第3話 領主の末娘からの依頼

「箒レース用の箒? 随分と急だねアルルちゃん。どうしたの?」

「ん、あぁ、そうですね……。学園でちょっと色々あって、必要になったんです」


 そう言うとアルルは少し俯いて、表情を陰らせる。

 学園……って言うと、おそらくこいつが今通ってる魔術学園の事だろうか。


 アルルの年齢は現在17。今年で18になる。俺が今年で20だから、つまるところ俺の2つ年下に当たる訳だ。

 まぁ、こいつにゃ全く年上として接されてはないけどさ。曰く「年上感が全くない」との事で。ちくしょう馬鹿にしてんのか。確かに俺は赤髪で童顔だけども。


 まぁ、その話は置いておいても、だ。

 表情を見るに何か、抱えてるもんがありそうだな。


「……色々って何だよ。話してみ。クライアントの事情を可能な限り聞くのも精度の高い箒を作る上で不可欠なんだから」

「私はアンタにじゃなくてニフサさんに頼み事してるんだけどなぁ……。でもそっか。ニフサさんの弟子ならこの話、アンタにも一応関係あるのか」


 じゃあ、アンタにも話しておいた方がいいのか、と、そう小声でアルルは呟いて、一つ息を吐く。

 ……若干もののついでみたいな扱いされたのが不服だけど、まあよしとしよう。ヨカッタネ。俺が寛大で。


 で、そんな俺の内心なぞ知ったこっちゃないのか、アルルはリサ師匠に向き直り、話を続ける。

 

「……まず話しておきたいのは、私の姉についてのことです。リリス・グレイモア、私の姉様なんですけれど、知ってますよね」

「うん、知ってるよ。グレイモア三姉妹の次女だよね。活発で、武芸に秀でた才女だって聞いてるよ」


 リリス・グレイモア。俺も知ってる名前だ。こいつ……アルルの姉にあたり、様々なスポーツ、武芸に積極的に取り組み高い結果を出してきた存在。

 

「そして現役の、箒レースのプロ選手でもある。そうだよな?」

「そうね。よく知ってるじゃないの」


 若くしてプロの第一線で活躍する超新星だと、聞いたことがある。出る大会では必ず入賞、若しくは表彰台に乗るレベルだし、自己ベストのタイムも王国の記録に肉薄する程だ。そう言われるのも納得できる。

 

「これでも箒レースの動向は逐一チェックしてんだよ。で、今回の君の依頼と姉さんがどう関わってくんのさ?」


 まぁ、今はそのリリスさんの経歴はあまり重要じゃない。

 問題はそれより、このアルルの依頼とそのお姉様がどう関係してくるのか、という事だ。正直、俺は今のところ、全く関係性を見出せずにいるけれど。


 師匠は何か、思い当たる節があったらしい。もしかして、と、ふと思い出したように呟いて、続ける。


「……そういえばお姉さん。この前のレースで怪我しちゃってたよね? それと何か関係、ある?」

「あ、はい……。すごく心配はしましたけど怪我自体は大した事なかったので、それだけならまだ、よかったんですけれど」


 そう言うとアルルは薄く笑う。

 こいつは元々天真爛漫で朗らかな性格だし、俺以外の前ではよく笑顔を浮かべる。俺以外の前では。


 ただ今回は、そんなアルルにしては珍しく。

 影を落としたような、暗い笑みだった。

 何か言い表せぬ感情が渦巻いてそうだな、なんて思いながら、黙って話を聞く。

 

「問題なのは……、そのことを使って姉様を馬鹿にしてきた奴がいたんです。私の同級生に」


 ――――あぁ、なるほどな。ここまで聞いて、何となく読めてきた。この事の経緯と、アルルがなぜ、このようなことを急に依頼してきたかが。


「なるほど。その様子だと相当酷いこと、言われたんじゃないかな? アルルちゃんが我慢できないくらいだもんね」

「はい。私に対する悪口だったらまだいいんですけどね。5流のど田舎貧乏箒レーサーだの、大事な試合で赤っ恥かいただの、もう散々言ってきたもんだから――――」

「啖呵でも切ったか。大方、箒レースで勝負だ……ってな流れにでもなったんだろ」

「ええ。そうね。だから……、ニフサさんの力をお借りしたくて。来るその箒レースの為に、私の箒を作ってほしくて……」


 個人的な、それもたった一回の決闘のためだけに、オーダーメイドで箒を頼む。側から見たら酔狂なことだと思うかもしれない。

 けど、こいつにとってはそれほど重要なことなのだろう。こいつがどれだけ自分の家と家族に誇りを持っているかは、よく知っているつもりだから。


 箒レースのことで馬鹿にされたなら、で何が何でも黙らせる。いかにも、頑固意地っ張りなこいつが考えそうなことだ。


 まぁ、俺たち箒職人はクライアントが望むものを提供するまでだし、こいつが箒レースでぶっちぎれる程の箒をご希望なら、全力でそれに応えるまでだ。


「成程。アルルちゃんの事情はよくわかったよ。結論から言えば、私達に是非、その箒を作らせてほしいかな」


 そしてそれは、リサ師匠も同じ気持ちだったみたいで。

 穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。


「本当ですかっ!? じゃあっ……」

「で・も。色々と作る前に幾つか聞いておきたいことがあるんだ。ね、ヴォルケ?」


 わかるでしょ? アナタなら……なんて言わんばかりの視線を俺に向けながら、そう師匠は俺に話題を振る。

 

 ……いや、まぁ聞きたい事はあんだけどさ。

 何で俺に振るんだよそこ。


 アルルは俺のことを奇人変人の代名詞……なんて言ったけど、そんなこと言ったらこの人だって存外変わってると思うんですがそれは。


 まぁええわ。聞きたい事とっとと聞いちまいましょ。そう心の中でぼやきつつ、口を開く。


「……ったく、そうだな。まず、その箒レースの日まであとどれくらいかってこったな。その辺はもう決まってんだろ?」

「あ、そうね、それは……」


 アルルは一瞬、言い淀むように言葉に間を開ける。

 おいおいなんだその間は。まさか半月後とか言うんじゃねぇだろうな……?


「1ヶ月半後よ」


 ……まぁ、最悪じゃないな。俺たち箒職人がオーダーメイドでレース用の箒をつくるのにかかる期間は大体1ヶ月ほど。

 そう考えれば、別に間に合わない訳じゃない。何なら余裕を持って終わらせられるくらいだ。


 ただ――――、


「短えな」

「……やっぱり?」


 俺の言葉を聞いて、アルルは心配そうな顔持ちになる。

 まぁ、こいつの場合は単純に制作期間についてのことだと勘違いしてそうだから、誤解のないように言っとくか。


「一応言っとくと、制作期間のことについてじゃねぇからな。大体箒の制作期間は1ヶ月くらい。十分終わるわ。問題なのは、そこからお前が作った箒に半月でで馴染めるかどうか、だよ」

「……成程ね。新しく買った箒を上手く使いこなせるようになるまで、大体1ヶ月くらいはかかるものね」

「ま、オーダーメイドの箒なら客に合わせて作られるもんだし、幾許かは早えと思うがな。それでも半月は見といた方がいい」

「つまり、結構ギリギリってことね……」


 そういう事だ。せっかくたっかい箒を買ったところで、慣れねぇ操作もおぼつかねぇ、コントロールはブレっブレじゃあ、タイムも大幅に落ちちまう。

 だから、もうちっと。欲を言えば3ヶ月くらいは欲しかったんだが……、そうは問屋がおろさねぇか。


「まぁつっても、お前がオーダーメイドの箒を作ろうって思うのは間違いじゃない。箒の性能によってタイムも結構変わってくるからな、あの種目。ただ、せっかく作るんだ。そこら辺は頭に入れといた方がいいと思うぜ?」


 だから、軽くアルルに問うてみる。

 お前は半月の間に使いこなせるようになれんのか? って、そんな意味を込めたつもりだ。


 その意味を、汲み取ったかは定かじゃないが。

 アルルは不敵に笑った。


「ふふ、面白いじゃない。やってやろうじゃないの。全力で作ってくれるんでしょ? なら、私も全霊をもって、最高のパフォーマンスができるようにしてやるわよ」


 そして、アルルはそうキッパリと言い切った。

 言葉にはしっかりと決意が感じられる。


 なら、これ以上このことについては言う必要はない。


「そっか、それならいいよ。んじゃ次の質問。お前箒レースの腕前どんくらいなの?」

「え、学年じゃ平均より少し上くらいだけど……、どうしたのよ」

「いや、箒を作る上でお前が具体的にどんだけ飛べるのかも知っときたいのよ。ある程度の自信がある事はわかったが、もうちょい具体的に知りてぇな……」


 学年で平均より上……というのはある程度の指標には確かになる。けど、いささか抽象的すぎる。

 より、具体的にこいつの飛び方を知るには、やはり。


「よし、じゃあ見せてくれ」

「……はい? それってどういう」

「だから君の腕前。実際に飛んでみせてくれって言ってんの」

「いや、見せるのは全然いいんだけど……、今すぐ?」


 いやあったりまえでしょあと1ヶ月半しかないんやぞ。今すぐにでも見て、すぐにでも大まかな完成図を書き出したいくらいだ。

 それに早く箒を作りたいって俺の全細胞も叫んでるし。ほら渋らずにとっとと見せた見せた。


「当たり前だろ? 時間も惜しいし。減るもんじゃないし別にいいじゃんか。な、師匠?」


 そう、俺は師匠に同意を求める。この人ならまぁ、同意してくれるんじゃないかとは思って――――いた。


 でも、師匠の口からは意外な言葉が放たれる。


「いやヴォルケ。私もアルルちゃんの箒の腕前は見たいけど……、今日、すぐには流石に驚く」

「はい?」

「っていうか引く」

「え」


 軽く思考がフリーズする。

 引く……って、そこまでのことっすか?


「だって準備とかあるじゃん。それにここからレース場まで結構あるし。それに女の子に対してがっつきすぎだよ。ヴォルケ……」


 すっ、と師匠は軽く俺から身を引く仕草をとる。

 割と半分遊んでそうなところはあるが、この人の場合、本心が読めないところがあるから本気で思ってるところもありそうで。


 その幾許かの推測は、鋭利な刃となって、俺の精神に突き刺さった。

 味方なんてどこにもいなかったんだね。

 

「うーん……、じゃ、明日で?」


 で、そんな俺はといえば、

 そんな困惑したような声で、強引に話を締めるしか思いつかなかった。

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