第20話 出張版 10(クリスマス)

 「く、クソ、絶対わざとだろ、もう勘弁してくれよぉ……」


 頭を抱える瓢箪山さんにかける言葉もなく次の目的地へと向かう。

 あの後、特に何も起こらなかった。 ――起こらなかった……はず。

 グアダルーペさんは上機嫌でわたし達はサンタとしての役割を果たせている。


 ……うん、そうに違いない。


 「ま、まぁ、無事に渡せましたし、気を取り直して次に行きましょう、次」

 「あぁ、そっすね」


 えーっと次はどこかな? 次の目的地のリストは――

 

 「どこっすか? できれば俺の心に優しい所だといいんだけど……」

 「あ、大丈夫そう。 場所なんだけど――」


 わたしがその場所を口にすると瓢箪山さんは露骨にほっとした表情を浮かべた。


 

 目的地は神都の一角。 少し大きな工場がある場所だ。

 門で要件を話すと中に入れてくれたのでそのまま敷地内へ。

 

 「寒い中、わざわざごくろうさんです。 ささ、中へどうぞ」

 「ありがとうございます!」

 「どもっす」


 出迎えてくれたのは虎の姿をした転生者――柘植さんだ。

 ここはベレンガリアさんが責任者をしている工場で最近、書籍の発行などを行うべく活動を始めたみたい。 中に入ると大量の本が文字通り山のように積まれていた。


 「凄いですね。 これ全部本ですか?」


 わたしがそう尋ねると柘植さんは苦笑。


 「まぁ、そうなんですがお恥ずかしい話、全く売れなくて在庫が有り余っているんでさぁ……」

 「えーっと『魔導使用における手引』『図解!天使と悪魔の召喚理論』『天使、悪魔と権能の関係性』 あー、このラインナップだとちょっときついっすね」


 瓢箪山さんが積まれている本の手に取ってペラペラとめくる。

 わたしはその後ろからちらりと中を覗き込むと文字がビッシリ。

 ベレンガリアさんには申し訳ないけどわたしが読んでも目が滑って内容が頭に入ってこないと思う。


 柘植さんは小さく肩を落とす。


 「一応、俺も止めたんですよ。 刷るのはいいが最初は少なくしておけって」

 「あー、止まらなかった感じですかね」

 「お嬢の奴、ライバルのいないジャンルだから絶対売れると聞かずに御覧の有様でさぁ」

 「ベレンガリアさんは魔導書研究の第一人者と聞いているので興味のある方はいるんじゃないですか?」


 わたしの質問に柘植さんは小さく首を振る。

 

 「いや、一応少しは売れたんですよ? ただ、致命的な見落としがありやして……」

 「見落とし?」

 「識字率」


 ……あー。


 瓢箪山さんも納得したのかわたしと同じ反応だった。

 年々、オラトリアム識字率は上がっているけど未だに単語は拾えても文章が読めない人は多い。

 そんな状態であんな文字がビッシリの本を並べられても買う人は少ないだろう。

 

 目が滑る以前に読めないのだから。 ベレンガリアさんはその辺りを失念していたようだ。

 そんな話をしていると奥の作業部屋に到着し中へ。 そこではベレンガリアさんが酒を飲んでべろべろに酔っぱらっていた。 その様子に瓢箪山さんは思わず「酒臭いな」と呟く。


 「お~ツゲぇ。 誰だったぁ? またあのおんなかぁ? な~にが『採算取れそうですか?』だぁ? 見りゃ分かるだろう。 取れませんよぉ、爆死も爆死、大爆死ですよぁ……」

 「お嬢、サンタが来たぞ。 良い感じのプレゼントをくれるらしいから元気を出せ」

 「サンタぁ? だったら売り上げをくれよぉ。 あの女に嫌味を言われない日常をくれよぉ。 うっうっ――おぇ」


 そういうとベレンガリアさんは泣きながら部屋の片隅で吐いた。

 近くにいた両角さんが慌てて彼女の背中をさする。 


 「お、思った以上に重たいのが来たな」

 

 流石にできる事はないのでプレゼントを渡してお暇しよう。 

 そんな気持ちで袋に手を突っ込んで転移で送り込まれたプレゼントを掴む。


 「あれ?」


 手応えが思ったのと違ったからだ。  

 出てきたのは魔石でできた板と巻物。 これは手紙かな?

 良く分からなかったがメリークリスマスと柘植さんに渡す。


 「これは?」

 「ごめんなさい。 わたしにもちょっと」

 「お嬢、これが何か分かるか?」

 「う~。 あ? あぁ、魔力を流すと刻まれた文字が浮かぶ奴だな。 貸してみろ」


 吐いてすっきりしたのか多少、言葉がしっかりしたベレンガリアさんは板を受け取ると魔力を流す。

 すると板がぼんやりと光り、文字が映像のように浮かび上がる。

 ベレンガリアさんは文章を目で追って――くわっと目を見開いた。


 「ふぁ!? ざ、在庫を全部引き取りたい!? え? 嘘、どこ? オラトリアム教団? あぁ、そうかあそこって装備に魔導書を採用してたからな。 何にせよありがたい!」

 

 どうやらいい感じのプレゼントになったみたいで良かった。

 わたしは残った巻物をベレンガリアさんに差し出す。 


 「あの、これも入ってたんですけど……」

 「ん? こっちは普通の手紙だな。 封は――教団のエンブレムだな」 


 戸惑いと喜びの混ざった表情のベレンガリアさんは封を解いて巻物を広げて目を通し――その顔面が蒼白になった。


 「お、お嬢?」

 「あぁ、美味い話だと思った。 あの修道女、前々からヤバいと思ってたんだよ……」

 「あの……」 

 

 わたしが声をかけるとベレンガリアさんは小さく首を振る。


 「いや、こっちの話だ。 ありがとう、正直助かったよ。 メリークリスマス――でいいんだよな?」

 

 ベレンガリアさんは笑って見せる。 吐いた物のついた顔で。

 後、大変申し訳ないのだけど臭かったです。


 

 その後も何か所か回り、最後は一つの民家。 

 二階建ての小さな家は生活の明かりが灯っていた。 ノックすると家の主が出て来る。


 「あ、梼原さんと瓢箪山さん。 メリークリスマス」

 「メリークリスマス、弘原海さん」

 「メリークリスマス、弘原海君!」

 「寒かったでしょ? さぁ、入った入った」


 中に入るとリビングではエンティカちゃんが大量の料理をテーブルに並べていた。

 

 「メリークリスマス、エンティカちゃん」

 「メリークリスマス。 梼原さま、瓢箪山さま」


 エンティカちゃんはいつもの様子で小さく会釈。

 

 「実は来るって事はダーザインの人から聞いてたんですよ。 食材は向こうで用意して貰ったものでして、お二人へのご褒美も兼ねて上達したエンティカの料理を見て貰えればと思ってまして」

 「え? マジで!? 俺達も食っていいの?」

 「えぇ、俺一人じゃ無理な量なんで手伝ってくださいよ」

 「だったら遠慮なく頂きますね!」


 オラトリアムのクリスマスの夜はこうして皆にちょっとした幸せを運んで更けていった。

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