購買の焼きそばパン

山田あとり

購買の焼きそばパン


 今日も市役所の食堂は混んでいた。

 いや、数年前に比べれば人口密度は低い。空間に比して席数を減らしているので、スカスカとして見えるのだが人数は座れないのだ。

 感染症予防対策の一環として、役所的に仕方のないことだった。

 席を仕切るアクリル板。

 いちいち求められるアルコール消毒。

 そんな建前より、マスクを顎にずらしたとたんクシャミする上役に何も言えない空気をまず、どうにかするべきじゃないかと思う。

 これだからお役所仕事は。いや、役所なんだが。


 僕は食堂を諦めて外に出ることにした。

 弁当を持っていれば自分の席で食べるが、あいにく僕には弁当を作ってくれる人はいない。かといってオッサンの手作り弁当なんて端から見たら侘しさしかないかもしれないし、あまり挑戦する気になれなかった。

 でもオフィスの多いここら辺では弁当屋もキッチンカーも頑張ってくれてるし、そういう物を買って公園のベンチでいただくぐらいの方が好きだった。今日もそんな感じで済ませてしまおう。


 外に出た所で辺りを見回すと、新しいキッチンカーが来ているのを見つけた。看板には惣菜パンとスープの文字。

 なるほどな、パンだけだと栄養が片寄っていけない。野菜たっぷりスープでもあればバランスがとれる。四十代にもなると、健康に気を使わざるを得ないのだ。


 その車に近づいてみると、中にいたのは恰幅のいい中年男と笑顔の明るい中年女だった。夫婦だろうか。

 ほんの数人の列に並んでいると、その男の方と目が合った。こちらをじっと見ている。

 なんだろう、と不審に思った僕の中で、四半世紀前の記憶が弾けた。

「あ」

 マスクの下でポカンと口を開けた僕に、向こうは笑顔になった。僕達は指差し合いながら叫んだ。

「ああ―!」


 それは高校の同級生だった。

 再会した僕達のために、奥さんはしばらく一人で客をさばいてくれている。その好意に感謝しつつ、しげしげと友人を眺める。

「おまえ、太ったなあ」

「まあな。うちのパンは旨いから」

 太っていても、笑う目はあの頃と変わらない。マスクをした顔でよくお互いわかったものだと思ったが、そんなものなのかもしれなかった。

「どうよ、この焼きそばパン。好きだったんだ、高校のとき。購買で人気だったろ? あの味を再現したつもりだぞ」

「じゃあ焼きそばパンと、ミネストローネをたのむ」

「すごい組み合わせだな」

「自分で売ってるくせに・・・」

 奥さんが用意してくれた品物を受け取り、忙しい時間にすみませんでしたと謝った。いいえ、また来てくださいね、と笑ってくれる。いい奥さんじゃないか。

 毎度あり、と明るく見送られて、僕は車から離れた。


「さて」

 ベンチに陣取って問題の焼きそばパンにかぶりつく。

 うん、うまい。炭水化物オン炭水化物。中年男には禁断の味だ。

「でもこんな味だったかな・・・」

 再現したと言われても、よくわからない。焼きそばパンの味までは、もう不鮮明な靄の向こう側だった。


 だけどあいつのことは、ちゃんと覚えている。

 一年と二年でクラスが一緒だった。

 もっとひょろっとしていた。

 でも笑うと目が無くなるところは変わってない。

 夏休み明けなんて真っ黒だった。

 体育祭では声を枯らして応援してさ。

 二人、肩を組んで笑った――――。


 僕は、食べかけの焼きそばパンを見つめた。


「好きだったんだ、高校のとき」


 公園の木々の梢がざわざわと鳴った。

 だけど僕は満足している。あいつは、きちんと幸せそうだったから。

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購買の焼きそばパン 山田あとり @yamadatori

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