第4話 最高の箒を作るために

「おはようヴォルケ。随分と早いじゃない。私が一番乗りだと思ってたけど」

「おはようさん…………。まーな。箒職人の朝は早いんだよ」

「その変な言葉の間はなんなのよ」


 あれから一晩過ぎて翌朝。俺は只今、箒レースを行う競技場に来ている。壁に体を預けていたら、アルルが小走りでこちらへとやってきた。

 アルルと待ち合わせた時間は9時半。そして今は9時10分頃。早い到着なことで。


「んにゃ、別に? それより今日、ちゃんと競技場の箒は持ってきたのか? お前の飛び方とか見るために今日はここに来てんだから、それがねぇと割と困るぞ」

「あったりまえじゃない。ほら」


 アルルからの追求をはぐらかしつつ、軽く彼女に話を振ると、そこそこ手入れされた、綺麗な競技場の箒を手渡される。


 老舗の販売店で作られた、結構古いモデルだ。大事に使っているであろうことが窺える。


「ハイウィングmark III……。そこそこ古い箒だぞ。よく持たせたな」

「運がいいことに壊れないでいてくれてるのよ。魔術学園に入学した時……、6年くらい前かしら。お父さんが買ってくれたものなの」


 なるほど。こいつにとっちゃ大事な箒な訳だ。

 今回の依頼も、決してこの箒に「飽きたから」とかそういう類のものではないことを改めて確認できる。


「成程な、ありがとよ……。どんな箒を作ればいいか参考になったよ。お前がどんなプレイスタイルを好むかも、なんとなく把握できたしな」

「……へぇ。言うじゃないの。話してみてごらんなさい?」

「こいつ結構扱い難しいんだよ。スピードは結構出るけどちょっと力を入れただけで上下左右にめっちゃ振れるんだ。だから多分、多少のブレはお構いなしで突っ込んでくスピード狂、あるいは単細胞型かなーと」

「……なんか貶された気がするけど、まぁ、黙っておくわ。でも確かに、スピードを出すのは好きだし、概ね言ってることに間違いはないのかもね。なんか癪だけど」


 そう言って、軽く苦笑いを浮かべるアルル。なんか釈然としないな。言えって言われたから言ったのに。

 何故そんな反応されなならんのか。不満だ不満だ。

 

 ……まぁでも、こいつのチョイスは悪くはないと思う。上手く使いこなせればこの箒、相当にクオリティの高い走りができるものだから。


 なんて、そんなことは口に出すわけもなく、箒を奴に返したところで、


「おはよ、2人とも」


 そう上から声が聞こえた。

 見ると師匠が箒に乗って浮かんでいる。多分今着いたところだろう。


 ゆっくりと降下していき、俺たちの前へと降り立った。


「遅くなっちゃってごめんね。あ、そうだヴォルケ。朝ご飯ありがと。おいしかったよ」

「いえ、そんな。まだ集合の10分前ですし、遅くなったなんて……って、朝ご飯? なんでニフサさんのご飯をヴォルケが……」

「住み込みで修行させてもらってんだよ。この人俺より起きんの遅ぇから大概俺が飯作ってんの」

「……ごめん。ホンットに大声出していい? 私、あんたが人と上手く一つ屋根の下で暮らしてることがマジで信じられなくて」

「……マジでお前、俺をなんだと思ってんの?」


 失礼だな。俺でも人と妥協しあって生きてくことくらいできるっつの。そりゃ細かいいざこざはありはするけどさ。

 

 プリンの取り合いで部屋荒らし合ったりとか、箒の魔改造がバレて追っかけ回されたりとかするけど。そんなのは些細なことだ。


「……ま、そんなことより本題に入ろうよ。今日はアルルちゃんの箒の乗り方、見るんじゃなかったのかな」

「ん、そうだな。んじゃとっとと見せてくれよアルル」

「投げやりにいうなってのよ、ったく。準備するからちょっと待ってなさい」


 一つ呆れたようにそう言いながらアルルは、更衣室へと向かっていった。


◇◆◇


「おー、いいねアルルちゃん。似合ってるよ」

「えへ、そうですか? なら、よかったですよ」

「お、しっかり防具つけとりますやん。感心感心」

「……アンタはアンタで、なんか目の付け所おかしくない?」


 10分ほど待って、競技用の服に着替えたアルルが更衣室から姿を現した。

 体の部分は風の抵抗をあまり受けないように、動きやすいものになっているが、頭、ヒジ、ヒザなどにはには防具を身につけている。


 そこら辺しっかりしてるのは、俺としてはとってもポイント高いのだが……、なんだその変なものを見るような目は。やめろやめろなんか変なこと言ってるみたいじゃんか。


「いやいるんだよ。風の抵抗受けるから防具なんざ邪魔だっつー奴ら。そういうとこしっかりしてこそ思いっきりスピード出せるってぇのに」

「なんか知ったように言うわねアンタ。ま、どーでもいいけど」


 だから呆れたような目ぇすんなってのよ。俺だって曲がりなりにも箒レースは少し身だ。

 だから、そういう考え方になるのは仕方ないだろ。


「ふふ、やっぱり仲良いじゃんか、2人とも。さて、アルルちゃん。軽くあのコース、一周飛んでみてくれるかな? 多分3分もかからないと思うからさ」

「何か変な言葉が聞こえた気もしますけど……わかりました。じゃ、行きますよ」


 そう言うとアルルは箒にまたがり、ふわり、と上昇し、スタート地点まで飛んでいく。


 目の前に見えるのは、ふわふわと浮かぶ円状のリングの数々。上下さまざまな場所に配置され、一つのコースを形作っている。


 箒レースはこのリングを通りつつ、ゴールまでのタイムを競う種目だ。なお、このリングをくぐれなかった場合、一つにつき大体4秒くらい最終タイムにプラスされる。大会によって違うけど。


「じゃあ、行きます!!」


 そう、大声で叫ぶと彼女は、勢いよく空を疾走した。

 中々に速い。やはり最初に予想していた通り、やはり細かな操縦テクニックというよりスピードを重視するタイプだ。それは、はっきりとわかる。


 でも、それだけじゃ足りない。

 それだけの解析度じゃ、あいつに本当にあった箒を作ることなんて、できやしない。


 だから、真剣に見る。

 あいつの箒捌き、スピードの乗り方、etc。

 あいつの箒についてもっと理解できるよう必死に目を凝らす。


 あいつだけの、あいつが真に使いこなせる、最高で、オンリーワンの箒を作るために。


 アルルがコースを完走する約3分弱の間、全神経をそこに集中させ続けた。





 ……なお、後日このことを話したら軽く本人と師匠に引かれ、暫く口を聞いてもらえなかったのは、別の話だ。

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見習い箒職人珍走記 二郎マコト @ziromakoto

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