#3 - 第6話

 4月20日 断薬8日目 


 06:45 起床 部屋の掃除、洗面、人員点検を行う

 07:05 部屋での朝食、着替え

 08:00 刑務作業開始

 12:00 昼食時間(30~40分)

 16:40 刑務作業終了

 17:00 夕食

 17:00〜21:00 自由時間 

 夕食後、引き続き職員に服薬を促される。

 もう誤魔化しきれない。舌の裏に丸薬を忍ばせやりすごす。丸薬はトイレに流した。


 電子タグ識別番号:分類:1(エ365864-M)毎日孝行は、小さな紙に、ここまで書き終えると自身のベッドシーツの中にメモを潜り込ませた。

 過去、自分を蹴り上げた女刑事は「私が助けになる」とそう言ってみせた。

 運良く職員が気絶している際に指示を受けたのは、服薬を理由付けて無理にでも拒否すること、日々を記録しておくこと。この二点だった。

 大場一恵の言う通り、服薬を止めると記憶を一日中保っていられる事に気づいた。

 検証のため、一か八か、3日目に服薬をした日のメモはこうだ。


 4月15日 3日目 服薬


 06:45 起床 部屋の掃除、洗面、人員点検を行う


 これで終わり。

 起床時間のみ記載され、以降メモは空白。

 次に意識を取り戻した日付は4月18日。

 記録を付けてはじめてから6日目に飛んでいた。

 毎田は溜息をついた。

 結果として、大場一恵の指示は的確だった。だから今も記録を続けている。

 記憶が飛ぶ前の最後の記憶は点滴だ。

 四肢拘束されたまま腕の静脈に針が刺さるとすぐに強烈な眠気が毎田を襲ってきた。

 次に覚醒した時の記憶は靄がかっている。

 黒服のスーツの男がいた。顔まではわからない。テラテクト、会話の中でその単語だけが耳に入った。その後の記憶は先日の面談まで飛ぶ。

 毎田はもう一つ、大きな溜息をついた。

 服薬を拒否していることに職員は気づき始めている。気のせいではなく、監視の目が日に日に厳しくなって来ているのを感じる。

 とりあえず、現状をあの女に知らせるため、どうにかしてこのメモを渡す方法を考えねばならない。

 完全に信用したわけではない。だが、今となっては大切な外部との繋がりだ。

 すぐに次の面談予定を組むと大場は言ったが、今の自分への監視の強さから、恐らく許可は下りないだろう。

 万が一、面談で会えたとして前回のことで付き添いの職員は増やされる可能性がある。

 毎田は身震いをした。

 記憶が途切れている間の自分はどのように生きているのだろうか。

 いや、そもそも自分は生きているのだろうか。その間の自分は、誰だ?

 自分の魂がだんだんと縮小し、消滅していくような感覚に陥る。馬鹿馬鹿しいが、そんな予感すら最近は感じるのだ。

 レイプは魂の殺人とも呼ばれる。

 不思議な話だが、はじめて自分が過去に犯し、殺してきた女たちの魂のことを考えた。

 自らの手で蹂躙した女の魂は、変わらず肉体に宿るものの、もう元の形と同じではないのかもしれない。

「……妙なことを……」

 毎田は、ぽつりと呟いた。 

 らしくもない。ここはだめだ。あまりにも時間が多すぎる。

「分類:1(エ365864-M)」

 突然、自分の識別コードが呼ばれ、毎田ははっとした。

 部屋の前に誰かいる。

 恐る恐る立ち上がった。

「はい」

「最近あなたが悩んでいると職員からお聞きしました。急ではありますが、今から少しお時間頂けますか? 」

 ほっとした。聞き覚えがある。傾聴が得意な施設でも評判の良い老齢のカウンセラーの声だ。

「分かりました」

「扉を開けますよ」

 独居房の扉が開かれた。

 扉を開くと、真正面に黒服の男が銃を構えて立っていた。

見覚えがあるあの銃は……。

―― 麻酔銃。

 毎田は後退り、気がつけば本能的に部屋の隅へと踵を返す。 

だが、背を向けたのは失敗だった。首筋にぷすりと小さな痛みが走る。

 じわじわと視界に波がかり、すぐに独房に膝をついた。

 黒の革靴が毎田の独房の畳を土足で踏みつけるのが目に入った。

「公安の不動化薬は、刑事部のと、ちょ〜っと質が違うんですよねぇ……」

 そう言うと男は、毎田の髪を掴むとぐいと無理矢理に頭を持ち上げた。

「どうです? 頭がぐわんぐわんするでしょう? 」

 揺れる視界でぼやけた男の顔を捉える。

―― 右目に二つの黒子……。

 どこかで見たような気がする。

「寒い……」

 毎田は震え、額からぽつぽつと脂汗が湧き出てきた。

 大量の靴音。どうやら複数人の施設スタッフが中に入って来たようだ。

 背後に人の気配を感じる。囲まれたようだ。

 次の瞬間、視界が黒色に塗りつぶされ、途端に息苦しくなった。どうやら布を被せられたらしい。

「ま、……毎田くん」

 カウンセラーの心配したような声が耳に入る。

―― 畜生、俺を嵌めやがって糞爺が……。

 心の中で悪態をついた。歯がガチガチと音を立てる。声は一声も出なかった。

 とにかく、身体が凍えるように寒い。

だが、その寒さも意識と共にだんだんと薄れてきた。

 視界を塞がれ、声も出ない。

 毎田は、床に倒れた。

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