萩寺の名月 🌔

上月くるを

萩寺の名月 🌔




 

 むかし、甲斐・躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたの信玄が信長に先んじて天下制覇を狙っていたころ、相応の武将がいない信濃には「草刈り場」という残念な呼称がつけられていました。('_')


 その甲信国境にほど近い場所に小さな城がありまして、それなりの城下を形成し、里山の中腹にはこれまた小さな寺がありまして、村びとの信仰を集めておりました。


 創建年代も定かでないほどの古刹ですが、折々の檀家が力を合わせて寺域を広げたので、山門からいきなりの胸突き八丁につづく本堂は懸崖造りの立派なものでして。


 その縦に長い境内が、秋になると米粒を撒いたような萩の花で埋め尽くされるようになったのはいつのころだったでしょうか、山寺は萩の寺として有名になりました。


 


      🌺



 

 実父・信虎を駿河へ追放した信玄が、存分に戦略智略を練っていた、ある年の秋。

 世にも恐ろしい「風林火山」の旗指物はたさしものが小さな城下に翩翻へんぽんとひるがえりました。




 ――疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山。⚔️




 ときの声をあげて攻め入った武田軍は城を奪うと、お堀端に三千の首を並べました。

 見せしめに晒された首級には百姓や町人のものも多数混じっている阿鼻叫喚あびきょうかんぶり。


 小さな村は鮮血と涙に染まりましたが、慟哭どうこくしたのは人ばかりではなくて……。

 おんおんと非道を嘆く哀哭あいこくには、古刹の番犬・ゴロの声も混じっていたのです。


 山門に捨てられていた仔犬を愛しんで育ててくれたのは身寄りのない小僧さんで、二人は兄弟のように睦み合って暮らしていたのですが、その小僧さんも凶刃に……。

 



      🐕




 夜も昼もいていたゴロのすがたが消えたのは、それからしばらくのちのことで。

 生き地獄を生き延びた村びとが犠牲者の供養のために寺へのぼってみますと……。


 折しも満開に枝垂れ咲いた紅や白の萩の花のすきまに、見慣れぬ石がありました。

 そのすがたをひと目見た村びとたちは「おお、これは!」驚きの声をあげました。


 わずかな平らになっているその場所は小僧さんとゴロがいつも遊んでいたところ。

 悲しみの権化となった犬は、なつかしい思い出の場所で石に固まっていたのです。


 


      🧑🏼‍🤝‍🧑🏻




 名月の晩、小僧さんと犬が遊んでいるという伝説が生まれたのはそれからのこと。

 萩の花から飛び出したゴロは、それは楽しそうに兄ちゃんに甘えているとか。💧



 

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