#3 - 第7話

 分類:1(エ365864-M) 【秘匿情報】 毎田孝行

 面会:見送り


 個人専用に割り当てられたパーソナルコンピューター。

 ディスプレイに表示されたメール画面の返信に、大場は舌打ちをした。

「お前よぉ、メールチェックしながら舌打ちすんのやめろよ。怖ぇだろ」

 隣の席に座る田所が、大場へ苦情を申し立てた。

「へぇへぇ、悪ぅござんした」

 タイピングをしながら、大場は適当な返事を田所へ返した。

「なんだ。お前、その口の利き方は、今日こそは先輩の威厳ってやつをだなぁ……」

「喧嘩するな」

 すかさず諫めた保立が、眉間に皺を寄せたままの大場に声をかける。

「大場、何かあったのか?」

 大場はむすっとした表情を浮かべたまま、重々しく口を開いた。

「面会。……見送りだそうです」

 その言葉に田所は顔をしかめた。

「デ、デジャブ~~~……こないだもなんかそんなことあったな……」

「前回はうちの情報管理部への情報開示請求だろ。依頼内容が違う。今回は法務局だ」

 生真面目な保立が、田所の言葉を訂正する。

「いや、そうなんですけど……。でも、法務局も秘密主義なのは変わらないなって」

「……まぁ、そうだな」

 田所の言葉に保立も同意の意を示した。

「……そういえば、公安の……江角さんだっけ?」

 報告書チェックを黙々と行っていた小野塚が、思い出したように口を開いた。

「どんな人だった?」

 小野塚の質問に大場と田所は顔を見合わせた。

「私のタイプじゃないです」

「昼飯時に、席だけ座って飯も注文しねぇ失礼な男ですよ!」

 個性的な回答に、小野塚は困ったように笑った。

「……ごめん、俺の聞き方が悪かった。外見の特徴を教えてくれ」

「歳は、20代後半くらい。髪は短く、右目に黒子が二つ……そんな感じでしたよね? 」

 大場は記憶をすり合わせるように田所へ確認を取る。

「うん」

 田所は頷いた。

 小野塚は、すぐに保立に視線を向けた。

「俺は、会ったことないですね」

「そうだよね。覚えがあるかなって思ったんだけど……やっぱり知らない人だな……」 

 小野塚は、右肘を支えに頬杖をつきながら報告書のチェックに戻る。

 かすかな振動を感じ、大場は左腕の時計型デバイスP- Watchを確認した。画面に【CALL】の文字。プライベートで使用している回線だ。

 折り返し通知を送ろうとしたところ、発信者の表示を見て手を止めた。

「……津村さん? 」

 その声に三人が一斉に振り返る。

「津村さん? もしかして津村弘子さんか?」

 小野塚が、少し驚いた声で聞き返す。

「はい。プライベート用の回線ですが、出てみます」

 8年前に東京圏郊外 住宅街にて三件の連続強姦殺人事件が起きた。

 犯人の名前は、分類:1(エ365864-M) 毎田 孝行。

 津村弘子は、殺人は未遂で済んだ四件目の被害者だ。

「もしもし? 」

『あっ!大場さん! すみません、あの私、今ニュースで見て、いてもたってもいられずに架けてしまいました! 』

 通話口の弘子の声は明るく、気持ちが高揚しているようだった。

「ニュース?」

 大場は怪訝な顔をして、小野塚へ視線を向けた。

 小野塚は無言で頷くと、すぐに自分のパーソナルコンピューターのディスプレイ設定を切り替える。

『もしかして、まだ御覧になっていなかったですか? すみません、お仕事中に……』

「いえ……」

大場は通話しながら席を立ち、小野塚の座る席の側へ歩いていく。

 座席のディスプレイが切り替わると画面に【速報】のテロップが流れた。

『速報です。昨夜未明、東京都特別行政区 矯正医療センター、施設内広場で電子タグ識別コード:分類:1(エ365864-M)の死亡が確認されました』

 AIデジタルヒューマンアナウンサーの音声が淡々と事実を告げる。

「……毎田が、死んだ?」

 大場は通話中だということも忘れ、思わず声に出した。

『そう! やっぱりそうですよね!そうじゃないかなと思って、大場さんに識別コードを再確認してもらおうと思ったんですよ!』

 電話口で嬉しそうに笑う弘子の声。

『法務省によりますと、患者は再教育プログラムの受講中でしたが、数日前より服薬を拒否しており、精神不安定から施設屋上から飛び降りたと……』

 AI音声に大場は眩暈がした。思わず、額を抑える。

『ねぇ、大場さん!』

「……はい」

『神様っているんですね』

 大場はぎりと歯噛みした。弘子の無邪気な声が全身を粟立たせた。

―― 神なものか。これをしたのは明らかに人間だ。

『私、感謝してるんです。大場さんが許せなかったら私の手で毎田を殺せって言ったこと。活力になりました。毎日心の奥で憎んで、憎んで……そうしたら、あいつ死んじゃいました。もう私は今日から怯えて生きなくていいんです!』

 そう、確かに言った。あの時は、毎田は死んでもいい命だと本気でそう思っていた。

 弘子の気持ちを思うと、この喜びようも良く分かる。だが……

 こつんと、下ろした右手の甲に小野塚の手が当たる。

 振り向くと椅子に座った小野塚が小声で囁いた。

「……変わるよ」

 お言葉に甘え、大場は無言で頷いた。

 時計型デバイスの転送ボタンを押下し、小野塚へ通信権限を渡す。

 小野塚は、自身のデバイスをタップすると、一際明るい声を作り応対した。

「津村さん、お久しぶりです。すみません。仕事で急なコールが入ってしまって、私、小野塚が代理で応対させていただきます」

 ふぅと大場は小さく息を吐いた。喉がカラカラに乾いていた。

―― 屋上から飛び降り。これは意趣返しだ。私への、そして……父、大場誠司への。

 田所と保立の視線を感じた。苦手な視線だ。同情、憐憫が内包された被害者遺族を見る視線。

 肩が重い。徒労感とはこういうことを言うのだろうか。

 テラテクト……

 ようやく手掛かりが見つかったと思ったのに、また振り出しに戻ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

teratect(テラテクト) 安 達子 @tatsuko_yasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ