第115話 占い師陰謀説渦巻く

 海賊が海賊に襲われた事件、それ自体はよくあることだった。海賊たちにとって、襲う相手は商人だろうが海賊だろうが関係ない。食料や宝が得られれば、貴族にだって噛みつくような連中がつまり海賊だ。

 だが振り返ってナタが思うことは——。


「剣を見た」


 ナタは港街に帰ってきたところで、熱く語った。ただもう一度仮面の剣士に会いたいと思ったところで、海賊がその場所に留まることはほぼ期待できない。地元の漁師に聞いても仮面の剣士については誰もそんな者は見たことがないと言う。これではもう一度彼らに会って剣を確認させて貰うわけにもいかなかった。

「ヘルメスが通訳してくれれば良かったんだ」

 ナタはそれが悔やまれると嘆いた。

「だってシェズが暴れて船を沈めるんだもん。僕たちのほうも大変だったんだから」

 これが事件当時の状況だとヘルメスは訴えた。


 こんなやりとりが何度繰り返されただろうか。

 それはユッグ・ドーと合流した後も変わらない。狼を旗印にする賢者に会うために再び船に乗り込んで、新たな目的地へと旅をするわけだが、現場付近を通ればまたナタは呟いてしまう。

「本当に見たんだ」と。


 船の上から見る現場海域は穏やかで、海賊どころか、セイレーンの噂で漁師さえも近づかない長閑な景色がそこに広がっていた。


「たぶん天剣だと思う。後で海賊の死体を調べたんだ。鉄の胸当てをしている奴がいたが、それが貫かれていた。俺が見たのは細い剣だったが、あの剣、折れる気配もしなかっし、鉄の胸当てに弾かれる様子も見えなかった」

 すべては、「占い師の言う通りだった」とナタは思う。


 天剣が存在したかどうかはともかく、他にも疑うべきところがあるとユッグ・ドーは指摘する。

「その占い師、気になるが、まずは剣だ。その剣、どこで見たって? 占い師に案内された先に海賊がいたってのは出来すぎだな」


「だから、あそこ――」

 ナタは遠い岩陰を見た。


 これからユッグ・ドーの知り合いである大賢者を訪ねるところで、白い船は輝くクジラの背に乗るのと同じくらい頼もしい。ベテラン商人が航海の準備を整えたところであれば、海賊の集団も寄りつく気配さえ見せない。すべては遙か彼方のことのように思えた。

 海賊を襲う海賊のことも、

 剣のことも——。

 記憶の彼方か、幻か。

 


「占い師の言う通り?」

「おう」

「もともとこの辺りには海賊がでる。最近港を荒らし回っている連中が岬の先から来るって話だが、そいつらじゃないのか? こんな目立つ場所を縄張りにする奴らが他にいるとは思えん。まあお前の話では、殺されてしまったようだが——」

 商人のユッグ・ドーは海賊には詳しい。海賊の動きを知らなければ安全な航海などできはしないからだ。商人なら真っ先に共有するべき情報になる。


 ならば海賊を襲った海賊にも心当たりがあるのではないか。

「犯人の追跡はできないか?」

 ナタは言うが、

「その前に」とユッグ・ドーは振り返った。


「占い師にセイレーンが剣を持っているから見てこいよと言われて、言ってみたら海賊に襲われた。その海賊が目の前で何者かに襲われる。そいつが占い通りの剣を持っていたという構図だ」

「あくまでセイレーンなんて、噂のことだ」

 実際にセイレーンがいるかどうかは誰にもわからなかった。ナタは実際に期待してみたが裏切られたのだ。

 顔を赤くしたりはしないが。

 そんなナタに、ユッグ・ドーは違う見方をしてみろと言う。


「利用されたんだよ」

 ユッグ・ドーが推測するところでは、「その占い師、お前らが海賊に襲われている隙に、財宝をぶんどろうとしたと見るね。実際にお前らは占い師に誘導されているし、その場所で占い師が仕掛けた罠にもひっかかっている」となる。


「興味深い話ね」

 ここまで来るとミツハも、「実はわたしもセイレーンなんてものに懐疑的だったのよね」と吐露するところになった。彼女は冷静だ。

 ミツハ曰く。

「占い師は海賊の一派だったってことよね。ナタが天剣なるものを探していることを知った占い師は、天剣があると嘘をついて海賊の元へと向かわせる。ナタを囮にして、海賊を襲い財宝を盗んでいったわけね。そう考えたほうが辻褄はあうわ」


「違うって」

 それはないとナタは断言できた。「荷物は取られたけどさ。運んでいた奴ら、小さな女の子だった気がする」

 薄暗い中、暗い色のローブに身を包んだ集団だった。蛇仮面の剣士の背後からやって来たのは小柄な者たちで、木を削った不格好な仮面をしていた。最初は剣士から離れたところで弓矢を使っていたが、蛇仮面の剣士が場を掌握するとこぞって荷物運びに精を出した。

「最後に、あいつら俺を縛っていた縄を解いてくれたんだ」

 思うに、あれはナタを助けてくれたのだろう。目に焼き付くのは、木製の仮面が声もなく黒いフードに隠れて去って行く瞬間だ。それは、小さい背中で必死に笑顔を作ろうとする不器用な姿勢にも見えた。


 実際には笑顔もないし、

 荷物もなくなった。


 死体の山が残っただけだ。


「その占い師って奴が、裏で指示していたんじゃないか。実行役と占い師が同一である必要はないからな。商人なら金で使用人を雇うところだ」

 ユッグ・ドー同様に、隣でリッリが頷いた。

「われも占い師というのは、奇妙に思わりや」

 こっちの推測はこうだ。「わざわざ剣を用意して、それらを待ち構えようとしていたのかもしれり。セイレーンのフリをして襲う計画になり。そこに別の海賊がいたと――」


「そういうもんかな?」

 言われると、だんだんナタも自信がなくなる。「でもさ。海賊はともかく、あの占い師、地元の人間じゃないと思う。だって前にもノウルに行く途中で会ったんだよな……」

「その話だが、俺にはどうしてもそいつがザッハダエルを襲った例の仮面の道化師に思える。こんな胡散臭い話があるものか」

「ユッグ・ドーはそう言うが、本人は否定していた」

「犯人が私ですって名乗りでるわけがない。それにその道化師の手口も似ている」

「似ている?」

「ザッハダエルでは、道化師は妃を眠らせたと相手を信用させていた。相手を上手く欺したわけだ」

「そうか?」


 ここでユッグ・ドーは閃いた。

 スキーズブラズニルは海を横切っていく。あっという間に、セイレーンが歌うとされた小さな島は遠のいていく。どこに向かっているかと言えば、それは大賢者がいるとされるまた別の島だ。


「どうせ今から自称大賢者に会いに行くんだ。その話をしてみたらどうだ?」

「道化師のことか」

「それもそうだが、剣のこともだ」

 ユッグ・ドーに言わせれば、それは面白いことになる。世の中を見通す大賢者ならどんな答えを出すだろう。占い師の正体、あるいはセイレーンの正体をも知ることができるかもしれない。


「エンリルという賢者りや?」

 と赤頭巾。

「今は、フェンリルというそれは賢い少女だ」

「ほう」

 リッリは、「それが大賢者を名乗っておりや?」と興味津々だ。


「裏ではそう言っていた。表向きは、キルケーの魔女で通っている。通り名って奴だな」

 どうせ今から会うのだから、通り名くらいは教えようとユッグ・ドーは悪戯げに鼻を持ち上げた。キルケーの魔女と聞けば、それは海賊も震え上がる怪物のことだ。


 ここに聞き慣れない言葉があったと、リッリとナタは首を傾げた。

「魔女って?」

「鳥に変身して世界を巡り、狼に変身して人を襲う。キルケーの魔女は気に入らない男を豚や牛に変えてしまうとも言われている。さて、何人の海賊が豚に姿を変えられたか。他には、種をつまんで、掌で花を咲かせてみたり。手を触れずに馬を持ち上げたりする」


「どうやって?」

 ナタは、竪琴を弾くより難しいと考え込む。変身というより物まねなら鳥にでも狼にでもなれるだろうが、手を触れずに馬を持ち上げるには、どうすればいいだろう。


「だから、それが魔法なんだっつーの」

 たぶん、とユッグ・ドーは手を伸ばした。「こうやって指差して、あるいは呪文を唱えると、たちどころに相手が変身するらしい。指を立てて念じれば、馬が宙に浮く。人間にこれができるなら、あいつを魔女と呼ぶ奴はどこにもいないはずだ」


「本当にそんなことができるのか?」

 ナタは目を輝かせた。

「お前らだって、セイズとか言ってなんかやったりするだろ。クレタ島で暴れていた怪物、あれは何だ? まあ、魔女って奴も同じ力を使っているのかもしれないが、普通の人間には理解できない力だ」

「それが魔法なりに?」

 実際に見てみないことには納得できないと赤頭巾は腕を組んだ。 

 魔法など、実現できることだろうか。


「奴に会うには島の森を抜けなければならない。招かれざる者は迷って出てこられなくなる迷いの森だ。これからその森を歩いてみればわかる」

 それは魔法なのだとユッグ・ドーは言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

MITHRAS〜Sea People〜(ミスラス) アーモンドアイ @kyoh_izumo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ