚いた様子で彼らを見つめる。城ヶ崎はあぁ、と笑みを浮かべると、今度は彼が誇らしそうに語り始める。

「鹿島先輩は中学の頃バレーボール部でしたからね。しかも元々はエースだったみたいですし、途中から入部しても問題無いと思いますよ。」

 バレーボールというチームワークが重要なスポーツである以上、2年生からの入部ということである程度完成されたチームの関係に混じることが出来るのか心配することはあるかもしれないが、2人はそんな事は気にしていなかった。それは彼女の言動などを間近で見ていたが故であり、それほどに彼女の存在は彼らにとって強烈なものだった。

「それにあの先輩だったらすぐに馴染めそうな気がします。」

 冴山も心配することは何も無いかのように呟く。口々にそんな彼女は大丈夫だという旨の発言をする2人を見て藤宮は軽く微笑むと椅子から立ち上がった。

「それじゃ、あたしはこの後病院あるから。じゃあな!」

 藤宮は元気よく別れを告げると部室から出ていった。部室に残っている二人は今後の応援部について話し始める。

「まずは部員を増やすところからだね、城ヶ崎君。」

 鹿島が応援部から抜けたことにより城ヶ崎が入部した時の廃部危機に逆戻りした訳だが、二人の顔にそれを心配するような様子は見られなかった。

「あぁ、鹿島先輩から引き継いだ応援部をちゃんと残さなくちゃな。」

 二人は新たな決意を固めるのだった。そんな雰囲気をかき乱すように部室のドアが勢いよく放たれる。

「おー! 二人とも元気にやってるかーい?」

 陽気なテンションで二人の前に仁王立ちの状態で現れたのは応援部顧問である佐久間理恵子だった。

「佐久間先生が部室に顔を出すなんて珍しいですね。」

「こ、こんにちは。」

 城ヶ崎は既に彼女のハイテンションに慣れているようだが、冴山はそうではないようで、後退りして城ヶ崎に一部体を隠すように立ち位置を変えた。

「先生、冴山がビビっちゃってるじゃないですか。応援部辞めちゃったらどうするんですか?」

 城ヶ崎は彼女をからかった。教師をからかうことはあまり良いことではないが、何故か教師というより年の離れたいとこのような姉妹のような距離感を城ヶ崎は感じていた。そしてそれを彼女は教師という身でありながら注意しなかった。

「ごめんねぇ、冴山君。ちょっと調子乗っちゃって、あははは……。」

 佐久間は出鼻を挫かれたかのように苦笑いを浮かべる。冴山はまだ彼女に対して緊張しつつも城ヶ崎の身体に隠れるのを止め、彼の横に立った。佐久間は咳払いをして、また話し始めた。

「まぁまぁ茶番はここまでということで……。2人とも、新しい依頼だよ。」

 慣れたようにウィンクをする彼女の右手には依頼届が握られていた。城ヶ崎と冴山の表情気を引き締めるように真剣なものへと変化していった。

「茜ちゃんから任された応援部を頼んだよ。」

 彼女から送られる期待が込められた視線を受け止め、2人は自信を漲らせるように声を張ってそれに応えた。

「はい、任せてください!」


 

 

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英明学園応援部 須藤凌迦 @Sudou-Ryouka

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